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発達臨床-人間関係の領野から-

NO.1

武藤安子 編著

項目 内容
発行年月 1993年5月

まえがき

 この書は、どちらかというと、実際に発達臨床を専門の道として選び、あるいは、それに関心をもつ若い臨床者を意識して書かれたものである。大学や大学院で学んできた基礎的な理論や実習は、一つひとつの領域が独立していて、細分化されている。臨床者として、子どもたちやその家族と出会って、現実の問題の重みを自分の肩に感じたとき、一体、何を手がかりとするのか、それより、何が見えていて、何が見えていないのかすら確信がもてないまま歩き出すことが少なくない。そのようなとき、短絡的な解決方法を求めて、既成の分類概念やテストに依存することなく、観察や体験されたことがらについて、体系化や統合化を可能にする枠組みを自分の中に築いていく努力をしてほしい、とのメッセージが込められている。
この書には、もうひとつのメッセージも込められている。本書では、多くの活動例を媒介にして実証的に論を展開することを試みたが、活動例において「子どもたち」と述べる場合は、「治療的」あるいは「指導的」関係を結んでいるときの「患者」としての役割を担っている状態をさしているのが通常である。しかし、「子どもたち」は、多くは、発達上のあるいは日常生活上の事態が要求する力によって意識することなく治療的関係を結ぶのであり、また、いつまでも患者の役割をとり続けるわけでもない。本書において、活動例を紹介するにあたり、人が特定されないよう配慮はしたが、できうる限り、あらかじめご了解をいただいた。なかには、すでに成人して社会人として働いている「子どもたち」もいて、本人が読むのを楽しみにしているとの意向も伝えられてきた。「小さいとき、よくままごとしたネェ…」などと言われると、私たちが、子どもたちとの活動のなかから何を感じとり、そして、共有した人間関係体験が、治療的関係を超えて、私たち相互にとってどのような意味をもつのかということを問われ続けているようで、緊張もするが、うれしい一瞬でもある。本書が、ご本人たちと、そのほか、これまでお会いしてきた大勢の「子どもたち」およびそのご両親へのメッセージとなることを願っている。なお、本文中の「子どもたち」の名前が、A,B、…とそっけない呼び方であることと、敬称が省略されていることをお詫びしてご了解いただきたい。
通常に比して、より困難な養育状況に直面する家族への多面的なサポートシステムが叫ばれている現代にあって、本書では、育児における母的機能を、依然として強調しているかのように思われるかもしれない。しかし、子どもたちとその家族が、発達のごく早期から、「治療」という名目の発達への意図的関与に、主体的判断が十分になされる間もなく巻き込まれていく事態にたえず直面してきて、一人ひとりが、その人らしく育つ環境としての基盤的、原初的人間関係は何かということを探求していこうとすると、錯綜する関係網のどこかを、ある時は顕在化させていくことも重要であり、さしあたっては、それが、「母子」研究の知見と重なるところも多いということである。しかし、いずれにしても、子どもたちをとりまく人間関係状況自体に目をむけ、そこへかかわることから出発しようというのが、私たちの発達臨床における基本姿勢であり、この領域独自の理論的、実践的体系化という大きな課題に向けて、非力ながら努力を重ねていきたいと思う。
最後に、著者らの逡巡しがちな筆の方向をあたたかく見守ってくださった建帛社の筑紫恒男社長と編集部の望月さんに深く感謝申し上げる。

1993年4月 武藤安子


目次

第1部 発達臨床の基本的考え方

第1章 発達臨床法

1.児童臨床における発達的アプローチ

2.臨床における子どもの理解
(1) 量的考察-発達的変化の把握
(2) 質的考察-理解の定式化

3.発達過程の評価
(1) 臨床における発達評価の視点
(2) 発達過程の力動的把握
(3) 発達の代替過程

第2章 「発達障害」の臨床

1.「障害」をもつ子どもとの臨床活動
(1) 基本的意識の変化
(2) 「正常」と「異常」
(3) 「障害」のとらえ方

2.発達援助を支える概念
(1) 「療育」の理念-わが国において-
(2) 「発達障害」の概念-アメリカから-
(3) 「特別な教育的ニーズ」の概念-イギリスから-

3.発達援助の実践
(1) 集団状況における子どもの発達
(2) 「集団指導」の展開
(3) 乳幼児のチーム療育体制

第2部 人間関係と発達臨床

第3章 「母子関係」の臨床
~母子関係の発達における触経験の意義~

1.「ふれあう」ということ
2.乳幼児期の発達における触経験の役割
(1) 「初期経験」としての触経験
(2) 母子関係における身体接触の役割
(3) 乳幼児期の触経験の発達的意義
3.「近さ」と「隔たり」

(1) 発達と個人空間
(2) 接在共存状況における関係の顕在化

4.母子関係の臨床と触経験
(1) 母子相互関係における個性的パターン
(2) 母子関係の発達的危機とその治療
(3) 治療技法と触経験

第4章 「経験」の世界~子どもの活動における経験の読みとり~

1.発達における経験の役割
(1) 子どもの経験世界
(2〕 二種類の経験の意味

2.子どもの活動における経験の連続性
(1) 心理的状況における変容性
(2) 主題の連続性
(3) 経験の表出

第5章 人間関係の発達~三者関係の発展~

1.「自己」の発展的形成過程
(1) 「自己」の臨床研究
(2) 「自己-他者」関係の臨床的理解
(3) 「三者関係」の顕在化

2.人間関係の発達段階
(1) 描画にみる五つの発達段階
(2) 保育園児の描画にみられる関係の発達的変化

第3部 発達臨床の実際

第6章 子どもの臨床心理劇

1.発達臨床における心理劇
(1) 心理劇の誕生と発展
(2) 心理劇の五つの基礎的な条件
(3) 心理劇の基本的な技法
(4) 子どもの臨床心理劇の適用

2.子どもの臨床心理劇の実際
(1) 学童期の少女との家庭訪問の事例の概要
(2) 経過
(3) まとめと考察

第7章 「行為描画法」

1.発達臨床における「行為描画法」
(1) 「行為描画法」の特色
(2) 子どもの「行為描画法」の適用

2.子どもの「行為描画法」の実際~動物の絵にあらわれた心の世界~
(1) 幼稚園に通う女児との相談の事例の概要
(2) 経過
(3) まとめと考察

第8章 人間関係発展の臨床技法

1.発達臨床における関係技法
2.関係技法の実際
~臨床者養成の途上にて~

(1) 心理劇的臨床者養成法(スーパービジョン)
(2) 技法と実践

引用文献


主題(副題):発達臨床-人間関係の領野から-

発行者:建帛社

発行年月:1993年5月

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横浜国立大学・教育人間科学部
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