社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-
池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業
事例13 職場におけるルール理解の支援
~転職支援・重度知的障がいをともなう自閉症のBさんの場合~
堀江 美里
中野区障害者福祉事業団
1.本人の状況
(1)性別、年齢、障がいの特徴
本事例(以下Bさん)は、知的障がいをともなう自閉症愛の手帳2度を持つ31歳(平成17年10月現在)の女性です。1歳過ぎに言葉の遅れに母親が気付き、大学病院を受診しました。しかし3歳までは経過観察ということになりました。診断に必要な諸検査に取り組めず、自閉的傾向であろうという診断になったのが3歳過ぎでした。その後、区内療育センター通所を経て、小学校から高校卒業まで都立養護学校で過ごしました。
(2)職歴
養護学校在学中に、担当教諭の縁故により、区内にあるダイレクトメールサービス会社に就職をしました。縁故採用であったため、雇用条件は時給380円、社会保険なし、その他福利厚生なしという条件でした。
養護学校卒業後の進路選択の際には、当初区内作業所を中心に検討をしていたそうです。けれども、作業量が少ないとパニックを起こしやすいという特性がBさんにはあります。そのため、作業量が安定せず、レクリエーション中心の福祉作業所にはなじまないことから担任の先生が職場を探し、13年間就労生活を継続していました。会社では、当時の社長さん(現会長)が障がいに対して深い理解を寄せられ、Bさんの職場内での支援全般を行なってきました。ところが、郊外への事業所移転の話が持ち上がり、事業所から意向伺いが家族に寄せられました。そして今後についての相談が事業団に寄せられました。
(3)生活状況
Bさんは、両親と弟の4人家族で暮らしています。療育機関、養護学校での徹底した身辺自立のトレーニングがなされており、生活習慣については確立しています。年金は障害基礎年金1級を受給しています。
2.就労支援
●当事業団の就労支援のプロセスとBさんの支援プロセス図
(1)本人のアセスメント
相談時に在職していたダイレクトメール会社では、事業所が移転するまで就労することを、快く引き受けてくださいました。そこで実際の会社での就労生活をアセスメントし、支援の方向性を検討することにしました。最初に行なったのは、母親と職場の上司に評価表(アセスメントの結果)を記入してもらうことでした。評価は、場面ごとに求められるスキルに対しての具体的な指標が4段階設定してあります(例:運搬能力2レベルは3キログラム程度のものなら2~3メートル運搬できる、など)。Bさんは、言語コミュニケーションが難しいため、本人評価は取りませんでした。
|
会社 |
家庭 |
---|---|---|
1.生活習慣 |
3.3 |
3.8 |
2.健康と安全 |
3.8 |
3.8 |
3.一般理解 |
1.5 |
1.7 |
4.作業能力 |
2.5 |
3.0 |
5.運搬力 |
3.7 |
3.7 |
6.作業態度 |
2.9 |
3.0 |
7.自己指向性 |
3.3 |
2.8 |
8.社会参加の指向性 |
2.2 |
2.2 |
平均値 |
2.6 |
2.6 |
1.生活習慣
ほぼ身についていました。会社の中では評価の場面がないため、多少両者の評価の違いがあります。
2.健康と安全
問題なし。無遅刻無欠勤の状態。バス2系統を利用して通勤。通勤途上での問題なし。
3.一般理解
読み書き、数の理解、金銭理解、時間の概念等に障がいがあるが、仕事に支障になる場面はない。仕事がないと落ち着かない。
4.作業能力
指示理解に言葉かけとモデリングが有効である。作業能率、正確さは良い。パートさんの集団の中でも上位に属する。指示理解の手がかりを熟知した指導の下で実力を発揮しやすいため、家庭の評価が若干高いと思われる。
5.運搬力
問題なし。ただし、自発的な行動は難しい。指示があれば大丈夫。
6.作業態度
集中して作業に取り組むことができ、作業内容の変更にも柔軟に対応できる。報告や質問ができないため、評価が下がっている。やりたい仕事、理解できた仕事を探すことがある(歩き回るとき)。
7.自己指向性
自己表現の方法が限られており、評価が両者とも難しいという意味で評価が低い。
8.社会参加の指向性
両者とも同じ認識での評価となっている。コミュニケーションは、質問に対して声を出して意思表示する。あいさつは、相手があいさつすればできる。電話等の利用はできない。反社会行動や非社会的行動はなく、集団行動は苦にならない様子である。ときどき、カレンダーへのこだわりがみられる。
このセスメントの後、事業団への通所と作業を通してのアセスメントを実施しました。その結果、在職中の企業でのアセスメントと大差なく、就労支援開始となりました。
(2)職場開拓
アセスメントの結果、以下の点に留意しての職場開拓が進められました。
- 常に作業量が確保されていること(特に紙を使う業務)
- 自閉症について理解をし、有効な指示を出せる人的環境があること
- 言語コミュニケーションを多く必要としない職場
その結果、近隣区に設立された特例子会社への職場実習を依頼しました。その結果、2週間の職場実習を受け入れてくださることになりました。
(3)制度活用
Аさんの就労にあたって、当事業団の職場実習制度とトライアル雇用を活用することになりました。1回の職場実習は2週間とし、実習結果をもってトライアルへの移行という流れでのサポートでした。
