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国連障害者の権利条約

JDF(日本障害フォーラム)・条約推進議員連盟セミナー
「障害者の権利保障~権利条約とアメリカ障害者法」

「障害者の権利と尊厳に関する国際条約の意義」

国連障害者権利条約特別委議長(駐豪エクアドル大使)
ルイス・ガレゴス・チリボガ

1.背景

 世界には「少なくとも」6億人の障害者がおり、そのうち約80%が途上国に住んでいると推定されています。差別を受け、社会から隔離され、経済的に隅に追いやられ、社会的、政治的そして経済的な意思決定プロセスに参加ができない結果として、この障害者という集団は社会とその開発から取り残されてきました。こうした状況下で、社会は経済的、社会的な発展に必要な人材を失ってきました。私たちは皆、障害者やその属する社会に影響を与える新たな、そして緊急の地球規模の問題の存在を痛切に感じています。そうした問題は、貧困や不平等の拡大、武力紛争のエスカレート、いまだに脅威の続くAIDSの蔓延といったものから、特に情報コミュニケーションにおける重要な技術進歩にいたるまで幅広く存在しています。この複雑な状況が、障害者のニーズに対して効果的に取り組むことのできる、より洗練された基準、プロセス、組織、そしてメカニズムを必要としています。現在議論されている条約への取り組みにおいては、こうした世界状況の複雑さや、あらゆるレベル、つまり国際的にも国内的にも地方レベルであってもこの複雑な状況に対応してほしいという要求が増えていることを考慮に入れるべきです。

 皆さん。現在の私たちの社会においては、社会的偏見や差別、アクセスのない環境、支援サービスや経済的資源の欠如など、障害者が直面している障壁が数多くありますが、障害者は途上国においても先進国においても、平等な市民として社会に完全参加すべく主張をしています。彼らは他の関係者とともに、雇用やヘルスケア、医療、住宅、教育、文化などのすべての人が有する基本的で普遍的な権利に平等にアクセスしようと模索しています。
 これらの権利は、障害者によって直感的に経験されているものです。障害者は完全で平等な社会参加のために特定の施策を必要としています。この現実に対する世界の理解の広がりが、国連で国際条約を作っていこうとしている今の動きにつながっています。条約とは、基本的で普遍的に認知されている人権の効果的な享受を確保するために、障害者のニードや視点を法的文書に書き直すことです。ですから、この条約は障害者の活発な参加と貴重な貢献抜きには全く語ることができません。障害者は社会のバリアを真っ先に体験していますから、解決策を見出し、提案することのできる、独特の地位を有しているのです。
 障害者はこの新しい国際人権文書を策定するプロセスでは、卓越したリーダーです。障害者は条約の「あらゆる」側面を豊かにしていますから、「すべての」人たちの人権の促進に貢献していると言えます。条約策定過程では、国際社会の障害者観が変わり、国連のより広い目的達成に貢献する能力があると認識されるようになってきました。

2.障害者の権利推進に向けた第一段階

 国連では、障害者の権利推進に向けた、長い国際社会の積み重ねに基づく条約を策定するための特別委員会を設置しました。こうした障害者の権利促進に向けた国際社会の関与は、国連の諸目的に深く関連しています。つまり、国連憲章に示された公正で平和な世界というビジョンや幅広い自由の中でのよりよい生活基準といったものです。1970年代には、「医療モデル」から権利に根ざしたモデルへと、障害問題について国際的な考え方が大きく変わりました。この変革は、障害者の人権や機会の均等化といった考え方を、数多くの国連のイニシアチブに持ち込むことになります。
 82年に採択された障害者に関する世界行動計画によって、国際社会は国際的な人権や開発の課題として障害を再定義しました。こうした国際社会の努力の末、93年には障害者の機会均等化に関する基準規則が国連障害者の十年の主要な成果として策定されました。基準規則は、政策立案のガイダンスを提供し、人権の視点に基づく技術協力・経済協力の基礎として機能しています。こうした障害をめぐる国際的な枠組みは、一連の国連の開発に関する会議やそれらの5年ごとの評価会議、ミレニアム開発目標などでさらに進歩しています。

