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事例26 事業所と支援センターが良好な関係を継続したことによる就職事例

~トップから現場までの一貫した前向きな姿勢~

東 良太郎
箕面市障害者雇用支援センター

1.本人の状況

(1)本人について

性別:
男性
年齢:
33歳(平成17年10月現在)
障がいの特徴:
軽度の知的障がい、療育手帳B2
自発的なコミュニケーションがほとんどない、受動的な自閉症の特徴があります。質問に対する答は、オウム返しになることが多く、口頭では言葉の意味を理解することに制限があります。そのため、答える場合も、質問の的を射ていない場合が多く、脈絡のない話を一方的にする傾向があります。
記憶力は優れていて、作業手順や道具の置き場などの理解はスムーズです。また、手先が器用なことや、作業道具の取り扱いが丁寧で正確なことから、見た目の印象よりも作業能力は高いといえます。
教育歴:
小学校、中学校は養護学級に在籍していました。卒業後は養護学校高等部に進学しました。

(2)福祉施設の利用歴

養護学校を卒業後すぐに就職が決まったため、福祉施設を利用したことはありませんでした。箕面市障害者雇用支援センター(以下、支援センター)は、離職後、父親の知り合いの紹介で知り、利用することになりました。

(3)職歴

大手スーパーの従業員食堂の調理補助として、主に盛り付けや食器洗浄、片付けなどの仕事をしていました。経営状態の悪化に伴うリストラに遭うまで12年間働き続けましたが、遅刻は一度もなく、与えられた仕事は一生懸命に取り組むため、上司の評価は非常に高かったようです。

(4)本人の収入

週20時間勤務の短時間労働被保険者
時給750円(大阪府の最低賃金は708円)
障害基礎年金2級を受給

(5)生活状況

母親はすでに他界しており、飲食店を営む父親との二人暮らしです。父親の帰宅が遅いため、食事以外の家事全般は本人がしています。「趣味は?」と聞くと「部屋を片付けることです」と答え、部屋の片付けと掃除は本人が非常に得意とする分野です。それ以外の時間は、図鑑を見たり、テレビニュースを観て過ごしています。

2.就労支援

(1)職場が決まるまでの経緯

職場は、支援センターから徒歩10分程度に位置するファミリーレストランのチェーン店で、過去に支援センターの利用者が就職した実績もあります。

このお店との付き合いは長く、支援センターの設立当初から就職や職場実習の受け入れ先として、また、支援センターの忘年会や新年会、歓送迎会があれば決まって利用していました。

このように、障がいのある人の働く場面だけでなく、宴会を通じて普段の様子を見ていただくことで、このお店での障がいに対する理解が深まったのだと思います。今では、このお店には知的障がい者が働くことはあたりまえのことになっていて、店長が何度変わっても、このことは引き継がれています。

このお店のエピソードは多く、初めて支援センターの利用者が就職した時には、地域の知り合いがどんどんお店を訪れ、顧客獲得賞で表彰されたことがありました。また、その人が仕事をサボりだして、「こんな仕事辞めてやる!」と言って聞かなかったときに、店長が「こんな中途半端な仕事で辞めるなんて、俺が許さん!俺が納得する仕事をしてから辞めろ!」と檄を飛ばしてくれたことで、仕事を続けることができたというようなこともありました。

最初にこのお店に就職した人は、体調を崩し、離職してしまいましたが、その後も職場実習の受け入れに協力してもらうなど、継続して良好な関係を保っていたことが、本事例にある職場実習と就職につなげることができた大きな要因です。

(2)制度活用について

職場実習は、支援センターの職業準備訓練の一環として1週間実施することにしました。職場実習の目的は、職場の雰囲気に適応できるかどうか、また、仕事の内容を理解し、適切に遂行できるかを見極めるために行いました。支援計画では、この1週間の状況をもとに新たな支援計画を立てる予定でしたが、本人の作業自立が極めて早かったこと、ナチュラルサポートの形成が早期に見込まれたこと、仕事の指示がスムーズに通ったことから、1週間の職場実習後には採用が決定しました。

