総合リハビリテーションのあり方 1.災害時から平常時の総合リハビリテーションサービスを考える

矢本 聡
東日本国際大学健康福祉学部 教授

 東日本国際大学の矢本です。最後のセッションは「総合リハビリテーションのあり方」です。昨日の高岡委員長の基調講演にもありましたように、総合リハのあり方というものは、特に、本研究大会においては経時的に考えていくべき課題、大命題といえます。私は、「総合リハビリテーションのあり方」について、タイトルにも示しましたように災害時の総合リハから、平常時の総合リハサービスを考えるという観点からお話いたします。

 まず、昨年の第43回総合リハ研究大会は、「コロナ危機」をテーマに行われました。そこでは「コロナ危機も災害として捉える」という観点が強調されました。2つのパネルディスカッションを通して、コロナ危機も災害ととらえるべきとの意見が多くありました。そして現時点の問題であるコロナ禍への対応の問題だけでなく、平常時の問題も指摘されました。

 このことは、この総合リハ研究大会では、東日本大震災の前から、災害時から平常時の総合リハサービスを考えるという観点が重視されていましたが、改めて、災害時を平常との関係で見るという明確な問題意識を持って検討すべきことを示したといえます。そこで今回は総合リハのあり方を災害時という切り口から、整理していくこととなった次第です。

 現在、コロナ禍は、まだ収束していません。ごく最近も台風、水害など様々な災害が各地で発生し、今後の発生も容易に予測できます。これらの状況を鑑みれば、この災害から総合リハを考え深めていくということは急務であり、総合リハ研究大会としての責務であるといえます。

 総合リハ研究大会においては、東日本大震災前の2010年の第33回大会において、「災害」をシンポジウムで取り上げています。その際の議論の基本的スタンスとしては、災害時は平常時の問題が顕著にあらわれると位置づけ、災害時を特殊事態としてのみ論じるのではなく、災害時から平常時の総合リハのあり方を考えることとされていました。

 東日本大震災を契機として、総合リハに関わる多くの方々がボランティアや現地スタッフとして、災害に関与したり、また、ニュースなどで、目にすることも多くなったりしたことで災害を考えることになったといえるでしょう。しかしその前から、「災害時は平常時の問題が顕著にあらわれると位置づけ、災害時を特殊事態としてのみ論じるのではなく、災害時から平常時の総合リハのあり方を考える」という基本的なスタンスをとっていたことは画期的なことだと思います。

 この第33回大会に私も参加していました。ですが、災害関係の学会ではなく、総合リハ研究大会で災害が取り上げられていることが不思議でした。議論に参加していても、総合リハの視点から災害を考えるということの意味、どうして災害時から平常時が考えられるのかが、正直、私自身は理解することも想像することも難しく感じました。これは、災害が他人事であったため、災害についての知識や想像することも乏しかったことがあります。しかし一番大きなことは総合リハ自体についての理解が不十分であったことだと考えられます。

 このようななか、翌年の2011年3月11日、午後2時46分、東日本大震災が起こります。私自身、仙台市に住んでおり被災者となりました。そして、専門職として避難所を訪問し、被災した人たちと関わることになりました。このときになってようやく、総合リハ大会で災害をテーマとすることの必要性、すなわち、災害が起こってから始めるのではなく、平常時における総合リハサービスのあり方が大きく関係していることの意味が、少しずつ分かり始めました。総合リハ研究大会に出ていても、本来の総合リハということの捉え方が不十分であったと痛感しました。

 私自身の総合リハのあり方を災害から考えることについての経験を少しお話しましたが、実際に、災害に関与したこともあり、その後、私は第34回研究大会以来、災害関係の発表者として総合リハと災害の問題に関わってきました。そこで、「総合リハのあり方を災害から考える」というテーマのもとに、まず、これまでの実践、実績を確認する目的で、総合リハの視点から災害がどのように論じられてきたかを、第33回大会以降の総合リハ研究大会での発表、本研究大会の主催者である、日本障害者リハビリテーション協会が発行する「リハビリテーション研究」および「ノーマライゼーション」をレビューしてみることにしました。

 まず、総合リハ研究大会では、既に述べたように、東日本大震災以前から、「総合リハビリテーションの視点から災害を考える」というテーマを、第33回から第35回大会まで3回連続して深め、その後、シンポジウムやパネルディスカッションで、災害が取り上げられてきました。

 リハビリテーション研究では、やはり東日本大震災以前の2010年に、ICFの視点から「総合リハと災害」について論じています。災害は、環境因子であり、また統合モデルとして考えていくことの重要性が述べられています。さらに、東日本大震災が発生した2011年には、「災害から考える総合リハ」という特集を組んでいます。ノーマライゼーションでは、1996年、平成8年以降、12回、災害をテーマとした特集が組まれてきました。

 これらを整理してみると、結論とも言えますが、東日本大震災前から本研究大会では、すでに総合リハの観点から災害を論じ、また、平常時との関係で論じられていました。しかし、その後、総合リハの観点を明確に意識した発表や議論などは極めて乏しく、平常時の総合リハとの関連について論じたものは、さらに乏しいと言えます。

 では、その中で、総合リハ研究大会での発表内容について少し詳しく説明していきます。まず、第33回大会の市民講座で、山崎登さん。この方はNHKの災害を専門とした解説委員の方です。阪神淡路大震災以来、様々な現場経験を積まれている方ですが、「学術的なデータをきちんと分析して、災害時の支援を論じることの重要性」を強調されました。