就職後は、当事業団の就労支援事業(東京都区市町村就労支援事業)による定着支援を活用しています。
(4)受け入れ先の状況について
Bさんが実習を行なったC社は、大手百貨店100%出資の特例子会社です。
C社本社では、障がい者雇用の多数の実績があります。平成17年にさらに職業的に重度な障がいのある方の受け入れをするために特例子会社を設立されました。
C社は、2ヶ所のセンターを運営しています。今回の実習先は、知的障がい者雇用を中心とした部門です。
人員体制は、スタッフ3名(正社員2名とパート1名)に対して、13名の知的障がい者が就労をしています。
就労者のうち9名が職業重度の判定がある人です。このセンターの発足にあたり、障がいについての理解と職務指導の経験のある指導員を配置しています。
(5)職場実習支援
1) 利用者のアセスメントとサポート方針
Bさんは、環境に適応し、仕事量が確保できれば、問題なく仕事を進めることができます。支援は社内でのコミュニケーション方法と昼食、休憩時間のルールの定着が主な内容になりました。
2) 職場のアセスメントからジョブマッチング
Bさんの職務内容は、ダイレクトメールの三つ折り封入作業、スタンプ押し、シュレッダーなど、百貨店の売り場のバックアップ作業です。売り場で販売の合間を縫って行なっていた業務をこのセンターに集約して、効率化を図ることを目的とした業務です。仕事はモデリングを中心とした指示で、実習中にスムーズに覚えることができました。作業のスピードが速すぎて仕上がりが雑になる傾向があったため、「かめのマークカード」でコミュニケーションを図りました。作業には問題がなく、職業重度の障がい者雇用という会社の方針ともマッチしているとのことで採用となりました。課題である意思表示と昼食や休憩時間のルールの定着をトライアル雇用期間中にサポートすることになりました。
3) 労働条件
- 契約社員
- 初回契約時給760円
- 交通費支給
- 勤務時間
- 月~金 9:45から17:00 土 9:45から16:00
- 休憩時間
- 60分(昼食と午後)
- 休日
- 水・日
- 賞与
- 年2回
- 休暇
- 有給休暇初年度10日 再契約6回で20日附与 慶弔休暇
- 社保完備
- 労働組合加入
- 契約更新
- 1年(問題がなければ継続雇用)
(6)定着支援~職場のルールを中心に~
Bさんは、仕事がない時と判断を要する時に落ち着かない傾向があります。その表現方法が「歩き回る」「アーという声を出す」という方法であったので、意思表示カードを作成しました。
本人は、赤のカードが困った時、青のカードが次の仕事が欲しい時、という認識で使ったようです。
Bさんのサポートで最大の課題は、社員食堂の使い方でした。この事業所の社員食堂は、約200名の従業員が一斉に使用するため、15分他の部門より早めに昼食時間を設定しています。また、金券の組み合わせで支払いをする必要があります。この部分については、ご家族のご協力で1週間のメニューをもとに自宅でセットしていただきました。また、昼食時間前にトイレを済ます習慣があったのですが、水道や鏡への興味があり、どうしても時間がかかってしまうため、行動のパターンを変更してもらいました。この点は2回から3回のサポートで変更することができました。課題となったのが、大好きなドレッシング、マヨネーズ、ソースを無尽蔵にかけて飲むというパターンでした。そこで、スプーン1杯分を適量として、モデリングを中心に10日間サポートに入りようやく定着してきました。その他、食券を入れる箱の中の食券がばらばらになっていることが気になって、箱の中に手を入れてしまうこと、休み時間に飲むジュースの種類へのこだわり等がありました。しかし、その都度、事業所と連携して、Bさんの新たな行動パターンとして定着する前に対処することができています。現在では社内での過ごし方、ルールが定着してきました。
3.まとめ
Bさんの支援は、事業所の自閉症への深い理解と的確な対応なしには考えられません。自閉症という障がいの一般的な知識はもちろんのこと、Bさん個人のアセスメントの結果からまとめたプロフィールを的確に事業所に伝えることがとても大切です。Bさんの表情や仕草等の意味するものを事前に把握しておくことで、的確なアドバイスを事業所にすることができました。また、身辺の自立や仕事に向かう姿勢が幼少期からの積み重ねによって構築されていたので、私たちは新たな環境への適応を中心にサポートをすることに集中することができました。本人が言語によるコミュニケーションができない場合、パニックや問題行動といわれるものの中に、必ずメッセージがあることをBさんの支援から改めて学びました。
現在は、安定した就労をしていますが、季節の変わり目や家庭環境の変化に敏感であることがここのところの支援で分かってきました。一通りの季節を過ごしてみないと、課題が見えない部分もあります。
就職から現在5ヶ月目ですが、支援は1週2回程度の訪問と、新たな課題が出た場合は2、3日の集中支援を事業団と協力機関型のジョブコーチの連携により実施しています。
Bさんの就労は、中野区内の作業所に旋風を巻き起こしてくれました。区内作業所の多くのメンバーとその家族へ挑戦する勇気を与えてくれました。そして、療育と教育によって彼らの可能性が開けるという実証にもなりました。今後は、Bさんが療育と教育とそれぞれの期間に具体的にどのような取り組みがなされたのか、検証をしていく予定です。自閉症の就労支援には、療育からの一貫したサポートが有効であると実感しています。