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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例31 職場の構造化に重点を置いた事例

~重度知的障がいを伴う自閉症のHさんの就労支援を通して考えること~

石井 浩明
福岡市障がい者就労支援センター
就労支援コーディネーター

1.本人の状況

(1)本人について

性別:
男性
年齢:
33歳(平成17年10月現在)
障がいの特徴:
重度知的障がいを伴う自閉症、療育手帳A2
生育歴:
3歳児健診で自閉的傾向を指摘されました。
障がい状況:
言語でのコミュニケーションは苦手で、視覚による伝達が効果的な方です。
パターン化された生活リズムがあり、急な変更には戸惑う様子も見られるため、自宅でもカレンダーやスケジュールを使用して見通しを持てるよう配慮されています。
また、複数の声掛けや、急な変更を納得できない場合、また何か嫌なことをされた場合などに、跳びはねる行動で「拒否」を表現されます。

(2)教育歴および福祉施設の利用歴

小学校の普通学級(副担任の存在あり)、中学校の特殊学級卒業後、ご家族が準備段階から関わってきた自閉症者を主体にした入所施設を利用されました。同施設を4年程度利用された後、養護学校高等部の二次募集に応募され20歳で入学、23歳で卒業されました。

卒業後は通所授産施設を利用され、パン製造や箱折り等の作業に従事されました。同施設を10年程度利用されていましたが、自閉症児者を主体にした小規模作業所の立ち上げとともに作業所に移られました。そこではTEACCHプログラムの理念に基づく運営がなされ、1日のスケジュールも個別化、また作業スペース、休憩スペースも完全に個別化されたものであり、Hさんも落ち着いた毎日を送られていたようです。このTEACCHとは、Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildrenの略で、「自閉症及び関連するコミュニケーション障がいのこどもたちの治療と療育」と訳され、1960年代にアメリカ・ノースカロライナ州で開発、発展してきた援助システムです。

乳幼児期から生涯にわたり、教育と福祉の包括的なサービスを提供するという理念で、各自の状況に応じたコミュニケーション支援や環境整備を行うことで共存する世界を目指すプログラムです。

(3)職歴

ありません。作業所、施設利用時には職場実習の経験もありません。

(4)本人の収入

障害基礎年金受給2級を受給しています。現在週25間勤務で給料8万円程度、雇用保険に加入しています。

(5)生活状況

両親と弟の4人家族で、家族関係は良好です。
ご両親は親の会で活動されたり、研修会等にも積極的に参加されています。
身辺面ではほぼ自立されており、移動の際の介助等は必要ありません。

2.就労支援

(1)受入先の状況

業種:
テイクアウトを主体にした手作り餃子店です。
従業員:
代表と店長(代表の奥様)を含め、6名程の方が勤務されています。
特徴:
民家を改造した、アットホームな雰囲気の造り(写真1)で、マスコミや雑誌で紹介されるなど、地元では有名なお店です。

写真1 採用当時の店舗の写真です

(2)職場との出会い

同店の店長(代表の奥様)が以前、知的障がい者施設での勤務経験があり、またその施設は自閉症の方が中心だったため、店長は「いつか自閉症の方と働きたい」という希望があったそうです。たまたま店舗の近くに授産施設があることを知り、店長が施設を訪問されたことから始まりました。

訪問を受けた施設から4名の利用者が同店舗で実習をされましたが、作業力や就職への意欲等の面から採用には至りませんでした。

そこで、施設の職員から「このような話をいただいていますが、支援センターの登録者でどなたかおられませんか?」という連絡をいただきました。

以前勤務していた授産施設でHさんと一緒に作業をしていた関係で、Hさんの母親からは悩みや相談の連絡をいただいていましたが、その頃は、「就労」というよりは、「他の利用者が本人より若い世代の方がばかりであったため、課題の共有ができないことや作業所の目指す方向性が母親の考えとは違ったものになってきたため、このまま作業所を利用し続けていいのか」、「本人の将来を考えるとこれからどうしたらいいのか」等について悩まれており、その相談を受けていた時期でした。

授産施設の職員から連絡をもらった時に、

  • 店側に自閉症の方と働きたい希望があること
  • 店長が自閉症の方に接した経験があること
  • 自宅から店舗まで比較的近く、乗換えなしのバスで行けること
  • 集団が苦手なHさんにとっては、アットホームな環境が適していること
  • Hさんの作業力ならば、適応できるのではないかと思ったこと

