ピアサポーター養成の現状と課題

「新ノーマライゼーション」2023年4月号

早稲田大学
岩崎香(いわさきかおり)

1. ピアサポートとは

障害者福祉の領域では、最近、ピアサポートという言葉を耳にする機会が増えているのではないだろうか。2020年度の障害福祉サービス等報酬改定において、ピアサポート体制加算が認められたことにより、注目を集めたことが一因かと考えられる。では、ピアサポートが障害者領域に特有の仕組みなのかというとそうではない。もともと、ピアサポートとは、仲間(ピア)同士の支え合いであり、以前から学校や医療現場など、多領域で活動が活発に行われている。ピアサポートの有効性は、同じような経験を持つ人同士が、経験を語り合い、分かち合うことで、生きる力を高めることができる点にある。

2. 障害者領域におけるピアサポートの歴史

障害者のピアサポート活動の歴史は18世紀にさかのぼるとも言われるが、よく例に出されるのは、1907年にアメリカで自らの精神科病院入院の経験を出版したクリフォード・ビーアズによって始められた精神衛生運動や1935年に設立されたAlcoholics Anonymous(AA)のセルフヘルプグループなどである。1950年代以降のアメリカでは公民権運動を背景として、エド・ロバーツらを中心とした身体障害者の自立生活運動(Independent Living)が拡がりをみせ、日本の自立生活センターを中心とするピアカウンセリングにも大きな影響を与えた。2000年以降はリカバリー志向のサービスに注目が集まり、認定ピアスペシャリストがメンタルヘルスの仕組みの中に位置づけられるようになったのである。そうした障害者の人権に係る活動や、ピアサポートの活用はこれまで支援者主導で進められてきたリハビリテーションや福祉サービスが当事者主体に転換されていくということの現れでもあった。1980年代以降、日本でも医療機関や地域を拠点とした患者会やセルフヘルプグループに始まり、全国でさまざまなピアサポート活動が展開されてきた。「リカバリー」概念への関心の高まりとともに、国の「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策転換が行われ、精神科病院からの長期入院者を支援するピアサポーターの活躍が始まったのである。障害者権利条約の批准を目指した障害福祉サービスの再編などを経て、人権権利意識も高まりを見せてきた昨今、自らの経験を活かして福祉サービスを提供することに参画したいと希望する人も増加している。

3. ピアサポーターと専門職の協働-その仕組みづくり-

精神障害の領域では、2003年に国の事業として「精神障害者退院促進支援事業」が始まり、その後、何度か事業名称は変わったが、自立支援員などの呼称で精神科病院からの退院支援に際して、有償で働くピアサポーターが増加した。長期入院者の退院支援に際して、専門職とピアサポーターが協働する実践が各地で展開されたのである。

今回実施されている国の障害者ピアサポート研修事業の元となったのは厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害者政策総合研究として2016(平成28)年度から2019(平成30)年度に実施した「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究」1)の研究成果である。その後の2年間、同じく厚生労働科学研究費補助金により「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に係る講師を担える人材の養成及び普及のための研究」をほぼ同じ構成メンバーで実施した。その間に、基礎研修、専門研修、フォローアップ研修のテキスト及び、基礎研修テキストの分かりやすい版も作成した。また、研修を普及するための講師・ファシリテーター養成に関してもプログラムを作成し、5年間の研究を終えた。

並行して、平成30年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業「ピアサポートを担う人材の活用を推進するための調査研究及びガイドライン作成のための研究」、令和元年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業「障害福祉サービスの種別ごとのピアサポートを担う人材の活用のための調査研究」2)にも携わらせていただいたわけであるが、その間に多くの方々に研究協力をいただいた。調査の中で、ピアサポーターとの出会いによって、「自分も働きたい、働けるようになりたいと思い、夢と勇気をもらった」と語る人も多かった。病院にきてくれたピアサポーターに「自分も20年以上病院にいたんです。そんな僕が今はこうやって皆さんを迎えにきてるんです」と言われ、「もう退院はあきらめていたけど、もしかしたら自分も退院できるかもしれないと思ったし、本当に退院できて仲間と一緒に今はその病院にピアサポーターとして自分も訪問している」というような語りを聴かせてもらったこともあった。それは、文字にすれば「ピアサポーターのロールモデルとしての役割」ということになるのだろうが、その人の人生を変えるようなエネルギーを秘めている。

