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全国重症心身障害児施設職員研修会講演録

寝たきり状態がもたらす弊害
―循環調節障害を中心に―


愛知県心身障害者コロニー
発達障害研究所治療学部門室長

三田 勝巳


はじめに

地球上で生活する私たちは常に1Gという重力を受けており、体の諸器官はこれに耐えられるように長い間かかって変化してきました。立ったり、歩いたりといった日常背活のほとんどの動作は重力に逆らうことであり、重力に対する適度な抵抗つまり運動をすることは健康や体力を維持するうえで重要です。
一方、寝たり、横になると体にかかる重力の影響が無くなり、擬似的に無重力状態になったともいえます。長期にわたる寝たきり状態は体力を著しく低下させ、健康に大きな弊害をもたらし、時にはその弊害が生命をも脅かします。
重症心身障害児(以下、重症児と呼ぶ)は重篤な障害ゆえに寝たきりとなった人達が約三割を占めています。また、高齢者もごく軽い病気、怪我、骨折などがきっかけで安静をとり過ぎた結果、寝たきりになった人を多くみかけます。
寝たきりが引き起こす弊害は全身諸器官に及びます。例えば、表1に示したように、起立耐性(立位の維持能力)の低下、筋力低下、間接拘縮、骨粗鬆、褥瘡など際限がありません。ここでは特に、起立耐性と密接に関連する循環調節機能についてお話しします。

表1 長期臥床が身体諸機能に及ぼす影響

器官 症状

心臓血管

神経
筋骨格
皮膚
消化器
泌尿器
起立不耐性
無期肺、肺炎
圧迫性神経疾患、身体動揺の増大
筋力低下、拘縮、骨粗鬆
褥瘡
便秘
高カルシウム血症、尿失禁

Gorbien, MJ et al.(J. Am. Geriatr. Soc., 1992)


立位ではたらく循環調節機構

図1は、横になった状態(臥位)から立った状態(立位)に姿勢を変えた時、心臓や血管に起きる変化を模式的に示したものです。立位をとると心臓と下肢との間に約100mmHgの圧力差が生じ、血液が下肢に貯まります。この血液の貯溜は心臓へ戻る量を減らすために、次に心臓から送り出す血液(一回拍出量)を減らし、その結果として血圧の低下を引き起こします。血圧が一定水準より下がると、脳は充分な血液を確保できなくなり、目眩が起こり、立ってはいられなくなります。このため、立位ではいかに血圧を維持するかが重要となり、血圧の低下に対して以下の調節機構が働きます。

図1 立位姿勢における循環調節機構

図1 立位姿勢における循環調節機構


即ち、血圧が低下すると心臓や血管内にある圧受容器の活動が抑制され、迷走神経の求心制活動が減少します。そこで交感神経活動が活発となり、その結果、心拍数が増加します。つまり、心臓から送り出す血液量の減少を回数で補償しようとする訳です。
もう一つの機構としては末梢の血管収縮があります。四肢の血管を閉めることによって血管抵抗を増大させて血圧を高め、脳血流を一定に維持しようとする機構です。
これら一連の反応によって血圧は速やかに回復し、立位姿勢を継続することが可能になります。このような循環調節機構は日常生活の大半を立位や座位などの抗重力姿勢(重力に対抗する姿勢)で過ごすヒトに備わった適応能力とも言えます。

宇宙飛行土と寝たきり

ここで話題を少し変えて、宇宙飛行士の身体機能に触れることにします。
長期間にわたって無重力あるいは微小重力環境に滞在する宇宙飛行士は、その滞在期間によって様々な弊害を受けることが報告されてきました。その症状は図2に示すように寝たきりの人違に非常に類似するものです。スペースシャトルや宇宙船の中でアスレチックにあるような自転車エルゴメーターやトレッドミルを使って運動をしている様子をテレビや新聞で見られていると思います。無重力環境であっても運動を負荷すれぱ、筋や骨格などの運動器官の機能低下は防御できます。しかし、循環調節機能と密接に関係する起立耐性は運動によって防御できず、地球に帰還後、その能カが低下していることが報告されています。

図2 宇宙における種々の身体系の主要変化の時間的経過_

図2 宇宙における種々の身体系の主要変化の時間的経過(大島、松原監修:宇宙医学、同文書院)

そこで、宇宙医学の分野では、宇宙飛行士の循環調節能力を検査したり、宇宙滞在中に機能低下を防御するために「下半身陰圧負荷装置」なるものを考案し、その有効性、実用性を確立してきました。この装置については後に触れます。
一方、寝たきりの重症児は一日の大半を水平臥位状態で過ごしており、前述したように疑似的な無重力状態に暴露されていると言えます。彼らは疾患そのものから起きる固有の機能障害に加えて、寝たきりに起因し、更に、宇宙飛行士と類似した様々な弊害をもつことが想定されます。事実、寝たきりの人達が立位や座位をとると、チアノーゼ、浮腫、血圧低下など循環調節機能の低下を示す症状をしばしば目にします。

