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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例24 雇用後支援における職場・本人との調整

~フォローアップから始める就労支援~

松尾 江奈
よこはま・自閉症支援室

1.本人の状況

(1)本人について

性別:
男性
年齢:
37歳(平成17年11月現在)
障がいの特徴:
自閉症、療育手帳B2
記憶力に優れており、小さい頃のエピソードや雑学的な事象を記憶しています。穏やかな性格で、人とのやりとりは好きな方ですが、ストレスがかかりすぎる(大きな声で叱責される、しつこくからかわれる等)と、不快な記憶のフラッシュバックがあり、パニック状態に陥る場合があります。
生育歴:
言葉の遅れが見られ、幼稚園入園前の検診で、「軽い自閉症か、MBD(微細脳機能障害Minimum Brain Dysfunction)」と指摘されました。幼少期・学齢期の頃は、友達といっしょに遊べない、一人遊びに限定される、多動の傾向がありました。
教育歴:
小・中・高校の普通学級を卒業後、専門学校入学、精神的なストレスが原因で中退しました。

(2)診断・手帳取得の経緯

Bさんは専門学校中退後、精神科を受診し、「自閉症」と診断されました。その後一般就職しますが、離転職を繰り返し、家族がよこはま・自閉症支援室(以下、支援室)に来談しました。支援室では、生育歴やこれまでの職歴等のエピソードを聞き取った上で、就労支援を受けられるよう療育手帳の取得を勧めました。その結果、家族は就労支援を希望し、Bさんは療育手帳を取得しました。

(3)職歴

Bさんは、建設機械会社に10年間勤務しました。職場では、洗車や点検等の仕事に従事していましたが、10年目で会社の要求水準が上がり、リストラの対象となり退職しました。その後自力で職を探し、いくつかの職に就きましたが、数ヶ月で離職することが続きました。

(4)福祉施設の利用歴

手帳取得後、Bさんは入所施設で1週間実習をしました。施設では、商品の箱詰め等に従事しました。

(5)生活の状況

両親と同居しています。身辺自立していますが、朝の日課等は母親がときどき声をかけてBさんを促したりしています。給料はBさん自らが管理しており、外出や買い物等に使っています。家族から「小遣いを計画的に活用できるようになってほしい」とのニーズがあがっています。支援室では、家族からも面談や電話連絡等でBさんの生活状況を聞き取り、必要に応じて生活についての相談にも乗っています。

2.就労支援

(1)職場が決まるまでの経緯

Bさんと家族に対して、支援室から就労支援サービスの情報提供を行い、神奈川障害者職業センター(以下、職業センター)の職業準備訓練を活用しました。その後、ハローワークに求職登録し、Bさん・家族・職業センターの職業カウンセラー・ハローワーク相談員・支援室の就労担当との五者での面談を行い、ハローワークからいくつかの求人について情報提供を受けました。その結果、本人が希望した子ども用品販売のC店(商品管理業務での求人)の面接を受け、採用が決まりました。

(2)制度活用について

Bさんの入職や職場定着については、会社の意向により、制度を活用していません。支援室の継続相談と、横浜やまびこの里の知的障害者自立生活アシスタント事業(横浜市事業)による職業生活全般へのフォローアップを活用しています。

(3)受け入れ先の状況について

業種:
販売業(全国展開する子ども用品販売店のチェーン店のひとつ)
規模:
総店舗数約60店、総従業員数約3,200名
スタッフ体制:
店長1名、副店長2名、従業員70名

(4)本人の収入

週30時間、常用雇用で最低賃金をクリアしています。

(5)支援のプロセス

1) 支援室での継続相談

Bさんが支援室に来談したのは、就職してから4ヵ月後でした。家族から「仕事で困っていることがあるようなので、本人の相談に乗ってほしい」との要望があり、月1回の本人面談を開始しました。面談では、仕事の内容を聞き取る中で、誰からどんなサポートを受けているか、またどんなミスがあったかについて情報収集しました。その結果、Bさんは商品管理の仕事について、おおむね自立していることがうかがえましたが、検品処理した商品や伝票の紛失がたまにあることが分かりました。またミスが多くなるのは、セール等で店全体が忙しくなっている時期と重なっていることも分かりました。面談では、「商品がなくならないためには、どうしたらよいですか?」等、解決方法について話し合いました。本人から自発的な解決策が出やすいように、面談の流れについて、写真1のように文書でやりとりしました。

写真1 Bさんの面談アジェンダ(一部)

2) 職場訪問までの経緯

継続面談によって、Bさんと面談者とのラポートは形成されつつありましたが、面談でのアドバイスが実際に役立っているかは明確ではありませんでした。就職10ヵ月後、家族と本人の了解を得て、支援室から職場に連絡を取り、職場訪問を実施することになりました。

