講演 障害者をめぐる国内動向

藤井 克徳
NPO法人日本障害者協議会 代表

はじめに

 本日、私は画面での報告となります。

 障害者の総合リハビリテーションを考えていくとき、否が応でも国の内外の障害分野に関する動きに影響を受けます。これを踏まえることにより、総合リハビリテーションの研究、あるいは実践ということを考えることで、より厚みが増すと思います。

 先ほどの松井亮輔さんの国際状況に続きまして、私は国内の動向を主にお話ししようと思います。ただ、国内と申しましても部分的には国際にまたがることも含まれることをあらかじめお断りしておきます。

 大きく6点に分けてお話をしようと思います。

 お手元のレジュメを見ながら聞いていただければと思います。

1.この一年間の重大な社会事象と障害分野

 まず第1点目はこの1年間の重大な社会事象と障害者について。これはさまざまありますけれど、私は2つ挙げておきたいと思います。1つは新型コロナの感染拡大(以下コロナ)と障害者。もう1つはウクライナの戦争と障害者。これに簡単に言及したいと思います。

 新型コロナは3年目に入りました。障害をもった人たちとの関係で言うならば、精神科病院や障害者の施設、グループホームで、クラスターが多発しています。

 例えば、沖縄のある精神科病院では、去年夏になんと70人以上が亡くなりました。これはどうも精神科病院の構造、つまり大部屋である、あるいは換気ができにくいということ、これと無関係ではないと言われています。また、精神科病院の入院者については、総合病院の方で診療を事実上拒否する。こんなこともあったように報道されています。

 そう見ていくと、「コロナ」という避けられない問題だけではなくて、そこには障害問題が重なってくることを考える必要があると思います。また、障害者制度の関係で言うならば、障害者福祉事業は現在、日額払い方式、利用者が来た分だけお金が支給されるという仕組みです。

 ところが、コロナ感染は利用者の通所を妨げる。場合によっては休業するところも数多くありました。職員の人件費は固定費で、決まった支出。建物賃借料も固定費。しかし、利用者が来なければ報酬が入らない。こういう今の報酬制度の問題も露呈したわけです。

 この問題はコロナに限ったことではありません。自然災害時を含め、日額払い方式だけでいいのかどうか。固定費に関しては、月額払いという従来の方式や月額払いと日額払いのハイブリッド。こんなことも具体化する必要があるとされています。

 そういう意味では、今般のコロナ問題は、障害関連政策の面でも、さまざまな弱点や課題を浮き彫りにしています。

 次に、ウクライナ侵攻、戦争の関係です。去る2月24日にロシアが侵攻し、まさかと思ううちに戦争が拡大していくということが起こったわけです。私はこのニュースに接して、特に国境を越えて避難する人々に注目しました。私は目が見えませんので、テレビ画像を説明してもらうことになります。そうしますと、車いすの人はまず見当たらない。白杖を持った人もいない。とても心配になりました。

 3月上旬の時点で、ロイター通信やAFP通信から「障害者置き去り」というニュースが配信されました。これを聞いて、なんとか私たちができることはないかということで、私自身は文章を書いて、これを届けたいと思いました。

 しかし、文章は翻訳の過程で、こちらの気持ちとのずれが生じかねない。翻訳した時に日本語と翻訳の誤差が最も少ないのはポエム、詩。詩は言葉を凝縮していますので「言霊」と言われますけれども、詩を書くことを思い立って一編の詩を作りました。

 3月6日の日曜日に作って、その日のうちに、友人の翻訳家にウクライナ語、ロシア語、そして英語にしてもらうよう依頼しました。翌日には出来上がってきました。ヨーロッパ障害フォーラム等の力を借りてこれを流してもらいました。そうしましたら、これがウクライナ障害者国民会議に届いたわけです。どういう詩を送ったかをこれから朗読をしてもらいます。

