障害の告知に親が求めるもの
-発達障害児者の母親のアンケート調査から-
国立精神・神経センター精神保健研究所 中田 洋二郎
上林 靖子
藤井 和子
千葉県柏児童相談所
佐藤 敦子
石川 順子
千葉県市川児童相談所
井上 僖久和
項目 | 内容 |
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発表年月 | 1997年9月 |
転載元 | 小児の精神と神経37号(発行:日本小児精神神経学会・国際医書出版) |
要旨:千葉県東葛地区の2つの発達障害児者親の会の会員72家族を対象に、子どもの障害の告知に関して、自由記述での質問紙調査を実施した。有効な回答は65例(対象総数の90.1%)であった。
回答をよせた母親の意見は、早期告知を求める意見と告知の時期に関して配慮を求める意見に別れた、しかし、告知の時期についての考え方のいかんにかかわらず、障害名や病名の告知のほかに、養育や療育の情報の提供と精神的な援助を求めている点で、母親らの意見は共通した。さらに、母親らの回答は、専門家の伝え方や態度、伝えるべき情報、また伝え方の手段や技術について、専門家が検討すべき点を具体的に示唆する内容であった。
はじめに
われわれは、発達障害児者の母親を対象にした面接調査を平成6年に実施した。この調査は医療・相談機関と家族の関わりが、親が障害を認識する過程にどのような影響を与えたかを、母親との面接で調べることであった。面接で聴取した内容には、障害を告知された時の状況についての家族の印象も含まれていた。面接の結果では、告知時の専門家の態度や説明に、好印象をもった母親もあったが、多くの母親の印象は否定的であった。
家族にとって障害の告知は、障害児とともに自らの生活を築く出発の時であり、専門家にとっては、家族の自立のために、最初の専門的な援助を提供する機会である。しかし、われわれの面接調査での母親の印象では、必ずしも専門家が家族を援助する姿勢で告知したといえる状況ではなかった。
では、専門家はどのように障害を伝えることが、家族を援助するうえで望ましいのであろうか。その答えを見つけるためには、告知において家族が専門家に何を期待しているかを知り、その要望からわれわれ医療・相談機関等で働く専門家がなすべきことを検討しなければならないと考える。そこで本稿では、障害児者の母親が記述した障害の告知に対する要望を分析し報告する。
方法
1.目的
本調査は、障害の告知を体験した家族の告知に対する要望から、1)告知の是非、2)告知における専門家の態度、3)告知に期待される情報、4)告知のための説明の方法の四点について調べ、家族が望む告知のあり方について検討することを目的としている。
2.調査対象者および調査手続き
調査は、千葉県東葛地区の発達障害児者親の会の会員(全体で686世帯)のうち、調査当時6歳から20歳の障害児(者)の世帯を対象とした。調査依頼に応じて協力を申し出た世帯は72組(当該対象世帯の22.4%)であった。
調査は「子どもの障害や問題を、患者やその保護者に伝える際に、医療や相談機関は、どのような内容を説明し、またどのような方法で伝えるべきでしょうか?」という設問に対して、自由記述式で調査協力者に回答を依頼した。調査期間は平成6年1月から4月である。調査票の配布・記入・回収は面接会場で行った。ただし、2名は希望により自宅で記入し、郵送にて回収した。
3.分析の方法
告知に対する要望の分析にあたっては、以下の手順で分類し検討した。
A.告知の時期に関する分類
調査者側の用意した設問は、家族の診断告知に対する内容と方法への要望を問うものであり、障害の告知の是非および時期について直接質問したものではない。そのため多くの回答は告知することを前提に回答しているが、告知の時期については、微妙に意見が分かれた。意見に違いのあった回答を、次のようなカテゴリーに分類した。
- 早期告知:「早く知らせるべき」など、早期に告知することに積極的な回答
- 条件付き告知:告知すること自体に、「時期を見て」「相手の希望によって」など条件をつけた回答
- その他:時期や条件にはとくに触れず、告知することを前提に、その際の要望などについて述べている回答
さらに、1と2に関しては告知の時期について、付加されている意見を「要望と条件」として分類した。
