2 .インクルーシブスポーツ推進の立場から

秋田 浩平
公益財団法人横浜市スポーツ協会企画課長 インクルーシブスポーツ推進担当

 ご紹介いただきました、横浜市スポーツ協会の秋田です。着座にて失礼します。本日はこのような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。私たち横浜市スポーツ協会は、リハビリや障害の専門家ではありませんが、日ごろから横浜ラポールの皆さんと一緒に取組を重ねていく中で、スポーツという切り口でつながってきたこともあり、本日お呼びいただきました。今日はインクルーシブスポーツ推進の立場からいくつかお話をさせていただきます。

 本日お話しする内容は大きく3点用意しています。はじめに私たち横浜市スポーツ協会について簡単にご紹介します。続いて、私の立場としてインクルーシブスポーツ推進ということがありますので、この言葉の意味や横浜市での考え方についてお話できればと思います。最後に、それぞれの役割分担の中で、特に障害のある方たちの主体的なスポーツへの参加というところが私の担当になりますので、主に横浜市スポーツ協会として日々取り組んでいるスポーツへの参加の機会についてご紹介します。

 はじめに横浜市スポーツ協会についてご紹介します。当協会は、いつまでもスポーツが楽しめる明るく豊かな社会の実現を理念として日々取り組んでいます。設立は1929年です。そこから90年にわたりスポーツの普及・振興、横浜市民の健康づくりに取り組んできました。2019年には横浜市体育協会から横浜市スポーツ協会と名を改めて、ますます多様になっていくスポーツの分野で取り組みの幅を広げています。

 なお、スポーツ協会には競技種目や各地域の74の団体が加盟しており、こうした団体の方々と一緒に、日々、さまざまなスポーツ活動に取り組んでいます。

 当協会では、主に8つの事業を推進しています。順番に申し上げます。競技スポーツの推進、スポーツ団体の育成支援、地域スポーツの推進、健康・体力づくりの推進、スポーツ人材の養成・育成・活用、スポーツ情報の収集、提供、そしてインクルーシブスポーツの推進です。

 例えばスポーツ施設の運営については、横浜ラポールのすぐ近くにある横浜国際総合競技場、オリンピックやサッカー・ラグビーのワールドカップなど大規模なスポーツイベントの会場にもなりましたが、その他、横浜武道館や、各区のスポーツセンターなど、様々なスポーツ施設の運営を行っています。また競技スポーツでは、横浜マラソンというイベントがありまして、横浜のベイエリアを中心に主要な観光スポットを周りながら、楽しんでいただけるようなイベントですとか、地域の団体と協力して、学校や地域のコミュニティでのスポーツ支援を進めています。中でも本日は、事業の柱であるインクルーシブスポーツについてお話ししていきます。

 皆さん、どうでしょう。インクルーシブスポーツと聞いて、ピンと来る方、いらっしゃいますでしょうか?最近、割と新聞記事やニュースでも、この言葉を見聞きする機会が増えてきましたが、厳密に言うと、この言葉の定義はまだ確実に固まったわけではありません。様々なところで、様々な団体が、言葉の定義や取り組みをそれぞれ進めている段階かなと捉えています。

 横浜市では、横浜市スポーツ推進計画が今年から5年間の期間で制定されています。その中で、インクルーシブスポーツの定義が示されていますのでご案内します。スライドにも出ている通り、年齢や性別、障害の有無、国籍などに関わらず、誰もがお互いの個性や人格を尊重するとともに、人々の多様性を認め合い、様々な人が共に実施できるスポーツ、これを横浜市ではインクルーシブスポーツと呼んでいます。

 様々な解釈があるかと思いますが、特にこの中で重要なポイントは、「誰もが」というところだと思います。もちろん、障害のあるなしといったところも1つ大きなポイントではあるのですが、スポーツに参加する点においては、もちろん、障害のあるなしもそうなんですが、年齢や性別、国籍、それ以外にも子供や妊婦さん、いろんな背景や事情を抱えている方、いらっしゃると思いますが、いずれにしても、何かしらの理由で、スポーツに関われない、参加したくても参加できない方が一定数いるのは事実かなと思います。その中で、ふとスポーツをしてみたいと思った時に、普通に当たり前にスポーツができる環境を整えることが、インクルーシブスポーツではないかと捉えています。