 では朗読をお願いします。

「連帯と祈り」
ウクライナの障害のある同胞(はらから)へ

戦争は、障害者を邪魔ものにする
戦争は、障害者を置き去りにする
戦争は、優生思想をかきたてる
大量の障害者をつくり出す最大の悪、それが戦争

朝一番のニュースを恐る恐る
キエフの包囲網がまた狭まった
教会も文化財も悲鳴を上げて崩れ落ちる
禁じ手が反故にされ原子力発電所から火の手

殺し合いでなく話し合いを
侵攻でなく停戦を
停戦でなく平和を
青い空と黄色の豊作に似合うのは平和

私たちは祈ります
西北西の方角をじっとみつめながら
心の中から希望が切り離されないように
とにかく生き延びてほしい

戦争は、障害をたちどころに重くする
戦争は、障害者の尊厳を軽々と奪い去る
戦争は、障害者の明日を真っ黒に塗りたくる
早いうちに、否、この瞬間に終わらせなければ

もう一度くり返す
とにかく生き延びてほしい
たとえ、食べ物を盗んでも
たとえ、敵兵に救いを乞うてでも

遠い遠い、でも魂はすぐそばの日本より

 この詩がウクライナ障害者国民会議に届きまして、そこからいろんな写真やレポートが日本にも届いています。

 これから4枚ほど写真を見ていただきます。最初の写真は、戦争が始まった直後。ロシアによる侵攻が始まった直後です。精神障害者のやや大型のグループホーム、これが砲弾を浴びて崩れるという状況。

 次の写真はハリコフという東部の町からです。いよいよ危ないというので、障害のある女性が車いすで電車に乗って西へ逃げる途中、写真を自分で撮ったものを送ってくれました。

 次の写真は現地で有名なアレクサンドル・コノノフさんという方です。ヤギを飼いながら、ご自身も足に障害をもっている方で、ボランティアでとても頑張っていた。この方は、残念ながら3月の中旬過ぎに家が爆破されて、現在はこの世にいらっしゃいません。

 次はヴァシリーさんという方。もともと障害をもっている方だったのですが、自分も黙ってられないと、銃を担いで最前線に向かっていった。その後の状況は分かりません。

 こういう写真が届いていて、私たちとしては、今読んでもらった詩にありますように、とにかく一日も早く平和が来るようにと祈るばかりです。

 一言付け加えておきますと、ロシアの障害者のことも私たちは案じています。経済制裁の中でどういうふうになっているのか。障害問題に国境はないわけで、平和ということを強く求めたいと思います。

 先ほどの詩はお手元の資料集に入っています。どうぞご覧ください。

2.新たな局面に入った優生保護法問題

 次に2つ続けて話しますのは、障害問題で特に基本的な問題として前々からある問題です。この1年間でさらに際立ちました。1つは優生保護法。これが新しい局面に入りました。もう1つは精神障害者問題ですね。これをお話ししようと思います。

 まず、優生保護法の問題です。あらためて言うまでもなく、この法律は非常に障害分野からすると屈辱的であり、また、障害問題の根本から見て、どう見ても納得できない法律。これは今日お集まりの方たちは十分承知していると思います。

 1996年に優生条項が取り払われて、現在、優生保護法はありません。母子保健法に変わっているわけであります。あらためてこの法律をふり返りたいと思います。法律は、目的条項にすべてが凝縮されていると言っていいかと思います。第1条の「目的」には、「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」とあります。何を言っているかというと、この法律は、はっきりと、「優生思想の立場から」と言っています。次は「不良」と明記していますが、これは障害者のことを指しています。そして、「出生を防止する」としていますが、これは、「障害者は、次も障害者を産むに違いないので産ませないようにしよう」と言っています。こういう法律が48年間も君臨したんですね。

 どういう問題があったかというと、1つはおびただしい被害者、犠牲者が出たということです。

 画面に出ていますのは、厚労省が発表した数です。優生手術、これは強制不妊手術で男は精管を、女は卵管を切除する、結束するという手術です。「同意有り」「同意無し」と書いていますけれども、事実上は「同意有り」も同意をさせられたということが大半であるとわかってきました。

 したがって合計で2万4,993人。約2万5,000人の方々が優生手術を受けさせられた。だましてもいい、麻酔を打ってもいい、身体拘束をしてもいいという事務次官通知まで、当時は出されました。