B.告知に際しての要望の分類上述の分類とは別に、自由記述のなかの要望のうち、共通する内容を「告知に際しての要望」として以下の三点に大分類し、さらにその内容を下位のカテゴリーに分類した。
- 伝え方と伝える側の態度
- 伝えてほしい情報
- 説明の方法
結果
未記入の回答が7名あり、これらを無効回答とした。その結果、有効な回答は65名であり、調査対象総数72名に対する有効回答率は90.3%であった。回答者はすべて母親である。今回の調査では性別以外の回答者の属性については質問していない。回答者の世帯の子どもの障害の種類・程度・年齢は表1に示す通りである。
障害児(者)の年齢の範囲 | 6歳~20歳 |
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平均年齢 | 13.2歳 |
性別 | 男性 47名 女性 18名 |
障害の種類 | 病理型精神遅滞 16人 |
広汎性発達障害 40人 | |
その他の精神遅滞 9人 | |
障害の程度 (療育手帳から) |
軽度 12人 |
中度 11人 | |
重度 33人 | |
手帳未申請 9人 |
要望と条件/告知の時期について | 早期告知 (8名) |
条件つき告知 (10名) |
その他(47名) |
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早期療育のために早く伝える | 4名 |
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親が迷い、悩まないために早く伝える | 2名 |
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早く伝えるほうがよい(その他の理由) | 2名 |
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時期を考慮して伝える |
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6名 |
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長期的に徐々に・段階的に告知する |
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2名 |
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親の希望や性格によって告知する |
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2名 |
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注1)空欄は、そのカテゴリーに該当する記述が皆無であったことを示す。
1.家族は早期の告知を望むか?
回答者の記述の内容をAの基準に従い分類し、その結果を表2に示した。
1.早期告知を要望する回答
早期告知を希望した回答は8名(有効回答総数の12.3%)にみられた。それらの回答には、特にその理由を記述していない回答(2名)の他に、告知とあわせて早期治療を期待する回答(4名)、子どもの異常に気づいてから障害を伝えられるまでの迷いや悩みを早く断ち切るためという回答(2名)があった。
2.時期について条件を付けて告知を要望した回答
条件つき告知と分類された回答は10名(15.4%)であった。付加された条件は、告知する時期を考慮するようにとの回答(3名)、長期間かけて徐々に障害を伝える、あるいは段階的に伝えることを条件とした回答(2名)、親の希望や性格に応じて伝えるべきとした回答(2名)に分かれた。
告知の時期については、1と2の分類の結果のように親の意見に相違がある。しかし、告知の時期のいかんにかかわらず共通していることは、障害のある子どもの療育や、精神的な援助を求めている点であった。これらの回答の記述のいくつかを資料1に例示した。
3.その他
その他に分類した回答は、特に告知の是非や時期については言及せず、告知を前提にその際の要望について述べた回答であった。そのような回答は47名(72.3%)にみられた。次に示す回答は、早期告知あるいは条件付き告知の両方の意見が併記されているためこのカテゴリーに分類したが、この記述例には早期告知と条件付き告知にも共通する要望が適切に記述されていると思える。