下半身陰圧負荷による検査

こうした背景から、寝たきり重症児の循環調節能力を改めて詳細に検査することにしました。しかし、変形や関節拘縮のある重症児が検査のために立位や座位をとることは困難です。そこで、臥位のままで立位と同様な状態を作りだすために、前述した下半身陰圧負荷装置を利用することにしました。
下半身陰圧負荷装置は、下半身をカプセルに入れて密閉し、この中を減圧して下肢に血液を移行し貯溜させる装置です。
この結果、臥位の状態で心臓血管系に重力の影響を疑似的に加えることができます。減圧の大きさを調整すれば臥位から直立位までの間の影響を段階的に生みだすことも可能です。
今回の検査のために独自に開発した下半身陰圧負荷装置を紹介します(図3)。

図3 本検査で使用した下半身陰圧負荷装置

図3 本検査で使用した下半身陰圧負荷装置


装置は下半身を入れる陰圧カプセル部とこれを滅圧させるためのバキューム部に大別されます。陰圧カプセル部は上下二分割の構造とし、自力で移動できない重症児を容易に挿入できるようにしました。
カプセルの材料には、内部の状態を常時監視できるように、透明アクリル(10mm厚)を使いました。カプセルと被検者の腰部をビニールシートで密封して空気の漏洩を防ぎ、陰圧状態を一定に保ちました。減圧は市販の大型掃除機でカプセル内の空気を吸引することによって行い、電圧調整器を用いて陰圧の大きさを調節しました。
検査では、重症児の循環調節能力が低いことを想定して、マイナス20mmHgの陰圧負荷を選びました。なお、我々が直立位をとった際に受ける重力の影響はマイナス60mmHgの陰圧負荷に相当するといわれており、今回用いた陰圧は座位程度あるいはそれ以下の強度であると思われます。

循環調節節能力の低下

 (1)血圧の変化

それでは下半身陰圧負荷を加えた際の循環調節反応を健常者の結果と比較しながら話を進めていくことにします。
図4は陰圧負荷に対する平均血圧の変化を見たものです。横軸は陰圧を加えない安静状態の平均血圧、縦軸は陰圧を加えた状態での平均血圧を表しています。以下、それぞれの状態を略して“安静時”、“陰圧時”と呼ぶことにします。

図4 安静時と陰圧時における平均血圧

図4 安静時と陰圧時における平均血圧


細い実線で示した対角線は安静時と陰圧時の平均血圧が一致するラインです。なお、平均血圧というのは一拍毎に繰り返される血圧変動を平均化した値であり、通常、〈最高血圧〉と〈最低血圧の2倍〉を加え、これを〈3〉で割った値として求められます。
健常者(○印)の血圧は対角線の周りに分布し、陰圧負荷に対して血圧維持が適切に行われていることが確認できます。この結果を手がかりに、この陰圧負荷に対する血圧の正常な反応域を設定することにします。
先ず、健常者の値から回帰直線(太実線)を求めます。また、この回帰直線に対する標準残差を求めます。標準残差とは、回帰直線に対する偏差の二乗を健常者全員について計算し、それらの平均値の平方根をとった値です。
次に、回帰直線より標準残差の二倍だけ下回った直線(破線)を考えて、これより上側の範囲を正常域とします。つまり、この破線は統計的な分散を考慮した上での正常反応の臨界値を指し、これを下回る反応は陰圧負荷によって血圧が低下したとみなされます。
重症児の血圧反応は大半が健常者の回帰直線(太実線)の下側に分布し、中でも破線を下回って血圧低下を示した者が15名中5名いました。そこで、破線より上側の重症児を血圧維持群(H1;▲印)、破線より下側の者を血圧低下群(H2;■印)と大別し、次に述べる心拍数や末梢の血管収縮という調節機構を考えることにします。

 (2)調節機構の働き

先に述べたように、重力負荷に対する心拍数の増大反応は一回拍出量の減少を回数で捕おうとする補償作用です。図5(A)は心拍数の変化を見たものですが、健常者(○)では有意な増加が確認されます。
一方、重症児血圧維持群(▲)では極僅か増大が見られるにすぎず、血圧低下群(■)では減少すら見られます。この結果は、血圧維持群では心拍数による調節能力が低下していること、血圧低下群ではその補償機構が作動していない可能性を推察させます。

図5 安静時と陰圧時における心拍数(A)と血漿ノルエピネフリン濃度(B)

図5 安静時と陰圧時における心拍数(A)と血漿ノルエピネフリン濃度(B)

もう一つの調節機構である末梢の血管収縮を見ていきます。これを直接知ることはできませんので、血管収縮と密接に関係のあるノルエピネフリンというホルモンを指標にしました。安静時と陰圧時の血漿ノルエピネフリン濃度を図5(B)に示しました。健常者の値は陰圧時に有意な増加が見られます。重症児ノルエピネフリン濃度を見ますと、安静時の濃度が健常者より高いことが先ず目につきます。また、陰圧時を見ますと、両群とも増加傾向は見られますが、その増加は健常者より少なく、更に、血圧低下群は血圧維持群より少ないという結果でした。安静時の濃度が高く、重力負荷時の変化が少ないという特徴は高齢者を対象とした検査報告でも見られており、重症児の血管収縮能力の低下を示すものと言えます。そして、その能力低下は血圧低下群の方が春しいと思われます。

