アジア太平洋地域における障害分野の国際支援の動向 ―JANNETの活動を中心に―

法政大学名誉教授 松井 亮輔

設立の経緯と初期の主な活動

「障害分野NGOネットワーク」(Japan NGO Network on Disability、略称JANNET)設立のきっかけとなったのは、1992年6月国連障害者の十年(1983年~1992年)最終年記念イベントの一環として、全国社会福祉協議会等の主催で、障害分野での国際協力に関するセミナーが都内で開催されたことである。同セミナーに参加したのは、1981年の国際障害者年以来、アジア途上国のリハビリテーション分野の中堅指導者を数週間日本に招いて研修等を実施してきた(財)日本障害者リハビリテーション協会(以下、リハ協)等、主として障害分野に特化した国際協力・交流事業にかかわっていた十数の障害者団体関係者である。

その後、そのセミナーに参加した関係者が話し合った結果、障害分野における国際協力・交流を推進するためのネットワーク組織としてJANNETが1993年12月に設立された。

それは、同じ年に国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)により国連障害者の十年が目指してきた、障害者の「完全参加と平等」を実現すべくアジア太平洋地域で引き続いて取り組むための「アジア太平洋障害者の十年」(1993年~2002年)が始まったことへの(障害者団体としての)対応の意味もあった。したがって、JANNETの初期の主な活動は、アジア太平洋地域各国における同十年の推進に関連した国際協力・交流事業を中心としたものだったといえる。

その後の展開

(1)コミュニティに根ざしたリハビリテーション(CBR)の普及活動

アジア太平洋障害者の十年最終年にあたる2002年にニューヨークの国連本部ではじまった、障害者権利条約制定に向けての検討やそれともリンクした、世界保健機関(WHO)のイニシアティブによる、障害の視点を重視した、コミュニティに根ざしたインクルーシブ開発の基本指針となる「Community-Based Rehabilitation (CBR)ガイドライン」(2010年10月公表)の策定に向けての動き等を踏まえ、2000年代にはJANNETはコミュニティに根ざしたインクルーシブ開発を目指すCBRプログラムに焦点化した研修・啓発活動等に取り組む。それに関連して、バングラデシュやインドで実践されている先駆的なCBRプログラムから学ぶために、それらの国からマヤ・トーマス博士(「障害、CBRとインクルーシブ開発」誌編集長、インド)やノーマン・カーン(開発における障害センター(CDD)理事長、バングラデシュ)等の関係者を講師として招くとともに、それらの講師等の協力を得て、これらの国での実地研修(2006年3月バングラデシュ、2010年1月インド)等も実施している。

また、一般の開発関係団体の協力を得て、障害インクルーシブな開発を推進するため、主として一般の開発関係団体から構成される認定NPO法人「国際協力NGOセンター」(JANIC)に2008年に加盟するとともに、JANICが外務省および独立行政法人国際協力機構(JICA)と協力して、毎年お台場センタープロムナードで実施している「グローバルフェスタJAPAN」に出展するなど、一般の開発関係団体との連携を図る努力をしている。

一方、開発活動の一部に障害分野を含む、(NPO法人)難民を助ける会、(NPO法人)ワールド・ビジョン・ジャパンや(国際協力NGO)シャプラニール=市民による海外協力の会等が会員に加わるなど、JANNETの会員構成も多様化している。

(2)第3回アジア太平洋CBR会議の開催

2006年12月に国連総会で採択され、2008年5月に発効した障害者権利条約のコミュニティレベルでの実施推進を意図したWHOのイニシアティブでアジア太平洋地域においても、2009年2月に第1回アジア太平洋CBR会議がバンコクで開催されて以来、同地域内各国持ち回りで同会議が開催されている。その中心となっているのは、同地域各国でCBR活動にかかわっている関係団体から構成されるCBRアジア太平洋ネットワーク(以下、CBRAPネットワーク。事務局は、バンコクにあるアジア太平洋障害者センター(APCD))である。JANNETは、第1回目の同会議に参加するとともに同ネットワークのメンバーになっている。そして2015年9月には同ネットワークおよびリハ協の協力を得て、第3回アジア太平洋CBR会議(メインテーマは「コミュニティに根ざしたインクルーシブ開発を通しての貧困削減と持続可能な開発目標(SDGs)」)を東京で開催。参加者は、46か国・地域から約550人に上る。

なお、第4回同会議(「メインテーマは「コミュニティに根ざしたインクルーシブ開発(CBID)を通した持続可能な社会開発と経済成長」」は、2019年7月モンゴルのウランバートルで開催されている。

同会議からその名称には従来のCBRにかわりCBIDが使われるようになったことにも象徴されるように、障害者をはじめすべての社会的脆弱グループを対象としたインクルーシブな開発の推進がより明確に打ち出されている。

SDGs市民社会ネットワークへの参加

2015年9月に開催された「持続可能な開発にかかる国連サミット」で、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」が採択された。それは「誰一人取り残さない」社会の実現を目指す17の目標、169のターゲットおよびそれらの達成状況をモニターするための231の指標から構成される。このうち7つの目標(目標1(貧困をなくす)、目標4(質の高い教育)、目標8(ディーセント・ワークと経済成長)、目標10(格差の是正)、目標11(持続可能なまちづくり)、目標16(平和・正義・有効な制度)、目標17(目標達成に向けたパートナーシップ))にかかる8つのターゲットならびに11の指標に障害または障害者が明記されている。

同サミットでのSDGs採択に向けての多国間交渉に日本の市民社会団体の意見を反映することを意図して、2013年に「ポスト2015NGOプラットフォーム」が設立され、同年から2015年にかけてSDGsに関する市民社会団体と外務省との意見交換会が15回行われた。JANNETは日本障害フォーラム等、他の障害者団体とともにそれらの意見交換会に定期的に参加し、SDGsの中に障害および障害者を明確に位置付けるべく、積極的に意見表明を行った。また、SDGs採択後、同プラットフォームを引き継ぐものとして2016年4月に設立された「SDGs市民社会ネットワーク」(SDGsジャパン)のメンバーとなり、その活動にも参加するとともに、同ネットワークの協力を得て、「誰も取り残さないフェスタ『とりフェスタ』」(2018年12月)や「誰も取り残さないセミナー『とりセミナー』」(2019年11月)などを開催している。

つぎのステップに向けて

SDGsが目指す「誰一人取り残さない」社会の実現には、企業、労働組合、地方自治体などへの働きかけやそれらとの連携が求められよう。そのためには、JANNET独自での取り組みに加え、JANNETがメンバーとして参加しているJANIC、SDGsジャパンおよびCBRAPネットワーク等国内外の関係団体とのさらなる連携強化を図る必要があると思われる。

第三回アジア太平洋CBR会議の様子

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