<記述例>
- NO.112 精神遅滞 男 昭和60年生
- 「親や子どもの状態によってはっきり伝えられない場合もあると思うが、私自身早い時期に宣告されたことが良かった。かなり成長するまではっきり診断名を告げられない場合は、療育のスタートが遅れるし、親の気持ちも滞ったままになる
資料1 告知の時期についての要望と条件
<早期療育のために>
- 診断名は早く伝えるべきだ。そのうえで方向付けをする事が必要。早期発見で療育に取り組む意欲を持たせるようにすることが大事(NO.109:自閉傾向 男 昭和62年生)
<親が迷い、悩まないために>
- 早く告知してほしい。早い段階で具体的に告げられていたら悩まず回り道しなくてすんだ気がする。(NO.229:精神遅滞、自閉傾向 女 昭和52年生)
<時期を考慮して伝える>
- 告知については、心の準備が必要。あまり小さいときに告知されるのはどうか?(NO.108:自閉症 男 昭和54年生)
- 2~3歳ならまだ成長する可能性を残して欲しい。その頃にいわれたらショック(NO.126:精神遅滞、自閉傾向 女 昭和59年生)
- 親が納得した時期に、はっきり診断していただき、よかった。納得していない時期に診断を受けたら、次の子を産む自信をなくしていたと思う。(NO.128:自閉症 女 昭和53年生)
<長期間に徐々に・段階的に>
- 年数をかけて継続的にフォローしていく中で徐々に伝えてほしい。(NO.218:自閉症 男 昭和55年生)
- 障害を伝えるとき、衝撃をやわらげるために、第1次、2次、3次告知といった、時間を経て親の反応を見ながら少しずつ事実を告げていくのはどうでしょう。(NO.238:ダウン症 男 昭和51年生)
<親の希望や性格によって>
- 本当のことを知りたいと思う親であれば早く真相を告げた方がよい。その場合も見通しをつけてあげることが大切。(親と)同じようにとことん関わっていく姿勢でないと中途半端な相談となり危険である、(NO.103:自閉症 男 昭和56年生)
(表 終了)
ことによって、時とともに納得するタイプの場合は難しいと思う。子どもを育てる親、毎日接する母親にとっては宣告とともに、母親の精神的ケアが必要。病院は診断名を告げるだけでなく親の心の持ち方、生活のしかたにも心をくだいてほしい。いつまでも親の精神状態が良くならない場合は悲劇としかいいようのないケースが多い。故に相談機関に委ねることが望ましい」
2.家族は専門家の説明に何を期待するのだろうか?
回答者の自由記述をBの基準に従い分類し、その結果を表3に示した。この分類を行うにあたっては、一人の回答者の自由記述の中の文を分析の対象とした。なお、同一の文の中に異なるカテゴリーに該当する要望が列挙されている場合は、それぞれを独立の記述として扱った。ただし、同じ要望を繰り返し、あるいは表現を換えて記述している場合は、ひとつの要望として扱った。
1.伝え方と伝える側の態度に関する要望
伝え方に関する要望には、はっきりと・率直に・暖昧でなく・的確に・隠さずなど、類似の表現が目立つ。このような表現は、専門家の説明の暖味さを指摘していた(21例)。
専門家の説明が暖味になる要因として、告知の際に告知する側が十分な説明を怠った場合と、診断が確定できない段階で明確に障害を説明できなかった場合があったと推測される。そのことが比較的表現されている記述を、資料2の「はっきりと・率直に・暖昧でなく」のカテゴリーに例示した。
説明が暖昧になるもう一つの要因として、専門家が親の情緒的な反応を意識し、詳細な説明を躊躇する場合が考えられた。たとえば、親を落胆させないために、あるいは親を励まそうと思い、「病気」が治るかのようにとれる表現をしたことが、障害についての説明を暖味にしたと思える記述であった。
告知に際しての要望/告知時期について | 早期告知 (8名) |
条件つき告知 (10名) |
その他(47名) |
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1.伝え方と伝える側の態度(39例) |
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はっきり・素直に・曖昧でなく(21例) | 3例 |
