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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例12 初めての就職の失敗から再就職をした知的障がいをともなう自閉症のAさんの場合

堀江 美里
中野区障害者福祉事業団

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下、Aさん)は、知的障がい(IQ64、言語性65 動作性77)をともなう自閉症と診断され、愛の手帳4度を持つ23歳(平成17年10月現在)の男性です。3歳児検診で言葉の遅れと自閉的傾向を指摘されています。小学校は普通学級、中学は身障学級を経て、都立養護学校を卒業しました。

(2)職歴

養護学校在学中に2度の職場実習を通して、アパレル関係企業の物流部門に就職をしました。しかし、配置された部門は、実際の業務は委託業者が行なっており、本人の特性や障がい特性の理解など十分な連携が取れていなかったようです。婦人服のピックアップ作業は日替わりで固定されず、Aさんの許容範囲を超えてしまい、職場で体調不良を訴えることが多くなりました。

養護学校からの移行支援は、卒業後1年は学校が行うとういうことでしたが、保護者が当事業団に相談にお見えになり、支援を依頼されたことから、当事業団が職場へ介入することになりました。しかし、すでに本人のモチベーションの低下と職場の方たちの疲労感はピークに達しており、職場適応改善に向けての取り組みは困難を極めていました。

その後、物流委託業者と本社との協議により、物流部門での勤務から本社への勤務に切り替えが行われました。

しかし、本社内での合意がとれず、自宅待機となったため事業団への通所を提案しました。本人は、体力仕事であったため自分に合わなかった、という主張があり、事務補助部門での職域を事業所とともに検討しました。

その後、本社での事務補助の仕事に従事しましたが、自己評価の高さと周囲の評価のギャップに落ち込み、徐々に不安定な言動が目立ち、養護学校卒業後、約2年で退職という結果に終わりました。

(3)生活状況

Aさんは、両親と姉の4人家族で暮らしています。身辺自立しており介助は必要ありませんが、本人の生活パターンが優先されており、さまざまな社会体験の不足からくる社会性の未成熟さを、学校、職業センター、職場実習のそれぞれの評価で指摘されていました。また、本人と母親の密着度が高く、父親、姉との関わりが薄いところがありました。相談当初は未成年であったため、年金は未受給でしたが、就職活動中に申請を行い、現在は障害基礎年金2級を受給しています。

2.就労支援

(1)就労に向けての準備~遅れてやってきた思春期と向き合うこと~

Aさんは、退職前から気持ちが不安定になり、退職後はさらに、母親や物に対して攻撃的な行動をとることが日を追うごとに増えてきました。Aさんの社会性の未成熟さを補うために、企業内授産事業でのトレーニングを週3日受けていただくことになりました。また、企業内授産では、作業、人間関係等のアセスメントも併せて実施しました。その結果、時間へのこだわりや人間関係に序列をつけて対応することで起きる摩擦などの課題が明確になってきました。具体的には、役職の高低や経験年数の多い人が偉いという認識があるため、自分より後に指導員として配置された職員に対して、大柄な態度や言葉使いなどが見受けられました。また、本人の自己評価の高さと周囲の評価のギャップを埋めていくことの働きかけも重要な課題でした。

●当事業団の就労支援のプロセスとAさんの支援プロセス図1
支援プロセスの図

「事務仕事が良い仕事だ」という本人の意識が強く、体力仕事中心の企業内授産の利用をする中では、体調不良を訴え、その場に倒れこむことが多発しました。また、作業所の帰りに、駅構内の看板を殴り壊したり、交番に逮捕してくれと駆け込むことなどの行動がみられ、メンタル面での支援の必要性を感じました。そして、常に問題解決の場面では、母親のみの対応であり、他の家族の関わりがキーポイントであることが予測されました。

ある日のこと、このキーポイントをご家族に伝えるチャンスともいえるエピソードが発生しました。母親への暴力が頻繁であることを、母親からの毎日の報告書で知っていたので、何か大事が起きてからでは遅いという判断で、事業団の夜間連絡先をお伝えしていました。その夜は、就職活動が思うように進まないことへの苛立ちから、母親の頬を思いっきり殴ってしまったのでした。夜、9時半過ぎに対処方法を尋ねる電話が母親から入りました。そこで、父親は何をしているのか尋ねると、在宅とのことでした。この場面での父性の関わりが重要であることを伝え、父親に息子の暴力を止めるように伝えました。そして、父親と姉との懇談を行うことにしました。父親は社会的な地位も高く、仕事に誇りをもって取り組んでいる方でした。しかし、自閉症という障がい、自閉症である息子への対応に戸惑いを感じているようでした。また、姉は客観的に母子、家庭を見つめてはいるものの、Aさんの姉であることへの負担感が会話から感じられました。父親には、社会人、男性としてのモデルがAさんには必要であることと、母親の負担を取り除くことの重要性をお伝えしました。Aさんは、常に母親の保護の下、父との対立を避けているという姉の指摘もありました。