 次にこの問題の本質の2つ目は、日本の障害関係立法の最初に生まれた法律が優生保護法です。ここで「不良」ということを言い切ったわけですから、その後の関連立法の障害者観に影響がないはずがないんですね。もしこういう考え方がなかったとしたら、その後の障害関係立法はもっと伸びやかで、ポジティブになっていたかもしれません。

 3つ目は優生思想の蔓延です。これも言われているように、高校の保健体育の教科書で、とても口では言えないほどのことが書かれているわけです。今日、優生思想がまだまだ残っていると言われていますけれども、過去のこの優生思想の影響が少なくないと言わざるを得ません。この優生保護法は先ほども言いましたように、48年間、この国に居すわってきました。

 今日ここにお集まりの皆さん、ご自身の年齢から26を差し引いてください。26を引くと優生保護法と同居してきた年数になるわけです。そう考えると、この優生保護法問題は大昔の話ではなくて、今を生きる私たちとも重なる。広い意味での連帯責任ということも言えるのではないでしょうか。

 これに対して裁判が起きました。本年9月15日現在で、25人が原告になっています。悲しいかな、たった3年間で25人中5人が死亡しました。なぜならば、高齢化です。この裁判は時間との競争と言われました。地方裁判所では連敗が続きました。連敗の理由は、憲法違反であることを裁判所は認めながら、不法行為があってから20年間を過ぎると国家賠償請求権が失われるという民法の除斥期間、時効ですね、これに引っかかるということで連敗が続きました。

 これを凌駕したのが、今年の2月22日の大阪高裁と3月11日の東京高裁の判決でした。しかし残念ながら、国はこれを上告してしまったわけです。最高裁にいきますとだいたい各高等裁判所の判決が揃うのを待ちますから、2年か3年かかると言われています。高齢の被害者からするとこれはきつい。

 一方で現在、国会での政治決着という道を模索しています。これは、一時金支給法ではなくて新しい法律を作るべきだと。一時金支給法は一人320万円の一時金ということですが、東京高裁の判決では1,500万という賠償金が命じられています。金額だけではないかもしれませんが、尊厳の回復、名誉の回復とあわせて、これに相応しい一時金ではない補償、償い金ということを展望すべきだという声が広がってきています。来る10月25日に、この問題に特化し、弁護団、原告、支えるグループによって、日比谷野外音楽堂で大きな規模の集会が開かれる予定となっています。

 この問題は、戦後の障害問題の最大の未決着問題ではないでしょうか?未来をきちんと作っていくためには、誤った過去を検証し、総括をしていくこと。これが足場になって未来ができ上がっていくわけであって、過去の問題を未来との関係で、もう一度しっかりと捉え直す必要があろうかと思います。

3.精神障害分野をめぐる動向

 次に、大きな柱は3つありますが、2つ目の問題として精神障害者の問題に入っていこうと思います。精神障害者をめぐる動向です。これまでも繰り返し言われてきたとおり、相変わらず長期入院の問題が続いています。昨今、これに加えて身体拘束の問題が急浮上してきています。

 この間、精神科病院での身体拘束の問題は、石川県で訴訟となり、最高裁で原告が勝訴しました。また現在、福島県の原発事故によって双葉病院という精神科病院が閉鎖されました。これに伴って40年間入院していた方が国を相手にして、過去の人生を返してほしいという国賠訴訟も起こってきています。結果はどうなるかわかりませんけども、裁判ということで問題が浮上しています。

 今日、1つ新しいデータを持ってきました。従来、世界の精神科病床の20%が日本に集中していると言われてきました。これはこれで根拠があったのですが、途上国の精神科病床の概念があいまいだったんですね。今回私たちはOECD=経済開発協力機構(38か国加盟)、つまり工業先進国のグループに限定して精神科病床という考え方をほぼ統一させた。この中で、日本の位置を見ていきました。資料にもあります。

 結論は、OECDの中で、日本の精神科病床が占める割合はなんと37%。次に多いのはアメリカの12%。次に多いのはドイツの11%。あとは1桁、あるいはもっと少ない。このようにして精神科病床大国の汚名はまだ続いているなということです。

 これについても、障害者権利条約の日本審査で、かなりの紙幅をさいて日本に勧告をしています。これも人権問題として考えたときに、総合リハビリの、あるいはリハビリテーションの全人間的復権という観点から見ると、看過できない問題として見ておくべきではありませんか?