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18例 |
説明は、同情や気休めの言葉でなく(4例) | 1例 |
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3例 |
親の心情を理解し、親の立場に立って(14例) |
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2例 | 12例 |
2.伝えてほしい情報(26例) |
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障害について(抽象的な表現)(4例) |
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1例 | 3例 |
原因と予後の正確で新しい知識(4例) |
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4例 |
養育や発達や将来の見通しについて(9例) | 2例 |
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7例 |
医療・療育・親の会の具体的情報(9例) | 2例 | 7例 |
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3.説明の方法(16例) |
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専門用語でなく、平易に説明する(5例) | 1例 |
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4例 |
何回か時間をかけて(3例) |
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2例 | 1例 |
印刷物などを渡して(2例) | 1例 |
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1例 |
具体的な例をあげて(4例) |
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4例 |
両親同席のもとで(2例) |
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|
2例 |
註1)一人の回答者の自由記述に、複数のカテゴリーに分類されるいくつかの記述がある場合は、それぞれの記述を独立したものとして分類・集計を行った。
註2)空欄は、そのカテゴリーに該当する記述が皆無であったことを示す。
これらの記述(4例)を、「説明は同情や気休めの言葉でなく」のカテゴリーに分類した。このカテゴリーに分類された記述には、資料2の例のように、専門家の態度に対して厳しい批判がこめられている。
しかし、子どもの障害を知らされることは親としてつらいことであり、このつらさを告知する側も理解し、親の立場に立った告知を求める声も少なくない。そのような思いを訴えた記述は14例あり、それらを「親の心情を理解し、親の立場に立って」のカテゴリーに分類した。
なお、「伝え方と伝える側の態度」の下位カテゴリーの記述例は資料2の通りである。
2 伝えてほしい情報に関する要望
親が求める情報は、大きく二つに分かれた。一つは、障害や状態の説明に関する要望(17例)である。それはさらに、障害についての説明を求める抽象的な記述(4例)、原因や予後の正確で新しい知識を求める記述(4例)、今後の養育の仕方や発達や将来の見通しの説明を求める記述(9例)に分かれた。
もう一つの求められた情報は、医療・相談機関や療育機関、また親の会などの情報であった。この分類に該当した記述は9例であった。これら、親が求める情報のいくつかの記述を資料3に記載した。
親が要望する情報を総括すると、告知に際して求められているのは、障害名や病名以上に、障害の内容や子どもの発達状態、またその後の子どもの養育と将来の設計に役立つ具体的な情報である。次に示す例が以上に述べた要点を端的に表現している。
資料2:伝え方・伝える側の態度に対する要望
<はっきり・率直に・暖味でなく>
