世界のソーシャルファーム

(公財)日本障害者リハビリテーション協会 参与 寺島彰

はじめに

昨年12月18日に東京都は、「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」を可決し、わが国でも、ソーシャルファーム設立の機運が高まってきました。本稿では、筆者がこれまで訪問した世界のソーシャルファームの特徴を紹介いたします。

ソーシャルファームの定義

ソーシャルファーム・ヨーロッパ(Social Firms Europe:CEFEC)の定義によれば、ソーシャルファームとは、次の条件を満たす企業です。

・障害者など労働市場において不利があるその他の人々を雇用するためにつくられたビジネスである。
・マーケット指向の商品とサービスを用いて社会的使命を追求するためのビジネスである。(収入の50%以上は商取引によるものであること。)
・従業員の多く(少なくとも30%)は、障害者または労働市場において不利のあるその他の人々である。
・すべての労働者は、生産能力にかかわらず、仕事に相当する市場賃金または給料を支払われる。
・仕事の機会は、不利のある従業員と不利のない従業員の間で等しくなければならない。全ての従業員が、同じ雇用の権利と義務をもっている。

ここで重要なことは、ソーシャルファームは、あくまでも企業であるということです。労働市場において不利がある人々を雇用するという目的を持った社会的企業の一類型です。1970年代にイタリアで創設され、1980年代にはドイツ・ギリシャに、1990年代には、ヨーロッパ全体に広がりました。

イタリア

イタリアのソーシャルファームは、1971年のバザーリア改革に始まります。トリエステのサンジョバンニ精神病院の患者に対する処遇が劣悪であったことから、病院長になった精神科医のバザーリアが病院の閉鎖を進め、約1,200人の収容患者を地域へ返すために、働く場として1972年に労働者生産協同組合を設立しました。これを契機として社会協同組合が制度化されました。その一類型のB型社会協同組合がソーシャルファームに相当します。

イタリアの特徴の一つは、労働市場において不利のある人々の定義が広いことです。障害者以外に、薬物中毒者、アルコール依存症者、拘置代替措置を認められた受刑者等も含まれます。従業員の30%以上がこれらの人々である必要があります。

社会協同組合B型(ソーシャルファーム)に対する公的支援は、事業主が支払う社会保険料免除、法人税の優遇、間接税の免除、事業への優先受注、社会保険料免除、就労奨励金、ボランティア組合員の障害保険・疾病保険適用等があります。

もう一つの特徴としては、NPO団体から発展しているために、小さな組織が多く、多種多様な事業を行っており、ボランティア等の活用も積極的であることです。

サンジョバンニ病院跡地にあるソーシャルファーム

風景

ドイツ

ドイツでは、政府主導によりソーシャルファームが作られました。政府は、2001年に社会法典を改正し、社会統合企業(ソーシャルファーム)を制度化し、既存の大規模な福祉団体に働きかけ設立を促しました。

対象は重度障害者に限られます。これらの人々を30-49%雇用することとされています。採用後3年間の賃金補助があります。また、雇用に伴う設備投資、セラピストやソーシャルワーカーにかかる費用、経営コンサルタント料の助成や消費税の軽減などもあります。

多くのソーシャルファームは大規模非営利組織による設立で1つあたりの従業員数、売上高が大きいという点もドイツの特徴です。

イギリス

イギリスにはソーシャルファームに関する法律がなく、社会的企業の一形態として位置づけられています。ソーシャルファームは、民間支援団体により普及がはかられています。民間支援団体の一つソーシャルファーム・ウェールズでは、労働市場において不利がある人々を、50歳以上、18-24歳、長期失業者、刑余者、ホームレス、職場復帰しようとする母親、障害者など広く定義しています。また、従業員の25%以上としています。

ソーシャルファームを含む社会的企業には、寄付を受ける資格を与えられたり、公共機関の優先契約を受けられる、企業からの支援を受けられるなどの制度を利用できます。また、2005年には、社会的企業の設立促進を目的としてコミュニティ利益会社(CIC)という新たな企業形態が設けられており、チャリティの制度を活用しながらも収益事業を行ったり、株主に利益の配分ができます。

オランダ

オランダでは、社会参加法が2014年に成立し「社会雇用事業所」と呼ばれていた障害者の保護工場が地方自治体等を株主とする株式会社に変わり、労働市場で仕事に就き、一般の労働者とともに働けるようにするとりくみを始めました。しかし、制度は、まだ、始まったばかりで、保護工場から抜け出れていないのが実情です。

一方で、民間の社会的企業の支援組織として「ソーシャルエンタープライズNL」があり、そのメンバーの中に労働市場において不利のある人々の雇用を目的とした社会的企業が多く存在します。「ソーシャルエンタープライズNL」は独自の認定制度を運用しており、一定の基準に達していれば、社会的企業として認定されます。認定されれば、社会的企業として登録され、その企業は社会的企業を名乗ることができ、また、同団体のマークを使用できます。

韓国

韓国は、イタリアとイギリスをモデルにソーシャルファームの制度を構築しました。2006年に社会的企業育成法を成立させ、社会的企業振興院という公的専門機関が、社会的企業の認証や育成を行っています。

職場提供型社会的企業(ソーシャルファームに相当)の場合、脆弱階層の雇用比率が50%以上となっています。脆弱者階層の範囲は、低所得者、高齢者(55歳以上)、障害者、売春被害者、就職困難者、脱北者、DV被害者、ひとり親、移住者等非常に広くなっています。

認証社会的企業への支援策には、人件費の補助(最長3年間)、専門的人材の人件費の補助、社会保険料の支援、法人税と所得税減額、地方自治体等による優先購入、経営コンサルティング経費補助など多くのものがあります。

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