等の理由から「Hさんに適した条件ではないか」と思い、その旨母親にお話ししました。

「本当に就職なんてできるのかしら?」という不安があったため、まずは母親と店舗を訪問し、店長
のお話を伺うことにしました。

店長の思いを直接聞き、店舗の雰囲気を見て、母親も少し安心されたようでしたので、用意した本人のプロフィールをもとにHさんの障がい状況やジョブコーチ支援の内容等について店長に説明させていただき、後日Hさんとの顔合わせを兼ね店舗訪問をさせていただきました。Hさんにとっては、もちろん初めての場所ですし、何のために来たのかも完全には理解できていないため、戸惑う様子も見られましたが、顔合わせは無事終了しました。

(3)制度等の活用について

Hさんの実習は当センターの実習制度(傷害保険、個人賠償責任保険はセンター加入。その他の必要経費は自己負担)にて1ヶ月間行いました。また、実習初日から当センターのジョブコーチが集中的に支援しました。採用後はトライアル雇用と特定求職者雇用開発助成金を活用しました。

(4)支援のプロセス

1) アセスメント
a)利用者のアセスメント

支援センターに母親とHさんに来ていただき、担当するジョブコーチとの顔合わせを行いました。母親からいろいろなアドバイスをいただくとともに、Hさんの作業力や障がい状況については、授産施設で一緒に働いていたので、ある程度把握しており、ジョブコーチに伝えました。

b)職場のアセスメント

Hさんの状況をイメージしながら、まずはジョブコーチが2日間事前実習を行い、具体的に事業所のアセスメントを行うとともに、店長と調整しHさんには「餃子包み、タレの調合、タレの容器入れ、割り箸の袋入れ、チラシ折り」作業を中心に行なってもらうことにしました。

また、店舗の奥にちょっとした個室風のスペースがあり、ランチタイム以外はあまり利用されていないため、基本的にそこをHさんが作業を行うスペースにしてもらうなど、可能な限り「構造化」などを行い、Hさんの実習を1ヶ月間行うことになりました。

Hさんが見通しをもって実習できるよう、実習開始日やいつまで実習するのか、どこでどんな作業をするのか、などをカレンダーやスケジュール表を利用して伝えてもらいました。

2) 職場での支援(実習期間中)

Hさんが混乱せず、見通しをもって作業できるよう、スケジュール表や作業ごとにめくるタイプの指示書を作成しました。また、Hさんに作業の振り返りと達成感をもってもらうため、それに、店長と母親の連絡を密にするため、実習日誌を作りました。

実習初日の朝礼の際には、Hさんの障がいや行動等について母親から話していただくとともに、Hさんにも「○○です。よろしくお願いします!」とあいさつしてもらいました。

写真2は、「タレの容器入れ」の際の指示書です。

写真2 タレの容器入れ用指示書

お弁当に入っているようなプラスティックの容器(大小2種類)にタレを移しかえる作業です。Hさんは体格がよい方ですが、細かい作業も得意なので、この作業については指示書を見ながら、比較的早い段階で「準備→作業→片付け」まで自立されました。

「タレの調合」についても「指示書」(写真3)の利用と醤油と酢を調合する容器を透明容器に変え、容器に線を引くことで対応可能となりました。

写真3 タレの調合用指示書
写真4 具を乗せる場所を示しています

「餃子包み」作業に関しては、作業自体に熟練が必要なことや一口サイズの大きさであったこと、また事業所独特の包み方がありなかなかうまくいきませんでした。

具がはみ出したり、形が悪い状態でしたので、具の乗せ方の場所を示した指示書(写真4)を作成したり、代表から手添え等の方法で根気強く指導していただくことで、焼き餃子として販売できる商品ができることも多くなりましたが、まだ定着するまでには至っていません(写真5)。

写真5 餃子包み作業に取り組むHさんの様子

「割り箸袋入れ」と「チラシ折り」については、Hさんの得意な作業であったため、当初から自立され、支援の必要はほとんどありませんでした。

1ヶ月の実習期間中は、当初2週間はジョブコーチが終日支援を行い、その後も作業の自立度やHさんの状況を見ながら支援内容や時間の短縮はしながらも、ほぼ毎日支援に行きました。その中で従業員に指示の出し方についてお願いをしたり、店長から課題が出されれば対応策を考えて、アドバイスを行いました。

1ヶ月の実習終了を終える頃に、店長と打合せを行い「よく頑張ってくれたし、このままHさんと一緒に働きたい」という大変嬉しい結果をいただきましたが、まだ課題もたくさんあることからハローワークの担当者に相談し、トライアル雇用制度を活用させていただくことにしました。

3) 職場での支援(雇用後~現在)

