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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例29 職場環境の調整と意図的なナチュラルサポートの引き出し

~食品加工会社で働く重度知的障がいを伴う自閉症のTさんの支援報告~

平岡 美幸
社会福祉法人 加島友愛会

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下、Tさん)は、重度知的障がいを伴う自閉症と診断され、療育手帳Aを取得。Tさんは23歳(平成17年11月現在)の女性です。養護学校、高等部を卒業後、通所授産施設を利用し、訓練や就職を経て現在に至ります。 障害基礎年金は受給している(1級)。

(2)福祉施設の利用歴

養護学校(高等部)を卒業後、大阪知的障害者通所授産施設(以下、授産施設*平成12年4月~平成17年3月)を利用しました。授産施設では軽作業クラスに所属し、ハンガーの加工・お弁当アルミカップ生産のライン作業、簡単な組立作業に従事し、手先は大変器用で生産性の高い利用者の1人でした。本人・家族ともに就労意欲が高く、職場適応訓練を実施し(平成15年11月から4週間)、お中元用ゼリーのカップ組立と箱折り、箱詰め作業に参加しました。

(3)職歴

授産施設の紹介により、他の利用者4名とともに就職(平成15年11月~平成16年2月)。プラスチックカップの袋詰め作業に従事し、生産性が高く順調でしたが、事業倒産により退職。1ヶ月の職場実習を経て平成17年4月18日に食品加工会社に再就職後、現在に至ります。

(4)生活状況

Tさんは母親と2人暮らしをしています。家庭では食器洗いや洗濯、掃除機かけ、トイレ・風呂掃除などをしています。生活支援については授産施設が家庭と連携しながら主として関わっています。

2.就労支援

(1)授産施設

就労支援員の職場開拓によって職業安定所で一般求人の中に食品加工(食品袋詰め、計量作業)の求人を見つけました。職場見学とTさんとの面談を経て職場実習を実施することになりました。大阪府障害者職業センター(以下、職業センター)と連携し、「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」を活用することになり、協力機関型ジョブコーチとして社会福祉法人加島友愛会も支援に関わることになりました。

(2)制度活用について

Tさんの実習および就労には、ジョブコーチ事業とトライアル雇用を活用しました。ジョブコーチ事業による集中支援・移行支援は5ヶ月で、授産施設と連携を取りながらジョブコーチ事業によるフォローアップを活用し、現在に至っています。

(3)受け入れ先の状況について

食品加工を行うO株式会社(以下、O会社)は総従業員107名、Tさんが実習を行うことになった本社の他に4つの営業所があります。作業棟には現場監督を含む約20名のスタッフが勤務しています。O会社は障がい者雇用、ジョブコーチの受け入れは初めてでした。

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

授産施設の作業指導員からの聞き取りをもとに職場実習の状況を見ながらTさんのアセスメントを行いました。手先は大変器用で作業スピードは速いのですが、慣れると自己流のやり方に変更する傾向にありました。

自閉的傾向について
  • 独語(かるい鼻歌)がある。
  • 目線を合わせないことが多く、話しかけに応答がありませんが、伝えた内容は聞いており、一定理解できます。
  • 新しいことを受け入れにくい傾向にあり、同じ作業の継続を好み、作業の切り替えを拒むことがあります。しかし、重ねて伝えることにより応じることができます。繰り返し指示をしても情緒的に混乱することはほとんどありません。
  • 一部の音楽やコマーシャルおよび他者の歌声を極端に嫌がり、音が鳴りやむまで耳を塞いで避けることがあります。
  • 身につける物や身支度に彼女なりの決まりがあるようで、作業用手袋ではなく、自分の青い手袋をつけてしまう行動が見られました。また、鏡に映る自分の姿を眺めていることが好きです。
  • 前職ではトイレの回数が多かったのですが、授産施設では見られませんでした。
2) 職場のアセスメント