- 病名などあいまいでなくはっきり伝えてほしい。(NO.119:自閉傾向 男 昭和49年生)
- 病気の内容を的確に伝えてほしい。(NO.221:ダウン症 女 昭和51年生)
- 子どもが小さいときは暖昧な言葉でしか指導してもらえず不安だった、(NO.229:精神遅滞、自閉傾向 女 昭和52年生)
<説明は同情や気休めの言葉でなく>
- 暖昧でなくはっきり事実を伝え、あまり希望を抱かせないで欲しい、(NO.123:自閉症 男 昭和51年生)
- 診断についてははっきり伝えること、いわれてそこで決断ができる、やり方しだいで治るとか気休めよりも大切だと思う。(N0.124:白閉症、精神遅滞 男 昭和48年生)
- 同情は無用。無知な保護者に対して噛み砕いて分かりやすく理解できるまで説明し、先の見通しも含めて説明してほしい。(NO.220:小脳欠損、精神遅滞 男 昭和58年生)
- 個々の子どもによって判定しにくい場合や幼児期の状態により予想外に発達がみられる場合など例外はあると思うが、治るというような親に暖昧な希望を抱かせることなく、親が子どもの将来の展望を含めて、現在の子どもの状態を正しく認識し、よりよい療育に取り組めるよう指導サポートしてほしい。(N0.129:自閉傾向 男 昭和55年生)
<親の心情を理解し、親の立場に立って>
- 相手の精神面を考え前向きに考えながら説明してほしい、(NO.202:自閉症 女 昭和58年生)
- 普通の子と同じように愛情深く育てなさいといわれたとき、親として救われたような気がする、伝える側も親に愛情深くあってほしい。(NO.232:ダウン症 女 昭和61年生)
- 看護婦は親切であってほしい。扱いになれているあまりに、冷たく事務的な対応であった。(NO.234:ダウン症 男 昭和49年生)
- 自閉のどういうものは治るのですかと質問したときに、社会復帰はできないと言われた。そういう言葉は親にとってショックが大きいと思う。(NO.235:精神遅滞、自閉傾向 男 昭和51年生)
資料3伝えてほしい情報
<障害について(抽象的な表現)>
- 障害の持つ大きさや大切さも伝えてほしい。(NO.102:自閉症 男 昭和50年生)
- 障害についての正しい説明と親の立場に立ってほしい、(NO.203:ダウン症 女 昭和55年生)
<原因と予後の正確で新しい知識>
- 治る病気ではないこと、器質的なものであることを伝えたほうがよい。(NO.123:自閉症 男 昭和51年生)
- 最初の医療機関で「蒙古症はすぐ死んじゃうんじゃないか」と医師から告げられ(中略)医師は最新の文献を読んで正確な知識を紹介してほしい。(NO.234:ダウン症 男 昭和49年生)
<養育や発達や将来の見通しについて>
- 障害児が生きるうえで、支えになるものとして、冷静なデータと判断が必要であり、熱意だけでは障害の治療と改善にならないこと。(NO.129:自閉傾向 男 昭和55年生)
- 教育課程の修了後、将来の進路、作業所へ行くなどの答えがあると設計しやすい。(NO.223:自閉症 女 昭和50年生)
<医療、相談、療育、親の会の具体的情報>
- 治す術がないなら、適切な療育・ケアを受ける施設を紹介してほしい。(NO.112:精神遅滞 男 昭和60年生)
- 同じような障害をもつ親のグループを教えてほしい。(NO.206:ダウン症 男 昭和56年生)
- 言語・歩行訓練が必要なときに、どんな機関がどこにあるのか情報を得るのが難しかった。(N0.221:ダウン症 女 昭和51年生)
(表 終了)
<記述例>
- NO.133:自閉症 女 昭和52年生
- 「親としてはどこかで心配や不安を感じているはずだから、相談に行くのであって、「様子をみましょう」という場合でも、いつまで様子を見ればよいのか、どういう風に発達してくれば大丈夫なのか、その後、再度フ才ローがあればずいぶん楽だと思う。
- 障害名を伝えるときでも「○○な傾向にあります」でいいと思う。障害名よりもむしろ、今やるべき事は子供にとって何か?これから先はこういう療育機関もあるし、幼稚園、保育園でも障害児を受け入れてくれる所もあるなどの情報。医療機関、お医者さんのことなど。そして同じ子供をもった親の会のあることなども教えられれば、すこしでも前向きに考えられると思う」
3.説明の方法に関する要望