 実際、私達もインクルーシブスポーツに取り組んでいる中で、なかなかこの言葉自体がつかみどころがない面も、正直なところあったりします。協会の中でもこの言葉について考える機会を設けました。1つ参考になったのが、ユネスコのサラマンカ声明というのがあり、この中でインクルーシブの原則がうたわれていました。それをもとに図に落としたものが、今、スライドに示した4枚のものです。

 左から、除外、分離、統合、包括。この4段階に分けて、インクルーシブといったものを考えています。インクルーシブですので、最終形、理想形は一番右側、この包括の状態だと思います。そこでは、障害のあるなしに関わらず、また年齢、性別、国籍、そういったものもすべてひっくるめて、誰もが同じようにスポーツに楽しんでいる状態、それがインクルーシブの理想形、最終形ではないかと思います。

 しかしながら、こういった状況にあるスポーツの場面は非常に限られているのが実際ではないかと思いますし、私たちも日々活動していくなかで、なかなかここに至っていない難しさを痛感しております。その中で、もちろん理想形はあるのですが、なかなか一足飛びにここに到達するのは非常に難しいということを新たにしましたので、では、実際に具体的に、どこから手をつけたらいいのかというヒントが、この4つの流れにありました。

 今、ご登壇いただいた大日方さんのお話を以前お聞きする機会があったのですが、インクルーシブスポーツという漠然としたイメージ、概念を考えていく上では、対概念、反対の意味を考えたらどうでしょうというヒントをいただいた時に、すごくハっとさせられました。インクルーシブの反対は、まさにスライドに示した一番左側のエクスクルージョン、除外の状態です。

 スポーツの場面で申し上げますと、たとえば先程の話にもあった通り、障害があるという理由で、スポーツ施設の利用を断られたり、教室の参加を断念せざるを得なかったりとか、そういった場面が残念ながら今も存在していると感じています。そういった場面を、できるだけ減らしていく。この除外の状態、スポーツがしたくてもできない、そういうことで悩んでいる人達を一人でも少なくしていく、そういった工夫や配慮。これをしていくことがまずスタートではないかと考えています。

 その上で右側のほうに移ると、たとえば分離といった状態は1つ次の段階かなと思いますが、具体的な例でいくと、もちろん、障害のある方とない方が、一緒には活動できないかもしれませんが、やはり障害をもった方達を対象とした教室を開くことで、スポーツに参加してもらう機会を作る。こういうことも、除外の状態から一歩進んだ活動にはなるのではないかと考えています。この後、いくつかご紹介しますが、実際に障害のある子どもたちを対象にした教室なども徐々に拡大しているところです。また、さらに状態が一歩進むと、統合という状態が待っています。

 スポーツの場面で分かりやすく言うと、たとえば、なにか大きな大会があったときに、その中で障害者部門、パラスポーツの部門を設けて、別々にはやるんですけれども、同じ一つの大会の中で、障害のあるなしにかかわらず参加ができる、そういった機会を作ることが、インクルーシブの前進につながるのではと思います。そういった段階を踏んでいくことで、最終的には一番右側の包括、インクルーシブな状態にもっていく。そこを目指しながら日々取り組んでいる最中です。

 ここからは実際にそうした考えを踏まえながら、私達スポーツ協会が関わっている取組について、いくつか事例をご紹介してまいります。

 はじめに、障害のある子供達を対象としたプロジェクトを4年前からスタートしております。スライドに示したのは陸上とサッカーの教室になりますが、他にも卓球、水泳、フライングディスク、セーリングといった種目で、定期的な教室や体験会を開催しています。

 このプロジェクトに関しては、特徴的なことが1つありまして、大きく3つの段階に区分けしています。前にもお示ししていますとおり、エンジョイステージ、チャレンジステージ、そしてドリームステージ、3つのステージに分けて活動に取り組んでいます。

 はじめのエンジョイステージに関しては、とにかくスポーツに親しんでもらって、そこから先、継続的にスポーツに親しんでもらう。そのきっかけづくりの意味合いで、気軽に参加できるプログラムを設けています。

