デジタル改革と障害者

「新ノーマライゼーション」2021年5月号

内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室
平川祥弘(ひらかわよしひろ)

政府は、デジタル改革関連法案を本年の通常国会に提出しました。本稿の執筆時点(※4月7日)においては、当該法案はまさに国会における審議の最中となっています。

本稿では、特に障害のある方に対する影響等という観点から、デジタル改革に係るこれまでの経緯を簡単に回顧しつつ、現在審議されている関連法案の内容を紹介したいと思います。

なお、本稿の内容についてはすべて執筆者の個人的な見解であり、内閣官房等の公式見解を示すものではないことを、あらかじめお断りいたします。

1.デジタル改革の検討の必要性

今般の新型コロナウイルス感染症への対応では、行政の情報システムが、国民目線で安心・簡単に利用できるように構築されていなかったことや、国・地方公共団体を通じて情報システムや業務プロセスがバラバラであったためデータをうまく活用できなかったことなど、さまざまな課題が明らかとなりました。特別定額給付金の支給に関して、申請から支給までのプロセスにおいてうまくデジタルを活用できず、支給の遅れなどが生じたことは記憶に新しいと思います。また、その他にも、民間や社会におけるデジタル化の遅れなど、デジタル化に関するさまざまな課題が明らかとなりました。

昨年9月23日に行われた「デジタル改革関係閣僚会議」においては、そういった課題を抜本的に解決するため、行政の縦割りを打破し、大胆に規制改革を断行するための突破口として、デジタル庁を創設し、併せてデジタル分野における重要法案である「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」いわゆるIT基本法の見直しを行うこととされました。

2.デジタル改革の検討の経緯

デジタル改革の検討は、政府ではデジタルガバメント閣僚会議の下に設置した「デジタル改革関連法案ワーキンググループ」(以下「WG」といいます。)において、昨年10月から11月にかけ、有識者の方々に集中的にご議論いただく形で進められました。

WGでは、障害のある方とデジタルとの関係についても活発な議論が行われており、また有識者からは、デジタル化が障害のある方も含めて国民のすべてが公平で、安心で、有用な情報にアクセスする環境の基盤となるべきである旨の提言もなされています。

こうした議論を経て、WGではデジタル社会の将来像をとりまとめました。デジタル社会の目指すビジョンを「デジタルの活用により、一人一人のニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会~誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化~」とし、デジタル社会を形成するための大方針として10の基本原則を掲げています。そして、この10原則の一つに、

7.包摂・多様性

  • アクセシビリティの確保、情報通信インフラの充実
  • 高齢・障害・病気・育児・介護と社会参加の両立
  • 多様な価値観やライフスタイルへの対応

が挙げられています。

3.デジタル改革関連法案への反映

こういったWGの議論やとりまとめの内容は、昨年末に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を経て、「デジタル改革関連法案」として法律の形にまとめられ、現在国会において審議が行われているところです。

デジタル改革関連法案としては、現在、以下の5つの法案が一括法案として審議されています。

  • IT基本法を廃止し新たに制定する「デジタル社会形成基本法案」
  • デジタル庁を設置するための「デジタル庁設置法案」
  • デジタル社会の形成に関する施策を実施するため、個人情報保護制度の見直し等の必要な法制上の措置を行う「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」
  • 預貯金口座を登録いただき、緊急時における給付金の給付等に活用できるようにする「公金受取口座登録法案」
  • 相続時や災害時に預貯金口座の所在を確認できるようにする「預貯金口座のマイナンバー利用に関する法案」

このうち、「包摂・多様性」などといった考え方が反映されているのは「デジタル社会形成基本法案」です。このため、ここでは「デジタル社会形成基本法案」についてもう少し詳しく見てみようと思います。

4.デジタル社会形成基本法案

デジタル社会形成基本法案の前身はIT基本法です。この法律は平成12年に制定され、インターネット等の「高度情報通信ネットワーク」を整備し、国民がこれを「容易にかつ主体的に利用する機会」を有することで、産業の国際競争力の強化、就業の機会の創出、国民の利便性の向上といった「あらゆる分野における創造的かつ活力ある発展」がなされるとの考えの下、所要の施策を推進することとされました。

他方、IT基本法の制定後、すでに高度情報通信ネットワークの整備は相当程度進展し、大部分の国民が、パソコンやスマートフォン等を通じて情報を入手し、共有し、発信している状況にあります。また、インターネットを通じて流通するデータが多様化・大容量化しており、このデータを最大限活用していくことが、あらゆる分野における創造的かつ活力ある発展の実現のために不可欠となっています。さらに、すでに触れた新型コロナウイルス感染症への対応において顕在化した課題への対応も必要になりますし、その他にも少子高齢化や自然災害といった社会的な課題に対応していくに当たっても、デジタルやデータを活用することが緊要です。

このような背景を踏まえ、社会のデジタル化を強力に進めるため、施策の策定に係る方針等を定めるIT基本法の全面的な見直しを行い、新たにデジタル社会形成基本法案としてまとめたものです。

5.デジタル社会形成基本法案における障害のある方に関する規定

ここまで見てきたとおり、WGで検討がなされた包摂・多様性などといった考え方は、デジタル社会形成基本法案にも反映がなされています。具体的には、第8条において、「デジタル社会の形成に当たっては、…障害の有無等の心身の状態、…その他の要因に基づく…ネットワークの利用及び…情報の活用に係る機会又は必要な能力における格差が、デジタル社会の円滑かつ一体的な形成を著しく阻害するおそれがあることに鑑み、その是正が確実に図られなければならない」としており、デジタル社会に誰一人取り残されることのないよう、ネットワークの利用や情報の活用に係る機会や能力の格差の是正を図ることを基本理念として掲げています。

6.【補論】「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」の趣旨

「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」の趣旨は、国会における審議の場においても説明がなされています。デジタルに苦手意識をお持ちの方もいらっしゃると思いますので、ここでは国会における議論も参考に、どういったデジタル化が目指されているのかを補足的に説明したいと思います。

まず、今回進めているデジタル化は、デジタルが苦手な方にデジタルを無理強いするものではありません。デジタル化することで利便性が低下してしまっては本末転倒であり、当面は、現在アナログで行っている手続きとデジタルの手続きが併存しつつ、デジタル化による利便性の向上を国民の皆様に実感していただきながら、アナログからデジタルへの転換を図っていくということであると考えています。

また、例えば市町村における業務を思い浮かべていただいた時に、行政手続がデジタル化されたことにより窓口に来庁される住民の方が減る、またはバックオフィスの業務もデジタル化することによって効率化される、そういった効果によって業務の負担が軽くなる職員の方々には、より対面によるサポートを要する方々への対応にそのマンパワーを振り向けていただいたり、新たな行政サービスの企画・立案に携わっていただくことなどによって、全体として行政サービスの質の向上が図られることを期待しています。そのように、直接的にデジタルを利用しない方であってもデジタル化の恩恵を(間接的に)受けることができる、そういったことも含めてすべての人が恩恵を受けられる「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を進めたいと考えています。

今回のデジタル改革において、特に障害のある方と関係の強いデジタル社会形成基本法案は、デジタル化に関する施策を策定するに当たり指針となる、基本的な考え方を定めるものであり、具体的な施策は、併せて関連法案をご審議いただいているデジタル庁(本年9月に設置予定)を先導役に、今後策定していくことになります。

「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」の実現に向けて、引き続きデジタル改革を推進してまいりたいと考えております。

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