このカテゴリーに分類された要望は、説明の際に専門家が工夫すべき技術や手段に対する、障害児の家族からの提案と言い換えることができる。それほど記述の内容は具体的な示唆に冨むものであった。
回答に共通する内容を分類すると、専門用語を避け平易な言葉で説明すること(5例)、一回限りでなく何回か時間をかけて説明すること(3例)、印刷物などを渡し後で反芻できるようにすること(2例)、具体的な例をあげて説明すること(4例)、両親同席で説明すること(2例)となった。それぞれの代表的な記述を資料4に例示した。
考察
1.告知の時期
告知の時期について、早期の告知を望む回答が8例(有効回答総数の12.3%)、時期や親の希望を考慮して告知することを望む回答が10例(15.4%)あった。告知の時期に関して親の意見は必ずしも一致していない。しかし、現実には診断と告知は確実に早くなっている。その理由は診断技術の進歩に伴い、早期に診断確定が可能になっていることと同時に、障害のある子どもを治療や療育へと早くつなげるためである。この早期治療の期待は、早期告知を求める母親の回答にも表明されていた。
しかし、早期告知を要望した回答には、診断が確定するまでの親の悩みや迷いを訴える意見があり、また、条件付き告知の回答には、早い時期の告知による心理的衝撃が、親の療育への意欲をそぐことを示唆する意見があった。親の早期告知を求める声には、告知後の療育の裏付けや、告知が家族に与える心理的な衝撃に対するフォローの体制への期待が、同時に訴えられていると言える。
母親の回答の中で提案された段階的な告知(資料1:ケースNO.238)は、ダウン症をはじめとする先天異常において、告知の衝撃を緩和するのに効果的だと考えられる。同時にそれは、自閉症や軽度の精神遅滞など外見上に特に異状がなく、親が子どもの障害を受容するのに時間が必要な事例において、障害を認識する過程を専門家が援助する際にも有効であろう。
ところで母親が提案する段階的告知は、単に時間をかけて、徐々に障害を伝えるという意味と解釈してよいだろうか。この母親の記述は、障害を伝えられることで生じる家族の心理的な反応と、その変化に応じて障害についての説明がなされることを求めている。告知における家族の心理的反応の他にも、告知時の情報の理解や認知の歪み、またそれらが家族の対処行動に与える影響など、専門家が認識しなければならないことは数多くある。段階的告知は、それらの経験や知識の蓄積に基づいて計画的に進められなければならないであろう。
資料4 説明の方法についての要望
<専門用語でなく、平易に説明する>
- あまり専門用語は使わず、優しい言葉で分かりやすく説明してほしい。(NO.107:自閉傾向 男 昭和51年生)
<何回か時間をかけて>
- 障害について無知な親が多数だと思うので、時間をかけて説明してほしい。(NO.105:自閉傾向 男 昭和55年生)
<印刷物などを渡して>
- 印刷物など資料を併せて診断の時に渡して、家で考える時間があったらよかった。こちらから質問するには知識がなくてできないのでは。(NO.105:自閉傾向 男 昭和55年生)
<具体的な例をあげて>
- 原因から経過、見通しまで例をとって説明してほしい。(NO.205:自閉症、精神遅滞 男 昭和61年生)
<両親同席のもとで>
- 父親から後で病名を聞かされましたが、直接そのとき聞かせてほしかった、(NO.230:ダウン症 男 昭和50年生)
(表 終了)
他にも条件つきの告知の要望には、示唆に冨む記述が多かった。親の告知への意思の有無を条件にあげた回答(資料1:ケースNO.103)もその例である。この記述は、一見早期の告知を要望するようであるが、反面で告知を望まない親、あるいは望まなかった親がいることを示唆している。早期発見・早期治療は家族も専門家も望むところであるが、障害児の療育に関しては、親の療育への意欲は欠かせない条件である。この記述は、親の療育への意欲をそがないためにも、告知に際して家族の主体性を尊重する姿勢が専門家に求められていることを示唆している。
2.専門家の態度
専門家の説明の仕方や態度への要望では、実に三分の一近い回答に、専門家の説明の暖昧さを指摘する記述があった。この結果は、調査に協力した親にとって自分の子どもの障害を告知される際に、専門家の説明がいかに理解しにくいものであったかを示している。
