実現・当事者目線の支援機器-スタンディングを目的としていないスタンディング車椅子「NOVA_RiseActive」

「新ノーマライゼーション」2023年4月号

三貴ホールディングス株式会社 FORCE事業部
芝﨑泰造(しばさきたいぞう)

開発に至った経緯

脊髄損傷者の社員がおしりに褥瘡(じょくそう)をつくってしまい、突然長期間の入院生活を余儀なくされました。その後、職場に復帰したのですが、褥瘡のケアが必要なため海外製のスタンディング車椅子を取り寄せて日中はそれを使って患部の除圧をしながら仕事をしていました。治療が終了した現在はというと、その車椅子はお蔵入りして、従来の手動車椅子に戻っています。治癒したとはいえ、褥瘡の再発防止のために定期的な除圧は必要であるにもかかわらずです。彼にとって、その車椅子は、術後の褥瘡をケアするための道具であって、恒常的に使用したい車椅子ではなかったことになります。では、何が日常使いを妨げたのでしょうか? 彼曰く、除圧のために立ち上がる必要があったので我慢をして使っていたと言います。脊髄損傷者の日常生活において、車椅子は切り離せないものです。それだけにさまざまな生活シーンで快適に使えるよう、アクティブユーザー向け車椅子には、小回りが効くコンパクトさ、レスポンスの良い応答性、長時間座っても疲れないシーティング機能や体幹を安定させるホールド性などが求められます。車椅子としての要素がレベル以下では、立ち上がる時にだけ乗り換えて使用する器具となってしまいます。実際、その同僚も除圧する時だけ乗り換えていました。そして、褥瘡が治癒した現在は、使わなくなったということです。

単なる立ち上がりのための道具ではなく、日常使いできる車椅子として製品化できれば、より多くの車椅子ユーザーにベネフィットを届けられるに違いないという想いでNOVA_RiseActive(ノーヴァ_ライズアクティブ)を企画しました。

開発コンセプト

本製品は4つのこだわりを持って企画しました。

1)コンパクト

アクティブユーザー向け車椅子の特徴は、脚を直下に下ろすことでコンパクトになり、なおかつ前輪荷重の軽減、骨盤前後傾きのコントロール性向上を図れる設計となっていて、とても軽快な操作性を有していることです。本製品では、その特徴を妥協せずに、コンパクト化と立ち上がり機構との両立を目指しました。

2)操作性がよい

後輪車軸の前後位置は車椅子の操作性に大きく影響を与える要素のひとつです。本製品は搭乗者の重心近く(背面より70mm前方)に後輪位置を配し、旋回しやすいセッティングとしました。反面、後方への転倒リスクが増えるので、個人の車椅子操作スキルに応じて転倒防止装置をオプションで選択できるようにしました。また、重心位置近くに後輪車軸があることは、ハンドリムの漕ぎしろが大きく取れるので、一回のハンドリング操作で効率よく駆動することができます。

3)リーズナブル

いくら機能的に優れていても、ユーザーが購入できる価格設定でないと、製品を使っていただくことはできません。現在の補装具費支給制度では、スタンディング車椅子は支給対象となっていないため、ユーザーが入手するには、特例補装具として全額支給を受けるか、自費購入の2択しかありません。既存の競合モデルの価格に捉われることなく、一人でも多くのステークホルダーに本製品をお届けしたいという想いで価格設定をしました。高いか安いかはお客様が決めていただくことですが…。

4)どのポジションでも動ける

他のスタンディング車椅子の多くが座席を最下部まで下げたドライビングポジション以外では動けない(ストッパーが作動する)仕様になっています。立位時の安全性を考慮した結果だと思うのですが、これだと単なる起立台になってしまいます。我々が提供したいのは、日常生活のなかで、それぞれのシーンに合わせた最適なポジションで動ける車椅子です。健常者の方は作業内容に応じて、しゃがむ、座る、立ち上がるを使い分けますが、車椅子ユーザーは、ほとんどの作業を座り姿勢で行うしかありません。必要な時に、いつでも、自然に、最適な姿勢で作業ができることを目指しました。

アクティブポジションの有効性

本製品の乗車姿勢は、大きく分けて『ドライビングポジション』『スタンディングポジション』『アクティブポジション』の3つがあります。屋外や長距離を移動する際は、最も駆動効率の良い『ドライビングポジション』が適しています。座席を最高位まで上げた『スタンディングポジション』では、前方への転倒を防止するための装備として、座席の上昇と同時に足台が下降し、最立位時に足台先端が床に接地し転倒防止装置となる機構を備えています。また、この立位姿勢が、膝のベルト1本だけで両下肢まひ者の体幹を支えられているのもポイントのひとつです。移乗動作も考慮し、膝ベルトは片手で簡単に付け外しができる仕様になっています。

座位と立位の中間位である『アクティブポジション』が本製品の最大の推しポイントです。これまで、我々車椅子ユーザーは、自身の視点(座位姿勢)の範囲内で生活をしてきました。届かない、見えないといった不自由さはあっても、車椅子だからと半ばあきらめてきたことは否めません。毎日の生活のなかで、少し視点を変えることで、あきらめていたことができるようになる、見えなかったものが見えるようになる。このことは、ADLはもとより、QOL向上にも寄与し、可能性が広がります。また、長時間の座位姿勢は下肢の血行不良や腹部の内臓圧迫による体調不良を招きます。アクティブポジションでは、腹部の圧迫も軽減されて血行も良くなるといった生体的な改善効果も期待できるでしょう。日々の生活シーンに合わせて、最も適した視点(ポジション)で作業を行うことのできる車椅子、それがNOVA_RiseActiveの真骨頂です。

お客様の声

試作段階から多くのユーザーの方々に試乗いただき、ご意見や感想を伺いました。その多くが高所の物が取れる、作業ができるといったものです。特に女性ユーザーに好評だったのは、「大型冷蔵庫の最上段が使える」「高所の収納場所が使える」「調理時に料理の中身が見える」「洗濯ものが取り出しやすい」などといった家事にまつわるご意見が圧倒的で、日常のお困りごとの多いことが分かりました。他には、「車の天井を自分で洗車できるようになった」「投げ釣りに挑戦した」「立ってギターが弾けるようになった」「美容師として復帰できる可能性が見つかった」など趣味や仕事にも活かせる発見もありました。なかでも、私がうれしかったのは、ご自身の結婚披露宴でご両親に向けて立ち上がって感謝のお手紙を読まれたというエピソードを伺った時です。本当に、この車椅子をつくって良かったと思えた瞬間でした。

本製品は立位姿勢が取れる車椅子という機能面を評価されがちですが、我々が提案したいのは、この車椅子を使うことで、これまでできずにあきらめてしまっていたことから解放され、その先の可能性を広げてもらうことです。日常の生活のなかで少し視点を変えることで、新しいことにチャレンジしてみようという気持ちになれる車椅子。それがNOVA_RiseActiveです。

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