地域づくりが「自分事」になる地域共生社会開発プログラム ~CBR/CBIDと日本の地域共生社会の実現に向けた取り組み~

「新ノーマライゼーション」2019年11月号

公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会
参与
上野悦子(うえのえつこ)

はじめに

1980年代からWHO(世界保健機関)によって取り組まれたCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)は、主に途上国で、障害のある人と家族の生活の質の向上のために実施されてきた。WHOはその後CBRの概念等の見直しを経て、国連障害者権利条約(2006年に採択)を念頭においたCBRガイドライン(2010年、WHO,ILO他)を発表し、CBRの目的は地域に根ざしたインクルーシブ開発(Community-based Inclusive Development:CBID)であるとした。

日本国内の現状を見ると、少子高齢化、人口の都市集中、地方経済の衰退など課題が山積し、厚生労働省は、「我が事・丸ごと」の地域づくりを政策として取り組んでいる。

当協会では、「障害のある人を含む困りごとのある人が暮らしやすくなる地域の実現」というCBIDの考え方に基づくプログラムを開発するために、日本財団の助成を受けて、2016年に松本市、富山県入善町、名古屋市で、2017年に黒部市、松本市、大府市において試行的実践を行った。その結果を踏まえ「地域共生社会開発プログラム」を開発した。本プログラムの中核となっているのは「できることもちよりワークショップ」(「(一社)草の根ささえあいプロジェクト」で開発)である。

本プログラムは、1.本プログラムを実施するキーパーソンの発掘、2.ワークショップへの参加への呼び掛けや事例作成などの事前準備、3.「できることもちよりワークショップ」の開催、4.終了後のフォローアップで構成される。

「できることもちよりワークショップ」は課題の解決策を検討することよりも、ワークショップに参加する住民が困りごとのある人に関心をもち、手助けをするように意識を変えることを主眼としている。

本プログラムと厚生労働省の地域共生社会の実現に向けた取り組みとの比較

「地域共生社会開発プログラム」の内容と成果を、厚生労働省通知「地域共生社会の実現に向けた地域福祉の推進について」(平成29年12月12日付)の一部とを表1のとおり照らし合わせ、本プログラムの活用の可能性を検討した。

表1

地域共生社会の実現に向けた地域福祉の推進について(厚労省通知より) 地域共生社会開発プログラムの実施内容と成果
(日本障害者リハビリテーション協会)(注1)
住民参加:地域福祉では住民の主体的な参加が前提。住民が自分事ととらえる仕掛けが必要 ワークショップでは困りごとのある人と家族に対して「私」ができることを出し合う。専門家でなくてもインフォーマルにできることがあると気づく。研修後、積極的な行動に出た人がいる(認知症カフェの開始、恋活パーティやバザーの開催等)。
共に生きる社会づくり:地域住民相互の連携、つながりのために必要なシステム ワークショップでは、人や資源、情報、資金に関してできることを出し合う。その結果ネットワークが構成され具体的に動くことに役立つ。
環境整備:
1.福祉分野以外との連携促進
産業、経済を含めた地域全体の中で広がり
ワークショップ参加者として一般市民を含む地域の多様な人に声をかける。研修後、異業種交流ネットワークができ、継続している地域がある。
2.ネットワークによる共生文化の広がり 研修後、地域で困っている人のことをなんとかしたい、という気持ちが起きている。
3.一人ひとりを支えることができる地域づくり
「一人の課題から」地域住民と関係機関が一緒になって解決するプロセスを繰り返して、気づきと学びが促される地域づくり
ワークショップでは、困りごとのある人と家族の事例に対して、自分のできることをとことん出し合う。出し合った「できること」に参加者の気づき合いが起きる。この結果、つながりが促進される。事例作成は重要である。
実施者の例:地域住民、ボランティア、地区社協、地域に根ざした活動を行うNPO等 研修実施者(キーパーソン)は、大学、地区センターなどの自治組織、NPO法人、病院
活動拠点の例:公民館、生涯学習センター、空き家、民家、空き店舗、コンビニ、ドラッグストアなど民間事業所等 地区センターなどの自治組織、実施団体のカフェ・ボランティア部会、病院、個人商店の認知症カフェ
  研修のファシリテーターは、大学卒業後、地区に配属されたインターン(松本)。他にはNPO法人スタッフ、代表者など。

注1:本プログラム実施地域での成果は、2016年に実施した地域共生社会開発プログラムの事後評価(2017年)の結果に基づいている。この事後評価は2016年の実施者とワークショップ参加者へのアンケート調査とインタビューにより行ったものである。

比較検討した結果、本プログラムは厚生労働省が示した理念のうち、住民参加と「一人の課題」への対応に特に有効ではないかと思われ、厚生労働省が進める「我が事・丸ごと」の地域づくりへの活用が可能ではないかと考えられる。

CBIDの考え方と地域福祉のあり方に関する厚生労働省の研究報告書との比較

厚生労働省の「これからの地域福祉のあり方に関する研究会報告書」(平成20年3月31日)とCBIDを目的とするCBRガイドラインとを比較し、成功する取り組みの条件について表2のとおり比較検討した。

表2

CBRが持続的に行われる条件
(CBRガイドライン導入編より)
地域福祉の要素、条件
(厚生労働省報告書より)
・効果的なリーダーシップ
・連携
・地域社会の主体性
・地域資源の利用
・文化的要因への配慮
・能力開発
・財政支援
・政治的支援
(1)住民主体を確保する条件がある
(2)地域の生活課題発見のための方策がある
(3)適切な圏域を単位としている
(4)地域福祉を実施するための環境として、情報が共有され、活動拠点があり、コーディネーターがおり、活動資金がある
(5)活動の核となる人材がおり、後継者が確保できる
(6)市町村は住民の地域福祉活動に必要な基盤を整備し、公的福祉サービスも地域の生活課題に対応できるよう、一元的に対応すること

CBRガイドラインは導入編、保健、教育、生計、社会、エンパワメント、補足の7冊で構成され、ガイドライン全体をとおしてインフォーマルな支援活動が多く書かれている。表2に示すとおり、導入編の中にCBRが持続するための要因が書かれてあり、厚生労働省が示す、地域福祉の要素、条件とほぼ近いことが読み取れる。

終わりに

以上のことから、国により経済的、社会的、文化的背景により取り組む方法は違っても、地域で暮らすすべての人々の幸せを目指す、地域共生社会を実現することは共通の目標であると考えられる。

国連は2030年までに世界で取り組まれるSDGs(持続可能な開発目標)を採択した(2015年)。SDGsの目的である「誰ひとり取り残さない」社会を地域で実現するプロセスとしてCBIDの考え方により開発した地域共生社会開発プログラムが役立つことができれば幸いである。

また、少子高齢社会の日本で開発した本プログラムが、今後、先進国や高齢化が進む途上国を含む海外でも参考とされ、活用されることを期待している。

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