 以上、戦後最大の未決着問題の優生保護法問題、そして今、精神障害者の問題をお話ししました。

 なお、精神障害の問題については政府もいろいろと検討する必要があるということで、本年6月には「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」でだいぶ、審議を重ねた報告書が出ました。当初、事実上の強制入院である医療保護入院制度を変えようということを厚労省側も提案していました。当事者や家族の会も期待していましたが、これは結局、一部の反対で、先送りになってしまいました。

4.障害分野に関する初の基幹統計調査

 次に、とても大事な動きが今年から来年かけて、起こってきます。障害分野で初めて、統計法に基づく基幹統計調査が行われるということです。障害分野では初めてです。基幹統計というのは、国の様々な予算形成、あるいは政府立法、議員立法も含めて法律を作っていくときの根拠になっていくものです。その最大の重要データになります。現在、各省庁にまたがって50いくつかの基幹統計があります。毎月の勤労者就労統計とか、賃金統計などは有名です。実は、基幹統計に障害分野が入るのは初めてです。

 今回2つの調査で障害分野が盛り込まれました。1つは社会生活基本調査。もう1つは国民生活基礎調査。この中に障害分野に関連した項目が盛り込まれました。なぜこういうふうになってきたか、経過を簡単に紹介していきます。

 インクルーシブ雇用議連という、障害者の就労問題を考える超党派の議員連盟があります。この議員連盟が2018年に発足しました。この折に、当面の議員連盟の仕事として何をしようということになったとき、障害者の就労問題といっても、一般の市民と比較するデータが何もないことが指摘されました。いきなり就労問題ということではなくて、まず基幹統計に障害者の実態がわかる項目を盛り込むことを要望しました。そして2019年度の予算概算要求にこのことが組み入れられたわけです。

 それ以降、関係する内閣府、総務省、厚労省の三者の協議によって検討が加えられて、「社会生活基本調査」と「国民生活基礎調査」に障害関連の項目が加わることになったのです。

 まず、「社会生活基本調査」は去年行われ、今年の8月31日に公表されました。これは総務省が所管しています。どういう調査かというと、すべての市民の活動を3つに分類しています。1次活動は食事や睡眠。2次活動は就労や家事。3次活動は休息や趣味や受診、病院ですね。これに1人がどれくらい時間を使うか。障害に関係した項目としては、長期の慢性の病気を持っている、もしくは健康に問題を抱えている人という項目が入りました。もう1つ入ったのは、「日常生活への支障が半年以上続いている」という項目です。これでどういう結果が出たかというと、慢性的な病気、あるいは健康問題を抱えている人、あるいは日常生活に支障をきたしている人は、そうではない人と比べて、就労時間が50分短い。その分、食事や睡眠、あるいは休業、受診に時間が振り向けられている。

 さらに、2次活動の就労だけを見たとき、何らかの長期的な病気、健康問題を抱えている人が34%いました。さらにこの34%のうち、半年以上続いているという人が、さらに26%いた。こう考えると、一般市民の中でも障害状態、病気の状態にある人は少なくないということです。障害問題は市民共通のテーマであり、国民的な課題であるということを裏付ける1つのデータだと思います。

 今年中に行われて来年発表されるのが「国民生活基礎調査」です。「社会生活基本調査」は5年に1度ですが、「国民生活基礎調査」は3年に1度。管轄行政は厚労省です。これは障害の捉え方の基準があるのですが、特に、保健医療、福祉、介護等、これがどんなふうに使われているか、どういう関係にあるか。これを推し量るデータです。障害の捉え方を6つに区分しています。「障害」という言葉は1回も出てきません。例えば、6つのうちの1項目は、「メガネをかけても文字を読むのに苦労する」あるいは「補聴器をかけても音を聞くのに苦労する」このようにして「階段の上り下り」とか、あるいは「洋服の着脱」だとか、「自分の考えをまとめるのが苦手」だとか、あるいは「コミュニケーションが取りにくい」とかということで状態を見ていくということです。