この話し合いを契機に、Aさんは都内のクリニックを利用することになり、また父親との関わりも徐々に増えていきました。母親には、衣食住の提供という最低限生活に必要なサポートに徹してもらい、Aさんの選択に付き合ってほしいと伝えました。

Aさんは、身近な父親や男性職員をモデルとして、「大人の男とはこうあるべき」という自分なりのスタイルを構築していきました。「大人は残業ぐらいするものだ」「男は辛くても頑張るものだ」「大人は・・」と自分で考えながら形にしていきました。時には、作業所で、吸えないタバコをふかしたり、新任研修でお見えになった学校の先生に「勝手に仕事するんじゃねー。指示を聞け」等、普段接している職員を明らかにモデルにしている言動行動もあり、職員の言動行動を考え直すエピソードもありましたが、着々と自分なりの大人のイメージを作っていきました。

また、丁寧な言葉遣いはできるものの、自分の気持ちや状態を的確に言語表現することが困難でした。しかし、短い文章で自分の気持ちや状況を伝えることはできることがわかりました。自分の気持ちの変化、状況の変化、相手の気持ちを視覚的にし、後で自分の考えを整理する手がかりとするために連絡帳の活用を行いました。一日の振り返りをする中でコミュニケーションのずれを修正し、自己認識の力を強化していきました。家庭と企業内授産の活動がそれぞれの役割で取り組めるようになった頃に、暴力性、攻撃性も陰を潜め、就職活動に向けて活動を具体化することになりました。ただし、本人は初回の就職の失敗や作業面での失敗から自分を責めることが多くなったので、医療的なケアは重要な課題として継続的な取り組みが必要でした。

(2)職場開拓

企業内授産事業の利用と体験実習で行なった事務補助作業を通して、事務補助よりも体を使う作業が自分にあっていることが納得できたと判断し、職場開拓を進めました。アセスメントの結果、職場開拓の際に留意したポイントは、以下のとおりです。

  • 動きのある、体を使う作業であること
  • 比較的業務内容が固定されている職場
  • 知的障がいに関しての理解の進んでいる企業
  • 言語コミュニケーションを多く必要としない職場
  • 連絡帳導入に理解がいただける職場

その結果、本人が具体的にイメージのある職種である「スーパーでの品だし作業」が中心の開拓となりました。そして、知的障がい者雇用実績が豊富なB社での職場実習の受け入れの了解を取ることができました。

(3)制度活用

Аさんの就労にあたって、当事業団の職場実習制度とトライアル雇用を活用することになりました。1回の職場実習は2週間とし、2度の実習結果をもってトライアルへの移行という流れでのサポートでした。

就職後は、当事業団の就労支援事業(東京都区市町村就労支援事業)による定着支援を活用しています。

(4)受け入れ先の状況について

Aさんが実習を行なったB店は、商事会社100%出資の、関東一円での事業展開をしているスーパーです。

作業の様子

知的障がい者雇用の多数の実績があり、経験豊富な事業所です。B店には、店長、副店長、スタッフが30名程度配置され、養護学校の体験実習なども積極的に受け入れをしています。

(5)職場実習支援

1) 利用者のアセスメント

Aさんは、決まった仕事、決まった手順そして、一日の流れの見通しをたてることで安定した仕事をすることができます。そして、一日の振り返りと評価を文書でやりとりをすることで不安を解消することができます。また、暑さに弱く、暑いと体の具合が悪い、という表現になります。熱がなければ、外気にあたることで働くリズムを取り戻します。また、指示系統を明確にしておく必要があります。Aさんの中では、役職がある方から偉い人であるという序列ができるため、どの人も先輩であり、その中でも店長、副店長、チーフとのコミュニケーションがとれるようにすることが求められます。