3.障害者の権利推進の新たな段階:障害者の権利の推進と保護のための国際条約に関する特別委員会

 2001年の国連総会決議56/168によって、障害者の権利と尊厳を推進し保護する国際条約という、野心的な取り組みが、国際社会で確認されました。特にこの取り組みは、すべての市民が関係者として参加することに基づく公正で平等な社会という、貧困や社会統合の文脈の中で動いています。つまり、すべての人の人権や開発を達成する際に、明確に障害の視点を考慮に入れていくという、「全体的な」アプローチです。
 そうした観点から、世界銀行や米州開発銀行のようなリーダー格の国際開発機関が「貧困緩和」を求める地球規模の戦略の中で、障害者が社会的・経済的に不平等に取り扱われていることを訴えたり、今なされている努力に障害者を統合させていこうとしたりしています。このような取り組みは国際社会を勇気付けます。

米州開発銀行日本プログラムは昨年11月に「障害と貧困削減:開発課題に障害を含めよう」と題した地域間会議を成功させました。そこには、アジア太平洋、ラテンアメリカ、カリブ地域から障害分野の名だたるリーダーたちが参加していました。
日本の開発協力が、世界中の障害者や障害者コミュニティーのエンパワメントをさまざまな方法で支援していることは広く知られています。たとえば、障害者が完全な構成員として参加し暮らしていけるように地域社会を強化するような技術協力もそうです。
また、ノルディック開発基金がこの十年取り組んできたプロセスにも、私たちは多くを学ぶことができます。
障害者や障害者コミュニティーが開発の意思決定者として、また受益者としてエンパワメントされることで、どのように開発協力の実践に人権の考え方を持ち込み、民主主義と開発を推進していく入り口に立てるのかは、重要な課題です。このように、人権と開発の相互作用は障害者やその社会に利益をもたらすことでしょう。

4.特別委員会の最新状況

 現在の特別委員会における条約交渉では30余の条文が扱われていますが、高度なところで合意を得ており、ほとんど相違点は残っていません。また、障害者の「生きた経験」に法的な表現を、そして政策やプログラムに解釈を与えていくことで、障害者運動の声を条約策定過程に取り込んできました。
 特別委員会は2月4日に第5回委員会を終了しました。第5回特別委員会では、法の前の平等、身体の自由および安全、生命の権利、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰からの自由、表現及び意見の自由と情報へのアクセス、プライバシーの権利、自立生活、そして地域生活への参加について話し合いました。議論を通して、可能なアプローチを見出し、焦点を絞り込み、いくつもの重要事項について確実な前進を見ることができました。
 今年の8月には第6回特別委員会が行われます。そこでは、女性障害者、障害児、教育、社会保障、雇用、政治的及び公的活動への参加、文化的生活への参加、アクセシビリティー、人のモビリティー、そして健康とリハビリテーションの権利に関する草案条文について政府による競技が行われる予定です。

5.新しい条約と「新たな普遍的な言語づくり」

 新しい条約の重要な意義とは何でしょう?
 条約という国際的な障害者の権利に関する法的基準ができることで、社会全体が障害者の権利に関する関係者の新しいコミュニティーへと生まれ変わるでしょう。国内法や制度に権威のある国際的な視点を与えることで、障害者にも人権が適用されるのだということがはっきりしてきます。そして、重要なことですが、評価基準や国際協力の枠組みを条約が規定することで、政府による障害分野におけるモニタリング機構が生まれてくるでしょう。
 国際人権文書をつくることというのは、実のところ、すべての人に効果的に権利が実現していく方法を議論するのに使うことのできる、「普遍的な言語」を新たに作り上げていくことだと言えるでしょう。障害者の人権に関する条約を作り上げるプロセスは、まさに多様な文脈やコミュニティーで権利を確保するのに使えるように、障害者の生きた経験を新しい言葉に置き換えていく方法で行われています。そして、障害者の生活やどのように障害者が開発議題や政策やプログラムの実施に加わらなくてはならないかについて、体系だった理解を規定します。

