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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例8 職場や関係機関と連携した学校からの移行支援の取組

~養鶏所に就職した軽度知的障がいを伴う高機能自閉症のTさんの場合~

植木 佳己
栃木県立栃木養護学校

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴、生育歴、教育歴

本事例(以下、Tさん)は、知的障がい・てんかん及び高機能自閉症と診断され、療育手帳B2・精神保健福祉手帳2級をもつ19才(平成17年10月現在)の男性です。小学校1学年~5学年までは普通学級に在籍していましたが、4・5学年頃に不登校の状態になりました。6学年1学期から別の小学校に転校しましたが、普通学級になじむことができず、2学期からは特殊学級に入級しました。その後、本校中学部に入学し、平成16年3月に高等部を卒業しました。

(2)高等部在学中の現場実習等の経験

Tさんは、本校高等部1学年次に、農業班で苗植え・除草、畝づくりなどの、また陶芸班ではたたら成形・皿づくりなどの作業活動をとおして働くために必要な基礎的な内容を学習しました。また、1・2学年次の産業現場等における実習(以下、現場実習)では、スーパーマーケットでの商品補充・接客や、特養老人ホームでの介護補助・清掃をそれぞれ2週間ずつ経験しました。作業状況については、丁寧に取り組むことができるという評価が得られた反面、作業のやり方がうまくできない、集中が続かない等の課題が明らかになりました。

Tさんは、身辺処理については自立していますが、身だしなみや清潔面での課題が見られました。また、抗てんかん剤をはじめとする服薬の管理はできますが、その影響からか午後になるとボーっとしたり眠くなったりすることがあり、口を閉じることができずよだれがでることもありました。

学力面では、国語では書く力が小学校3学年程度、読む力が小学校5学年程度あります。算数では、計算力が小学校4学年程度で分数計算が若干できます。

自閉的な傾向があることから、パターン化された生活(学校の寄宿舎での生活)には大きな問題はありませんが、週末等家庭に戻り突発的な出来事があると精神的に不安定になりパニックが見られることがありました。初めての場所では緊張が強く、環境に慣れるまでに時間を要することがあります。

会話力は比較的高く、意思疎通を図ることは可能です。しかし、対人関係において思っていることを相手に言えず、人との係わりで過度にストレスを感じる傾向が見られました。

高等部2学年次10月に受けた障がい者職業センターの職業評価は、「現時点での一般企業への就労は厳しい状態にあり、高等部卒業時の進路は福祉施設等の利用を行いながら生活面と精神面の安定を図り人との係わり方や作業耐性等を訓練することが望ましい」との意見を得ました。

(3)本人の収入

Tさんは、高等部を卒業し平成16年4月1日から就労し、当初時間給648円でありましたが、現在は時間給652円に昇給しています。1日の就業時間は10時00分~17時00分の6時間であり、1ヶ月平均10万円を得ております。障害基礎年金は申請中です。

(4)居住の場所と通勤方法

Tさんは現在、高等部在学中と同様、自宅で母・妹と一緒に住んでいます。通勤は、自宅から駅まで自転車で10分間、その後電車を2駅乗り、降車後再び自転車で15分かけて出勤します。

2.就労先の状況

(1)業種、規模

職場は、県内でも数少ない自家配合飼料を使っている養鶏所です。業務内容は、六つの鶏舎にいる約1万6千羽の飼育と、鶏卵の集積・洗浄・パック詰め・販売を行っています。

養鶏所には、社長の他に従業員6名がおり、鶏卵の集積作業には当初Tさんと社長が担当していました。現在は、Tさん一人で6鶏舎全部の集卵作業を行っています。

養鶏所の外観

(2)協力体制

現場実習で初めて鶏卵の集積作業を行った際は、社長と社長の父から直接指導を受けました。また、現場実習中より午前・午後の1回ずつある休憩時間には、従業員全員が一緒にお茶を飲みながらTさんに話かけたり話を聞いたりしてくれました。基本的には、Tさんは、その日の作業状況や進度について社長に報告し、その後の作業内容の指示を受ける体制になっています。

(3)障がい者雇用への理解

養鶏所では、過去に知的障がい者が働きに来ていたことがあります。現在その方は、体調を崩して来なくなってしまったとのことです。その経験から今回、Tさんの現場実習をお願いした際、障がい者への理解をいただき、直ぐに受入の返事をもらうことができました。

また、現場実習をお願いしたときには、養鶏所から一般の求人票が公共職業安定所に出されており、一定量の鶏卵の集積作業ができれば障がい者であっても雇用の可能性があるとききました。

養鶏所の中の様子

3.支援のプロセス

(1)実習先が決まるまでの経緯

高等部2学年次の企業での現場実習や就業体験学習の状況を踏まえ、また職業評価も参考にし、3学年次は福祉施設も視野に入れた企業での現場実習を考えていました。そのとき、保護者から養鶏所の情報が寄せられ、直ぐに進路指導主事が現場実習の受入依頼に行きました。養鶏所では、鶏卵の集積作業として、集卵・卵の大きさ等の分別・台車移動・卵を入れたケースの積み降ろしの活動をやらせてもらえることになりました。3学年次の現場実習では、1学期に2週間、2学期に3週間実施しました。2回の現場実習の状況は、鶏卵の扱いは丁寧に行うことができましたが、作業スピードについて指摘を受けました。また、見落としによる鶏卵の取り残しも多く見られました。2学期の現場実習では、1日に3と1/2鶏舎分の鶏卵を集めることができましたが、養鶏所は雇用に際してTさんに最低でも4鶏舎の集卵を、そして最終的には6鶏舎全部の集卵を期待していました。