2) 職場のアセスメントからジョブマッチング

Aさんの配置予定である青果部門は、固定の野菜と季節ごとに店頭に並ぶ野菜の品だし準備をするところです。実習期間は、比較的袋詰めしやすい、じゃがいも・にんじんなどの根菜類を中心とした準備作業、ダンボールつぶし、店内清掃に従事することになりました。基本的な作業の流れのマニュアル化と職場内での直接支援は、従業員さんを中心に行うという会社の方針と、本人の、自分で頑張りたいという要望があり、気持ちの整理を、職場訪問・帰宅時の報告の電話・来所による相談を中心に支援をすることになりました。

この職場での採用を検討してくださった事業所からは、2度の職場実習の中で評価をしたいとの申し出があり、合計1ヶ月間の職場実習を行いました。その後、トライアル雇用を経て、正式採用となりました。その際に、余暇の充実(電車での旅、アニメイベント)がモチベーションの維持に重要であることや、服薬をしていることから、夕方の時間に余裕のある勤務時間の設定になりました。

3) 労働条件
パートタイム社員
時給800円
交通費支給
勤務時間
8:30から15:30
休憩時間
1時間
休日
平日1日 土日のうち1日(有給休暇あり)
賞与
あり
社保完備
契約更新
1年(問題がなければ継続雇用)
4) 思春期を乗り越えるお手伝い

初回の実習では、緊張が高く、体調不良を訴えるAさんでした。職場内での支援は、本人からの電話や文書による要請があったときに行いました。職場実習中も雇用後も気持ちの切り替えが支援の中心となりました。仕事についての支援を受けることは、Aさんにとって、「仕事ができない人=だめな人」という認識であり、仕事の指導は職場の方を中心に丁寧に進められました。ときには、Aさんの成長を期待して、新たな職務が加わり、その度落ち込むことがありました。しかし、徐々にできない自分を許すという許容範囲が広がり、職場の方たちもAさんの特徴を捉えて、具体的な時間の指示、作業手順の提示をしてくださいました。また、作業の遅さについては、特に問われることがなく、本人のペースにあわせていく方針が一貫しています。本人の持っている日誌によって、家庭・医療機関、職場、支援機関それぞれの取り組みが明確になり、連携がスムーズに図られました。

(6)アセスメントは今でも続いている

就職をして2年目を迎えました。この間、Aさんは自分をコントロールする力がついてきました。

仕事を継続する中で、Aさんのつまずきの共通点が以下のように明らかになりました。

  • 自分の休暇が思い通りに取れなかったとき
  • 店長、副店長さんなどの管理職の人事異動

この点があったときに必ず、体調不良を訴えます。そして、それを受け入れるとますます気分が悪くなるため、熱がない=元気という対応をしていただいています。人事異動があった際には、必ず説明に伺います。事業所の状況として、頻繁に管理職の異動が発生することが後から分かりました。また、Aさんの仕事の許容範囲が予想を超えて広がり、ポリッシャー(床を掃除する機械)を使った技術を要する清掃にも取り組んでいます。

3.まとめ

Aさんの支援は、遅れてやってきた思春期にそれぞれの役割を明確にして支えることが重点でありました。

Aさんは、幼少期から進学そして1度目の就職を終えるまで、すべての判断を母親が行なってきましたし、母親もそうせざるを得ない状況でした。そのため、初めての失敗体験が就職の失敗という大きな壁であり、そこにぶつかったときのショックは相当のものでした。母親は、本人が失敗することで起こす不適応行動をなくすために先回りをして問題解決をしてきたことに対して、自責の念に駆られていましたが、私たちはそのようには思いませんでした。それは、すべて「わが子のために」という一点で一生懸命に取り組んだ結果だったからです。Aさんが誕生した当時は、今ほど自閉症への理解もなく、幼少期からの支援体制も未整備なわが地域の中で、よくここまでAさんを育てられたというのがAさんの支援を通しての実感でした。

そして、私たちの指摘を素直に受け止め、次へのステップ(医療機関への受診)に気持ちをすぐに切り替えられたことは、見事というしかありません。現在では、地域の若い親たちへ、自分の子育てを通して、励ましと具体的な情報を送る活動に協力してくださっています。

Aさんの事例からは、コミュニケーションに課題のある方の思春期をどのように対処していくのか、ひとつの方向性を学ぶことができました。また、本人、関係者が常に共通の意識をもって課題に取り組める手段を見つけておくことが大切であると思われます。