 こういった「障害」という言葉を使わない社会モデル的な捉え方は、日本政府が勝手に作ったのではなくて、ワシントングループ、つまりICFの考え方を踏襲した、国際規範基準で作っているわけです。このデータは、もし公表されましたら、障害のある人とない人との比較、また障害のある人の国際比較も可能となります。貴重なデータとして今後の関連動向を注目してほしいと思います。

 なお、こういうデータを二次使用して、もっと研究目的で深めていくこと。特に研究者ができると思うのですが、これからこの分野にもっと研究者を巻き込んで障害の実態をクリアにする。その意味は、障害をもたない市民との比較をするということ。あるいは同じ障害について国際的な比較をするということ。そういうツールとして非常に有効な意味を発揮するのではないかと思います。

5.障害者権利条約(以下、権利条約)の履行状況に関する初の日本審査

 次に、障害者権利条約の履行状況に関する初の日本審査です。権利条約に関しては、今日このお話を聞いている人は、だいたい共通の知識を持っているかと思います。ただ初の日本審査に関しては、もしかしたらあまりご存知ない人がいるかもしれません。権利条約にはとても優れた仕掛けがあります。どういう仕掛けがあるか、代表的なものだけ2つ3つ挙げておきますと、1つは、この権利条約を批准した国、その国家として受け入れた国だけが集まれる締約国会議というのが、年に一度、6月にニューヨークで開かれます。ここで批准した国が情報交換しあう。あるいは権利条約に関する新しい国際的な流れをどう作っていくのか考え合うということです。

 2つ目は、国連の下に障害者権利委員会というものが設置されています。これは定員が18名です。世界中から立候補を募り、締約国会議の選挙で選ばれます。この18人からなる権利委員会によって、各国の権利条約の進捗状況、履行状況、これにジャッジメントを下す。これは、各国審査、国別審査と言われています。

 3つ目には、この権利委員会が、時々の重要テーマ、最近では就労とか、あるいは脱施設化とか、以前はアクセシビリティ、あるいは教育に関して権利委員会として提言を出すんですね。一般的意見と言われています。これは非常に大事なものです。こういう仕掛けがあって、条約のフォローアップをしているわけです。

 今回、今言った2つ目の国別審査、これを日本が初めて受けることになったということです。この内容は後で簡単にご紹介します。で、権利条約の足跡を、簡単になぞってみようと思います。お手元のレジメに11項目でまとめておきました。

 2001年の11月、メキシコ大統領が国連総会で世界中に呼びかけます。「障害者権利条約を作りましょう」と。これが受け入れられて、障害者権利条約を専門に検討するための特別委員会(アドホック)が設けられることになります。第1回目は、2002年7月末から8月上旬にかけてでした(1回の会期は2週間から3週間)。ヤマ場となったのは、第8回特別委員会の最終日(2006年8月25日)でした。ドン・マッケイ特別委員会議長の下で、仮採択が成ったのです。

 画面は、仮採択の成った瞬間です。福祉新聞提供の写真です。私も居合わせました。本当に歴史が動いたということを実感させられる、しばらく、拍手と口笛と足踏みと歓声が鳴り止まない状況が続きました。国連総会での正式な採択は、同じ2006年の12月13日です。

 そして、時は流れて、日本でも2014年1月20日に批准を迎えます。批准した国際条約は、憲法の規定により(第98条)法的な根拠を有することになります。具体的には、憲法の下、一般法律の上位に位置することになるのです。大変強い拘束力を持つわけです。

 そして政府は、批准してから2年以内に条約の履行状況を国連に報告しなければなりません。日本政府は2016年にこれを提出しました。優れているのは、政府報告だけではあてにならないと、政府報告に対して、民間団体が政府報告への評価レポートを出しても構わないとなっているのです。この民間団体によるレポートをパラレルレポートと言います。権利委員会は、政府報告と民間のパラレルレポートの双方を合わせ見ながら、日本の審査を行なうことになります。