 実際ここに参加する子供達の中には、初めてスポーツに参加しましたという方も少なくありませんし、親御さんも、自分の子供がこういったスポーツに取り組めるなんて思わなかったなどという声もたくさんいただいているくらい、貴重な機会を作ることができたのかなと思っています。そういった活動に参加している子の中から、実際に本格的に競技に取り組んでみたいという声もいただくようになっていて、それが、その次のチャレンジステージになります。ここでは実際に競技としてスポーツに取り組んでいき、最終的には、全国大会といったような高いレベルに出場できる選手の育成を目的に取り組んでいます。

 ちょうど、今からあと1カ月後に、全国障害者スポーツ大会が栃木県で開催されますが、この全国大会にもプロジェクトに参加する子供達の中から何人か出場することが叶いました。

 また、さらに先のステージとして、ドリームステージといったものを設けています。これは国内を飛び越えて、世界大会に出るような選手を応援していこうといったものになっており、実は昨年度行われた東京2020大会、こちらに出場したパラ水泳の選手が1人いらっしゃいますが、その選手を実際ドリームプロジェクト、ドリームアスリートという形で応援させていただいています。

 このように、参加される方の目的やレベルはさまざまありますが、一人一人のニーズに応じる形で多様なスポーツ教室を展開しています。

 その中の一つにセーリングの種目があります。ハンザと呼ばれるユニバーサルデザインの小型ヨットに、インストラクターと同船する形で、障害のあるなしにかかわらず、子どもだけではないんですが、海の上の体験をしてもらう機会をつくっています。ハンザの特徴は、絶対に転覆しないつくりになっているので、仮に泳げなくても心配なく参加することが可能です。もう1つこの種目の特徴としては、障害の種別、程度にかかわらず参加できるということがあります。

 スライドの右側は、乗船する場面ですか、このお子様は、車椅子を使われていて、若干マヒも抱えているお子さんでしたが、インストラクターのサポートを得ながら、問題なく乗船できることができています。実際にはお子さんだけでなく、ご家族もこの場にいらっしゃいましたが、まさか自分の子どもが海の上に出るとは思いもしませんでしたとか、お子さんのあとにご家族にも乗船していただいていますので、体験会の後に、家に帰って親子で体験を共有してもらうという場面を作るようにしています。そういう機会自体がとれないという家庭が多いと聞いていますが、セーリングに関しては、そういう壁を破れていると感じています。

 続いて、インクルーシブ水泳競技大会。ちょうど2か月前に横浜国際プールで開催された大会です。今年、第1回を開催することができました。この大会の意味合いは、まさにインクルーシブな大会ということで、障害のある方、ない方が、同じプールで一緒に泳ぐといった大会になっています。もちろんこれまで障害のない方、ある方、分かれた大会というのはたくさん展開されていましたが、1つのところで、隣同士で一緒に日ごろの練習の成果を競い合うという場はなかなかあるようでなかったと聞いています。

 かなり画期的な一日になりました。また水泳に関しては、横浜水泳協会という地域の団体があり、毎年、水泳の市民大会を開催しています。水泳に関しては、一般の大会でも、障害のある方の参加を妨げてはおらず、今年も7月に大会を開催したところ、プロジェクトの子どもたちが何人か参加する機会を得ることができました。中学生でしたが、障害のない子に混じって出場したところ、なんと障害のあるプロジェクトの子が優勝してしまったということがありました。障害があるから劣っているということは全くなく、スポーツをすることにおいて障害は関係ないんだなと、私自身、改めて感じました。

 続いて、ワールドトライアスロン・パラトライアスロンシリーズ横浜大会です。ご存じの方、いらっしゃいますかね。毎年5月に横浜の山下公園、赤レンガ倉庫という、観光名所が点在する場所があるんですが、そこを周回する形でトライアスロンの世界大会が開かれています。文字通りトライアスロンとパラトライアスロンということで、障害のある方もない方も出場することのできる大会になっています。

 パラアスリートも参加できる部門があるのですが、ここで紹介したいのは、このスライドの左側、会場が横浜の山下公園、赤レンガ倉庫といった観光名所、一般の方が普通に遊びに来る場所を会場にしています。この選手たちの後ろには一般の市民の方が沿道に駆け付け、選手たちのレースの模様を観戦しています。右側の写真は、横浜港からあがってきた選手をスタッフが支えているものです。

