海外情報-ポルトガルでのインクルーシブ教育の実際

「新ノーマライゼーション」2021年3月号

橫浜国立大学 教授
德永亜希雄(とくながあきお)
東京成徳短期大学 准教授
田中浩二(たなかこうじ)

1.はじめに

ヨーロッパの西の端に位置するポルトガルは、面積は日本の約4分の1、人口は約11分の1の温暖な気候の国です。同国では、障害者権利条約批准に向けた動きとして、2008年に学校教育に関する法令改正を行い、特別な教育ニーズのある子どもへの教育(以下、インクルーシブ教育)を推進する取り組みを進めていました。その中に、筆者が研究に取り組んでいたWHOのICF-CY(国際生活機能分類児童版)の活用を位置づけていたことから、ICF-CY研究に取り組んでいたポルト教育大学の研究チームとの交流が始まりました。また、同国の総人口と旧特別支援学校との比や、義務教育段階の特別な支援を受けている子どもの比率等が日本に比較的近かったことから、日本に生かせる知見を得られる可能性があり、以降、同国の取り組みについて検討を進めてきました。

ここでは、最初に2008年の法令改正を踏まえたポルトガルのインクルーシブ教育の実際について述べ、最後にその後の動向について紹介します。

2.同国のインクルーシブ教育の概要と2008年の法令改正

同国において、インクルーシブ教育の原語は、Educacão Especialsとなっています。直訳としてはSpecial Educationに近いと考えられますが、その状態像から、ここではインクルーシブ教育と表記します。その対象は、コミュニケーションや学習、運動、対人関係、集団への参加にかかわる永続的な課題により、活動や参加に関する明確な困難さを示す子どもとなっています。

権利条約批准に向け、インクルーシブ教育を推進する法令改正が2008年に実施されました。すべての子どもの学びの場は、複数の幼稚園・小学校・中学校・高等学校がグループ化された基礎学校とし、特別支援学校は、私立校はあるものの、公立校は、Resource Centre for Inclusion (RCI)として、地域の学校を支援する機関に改編されました。

義務教育は18歳までです。筆者が実地調査をした学校では、中学校を核とし、複数の幼稚園・小学校がグループ化され、基礎学校と呼ばれていました。校長は中学校のみにおり、幼・小には、それぞれCoordinatorと呼ばれる管理職が置かれていました。小学校の1学級あたりの人数は30名以内で、特別な教育ニーズがあると判断された子どもがいる場合は、その学級は20名以内となり、当該児童は1学級に2名までの在籍という規定もあります。特別な教育ニーズがあるかどうか、何らかの支援が必要かどうかは、学校教育の文脈で構成されたICF-CYの項目を用いて評価され、判断されることになりました。

校内には、通級教室のようなSpecial Unitを置くことができます。Unit在籍が中心となるのは、自閉症のある子どもと重度・重複障害のある子どもとのことでした。また、各学校あるいは、基礎学校内の複数の学校兼任で、1~2名のSpecial Needs Educator(以下、SN教師)が置かれていました。SN教師は、特別な教育ニーズの判定や直接的な指導、学級担任への支援、ニーズに基づくRCIへの支援要請等を行っていました。 RCIには、教育職はおらず、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、心理士が配置されています。また、RCIは単独ではなく、さまざまな施設の中に置かれています。

3.実際の取り組み

以下、ポルトガル北部で2015年に行った、実地調査での様子について述べます。訪問先は、RCI及びRCIを活用している学校として、ポルト教育大学のスタッフにアレンジを依頼し、訪問を受け入れてくれたところです。訪問時は英語でやりとりが可能な場合は直接行い、難しい場合は同大学のスタッフの通訳により行いました。

(1)“A”RCIを活用しているB基礎学校

同校のSN教師は、基礎学校内の所属となっていますが、基本的にはB校に常駐し、アセスメントや他の教員や子どもの支援をしていました。アセスメントの結果、RCIスタッフの支援が必要と判断した場合に要請をしますが、どの職種が行くかは、RCI側ではなく、B校側の指名によって決まります。“A”RCIのスタッフは、要請に応じて各学校を訪問しますが、限られた人数で多くの学校を回るのが難しく、スタッフ同士での協議時間の確保が課題とのことでした。

(2)福祉施設内に設置された“C”RCI

同施設は、脳性まひのある人への支援を専門とした、居住型施設を含む施設で、その中にRCIが設置されていました。訪問した際(水曜日午後)はすべてのスタッフがいましたが、普段は直接学校を訪問するため、全員が集まれるのは、その日程だけとのことでした。また、RCI専用の部屋もなく、多目的会議室に集まっている状況でした。スタッフからは、学校の中での位置づけが弱いことや、学級への入り込みではなく、取り出し指導を求められることが多いこと、取り組みのエビデンスとなる論文がほとんどないこと、RCIに関する全国的な組織がないこと等が課題として語られました。

(3)“C”RCIのスタッフが支援に入っているD小学校

同校のSN教師は、クラスに入り込む支援も行っているとのことでしたが、RCIスタッフは、教室にも入りたいものの、取り出し方式のみでの授業とのことでした。校舎が狭いために専用の部屋がなく、図書室等で行っているとのことでした。加えて、担任等との情報交換の場所や時間が設定されていないため、校庭や放課後等、機会をとらえて情報交換するようにしているとのことでした。

4.同国の取り組みからの我が国への示唆

ここではRCIを中心に述べます。RCIは、基礎学校の子どもや教員を支える、インクルーシブ教育推進に欠かせない資源であることが確認されました。日本の特別支援学校は、校内の一部の組織によって、地域の小・中学校等の支援(センター的機能)を行っていますが、外部支援に専念している点で、少なくとも量的な面ではRCIのほうが優位といえます。

一方で、課題として、専門性向上に関することが明らかになりました。外部支援に専念しているとはいえ、限られた人数で多くの学校を回っているため、学校での教員との情報交換の時間の確保が難しい状況にありました。さらに、RCIには教育職は配置されず、いわゆるセラピストだけの配置でした。また、“C”RCI のように福祉施設等の中に位置づけられているのが一般的であり、当該施設全体は、社会保障省管轄となっている一方で、RCIのみが教育省となっているとのことでした。これらのことは、学校教育での文脈での支援を行っていく上での専門性の向上を促す、いわゆる「学び合い」が難しい状況にあると考えられました。この点においては、日本の特別支援学校の教員が、少なくとも自校内で学校教育に関わる者同士で学び合える環境にあることは貴重であると考えられました。

次に、基礎学校のSN教師の取り組みは、日本が参考にすべきところとして考えられました。SN教師は、個々の教育ニーズの評価に加え、そのニーズに対応できる職種を指定できるような取り組みをしており、日本においても、センター的機能等の外部機関を活用する際にあったほうが望ましいものと考えられました。

5.その後の動向

2017年の実地調査では、2015年の時点ではなかった、全国的なカンファレンスが実施されたことや、教育省から示されたガイドラインにより、RCIのスタッフが動きやすくなったことが確認されました。

2019年及び2020年の実地調査では、2018年に関連法令改正が行われ、外部のRCIのみならず、インクルーシブ教育を支援する多職種チーム等を各校内に置く方向で展開され始めており、支援の仕組みが変わっていることが確認されました。調査時には、すでに新しい制度に対応した資料が教育省から発行されていましたが、訪問先の学校等では、未だ浸透しているとは言い難い状況でした。今後、さらに調査を進め、検討を進めていく予定です。

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