親が子どもの障害を知る時に起きる心理的衝撃と混乱については、これまでたびたび報告されている。それらの報告からもわかるように、障害を告知する際の情緒的な反応は避け得ないものである。障害の告知に携わる専門家は、当然その心理的な混乱を予測し、混乱のなかでも家族の理解が進むように工夫して説明することが必要である。
親の立場からは、正確な事実の説明と同時に、専門家の共感的な態度が求められていた。それは、できる限り感情的な混乱を避け、子どもの障害を正確に理解したいという親の思いから生じた要望であろう。すなわち、専門家が事実をいかに詳細に伝えようとも、それだけでは告知をしたことにはならず、単に職業上の義務を表面的に果たしたにすぎない。この要望は正確な理解のために精神的なサポートが必要なことを示唆している。
この要望から、告知に携わる者が重い現実を家族に伝えると同時に、将来の希望を与えるという、いわば二律背反する課題を常に担っていることを、われわれは認識しなければならない。
3.告知に求められる情報
告知に際しては、障害(disorder)について正しくまた新しい知識に基づく説明が求められている。この要望には、それを記述した家族の告知を受けた時期が関係していると思える。たとえば、白閉症の原因として環境要因が主張された時期があり、またダウン症が短命であるとの見解が流布した時代があった。自らの子どもの疾患や障害について、そのような説明を受けた家族は、それらの見解が短期間に否定され、また変遷する状況を見て、当然告知した専門家の専門性を疑い、医療や相談に対して不信を抱いたであろう。そのような思いが、親の記述のなかに込められていた。
障害の事実は親にとって衝撃が大きいだけに、その説明は正確な医療情報に基づいていなければならない。また、医療への不信や誤解が生じないためにも、専門家は最新の情報ばかりでなく、医療・療育の現状と限界についても率直で偏りのない説明をする必要があろう。また、告知には医師ばかりでなく広範な職種が関与する。それら障害の告知に携わる専門家が家族に誤った説明をしないため、告知に携わるさまざまな職種に対し、新しい医療情報と現任研修の機会が提供されることが望まれる。
親が期待する情報としては、他に障害(handicap)の説明に関わる将来の見通しや、医療・療育の機関や親の会などの具体的な情報があった。地域によって、医療・療育機関の整備や親の会の活動、また将来の自立のための援助機関や雇用の機会、収容施設の状況など、障害児と家族が利用できる資源が異なり、必ずしも親が期待する情報を提供できないかもしれない。しかし、地域の医療・相談・療育機関と自助グループが、互いの具体的なサービスや活動の内容を話し合う機会があれば、それに代わる活用性の高い情報を家族に提供できるだろう。それぞれの地域に、障害に関わる諸機関と親の会をはじめとした自助グループの横並びの連携が欲しいところである。
4.告知の方法
家族が障害について初めて説明されるとき、親は少なからず動揺している。母親が求める説明の方法は、そのような状況において、親の理解を促すために、親自身が専門家に提案する手段や技術といえる。
告知に対する親の実態調査の結果から、玉井は、平易に説明しやすく専門知識がなくても理解されやすい情報と、必ずしもそうでない情報を整理し、継続的に情報を提供することや、障害に関する図書やパンフレットの常備や活用を提案している。秋山は、障害児者と家族のライフサイクル計画を積極的に支援する観点から、家族が自らのライフプランを立てられるために、告知には、家族への共感とともに、丁寧でやさしい言葉による説明と、親にとって唐突でなく、ある程度の予備知識と受け入れ体制が蓄積されたうえで、一度限りでなく回数を重ねて時間をかけて伝える等を、診断告知の際の心得としてあげている。また、長谷川は、インフ才一ムド・コンセントが、単なる病名の告知ではなく、専門家と家族とが「診療のすべての過程で相互認識を確かめながら進めていく」継続的な関わりであることを指摘している。
このように、親を対象にした調査と、障害児者の診療の永年の経験から導かれた見解には、共通する部分が多い。本稿の母親の要望も、家族の側からの一方的な見方や、一部の意見ではなく、いずれも、障害の告知に関わる医療・相談の場で検討され、早急に具体化されなければならない大切な視点であると思える。
告知に際しての伝える手段や技術に関する親の要望は、その点で示唆に富んでいた。あらためてそれを整理すると以下の5点となる。