 コロナがあったために遅れ遅れだったんですけれども、このたび、先月8月の22、23の両日、1日3時間ずつ、計6時間審査が行われました。国連は、この対面審査を「建設的対話」と呼んでいます。日本政府もだいぶ力が入っていました。外務省を筆頭に、内閣府や厚労省、法務省、文科省、国交省の代表など総勢28人が出席しました。もっと大きかったのは、傍聴者が100人に達したことです。このうちの70人は、JDFの関係者でした。傍聴者は、傍聴に留まらず、権利委員に対して懸命なロビーイングを行なったのです。具体的には、ブリーフィングという形がとられ、障害者権利委員と民間関係者との間でヒアリングがなされたのです。このブリーフィングは、民間団体が自由に話せるようにと、政府関係者のみならず、マスコミ関係者の同席も認めませんでした。また、「建設的対話」は、日本への同時中継が行なわれました。日本語通訳も付けられていました。本日お集まりの方にも視聴した人がいたのではないでしょうか。

 肝心の「建設的対話」がどうだったのかということですが、残念ながら低調と言わざるを得ません。これは私だけの感覚ではなく、傍聴者の多くの感想でもあります。障害者権利委員からの質問と噛み合わない場面が多く、いわゆる「言い訳」が少なくなかったように感じられます。第1日目の終わりの際に、日本を担当したキム・ミヨンさん(韓国)から、「質問に正面から答えてください」と注文が付けられました。

 このことは、優生保護法問題をめぐるやりとりからも明らかです。優生保護法問題への政府の対処がどうなっているかの質問に、政府代表団は「旧優生保護法に基づく優生手術を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」を講じているとしたうえで、「先日の大阪や東京の高裁判決に、官房長官は謝罪する旨の談話を表明している」とありました。これだけを聞くと、日本政府はそれなりによくやっているという印象を持つと思われます。肝心な、「最高裁に上告した」には触れませんでした。上告したことを知っている障害者権利委員には、不誠実に映ったに違いありません。テーマは異なっていたにせよ、やりとりの基本は大体こんなものでした。当然ながら、傍聴席には落胆の空気が流れました。失笑がもれたり、ヤジが飛ぶ場面もありました。全体的な印象としては、障害者権利委員の面々は、政府報告書やパラレルレポートを丁寧に読み込んでいるということでした。そして、今も話しましたように、「噛み合わなかった建設的対話」、そんな感じを受けました。

 さて、日本審査が終わった後に続くのが、総括所見です。勧告とも言います。国別審査と総括所見は一体のものです。日本の障害関連政策への評価が文書で下されるのは初めてです。高い注目の中での公表でした。日本政府への総括所見は、3つの点で特徴があります。1つは、公表の時期が早いということです。日本審査が行なわれた第27会期(8月15日から9月9日)の期間内に公表されました。2つ目は、分量が多かったことです。A4版で19枚に及んでいます。これまでの国別審査では一番多かったとされています。3つ目は、審査対象となった第1条から第33条までのすべての条項に懸念事項や勧告、要請が付されたことです。こうした背景に、JDFの第1回目のパラレルレポートが100頁を越えたこと、また傍聴者の数が非常に多かったことなど、日本のNGOの熱量の大きさがあったのかもしれません。

 全体は75段落で、①はじめに、②肯定的な側面、③懸念事項及び勧告、④フォローアップの4つに分かれています。圧倒的多くを占めているのが「懸念事項及び勧告」(第7段落から第70段落)です。ここで、ごく一部ですが、具体的に見ていきたいと思います。精神科医療の分野にかなりの紙幅を割いていますので、それらのいくつかを読み上げます。それでは第34段落をお願いします。朗読者は、私のアシスタントである甲斐敬子さんです。