機能改善の可能性

若干専門的になりますが、寝たきり状態が引き起こす循環調節能力の低下は全血液量の減少によると報告されてきました。つまり、臥床状態では重力の影響が無くなり、立位に比較して血液が上半身により多く配分され、胸腔や腎臓の血流量も増加します。このため体液を調節しているホルモンが抑制されて尿の排泄量が増加するので、体液が減少します。体液の減少は当然のことながら血漿量を減少させ、更に、全血液量の減少を起こします。この結果、一回拍出量も少なくなるので安静時心拍数が増大します。ここで立位をとりますと、調節機構は過剰に反応しなけれぱなりません。
これらの報告は1~2カ月程度の比較的短期間の実験的な臥床状態から得られた緒果であり、重症児の臥床期間ははるかに長く、機能低下が更に進んでいると考えられます。
今回の調査結果を見ますと従来の報告のように、過剰な反応が見られたとはいえず、心拍数の低下といった逆の反応すら認められました。検査した重症児は少なくとも5年以上寝たきりの人達でした。このような長期にわたる寝たきり重症者の循環調節能力は単に全血液量の減少によって低下させられているだけではなく、補償作用を調節する機構(圧反射機構)にも機能不全があることを推察させます。しかし、血圧維持群と血圧低下群では陰圧負荷に対する反応が大きく異なりました。両群の日常生活を調べてみますと、血圧維持群の大半は食事や保育などで寄り掛かりながら座位などの抗重力姿勢を定期的にとる機会がありました。
一方、血圧低下群にはそうした機会が無く、全くの寝たきりでした。この両群の違いは、寄り掛かりであっても座位や立位など抗重力姿勢を継続して確保するが、機能維持や改善に重要な役割を果たすことを示唆するものです。
なお、血圧低下群の結果から調節機能が欠損した重症児もありうることが推察されます。こうした重症児に対しては、血圧を監視しながら座位をとるなど慎重な対応が必要であると考えます。

おわりに

寝たきり重症児の循環調節の問題に取り組んだきっかけは、愛知県コロニーの重症児施設こばと学園の看護婦さんや保母さんとの何気ない雑談でした。こばと学園では春と秋にバスで遠足に出掛けます。その当日数週間前から寝たきりの人違に一日何分間か座る機会を設けているそうです。「遠足の前にしばらく座ることにしたほうが、遠足に行った時に園児の調子が何となく良い。バスの中で座っていても顔が青くなったり、気分が悪くならないようだ。」との話を聞きました。
私たちはこれを何故だろうと思い、何故を明らかにしたいとも思いました。この検査を進めるにあたり、こばと学園を始め北海道療育園、国立診療所足利病院には多大なご助力をいただきました。北海道療育園では、私たちが検査で訪問させていただいたことがきっかけで、寝たきりの人達を全員起こされるようになったそうです。数年後再び訪問した折、起こすようになってから以前より顔つきがはっきりした、目つきが変わったとお聞きしました。このために一人一人に専用の椅子を作られたとも伺いました。
また、幾つかの重症児施設でも寝たきり重症児を起こす努力をされていることを耳にしております。寝たきりを寝たきりにさせないことは健康管理の原点かもしれません。
私たちは重症児の健やかな健康を目指し、今後も寝たきりがもたらす様々な弊害(表1)に取り組んで行きたいと考えております。
なお、本拙文は平成4年度全国重症心身障害児施設職員研修会(保母・児童指導員コース)における講演の一部を書き直したものです。最後に、この話題と関連する私たちの報告書数編を巻末に記して拙文を終わらせて頂きます。

参考文献

赤滝、三田、宮側、石田:最重度重症心身障害者の抗重力姿勢における循環調節、体力科学、39、114-119(1990)
赤滝、三田、富側、鈴木、山川:重症心身障児(者)の下半身陰圧負荷(LBNP)に対する循環調節、28、115-120(1991)
赤滝、三田、伊藤、鈴木:下半身陰圧負荷法による循環調節機能の評価-長期臥症の重症心身障害者を対象として-、医用電子と生体工学、30、14-21(1992)


主題:

寝たきり状態がもたらす弊害-循環調節障害を中心に-

著者名:

三田 勝己(愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所治療学部門室長)

雑誌名:

重症児とともに

発行者・出版社:

日本重症児福祉協会

巻数および頁数:

第78巻 1-4頁

発行年月:

1995年

登録する文献の種類:

(6)その他(総説)

情報の分野:

(4)教育学、(7)体育学、(10)医学、(12)保健学

キーワード


文献に関する問い合わせ先:

〒480-03 愛知県春日井市神屋町713-8 
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所
三田 勝巳
電話:0568-88-0811 FAX:0568-88-0829

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