雇用後は、「Hさんの可能性を広げるためにも、いろいろな作業にチャレンジしてほしい」という店長の希望で、「ダイレクトメールの宛名書き、顧客データの入力作業、消耗品の買い物、チラシのポスティング」などの作業がHさんの仕事になりました。

チラシ折りは、実習当初から行なっていたものでHさんの得意作業の一つでしたが、店長が「自分が折ったチラシがどうなるのか、実際にHさんに見てもらった方が意欲が高まるのでは?」と考えられ、店長と一緒に地域を回りポスティング作業を行うようになりました(写真6)。

写真6 ポスティング作業中のHさん

その後、ジョブコーチが「概ね1時間で300枚程度のチラシが配布できる地域」の地図を10地域程度に区分けしたものを作成し、それを持ってHさんと作業を行い、地図の使い方等を教え、現在は、Hさんが一人でポスティングされています。順番へのこだわりが良い方に作用し「番地の若い方から、1軒につき1枚ずつ漏れがなく配布される」ので、このチラシを見てお店に来られる「新規のお客様」がかなり増えたそうです。一人での外での作業に不安もありましたが、お店のエプロンを着て行うこともあってか、今のところこの作業に関してトラブル等は起きていません。

Hさんは、接客はできませんが、どうしてもHさんの姿やCMの独語、例えば「○○生命」や「○○自動車」など、特定の会社名を言う。CMのセリや音楽を口ずさむ、あるいは唸り声などお客様の目や耳に届くこともあり、お客様から苦情が出ることもありました。そのため、作業中の注意事項を紙に書いて説明することでHさんにも意識付けするとともに、積極的にお客様にも理解していただけるよう、「障がいのあるHさんが働いています」というチラシを作り、お店に貼らせていただきました。もちろん、内容についてはご家族、店長と話し合いました(写真7)。

写真7 店内に掲示しているチラシ

*実物には○○部分に名字が記入されています

このチラシの効果か、お客様から「Hさん、がんばってるわねー」という声掛けをしていただくことも増えました。

現在は月に1、2回程度のフォローと、何か問題や課題ができた時にご連絡をいただき、訪問している状況です。

採用後1年6ヶ月が経過し、従業員が替わったり、店舗が移転するなど、採用当初とは環境も変わっています。今後も継続したフォローは不可欠です。

3.まとめ

就職については、やはり本人の「就労に対する意欲」が不可欠だと思います。

「働くことが好きだ」、「お金が欲しい」など、何らかの理由がないとどんなに作業能力が高くても、就職あるいは継続して働くことは難しく、支援者としては、どのようにして「意欲」を持ってもらうか?というのは重要なテーマだと思います。

しかし、Hさんの事例については、Hさん自身に「就職への意欲」があったかどうかはわかりませんし、Hさんにその質問を投げかけ、答えてもらうことも難しい状況です。

さらには、ご家族にも明確に「就職」という希望はなかった状態から出発したものでした。

その意味では支援者が「先導しすぎてしまったのでは?」という反省の気持ちも正直あるのですが、現在も毎日元気に通勤し、今や立派な店員の一員となったHさんの姿や店長からの「助かってますよ」という言葉、また、作業所時代とほぼ同じ拘束時間でありながら、給料は10倍近く増えているという現実を考えると、「この選択も間違いではなかったのかな」と思います。

しかし、Hさんのような重度の知的障がいを伴う自閉症の方の就労については、本人がうまく伝えきれない分、支援者としては、作業能力だけでなく生活面でのアセスメントも広く行い本人のことを十分理解し、事業所に伝えることが非常に大切だと思います。

そして、事業所側との調整で、ハード面とソフト面の両面でどの程度まで本人の特徴を生かせる「構造化」が図れるかどうかがポイントではないかと思います。しかし「構造化」は、施設や作業所ならば「本人を中心」に考えて行うことが可能ですが、事業所では、あくまで「本人は従業員の一人」であり、すべてを本人中心で考えることは難しくなります。

そういう意味では、今回は「店長に施設職員の経験があり、自閉症の人と働きたい」ということで、構造化についても可能な限り調整していただくことができ、連絡も密に取らせていただけるという関係が早い段階からできたことなど、支援する側としては非常に有り難い稀なケースだと思います。

「忙しくなると、つい声掛けでの指示が多くなりHさんを混乱させてしまうのが申し訳ない。でもHさんの仕事ぶりやがんばりが他の従業員に良い影響を与えているのは間違いない。Hさんを雇って本当によかった。Hさんのように普通に働ける人が増えるといいですね」という店長の声を他の事業所にも伝え、Hさんのような重度の障がいがある方でも「就職」が選択肢の一つになる社会になるよう日々努力していきたいと思います。