34. 委員会は、締約国に以下を勧告する。

  1. (a) 精神障害者の強制治療を合法化し、虐待につながる全ての法規定を廃止するとともに、精神障害者に関して、あらゆる介入を人権規範及び本条約に基づく締約国の義務に基づくものにすることを確保すること。
  2. (b) 障害者団体と協力の上、精神医学環境における障害者へのあらゆる形態の強制治療又は虐待の防止及び報告のための、効果的な独立した監視の仕組みを設置すること。
  3. (c) 精神科病院における、残虐で非人道的また品位を傷つける取扱いを報告するために利用しやすい仕組み及び被害者への効果的な救済策を設け、加害者の起訴及び処罰を確保すること。

 とても強いトーンです。最後の「加害者」は誰を指すのでしょうか。政府になるのか、病院長などの医療責任者なのか、それとも双方なのか、これからその解釈が深められることになると思います。

 「リハビリテーション」に関しても読んでもらいます。第56段落の朗読をお願いします。

56. 委員会は、以下を締約国に勧告する。

  1. (a) 障害者が包括的及び分野横断的なハビリテーション及びリハビリテーションのサービス、計画及び技術を利用する機会を、地域社会及び全国で保障するための措置を講じること。
  2. (b) 障害の人権モデルを考慮したハビリテーション及びリハビリテーション制度を拡充すること、及び各自の必要性に基づいて、全ての障害者がこれらサービスを利用する機会を有することを確保すること。

 まさに、横断的とか総合的という視点を強調し、コミュニティを実践の主舞台とすることを求めています。私たちの追及している視点と重なるのではないでしょうか。

 次に、今回の大会(第44回大会)にちなんで、スポーツ関連についても見てみましょう。第64段落です。

64. 委員会は、以下を締約国に勧告する。

  1. (a) 小規模なものも含め、観光地及び娯楽施設の利用の容易さ(アクセシビリティ)を確保するための努力を強化すること。
  2. (b) 利用しやすい様式を通じて、テレビジョン番組及び文化的活動を利用する機会を提供するとともに、利用しやすさが確保された出版物の利用可能性を高めるために、「盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」を実施するための措置を強化すること。
  3. (c) 合理的配慮の提供を含め、全ての障害者がスポーツ活動を利用する機会を確保すること。

 障害者のスポーツに関連して、合理的配慮を重視しています。アクセシビリティやユニバーサルデザインは、障害者全般を、あるいは市民社会全体を視野に入れるものです。これに対して、合理的配慮はあくまでも「個」を重んじるという考え方です。もちろん、アクセシビリティやユニバーサルデザインが十分に講じられていれば、合理的配慮が得られやすいのです。いずれにしても、スポーツにおいて、合理的配慮の視点が重要であることを押さえておく必要があります。

 ここで、国連欧州本部前などで撮った写真を見てもらいましょう。ほんの一部になりますが4枚映します。

  • ・国連欧州本部の前で、NPO法人日本障害者協議会のメンバーで撮ったものです。
  • ・日本審査を担当したヨナス・ラスカスさん(リトアニア)とキム・ミヨンさん(韓国)です。
  • ・JDFのメンバーがロビー活動に際しての打合せを行なっているところです。国連のレストランで。
  • ・私も写っている建設的対話の会場の様子です。

6.その他の障害分野をめぐる主な動向

 最後に、その他の主な事柄を述べて私の持ち時間を終了するようにします。

 この秋は、10月上旬から臨時国会が始まり、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)や障害者の雇用の促進等に関する法律、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、難病法、児童福祉法(障害児関連条項)が一括改正法案として審議されることになります。個別に審議すべきとの声が上がっていますが、一括審議となる公算が大きいようです。また、レジュメには入っていませんが、「全世代型社会保障改革」の動きも顕在化することになります。一括改正法案にしても、「全世代型社会保障改革」にしても、障害者総合リハビリテーションと深く関わってくるはずです。注目してほしいと思います。

 お手元に、この間の障害のある人に関係する裁判の一覧を紹介しておきました。明らかに裁判(訴訟)が増えています。訴状に共通しているのは、障害者権利条約の条項が多用されていることです。明らかに障害者権利条約が裁判規範になっていることを物語っています。総合リハビリテーション関係者におかれても、あらためて障害者権利条約の大切さを認識いただくとともに、こうした裁判の動向にも関心を持ってほしいと思います。

 ちょうど時間となりました。ご清聴ありがとうございました。

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