訪問では、支援室への相談経緯を説明し、副店長からBさんの仕事ぶりについて聞き取りを行いました。その結果、自立度は高くなっているが、仕事を覚えるのに時間がかかること、店全体が忙しくなるとミスが出やすくなること、本人への指示を出すタイミングが難しいと感じていること等があげられました。また、店長が異動するタイミングと重なっていたため、Bさんのプロフィールや関わり方を新しい店長に伝えていくためのサポートが必要との要望もあがりました。支援室から本人に適切なアドバイスを実施することと、新店長へのプロフィールの伝達を目的に、継続的な職場訪問を打診し、了承を得ました。

3) ナチュラルサポートの状況

Bさんの面談と職場訪問によって、ナチュラルサポートの状況が把握できるようになりました。面談でBさんが「従業員のDさんが、いつも仕事を教えてくれる」と言っていたのに対し、Dさんに聞き取りを行うと、仕事の優先順位の整理の仕方等で、Dさんが丁寧にアドバイスしてくれていることが分かりました。

また伝票処理の仕方について、写真2・3のような指示書があり、これらはBさん用に経理担当の従業員が作成したものです。これらを使って、Bさんは徐々に仕事を覚えられるようになりました。さらに、Bさん自身もメモ帳に仕事の手順等を記入して覚えるなど、就職当初は自力で仕事を覚えていたことも分かりました。メモ帳は現在ほとんど活用することはないようですが、Bさんも職場も「口頭で伝えるよりは、文字に書いた方が覚えやすい」という共通の認識があり、ナチュラルサポートが定着している様子がうかがえました。

写真2,3,4,5
写真2 伝票処理の指示書1
入荷簿の書き方
写真3 伝票処理の指示書2
直送伝票はこの袋に入れて経理にまわしてください!
写真4 Bさんの仕事の様子1
メモをとっている様子
写真5 Bさんの仕事の様子2
段ボール箱を開けている様子
4) 継続支援

職場訪問での聞き取りや行動観察を通して、本人と職場双方に対してアドバイスや関係調整を実施しました。新店長からは、「仕事のやり方を教えるときに、どこまで詳しく説明すればよいか?」など、本人への関わり方に関する質問がありました。本人面談や行動観察で得られたプロフィールをもとに、Bさんに伝える際には、実物を見せたり、やり方の見本を見せたりすると理解しやすいこと、また繰り返し作業することで習熟度が上がることなどを伝えました。

また、本人に対しては、店長と調整した内容や仕事の評価についてフィードバックし、Bさんが仕事上困っていることはないか、を中心に聞き取りました。

職場訪問を開始して半年、Bさんから初めてSOSの連絡が入りました。「従業員からミスを指摘されたが、どうしてよいのか分からなかった」とのことでした。状況確認と関係調整のため、急きょ職場訪問し、本人や従業員から聞き取りを行いました。その結果、実際の商品数と伝票が違っていたにもかかわらず、通常の検品処理をしてしまったことに対し、従業員から指摘を受けたことが分かりました。

Bさんと伝票処理の手順を再度確認し、数が合わなかった場合の対応について、Bさんと職場双方に対して調整を行いました。その結果、「数が合わなかった場合は、担当者に報告する。、担当者が不在の場合は、他の従業員に必ず報告する」という対応で一致しました。この対処方法について、Bさんには職場と支援室双方から伝え、困ったことがあれば職場か支援室のどちらかに報告することを伝えました(写真6)。

写真6 解決方法について、支援者がBさんとやりとりした内容

3.まとめ

Bさんの支援は、就職して半年後から始まりました。当初は、本人からの聞き取りによるアドバイスが中心でしたが、面談のみによる情報提供が有効かどうか定かではありませんでした。また、本人からの聞き取りだけでは、前後関係の文脈や事象についての客観的な情報不足が懸念されます。このため、本人や職場に対して訪問の打診を行い、双方から情報収集できる体制を作りました。職場訪問と面談を平行して実施することで、支援者自身がBさんの職務内容や仕事ぶりを知ることができ、より的確なアドバイスとラポートが可能となりました。このように、自閉症の障がいのある人にとっては、on the jobでのアドバイスが有効であることがうかがえます。

また、職場訪問と店長異動のタイミングが重なったため、新しい店長へ本人のプロフィールや関わり方を引き継ぐという新たなニーズもありました。月1回の訪問の際、キーパーソンとの打ち合わせの機会を設定したり、従業員から聞き取りを行うことで、Bさんの職務状況がより客観的に把握することができました。また、支援者が得た情報や本人の行動観察等について、キーパーソンに報告することで、本人のプロフィールや関わり方について共有することができるようになりました。今後は、Bさんの職務のステップアップや人事異動における引き継ぎ等を課題となることが考えられます。

このように、フォローアップ期においても、本人や職場双方との調整が必要であり、職場訪問が就労継続の重要なポイントになることがうかがえます。