 この大会の運営にあたってはボランティアを含め、非常に多くの方たちが関わっています。スポーツに関わることにおいては、ご自身がスポーツをすることも1つ大きな要素ですが、見るや支えることも、スポーツの関わり方の魅力の一つです。スポーツをするだけではなく、見る、支える関わり方があるということで、1つ特徴的な事例を紹介します。

 トライアスロン・パラトライアスロンのヒトコマですが、こどもスポーツ記者という取り組みを過去に行いました。実際に選手が走ったり自転車をこいでいる間近で、子どもたちが記者活動を行っています。一眼レフのカメラを抱えて、選手の活躍の様子を写真に収めたり、実際にはレース後に選手にインタビューもやっています。最後に、そういった写真や取材を元に記事を実際に書いてもらって、スポーツ新聞の方の協力も得て実際の新聞記事をつくるところまでやっています。

 もちろん自分が何かスポーツをすることもそうですが、それだけではなくて、スポーツをしている人を見たり、支えるといった関わり方ができるというのも、スポーツの大きな魅力だととらえています。左側の写真でわかると思いますが、車いすにのった子どもたちも参加していて、この活動に取り組んだ子どもたちの中には自分も何かスポーツしてみたいと言って始めた人もいます。必ずしも、する、ところだけではなく、見るや支えるからスポーツに主体的に関わっていくということがあると感じています。

 紹介する事例としては最後です。インクルーシブスポーツフェスタというイベントを2年前から行っています。特徴は、インクルーシブという考えに共感いただいてる民間の企業や地域の団体と一緒に体験ブースをたくさん設けていろんな方に多様なスポーツに取り組んでもらうという趣旨のイベントです。

 実際には、フライングディスクや、競技用車いす、ボッチャ、モルックなど。一番右側の写真は、ある企業さんに協力いただいて、大きなトランポリンを用意して子どもたちに跳びはねてもらったり、ブロックで大きなものを作ったり、スポーツではないかもしれないけれど体を動かすようないろんな活動ができる機会を設けています。このイベントは、今年で3年目を迎えますが、年を重ねるごとに、非常に規模が大きくなっており、規模が大きくなるということは、関わっている団体さんが増えてきているといったところになります。

 こういったイベントを企画していく中で、非常に大きく感じるのが、私達の協会の中でもそうですが、協会の外、世の中的にもインクルーシブな取組に関心を持たれている企業さん、団体さんが非常に増えてきたなということを肌で感じます。

 今年は特に、運営側にも障害のある方にも入っていただいたり、実際に障害を持っていらっしゃる団体さんにもブース出展していただいて、取組の幅を広げていく準備を今しているところです。11月のお休みの日に開催しますので、もし、ご興味ある方は、のぞいてみてください。

 以上お話してきましたとおり、簡単に最後、まとめますと、本日のテーマでありますパラリンピック・レガシーという点において、特に東京大会前後の変化としては、先程、大日方さんからも話があった通り、世の中的にもインクルーシブな社会への関心は非常に高まっているということを肌で感じています。前半でご紹介した通り、横浜市のスポーツ推進計画の中にもインクルーシブといったことが明記されていますし、障害者スポーツの推進といったところが具体的にうたわれています。

 私たちスポーツ協会のなかでも、だんだんと障害のあるなしに関わらず参加できるような機会を作っていこう、そういった方たちが参加するためには何が必要かということを考える機会が非常に増えてきています。またインクルーシブスポーツフェスタでもお話しした通り、私たちだけではなく、他の団体さん、企業さんにおかれてもそういった思いを同じくする方が増えていることを感じます。そういったところでは、機運、意思の高まりを内外で大きく感じております。

 今日、いくつか事例をご紹介しましたが、どれ一つとっても、私達スポーツ協会単独でできる事業というのは、実も1個もないことに改めて気づかされました。横浜ラポールさんはじめ、必ず地域の団体さん、企業さん、様々な方達と一緒に、こういった取り組みが実現しているのが実際のところです。反対に言うと、そういった連携の輪がどんどん広がっていくこと、それこそが、パラリンピック前後のレガシーの1つになるのではないかととらえています。

 そういった連携の輪、これを広げていくことが、ひいては、障害のある方、ない方にかかわらず、主体的な参加を促す多様な機会を作っていくことになるのではないかと考えております。私からは以上です。ご清聴ありがとうございました。

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