Tさんの1ヶ月の実習に同行し、職務構成、人的環境、物理的環境のアセスメントを行う中で職務再設計をしました。O会社で主に取り扱う食品は給食用食品、冷凍食品、レトルト食品、業務用食品です。Tさんが得意とする3つの核となる定型反復作業を選定しました。a)食品を入れるビニール袋に賞味期限や原材料の記載があるシールを貼る作業b)デジタル計量器を使用し、食品を指示されたグラムずつ袋詰めする作業c)袋詰めしたものを機械(シーラー)で封を閉じる作業、を提案しシール貼りから開始することになりました。また、事業所内の雰囲気と職員の動きから現場監督を中心として給食班の6名(女性)のパートさんからナチュラルサポートを引き出すことが可能だと考えました。授産施設では複数の人との作業は問題ありませんでした。しかし、就職に際して環境と作業内容の変化を考慮し、まずは単独で仕事を覚えることを目標に実習を開始しました。

3) 職場における集中支援(実習、トライアル雇用3ヶ月)

A5サイズのビニール袋に左右対称にシールを貼っていく作業が単独では難しく、ビニールのズレを防ぐ・中央に貼る位置が明確に分かる治具を作りました。(写真1、2)

写真1,2
写真1 下敷きとバインダー
写真2 ↑↑の真上にシールを貼る

下敷きとバインダーを使用することによって10分=100枚ペースで左右対称に貼ることができるようになりました。また、Tさんに見通しを持って作業してもらえるように1日の流れを写真で示したスケジュール(写真3)と、急な休みや出勤にも対応できるようにカレンダーで見通しの提示を行いました(写真4)。現場担当者が作業終了後、Tさんに明日以降の予定をカレンダーで示してくれます。休日前には作業着を持って帰る指示もお願いし、少しずつジョブコーチが間に入らない環境を作りました。

写真3,4
写真3 Tさんの1日の流れ
写真4 出勤を確認するカレンダー

作業や職場環境に慣れ始めると自己流にやり方を変更する行動が出てきました。そこで、昼休みを一緒に過ごしている給食班の作業室一角へ移動することにしました。その後は、指示された作業終了の報告や困った時は近くの職員が対応できる環境を整えることができました(写真5)。当初は自発的な質問や報告が困難だったため、報告カードを利用していました。しかし、実習とトライアル雇用が終わる頃にはカードなしで報告や意思表示ができるようになりました。

写真5 作業場変更後の様子

4) ナチュラルサポートの形成

実習、トライアル雇用終了と同時(4ヶ月後)に正式雇用が決まり、ジョブコーチが離れていける体制が整っていました。意図的なナチュラルサポートを引き出すため、支援開始と同時にファイルを作成していました。現場担当者・職員の異動があった時のために、Tさんがどんな仕事を、どんな方法で、どんな声かけや協力を得て行なっているかをまとめました。また、ファイルの活用方法を説明し、Tさんと事業所主体の継続就労を目指していることを伝えていきました。その他、昼休みに同席し、パートさんとの雑談の中でTさんへの理解を深めてもらうことで、自然と携帯電話をマナーモードに設定する、口頭指示は短くキーワード・キーセンテンスで明確に伝える、理解が浅い場合はモデリングを行うなどの協力につながっていきました。ファイルには関係機関連絡網を含み、緊急時には職業センター・授産施設・ジョブコーチに連絡をつなげ、対応できる体制を作ることで事業所の不安軽減に努めました。

職場実習開始後、トイレの使用方法に課題があることが分かりました。Tさんは洋式トイレのみを使用しますが、外から鍵の色を見て使用中か否かの確認ができませんでた。そのため、使用中にもかかわらずドアを開けようとする行動が見られました。そこで写真を使って使用・未使用を見極める練習を行いました。

また、Tさんが洋式トイレを使用する際、鍵をかけないということも判明しました。使用=赤・未使用=白という色の識別は写真を使用しながらトイレで一緒に確認することで定着することができましたが、トイレに鍵をかけることには少し長い時間を要しました。鍵を閉める状態を写真で提示すると同時にモデリングを繰り返し行いました。(写真6、7)