採用に関しては、本社人事部との交渉でした。障がい者雇用を積極的に進めている事業所でしたので、助成金や制度に関しては、非常に精通されていました。そのため、支援センターでは制度の活用に必要な療育手帳と重度知的障がい者の判定書の写しなど、申請に必要な書類を揃えるといった準備や助成金を受けるために、公共職業安定所を通じた職業紹介のシステムに乗せるための調整をしていきました。

(3)受入れ先の状況について

業種:
飲食業
従業員:
受け入れ先事業所(飲食店)47人、企業全体1,200人
障がい者雇用の動機:
障がい者雇用の経験があり、これからも雇用を進める方向です。
協力体制:
店長1名、現場担当者1名、その他1名

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

支援センターには父親と相談に来られました。自閉症については、医療機関等で診断されたことはありませんが、父親は、子どもが幼い頃から自閉的傾向があるということを認識されていました。

面談を通して、本人からの自発的なコミュニケーションはなく、質問に対してもオウム返しか、質問の意図を外したものがほとんどで、父親からの聞き取りと合わせ、自閉的傾向は十分に察することができました。

支援センターでは、利用者のアセスメントや支援の工夫、ラポールの形成を目標に職業準備訓練を実施しています。職業準備訓練で行う作業は、タオルの加工やネジ部品の検品、キャラクター商品の封入・箱詰め作業、清掃などの軽作業が中心です。期間は原則1年以内ですが、1年だけ延長することもできます。本事例の対象者は、職業準備訓練を延長した直後に就職が決まりました。

対象者の場合は、定型反復作業における作業速度や習熟度は非常に高く、パターン化された作業においては非常に高い能力がありました。そのため、指示の出し方や指示の理解力、変化への対応、パニックの有無、職場でのルールを習得できるかどうかなどを見極めることが必要でした。

企業で働いた経験が長く、挨拶、報告、連絡、相談などの決まりきった台詞は自発的にすることができました。自ら質問するということはほとんどありませんが、指示は口頭で十分に理解することができました。

時折、テレビのニュースを思い出したように、キャスターの台詞を独り言で繰り返したりする場面が見られましたが、作業環境によれば、掻き消されてしまう程度のものでした。目立ったこだわりもなく、作業内容や環境の変化によるパニックもなかったので、就職に際しては事業所の障がい理解と人的環境を整えることがポイントだと考えました。

2) 職場のアセスメント

お店とのこれまでのお付き合いの中から、職場環境に関しては一定把握することができていました。課題はどこのファミリーレストランもそうであるように、昼食時と夕食時に仕事が集中してしまうことから、この忙しい時間とそうでない時間の仕事を対象者に合うように設計することでした。

メインとなる仕事は、返却されてきた食器の分別です。このお店では使用する食器が非常に多く、割れやすい物も多く含まれるので、食器洗浄の前に、一定の種類ごとに分別する必要がありました。忙しいときはスピードを求められる仕事でしたが、対象者の場合、このようなパターンの決まった作業は得意としており十分に遂行可能な仕事と考えました。そして、その仕事の前後に行うサブの仕事として、厨房の清掃やお店の外の清掃、植木の水やりなどが考えられました。

3) 職場における集中支援

職場実習は、昼食の繁忙時である午前11時から午後3時の間で実施しました。食器の分別が本格的に始まるのは正午からなので、それまでは自分の持ち場である厨房の清掃を行うことにしました。(写真1)

写真1
厨房の掃除を行う様子

清掃の中心は拭き掃除です。2m四方位の自分の持ち場を上から下に、そして、右から左に順番に拭いていきます。対象者は掃除が大の得意なので、手順はすぐに覚え、その丁寧さも抜群でした。

それが一通り終わる頃には、食器が返却されてきます。ワゴンに乗せられた食器を、一旦ステンレスの台の上に移動し、それから、食器を分別していきます。分別は、ごちゃごちゃにならないように、かごやタッパーで区別され、置き場が明確になるように工夫されていました。(写真2、3)

写真2,3
写真2
食器が厨房に返却された様子
写真3
食器をタッパーで区分している様子

この仕事の習得にもほとんど時間がかかりませんでした。初めは、ジョブコーチが横について、「そこ」「ここ」と口頭で指示を出していましたが、一通りの食器をそれぞれの場所に分けたころには、ジョブコーチの指示がなくても仕事を進めることができるようになりました。