 障害者の人権は、地域や社会、障害者の日常生活、特に途上国の障害者の生活において、実践として実践の中で実現される、つまり「生きた経験」としてまず認識される必要があります。そう捉えることで、違うことに価値を置き、その「違い」にかかわりなくすべての人の平等が尊重されるという社会の実現にアプローチすることができます。
 また、障害の概念の変化や、個々の生活や社会にとって障害がどの程度の部分を必然的に占めるかを考慮すると、条約は「生きた文書」であるべきだと、心に留めておく必要があります。さまざまな文脈にまたがって解釈可能で、社会資源、文化、その他の環境的な要因に関して柔軟性をもった実行を可能とするものであるべきです。

6.新しい条約の効果的な実施とモニタリング:「新しい障害コミュニティー」の構築

 特別委員会では国際条約策定作業が続いていますが、私たちも、条約の効果的な実施とモニタリングのための「新しい障害コミュニティー」を作り上げなくてはなりません。
 これまでの策定作業の中では、政府もNGOも障害者の人権侵害となっているひどい放置や非人道的な慣行などを正していく取り組みを行うと確約しています。今後、すべての人への完全でインクルーシブな社会の構築に寄与し、障害者の前に横たわる有形無形の「障壁」を取り除くというこの不退転の約束に基づいて、条約の実行やモニタリングは行われなくてはなりません。
 しかし、その実効性は、私たちが、国際レベル、地域レベル、国内レベルの人権基準や開発政策、プログラムとともに、この新しい条約を用いていく社会の能力、とりわけ障害者の側の能力をどのように高めていくかにかかっています。そのためには、以下のことに焦点を当てていかなくてはなりません。

  • (1) 障害の視点を、女性や子どもと同様に、より広範な開発の議論に持ち込むこと
  • (2) 幅広い障害に関する知識の強化
  • (3) 政策立案者や障害者の権利擁護者などとしての能力の構築。つまり、「普遍的な」言語(人権文書などの言語)と「特定の」言語(障害者の経験に基づく言語)の両方でコミュニケーションしながら、緊密に連携できるようになること。
  • (4) 開かれた対話や情報を十分に与えられたコンセンサス、そして共同のとりくみを推進していくこと。つまり、関係者による「新しいコミュニティー」を作り、障害者の権利を確保していくための新しい必要な変化を生み出していくこと。

 政府、障害者組織、学者、実践者、学術機関、そして市民グループを巻き込んで新しいコミュニティーを作っていくことで、統合されたコミュニティーが築かれ、障害者の権利の推進が優先的な政策課題となります。
 私たちは、「国際条約」という名の重要な道具が最大のインパクトを持てるようにしていくための、実行可能かつ進歩的な戦略を作り出していく必要があります。この「道具」を過去の障害者差別を正していくためだけではなく、ジェンダー、年齢、障害、宗教、政治的信念、社会的地位のような一人一人の違いが、普遍的に認識されている人権を完全かつ効果的に享受する妨げにしないような、公正と平等に根ざした社会の創造に向けて活用できるようになっていく必要があります。

7.結論

 間違いなく私たちはすべて、従来からの関係者と新たな関係者からなる、新たな「障害者運動」の一員です。各々には各々のこの「新しい運動」での役割があります。それは、政策立案者であるかもしれないし、障害者の権利擁護者かもしれない。人権や開発の専門家、ソーシャルワーカー、学者、あるいは単なる個人かもしれない。しかし、一人一人は、それぞれの方法で、障害の問題を法律や政策、プログラム、そして条約の効果的な実行に取り込んでいく最善策について「答え」を提供することができます。
 結論になりますが、日本の継続的で活発な特別委員会や広範な障害者運動への関与から、世界の障害者コミュニティーを含む国際社会が多くのものを得ているということを改めて述べさせていただきたいと思います。特別委員会での私たちの共通の決意が、すべての人権や基本的自由が普遍的であるという原則に基づいた、統合されたコミュニティーを打ちたてようという全人類の希求へとつなげています。日本が障害者運動のリーダーたらしめてきたのも、この決意です。そして、障害者の権利条約が採択されて多くの国に批准されたときに、世界のあらゆる地域で実際に条約が実行されるように、すべての人たちを導くのもこの決意なのです。