写真6,7
写真6 鍵が開いている
写真7 スライドさせて鍵を閉める

しかし、思ったよりも定着が難しく、職員(特に給食班のスタッフ)に協力をお願いすることにしました。O会社の女子トイレは洋式トイレが1つしかありません。そこでTさんの使用しているスリッパの色をアナウンスしました。Tさんのスリッパがあるのに洋式トイレの鍵が開いている時にはドアをノックしながら「Tさん、鍵をかけてね!」と声をかけてもらうことで課題をクリアしたと同時に職員との距離も縮めることができました。こうして少しずつですが事業所を巻き込んだ支援を通してナチュラルサポートの形成を行いました。

Tさんは職員の指導によって食品の計量・袋詰めの自立度も上がってきました。現場監督を中心にいろいろとTさんのために試行錯誤しながら取り組んでくれました。

こうして、食品計量の中でも一番ミスが出やすかったパスタの計量も安定して行えるようなりました。箱の四隅に厚紙を立ててパスタがこぼれにくく、微調整(パスタを足したり、減らしたり)しやすい計量皿を職場のスタッフが作ってくれました。

写真8 微調整しやすい計量皿

5) 移行支援(雇用後~5ヶ月)

実習・トライアル雇用の4ヶ月が終結したと同時にTさんと事業所のさらなる安定した関係作りと作業自立度を上げることに重点を置いた支援を心がけました。ジョブコーチは週2回ほど訪問し、職員が直接Tさんと関わりを持つ中で疑問に思ったことや相談などを聞く支援が中心となりました。ナチュラルサポートの形成によって袋詰めした食品の封を閉じる作業は職員が直接Tさんに指導してくれました。(写真9)

写真9 シーラーを使って封を閉じる様子

ペダルを踏むことによって袋を挟み、熱で封を閉じるシーラーという機械を使用します。モデリングの提示を何度も行なってくれましたが、ペダルを踏む長さが分かりにくく、失敗を繰り返しました。キーワードを紙に書いて提示することで自立することができるようになりました。しかし、フォローアップの時期を目前にした頃、Tさんは帰宅準備を自らのタイミングで始めてしまうようになります。現場監督と職員から「予定よりも早く帰る準備をして困っている」と相談を受けました。職場訪問し、本人の様子を見たり職員からの聞き取りを行いました。最初はスケジュールよりも少し早い帰宅準備を大目に見る日が何度かあったとのことでした。そこで再度、障がい理解を深める機会を設けることにしました。一般的な自閉症の特性と接し方についての資料を事前に配布し、日を改めてジョブコーチが職場を訪問してTさんの特性について説明しました。間違ったことや適切でない行動をとった時は必ず指摘・修正をする必要性と、迷惑にならない行動は受け入れてもらえるようにお願いをしました。Tさんの理解を深めることで今後のサポート体制を再確認するよい機会になりました。

6) フォローアップ(6ヶ月~現在)

現在は2、3週間に1回、2時間程度のフォローアップを継続しています。

3.まとめ

Tさんは自発的に質問・意思表示をすることが困難なことや就労経験が浅いことからさまざまな課題が想定されました。そこで、それらをふまえて職場環境・勤務形態に合わせて作業環境やナチュラルサポートを考える必要がありました。ジョブコーチは現場での支援を通して障がいのある人が自立して働いていくために事業所が積極的に関わっていくことができる橋渡し役を担っています。今回、Tさんの作業自立を目的にしたスケジュールや治具をたくさん利用しましたが、本人と事業所のニーズに合わせた物を作成しました。事業所に受け入れられやすい形がどのようなものなのか支援の中で相談しながら取り入れることが大切だと思われます。また、それらを活用し、ナチュラルサポートにつなげることがフェイディングのポイントになります。治具は本人の習得度や事業所のニーズに合わせて修正と改善を繰り返してきました。こうした職場での支援を通じて障がいのある人と事業所が主体となる継続就労を目指すことがジョブコーチの担う大きな役割の一つだと思われます。