総務省情報流通行政局地上放送課長
堀内隆広(ほりうちたかひろ)
総務省においては、放送分野における情報アクセシビリティの確保を実現するため、字幕放送、解説放送及び手話放送の普及を促進しています。新型コロナウイルス感染症の拡大や自然災害の頻発により、国民の命と暮らしに関わる情報を迅速かつ正確に提供する重要性が益々高まっています。国民の安全・安心を守るために放送が果たす社会的・公共的役割の重要性も踏まえ、視聴覚障害者等がテレビ放送を通じて迅速かつ正確に情報を取得し、社会参加を促進していく上で、これらの放送番組を一層普及させていくことが大変重要であると認識しています。
本稿では、字幕放送等の普及に向けた総務省のこれまでの取組や今後の取組についてご紹介します。
平成9年の放送法改正により、放送事業者は字幕番組及び解説番組を可能な限り多く設けなければならないと定められ、この改正を受けて、総務省において各種施策を推進してきました。
平成9年度以降、10年毎に各放送事業者の字幕放送等の普及目標値を定めた行政指針を策定しており、段階的に普及目標を引き上げることで、放送事業者に対して着実な取組を促しています。現在の「放送分野の情報アクセシビリティに関する指針」は平成30年2月に策定し、令和9年度までの目標を定めています。
本指針において、字幕放送については、6時から25時までのうち連続した18時間を指針の対象としています。ただし、複数人が同時に会話を行う生放送番組等の技術的に字幕を付すことができない番組、外国語番組、音楽番組等は対象から除いています。指針の対象番組において、日本放送協会(NHK)の総合と地上系民間放送事業者(民放)の広域局では全ての番組、民放県域局では令和9年度までに80%以上に字幕を付すことを目標としています。
解説放送については、7時から24時までのうち、権利処理上の理由等により解説を付すことができない放送番組を除く全ての放送番組が指針の対象となっています。指針の対象番組において、NHK総合は15%以上、NHK教育は20%以上、民放広域局は15%以上に解説を付すことが令和9年度までの目標となっています。民放県域局については、10%以上の努力目標を設けています。
手話放送については、NHKと民放広域局に対して、令和9年度までに平均15分/週以上に手話を付すこととしています。
総務省では、字幕番組等の制作費(平成9年度~)や生放送番組への字幕付与設備の整備費(令和2年度~)を助成することで、放送事業者の取組を支援しています。近年では、民放県域局の経営状況の悪化やコロナ禍等による情報アクセシビリティの確保の重要性の更なる高まりを受けて、予算の増額に努めており、より一層の手厚い支援を行っています。番組制作費助成では毎年120社以上、設備整備費助成では毎年数社に助成しています。
全国的に字幕放送の普及が進んでいるものの、生放送番組への字幕付与の普及は遅れています。その原因として、従来の方式(リレー方式やリスピーク方式等)では、多数の専門人材を要するため、人材育成・確保が難しく、ランニングコストも高いことから、特に民放県域局において設備整備が進んでいないことが挙げられます。現在、民放県域局の100社以上で整備できておらず、災害発生時等の緊急生放送番組やローカルニュース番組に字幕を付与できない状況です。また、従来の方式では、深夜・早朝に災害が発生した場合には、人員の参集に時間を要するため、緊急生放送番組等に対する迅速な字幕付与が困難であることも課題と考えています。このような課題への対応として、総務省では、最先端のICT技術を活用し、人手を介さずに放送番組の音声から自動で字幕を生成・表示するシステムの開発支援を行いました。今後は、上記助成事業等により設備の導入を促していきます。
また、手話番組の普及が難しい原因の一つとして、特に地方において、テレビ放送に対応できる手話通訳人材が不足していることが挙げられます。ニュース番組の手話通訳は専門的な知識だけでなく、日々更新される情報の収集が不可欠ですが、研修の場が整備されておらず、個人の自主的な勉強に頼っているため、人材を増やすことが困難な状況でした。そのため、総務省では、平成30年度より、熟練の手話通訳者による講義や実技・講評を行う研修会を開催し、人材育成にも取り組んでいます。
