食を通した視覚障害者・高齢者の健康づくり~すこやか食生活協会の取り組み~

「新ノーマライゼーション」2021年7月号

公益財団法人すこやか食生活協会 専務理事
平島和男(ひらしまかずお)

はじめに

人間の情報の入手は視覚からが約8割といわれており、目から情報を得ることが困難な視覚障害者は日常の生活面で大きなハンディを負っています。こうした中で、すこやか食生活協会(以下、当協会)は、人が健康を維持し生きていく上で重要な食に関する知識や情報などを継続的に視覚障害者へ提供するとともに視覚障害者の自立と社会参加を食生活面からお手伝いする活動を続けている団体です。

また、我が国の高齢化が進む中、視覚障害というハンディを負った人々の食生活の改善や自立支援の考え方は、老いが進み身体機能が衰えた高齢者支援にもつながることから、活動の範囲を高齢者にも広げ、食品企業や団体などと連携して視覚障害者や高齢者を対象にした食育活動にも力を注いでいます。

1.視覚障害者食生活改善協会の発足

人はみんな健康で元気に生きたいと願っており、これを実現できるよう応援したいものです。一方、食べることは生きること、生きる基本は食にあり、といわれるように、食は人間生存の基本であり、すこやかな心身形成の出発点でもあります。

当協会は、1984年に視覚障害者食生活改善協会として発足しました。協会の設立者である堤恒雄(つつみつねお)氏は、かって農林省に行政官として勤務し、日本農林規格(JAS)制度や食品の消費啓発活動などを担当しておりましたが、退官後、50代半ばで網膜色素変性症を発症して失明状態となりました。

やがて、堤氏は点字図書館で点字を学び、自分と同じように中途失明した多くの人たちと出会ううちに、視覚障害者に対する一般的な情報は比較的あるものの、人が生きていく上で最も重要な食に関する情報が不足していることを実感し、視覚障害者に食生活情報を提供するとともに、食生活環境の改善に向けた提案を行い、それを通じた健康づくり、さらには視覚障害者の自立の問題にも取り組もうと考えました。

そこで、さまざまな業種の企業や団体などに資金協力や事業協力を呼びかけ、氏の強い意思に共鳴した多くの方々の協力を得て、1984年に視覚障害者食生活改善協会が設立されました。

2.主な活動内容

(1)月刊「声の食生活情報」の制作・配布

視覚障害者向けに食生活に関する知識と情報を録音した月刊「声の食生活情報」を制作し、希望に応じ、カセットテープまたはデイジー対応のコンパクトディスク(CD)の形で、全国の点字図書館、盲学校、盲人援護施設、社会福祉協議会、視覚障害者個人など約1,500か所へ無償で送付しています。

この月刊「声の食生活情報」は、当協会発足以来35年間、毎月休まず制作し、すでに累計430回を越えていますが、毎回、最新の食生活に関するニュースや話題、食品の栄養と健康に関するもの、旬の食材を使った料理に関するもの、伝統的な食文化に関するもの、食品・外食知識に関するものなど、多岐にわたる情報を正確で分かりやすく朗読ボランティアや担当職員が吹き込み60分の番組に編集します。

制作された音声の60分番組はテープやCDにダビングされ、全国へ送付されます。そして聴き終わった方は、テープやCDが入っていたケースの送り状を裏返して最寄りの郵便ポストに投函していただくことにより、それらが当協会に郵送されてきます。そうして戻ってきたテープやCDに翌月分の新しい内容の番組を上書きし、それらを全国へ発送するという作業を多くのボランティアの方々の協力をいただき続けています。

また、当協会の活動を広く認識していただくために、当協会のホームページからも「声の食生活情報」を音声提供しています。さらに、2019年4月からは、音声データサービスの「サピエ図書館」でも利用いただけるようになっています。

毎月聴かれている全国のリスナーからは、「食生活に役に立つ情報がありがたい」「毎月CDが届くのを楽しみにしている」「毎日の食事作りに役立つ」などの感謝の言葉が数多く寄せられています。

このほか、「一緒にパスタを作りましょう」「パンによく合う美味しい献立」「みんなで作ろうおうちパン」などの料理特集のCDも随時作成し、希望者に提供しています。

(2)視覚障害者向け料理レシピ本の作成

視覚障害者が自立してよりよい食生活を営むための実践の手引きとして、大活字に透明点字を載せ音声コードを付けた料理レシピ本などを作成し、全国の視覚障害者、点字図書館などへ無償で配布しています。これらは、盲学校の授業などにも活用されています。

19ポイント以上の大活字の印刷の上に透明点字を貼り付け、さらに2次元バーコードを印刷し(ページのその部分の横に丸い切り欠きを作ってバーコードの位置を知らせています)、音声読み取り機をバーコードにかざすと、そのページの文章を読み取ってくれます。

最近では、「家庭の健康料理教えます」「電子レンジで簡単料理」「手軽なごはん・パン・麺料理」を作成し、配布いたしました。また、このほか、1枚ずつ利用できるようにカード式のレシピ集「みんなでミートクッキング」を作成し、配布しています。

(3)視覚障害者や高齢者を対象にした料理教室の開催

高齢者の健康を維持する上で、動物性食品と油脂類をしっかり食べる多様性に富んだ食事を習慣づけることが望ましいといわれています。このため、視覚障害者や高齢者を対象に、食肉や牛乳・乳製品を使ったバラエティーに富んだメニューの調理実習を行う料理教室を年間10回程度開催しています。

(4)シニア世代のための食育ワークショップなどの開催

超高齢社会において高齢者ができるだけ長く健康・長寿を保ちつつ社会参画ができる自立した生活を送れるよう、専門家による栄養摂取のあり方についての講演と参加者の体験を踏まえた改善方策について話し合う取り組みを実施しています。

また、外食店などの協力を得て、シニア世代における望ましい食事摂取のあり方に関する学習会にバランスの取れた料理の試食会を組み合わせた食育ワークショップを開催しています。

このほか、シニア世代が健康長寿に取り組むための手引きとして、読みやすいカラー冊子「シニア世代 健康長寿のための食生活のすすめ」を作成し、関係者へ配布しています。

3.今後の取り組み

65歳以上の高齢者が総人口の28.7%を占める我が国は、世界一番の超高齢社会であり、さらに高齢化が進む中で、「食」を通じた健康寿命の延伸と元気で自立した生活をめざす上で、当協会の果たすべき役割は今後ますます大きくなるものと見込まれます。

このような状況の中で、日頃ご支援いただいている皆様のご理解をいただきながら、従来の活動の成果を踏まえ、視覚障害者・高齢者への食生活に関する知識と情報の提供、食生活環境のバリアフリー化及び食育に関する事業を推進していきたいと考えています。

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