- 専門用語を避けて、平易な言葉で、理解がいくように説明する。
- 時間をかけ、一回限りでなく何回かに分けて説明する。
- 印刷物や書いた物を渡し、視角的にも理解を促し、また告知後も反芻して理解できるようにする。
- 具体的な例をあげて、理解を促す。
- 両親双方に説明する。
今回の調査では、障害の種類による要望の違いを検討できなかった。障害の種類によって、家族と専門機関のかかわりは明らかに異なる。今後の課題としては、障害の種類に応じた告知のあり方を検討することが残っている。
調査にご協力いただいた親の会の皆様に、厚くお礼申し上げます。また調査の面接を担当していただいた野田すみ子さん、正田雅子さん、冠木久仁子さん、小野寺公子さん、菅谷広子さん、難波江玲子さん、小保方稔子さん、沖山邦子さんに感謝いたします。最後に、貴重な助言とご指導をいただきました国立精神・神経センター精神保健研究所の白井泰子先生に、心から感謝いたします。なお、この調査は、安田生命社会事業団1993年度研究助成によって行いました。
文献
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- 2)玉井真理子:ダウン症告知関する調査より。加部一彦、玉井真理子著、てのひらのなかの命。ゆみる出版、1994,pp99-104
- 3)中村正、中根允文、小林勇:ダウン症候群児をもつ親へのアンケート-初めて診断を告げられたとき-。小児保健研究37(3):195-198.1978
- 4)玉井真理子、日暮眞:ダウン症の告知に実態-保護者に対する質問紙調査の結果から-。小児保健研究53(4):531-539.1994
- 5)中田洋二郎:親の障害の認識と受容に関する考察-受容の段階説と慢性的悲哀-。早稲田心理学年報27:83-92.1995
- 6)白井泰子:患者主体の医療とインフォームド・コンセント。新宮一成、北村俊則、島悟(編)、精神の病理学:多様と凝集、KINPODO、東京、1995,pp360-372
- 7)Drotar D,Baskiewicz A,Irvin N et al:The adaptation of parents to the birth of an infant with a congenial malformation:A hypothetical model.Pediatrics 56(5):710-717,1975
- 8)Klaus,MH&Kennell,JH:母と子のきずな母子関係の原点を探る、竹内徹、柏木哲夫訳、医学書院、1981
- 9)田中千穂子、丹羽淑子:ダウン症児に対する母親の受容過程。心理臨床学研究7(3):68-80.1990
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- 11)渡辺久子:障害児と家族過程-悲哀の仕事とライフサイクル、加藤正明、藤縄昭、小比木啓吾編、講座家族精神医学、弘文堂、東京、1982,pp233-253
- 12)長谷川知子:先天異常医療におけるインフォ一ムド・コンセント・小児内科26(4):549-554.1994
- 13)玉井真理子:「障害」の告知の実態-母親に対する質問紙調査の結果および事例的考察-。発達障害研究15(3):223-229.1993
- 14)秋山泰子:発達障害児(者)のライフサイクル計画、有馬正高、熊谷公明(編)、発達障害医学の進歩N07。診断と治療社、1995,pp1-7
- 主題・副題:
- 障害の告知に親が求めるもの-発達障害児者の母親のアンケート調査から-
- 著者名:
- 中田 洋二郎、上林 靖子、藤村 和子、佐藤 敦子、石川 順子、井上 僖久和
- 掲載雑誌名:
- 小児の精神と神経
- 発行者・出版社:
- 日本小児精神神経学会・国際医書出版
- 巻数・頁数:
- 第37号
- 発行月日:
- 西暦 1997年9月
- 登録する文献の種類:
- (1)研究論文(雑誌掲載)
- 情報の分野:
- (9)心理学
- キーワード:
- 家族、発達障害、告知、専門的援助
- 文献に関する問い合わせ:
- 国立精神・神経センター精神保健研究所
〒272-0827 市川市国府台1-7-3
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