平成30年度から令和2年度までの字幕放送、解説放送及び手話放送の放送実績は表のとおりです。字幕放送については、年々着実に増加しています。指針対象番組の全てに字幕付与が求められているNHK総合と民放広域局は100%近くを実現しており、また80%以上が目標となっている系列県域局101局についても86.6%と目標を達成しています。
解説放送については、NHK総合と教育、民放広域局はそれぞれ指針の目標値を達成しています。令和2年度実績は全体的に減少傾向となっていますが、コロナ禍による番組編成、制作体制、制作スケジュール等の変更の影響が原因として挙げられます。コロナ禍が落ち着いた後には、再び増加傾向に転じるものと期待しています。
手話放送についても、平成30年度に初めて指針に目標値が定められて以降、各放送事業者において着実に取り組みが進んでいます。
表1 「放送分野の情報アクセシビリティに関する指針」の普及目標の対象となる放送番組における字幕番組の割合(平成30年度~令和2年度)
平成30年度 | 令和元年度 | 令和2年度 | |
---|---|---|---|
NHK(総合) | 97.4% | 97.6% | 98.0% |
NHK(教育) | 86.3% | 89.9% | 92.7% |
在京キー5局 | 99.8% | 100% | 100% |
在阪準キー4局 | 99.7% | 100% | 100% |
在名広域4局 | 99.3% | 99.6% | 99.6% |
系列県域局101局 | 81.1% | 82.8% | 86.6% |
独立県域局13局 | 24.4% | 28.8% | 35.5% |
表2 「放送分野の情報アクセシビリティに関する指針」の普及目標の対象となる放送番組における解説番組の割合(平成30年度~令和2年度)
平成30年度 | 令和元年度 | 令和2年度 | |
---|---|---|---|
NHK(総合) | 16.4% | 17.9% | 16.6% |
NHK(教育) | 19.8% | 20.0% | 19.6% |
在京キー5局 | 16.0% | 17.1% | 16.7% |
在阪準キー4局 | 15.0% | 16.3% | 16.0% |
在名広域4局 | 13.4% | 15.8% | 16.4% |
系列県域局101局 | 7.7% | 8.4% | 8.4% |
独立県域局13局 | 0.6% | 0.7% | 1.0% |
表3 1週間当たりの手話放送時間(平成30年度~令和2年度)
平成30年度 | 令和元年度 | 令和2年度 | |
---|---|---|---|
NHK(総合) | 8分 | 54分 | 43分 |
NHK(教育) | 247分 | 248分 | 266分 |
在京キー5局 | 12分 | 19分 | 20分 |
在阪準キー4局 | 11分 | 6分 | 12分 |
在名広域4局 | 14分 | 18分 | 23分 |
系列県域局101局 | 12分 | 17分 | 20分 |
独立県域局13局 | 87分 | 91分 | 82分 |
第208回通常国会に令和4年2月4日付けで提出した電波法及び放送法の一部を改正する法律案において、NHKに対し、業務の円滑な遂行に支障のない範囲内において、民間放送事業者の字幕放送等の普及に向けた取組に協力する努力義務を新たに課すこととしています。
また、現在の行政指針は令和4年度に見直しを予定しており、見直しに向けた研究会を令和4年9月から12月に月1回開催することを検討しています。本研究会では、直近の字幕放送等の放送実績や技術動向を踏まえ、視聴覚障害者団体や放送事業者等の関係者の御意見を丁寧に伺いながら、今後の普及促進について検討を進めてまいります。研究会で取りまとめた後、令和5年2月頃に指針見直し案について意見募集を実施し、見直しを行います。
視聴覚障害者等向け放送の充実に向けては、関係者間で密にコミュニケーションを図り、共通理解を醸成し、深めていくことが重要と考えています。総務省としても、引き続き、視聴覚障害者団体や放送事業者等の御意見を踏まえて、字幕放送等の普及に向けた取組を推進してまいります。