 具体的には、2004年の中越地震のときに、この研究大会において多くの発表などをなさっている大川先生による大規模調査で、初めて、災害時に新たな障害が生まれることが判明したことを紹介されていました。 そして、その大川先生は、「不自由さを補完するだけではなく、生活機能低下の予防と、災害直後だけでない、中・長期的観点が必要であること」を強調されました。この生活機能低下予防とは、後ほど述べます、中央防災会議の報告書にも大きく取り上げられた、「防ぎ得る生活機能低下予防(Preventable disability)」です。

 そして、第34回大会では、複数の自治体と協力しての、現地支援活動および大規模調査を行った経験に立ち、「防げたはずの生活機能低下予防」のポイントは、①参加レベルの重視、②対象者を元気な人にまで拡大、③チームの拡大、④本人の積極的関与、⑤生活機能低下向上の機序の理解、であると述べられています。

 この内容がまさに災害時の総合リハのポイントですし、平常時の総合リハに生かす点と思われます。残念ながらこれ以外に総合リハの具体的内容に踏み込んだものは見つけられませんでした。ただ、関係が深いと思われるものとして、総合リハにおいて介護関係者も重要なチームメンバーですが、その介護福祉士会の理事であった舟田さんは、「災害時の総合リハとしての連携と生活機能低下予防改善が重要だ」と述べています。

 総合リハの観点からの発表は乏しかったのですが、発表をまとめてみると、①福祉サービス・事業所運営、②制度・施策、③コミュニティやネットワーク、④障害者団体等における支援、⑤専門分野から、⑥今後の避難計画のあり方についての内容が多いといえます。それぞれ簡単に述べていきます。

 まず、最も多いのが福祉サービスや事業所運営に関する発言です。これは自然災害だけではなく昨年のコロナ禍においても多いものでした。例えば、障害者の雇用、障害者福祉事業所やホームヘルパー体制など、様々な福祉サービスの問題が提示されています。コロナ禍に関しても介助者派遣などの問題、その問題によって、障害者自身がどのように変化するかということについてが、専門家からの発表で多いといえます。ADLだけでなく余暇活動に関しても述べられた発表もありました。

 制度や施策に関する発言も多くみられました。例えば災害時要援護者登録制度における個人情報共有の問題点、あるいはコロナの影響による離職者への生活保障などがありました。

 コミュニティやネットワークという単語も多く用いられています。災害が起こる以前から、災害時を想定した地域づくりや住民同士のつながり、関係機関とのネットワークづくりの重要性が指摘されました。

 障害者団体等による被災者支援についても、各障害者団体や地域団体からの報告も多く見られました。当事者ご自身からは、各障害団体の報告が多くありましたが、一方で、専門家は各専門分野に特化した内容が多いともいえます。精神科領域での心のケアや学校の役割、コロナに関しては、コロナという疾患に対しての支援特徴を述べられた発表もありました。また、避難に関しての不安や支援の必要性についての発表もありました。

 さて、災害時から総合リハを考えるという観点から、整理を行った結果として、「防ぎうる生活機能低下をより明確に意識して、支援をすることが重要である」という考えに至りました。生活機能低下を防ぎ得る、すなわち予防ということです。これは「災害時だけでなく平常時においても生活機能低下を悪化させない。また、新たに生活機能低下者、障害者を産まない」ことを示唆しています。

 今日の発表の最初に、第33回大会のときに、総合リハ自体を十分理解していなかったため、災害から平常時の総合リハを考えることが、私自身、難しかったと述べました。改めて今回整理し直すことによって、平常時においても、この生活機能低下者を生まないということ、進行させないことも、総合リハとして、重要な観点であるという認識が、まだまだ不十分であると痛感しました。

 災害時には、阪神淡路大震災以来、「防ぎえる死亡(Preventable death)」が強調されてきましたが、それだけでなく、生活機能レベルの防ぎ得る生活機能低下を予防することが提唱されたのです。これは、東日本大震災前から検討が開始され、その後完成した中央防災会議の報告書で強調されています。これは、新潟中越地震以来の各種災害時の生活機能実態把握に基づいた大川先生による発見ですが、まさに総合リハの実践の中から発見されたものではないかと思います。このことの持つ意味を、私もやっとわかるようになってきました。この観点は、平常時においても、重要な軸と言えると考えました。

 この防ぎえる生活機能低下予防の重要性は、災害に関して最も格が高い専門家の検討会と言える、中央防災会議の専門調査会報告書においても重視されていました。「中央防災会議専門調査会報告書」では、災害時の要援護者だけではなく、災害時特別な配慮が必要な人の概念を提示しました。

 具体的には、病気、怪我などの健康状態だけでなく、生活機能の両面から配慮が必要なことを提唱しています。災害前から配慮が必要だった人だけではなく、予防の観点からの配慮も強調されています。このように、災害という特殊な事態の専門分野の中で、生活機能への配慮が明確にうたわれ、実践的に用いることができるように整理されていることは、総合リハの領域でも平常時も含め、活かすべき点ではないかと思いました。

 コロナ禍の出口は、いまだ見えません。さらに、毎年のように地震、台風、大雨などによる災害が起こっています。今や、いつ、どこで災害が起きてもおかしくない状況となっています。そのような非常時に、いかに生活機能を低下させないか。そのためには、平常時から生活機能低下の予防という視点を持つこと。その生活機能の中でも、参加レベルの向上を目指した支援が行わなければいけません。生活機能、そして生活機能低下の予防という視点から、当事者と専門職が総合リハビリテーションのサービスのあり方を議論していくことが求められていると考えます。

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