そうした実例がある一方で、職員として採用されたピサポーターが定着できるための仕組みはまだ十分に整っているとは言えない。残念ながら福祉や医療の中で働く専門職の中にも、障害者に対する差別意識や偏見が少なからず存在する。労働現場における合理的配慮の提供が義務付けられているが、ピアサポーターがその効果を発揮できる環境づくりという点では課題も多い。

また、ピアサポーターのかかわりがプラスの効果だけをもたらすわけではない。経験を共有することにより共感しすぎてしまうリスクがあることや、個人情報の取り扱いなどに際して倫理的な課題に直面することもある。さらに誰よりもピアサポーター自身が、当事者であることと、支援者であることの立場の二重性に悩むということが、よく指摘される。当事者としての経験を活かすためには、そうしたリスクに対応できる職場環境が必要である。同じような経験があることはピアサポーターの大きな強みであり、同じ障害のある人がその経験を活かして働いていることを目の当たりにすることは、大きな希望となる。そうした効果を活かすためにも、ピアサポーターと専門職の協働が求められているのである。

4. ピアサポーターの今後

障害者ピアサポート研修事業は令和2年度から都道府県、政令指定都市が実施できる形で位置づけられていたが、令和3年度以降、ピアサポーターの配置が報酬化されたことによって研修を実施する、あるいは、実施を検討する自治体が増加している。

障害者ピアサポーターの養成プログラムを検討する際に、2つのことを大切にしてきた。ひとつは、障害ごとに組み立てられてきたピアサポート研修の基礎的な部分を共通のカリキュラムとして構成するということと、一緒に働く、あるいは、働く予定の職員と一緒に研修を受けてもらい、ピアサポートに関する理解を深めてもらいたいということである。前述した厚生労働省障害者総合福祉推進事業などの調査結果としてもピアサポーターとともに働くことによる同じ職場の職員に対する影響として「障害者への理解が深まる」ことや「障害者の可能性を信じることができるようになる」ことが多く挙がっていた。それは、実は支援者のみならず、障害者同士でも同じようなことがいえるのだということを基礎研修の場で感じた。縦割りの仕組みの中で、異なる障害がある人たちと同じグループでディスカッションすることは、障害当事者の方たちにとっても新鮮な経験だという反応が多かった。障害のあるなしによって分断されてきたことは教育の在り方としても国際的に課題とみなされているが、障害の種別によっても分断されてきた歴史をあらためて痛感したのである。

地域包括ケア、共生社会をめざす時代を迎え、医療保健福祉現場で活躍するピアサポーターが今後も増えていくことが予測される。障害者ピアサポート研修はピアサポーターの質を一定程度担保し、障害当事者を中心に置いた支援の充実により福祉サービス全体の質の向上に寄与すると考えられる。

しかし、障害者ピアサポート研修事業もすべての都道府県・政令指定都市で実施されているわけでもないし、研修講師やファシリテーターの不足、合理的配慮の提供に対する課題など、枚挙にいとまがない。ピアサポーターの養成研修や報酬算定が始まったことはようやくスタートラインに立ったに過ぎない。ピアサポーターの真価が問われるのはこれからである。


【文献】

1)厚生労働省科学研究成果データベース 平成28年度 障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究 研究代表者 早稲田大学 岩崎香
https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/26077

2)厚生労働省障害者総合福祉推進事業を受託した社会福祉法人豊芯会の推進事業のページをご覧ください。
http://housinkai.or.jp/about/tabid/126/Default.aspx

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