(2)職場における集中支援(高等部3学年3学期の実習)

高等部最後の現場実習(3学期)では、1日に4鶏舎分の集卵作業を行うことを目標に指導しました。

まず、集卵作業のスピードを高めるには作業に慣れることが必要との養鶏所の意見を受け、7週間の期間を設定しました。

また、片手でつかむ鶏卵の数を常に2個ずつ取るよう指導しました。

卵をとる作業の順番を表示
 そして、左の写真をもとに集卵する場所を台車に対し右上→右下→左上→左下の順で取り、その後台車を約1~1.5メートル前方に移動させるパターンを繰り返すよう指示しました。

更に、鶏卵の取り残しについては、約10メートル前に進んだら下の段の鶏卵を取る際に、後方を見て上下段の取り残しの有無確認をするよう言葉かけしました。

以上の指導内容を現場実習初めの1週間、担任教員を中心に付き添い指導を行いました。2週目以降は付き添う時間を徐々に減らしていき、4週目からは通常の巡回訪問による実習状況の確認をしながらその都度指導していきました。

7週間の実習を終える頃には、目標の4鶏舎分の集卵作業ができるようになりましたが、日によって終了時間にばらつきが見られ、最終目標である6鶏舎の集卵は難しい状況でした。しかし、現場実習後の養鶏所との話し合いの中で、平成16年4月1日からの雇用を前向きに検討していきたいという考えを聞くことができました。その理由として、Tさんの真面目で向上心のうかがえる実習態度や、学校のTさんへの指導に対し評価していただきました。

また、Tさんの担当する集積作業とは直接関係のない、鶏卵を買いに来たお客さんへの接客態度や荷物を車まで持っていく等の気配りも雇用を決めた要因の一つとなりました。

人との係わりでストレスを感じることが少なく、大好きな動物の中で作業できる職場環境は、Tさんにとって適しており、本人も保護者も高等部卒業後の養鶏所での就労を強く希望していました。

(3)制度活用(移行支援)

平成16年3月に入り、学校が中心となり社長と公共職業安定所担当官との話し合いの場を設け、障がい者雇用の制度や手続き、求人内容等の確認を行いました。また、高等部卒業後について養鶏所と本人・保護者と話し合ったところ、養鶏所で集積作業を行うことで一致しました。そこで、障がい者就業・生活支援センター(以下、センター)に登録をし、就労前のセンターによる実習と就労後のフォローをお願いしました。

(4)フォローアップ(巡回訪問、職場定着支援会議)

平成16年4月1日に無事養鶏所に就職したTさんに対し、センターの支援員が定期的に職場を訪問し、状況を電話で学校に連絡していただきました。

学校の移行支援としては、平成16年7月下旬に「職場定着支援会議」を開催しました。この会議は、平成16年3月に高等部を卒業した生徒全員の進路先の方々に来校していただき、卒業後4ヶ月を経過した状況の確認と課題を明らかにし、情報交換と関係機関への移行を支援する目的で開催しました。

Tさんについては、参加いただいた養鶏所の社長とセンターのセンター長から就労状況の報告を受け、学校が在籍中に作成した移行支援計画の検証の場としました。

職場定着支援会議の事前調査票
この会議の開催前には、進路先での情報収集の一つとして、上図の事前調査を実施しました。

作業の進捗状況の確認記録用紙

 Tさんが養鶏所に就労して1年7ヶ月が経過し、今では勤務時間内に6鶏舎全部の集卵を終え、更にシート畳み・ヒヨコへの餌やり・鶏舎のカーテンの開閉・鶏舎扉締めも行うようになってきています。

ここまで集卵作業のスピードが向上した理由として、以下の3点が考えられます。

第1に、Tさんは現場実習中から作業の進捗状況の確認のために、作業開始と終了の時刻を鶏舎ごとに記録をとっていました。そこで、前ページの図のような記録用紙をつくり、視覚的にもその日の作業状況を確認していました。


第2に、集卵作業に慣れるに従って、左の写真のように一度に3個ずつ両手ともつかめるようになりました。小さい鶏卵ならば、4個ずつつかめると話しています。

第3に、次のことは社長が初めに気がつきましたが、昼食時や午後3時の休憩時間に集卵作業の進捗状況の報告を受けた際、「第○鶏舎まで終えたら、帰る前に○○の作業をやってくれないか」と指示を出しました。すると、社長が予想した時間よりも早く集卵作業を終え、指示された作業を行えることが分かりました。Tさんは、集卵作業後の仕事を事前に予告されることにより、夕方の作業に時間的な見通しを持ち、集卵の作業スピードを向上・維持し、社長の指示(期待)に応えようとしました。もともと真面目で責任感の強いTさんに合った指導と言えると思います。

このようにTさんは、関係機関の連携により本校の教育から職場での就労へとスムーズに移行し、現在では、養鶏所の貴重な存在となっております。