4) フェイディングとナチュラルサポート

対象者の持ち場の向かいには、食器洗浄機があり、それを担当する従業員がいました。この従業員は、以前に支援センターから就職した障がい者と一緒に働いていたこともあり、指示の出し方や、声の掛け方がとても上手な方でした。ジョブコーチが少し離れて様子を見ているときも、その方が常に対象者の様子を観察してくれ、必要なタイミングで指示を出してくれました。

初日の職場実習が終わった時には、厨房の別の従業員が、「疲れたやろ。これ食べて帰り」と簡単なおかずを作ってくれたりと、ごく自然に対象者と関わってくれました。

長年にわたり、障がい者と働いてきた経験だと思います。「前に働いていたHさんとは全然タイプが違うなぁ。あんましゃべらへんけど、素直でいい人やなぁ。よう働いてくれるから助かるわ」というように、障がい者が働くことをごく自然に受け入れてくれました。

このような状況から、ジョブコーチは2日目からフェイディングを開始しました。あまり長く職場に入り込み過ぎると、対象者と従業員のコミュニケーションをかえって妨げてしまう恐れがあったからです。そのため、2日目の作業同行支援の時間は開始直後と終了前に変更しました。

3日目も同様の支援でした。そして、対象者が帰ってから、その日の職場実習の様子を従業員の方から聞き取りました。作業はすでにパターン化できていたので、大きな変更や改善をしなくても、十分に対応できていました。聞き取りの際は、対象者の自閉症という障がいについて説明することにも重点を置きました。「目で見る情報のほうが理解できる」ということを話した後に、食器棚に写真を付けてくれるなど、とても協力的でした。(写真4、5)

写真4,5
写真4
食器棚の写真
写真5
食器棚に写真を付けた様子
5) フォローアップ

現在のフォローアップは2~3ヶ月に1回の訪問と、同じく月に1回開催される「修了者の集い」で行なっています。「修了者の集い」とは支援センターから就職した人たちの同窓会のようなもので、月に1回開催しています。特にイベントをするわけではないのですが、各自がお菓子やジュースを持ち寄ったり、簡単なゲームをしたりしています。毎回20名くらいの修了者(支援センターでは就職した人たちをこう呼びます)が集まり、仕事の自慢話から、悩み話、生活のことなど、幅広い相談から世間話で盛り上がります。本事例の対象者も、この「修了者の集い」に必ず参加してくれています。特におしゃべりをするわけではないのですが、この時に、勤務時間や休日、仕事内容に変更がないかを確認しています。

3.まとめ

支援センターでは、障がい者が就職・職場定着する重要な要因として「トップから現場までの一貫した前向きな姿勢」があると考えています。当然のことですが、会社のトップが障がい者をどんどん採用しても、現場の理解がなければ、職場定着は難しくなります。逆に、現場が障がい者を雇用することに賛成していても、トップが反対してしまえば障がい者の就職は成り立ちません。

本事例の事業所には、まさに「トップから現場までの一貫した前向きな姿勢」がありました。人事部長、店長という責任のある人たちが障がい者の受け入れを前向きに考え、現場の従業員は、障がい者が気持ちよく働けるように迎えてくれました。しかし、この事業所でも、初めて障がい者を受け入れた時には不安や戸惑いがあったと思います。

障がいに対する理解は一朝一夕には成し得ないものです。また、事業所とジョブコーチとの信頼関係も同様です。その意味でも、フォローアップはとても重要なプロセスのひとつで、それは障がい者に対して行うだけでなく、同時に事業所への働きかけでもあり、このフォローアップがうまくいけば、障がい者が仮に離職してしまっても「また障がい者を雇用しよう」と思ってくれるはずです。

本事例は、フォローアップを通じ、事業所と支援センターが良好な関係を継続したことが、事業所全体の障がい者に対する前向きな姿勢につながり、コミュニケーションに制限のある自閉症のある人が就職する際の大きな要因だったと思われます。