雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業~視覚障害者の利用と課題

「新ノーマライゼーション」2023年5月号

日本視覚障害者団体連合総合相談室長
工藤正一(くどうしょういち)

1. はじめに

厚生労働省が障害者の就労支援における福祉施策と労働施策の連携を進めていたところ、令和元年7月の参議院議員選挙で、重度訪問介護のサービスを受けている議員が当選したこと等が契機となり、厚生労働省に「障害者雇用・福祉連携強化プロジェクトチーム」が設置され、同年12月に障害者団体に対するヒアリングが行われました。日本視覚障害者団体連合(以下、日視連)は、事前に要望書を提出し、特に、自営業者(邦楽の教授及びあはき師())の移動に対しても移動支援サービス(同行援護)を適用して支援すべきこと、視覚障害は情報障害であるが故に困難があり、支援が必要であるため、今後の支援を考えるにあたってはそのような障害特性に着目してほしいことを要望しました。

2. 事業への期待

令和2年10月から施行された「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」(以下、特別事業)により、これまでは、個別給付制度である同行援護では認められなかった通勤や就労における支援が認められることになりました。この通勤や就労における支援は、雇用と自営の2つの場面に分けて考えられており、雇用の場面においては、障害者雇用納付金制度に基づく助成金と地域生活支援事業の両者が一体となった複雑な仕組みとなっております。いずれにしても、この新たな特別事業によって、視覚障害者も通勤時の同行や業務の上で必要となる代筆・代読等の支援を受けることが可能になりました。いわば、あはき自営業者にとっては、長年要求し続けてきた自営業者のための職場介助者制度とも言えるものです。それだけに多くの視覚障害者から歓迎され、大変期待されています。

ところで、近年の視覚障害あはき自営業者の状況は、晴眼者との競争が激しい上に無資格者等が横行し、それにコロナ禍のさまざまな要因も加わって、多くの視覚障害あはき自営業者の経営は厳しさを増し、彼らの所得が減っています。ちなみに、国から示された特別事業の実施要綱には、「自営等に従事することにより当該対象者の所得の向上が見込まれると市町村等が認めたもの」とあり、その意味でも、こうした視覚障害者の厳しい状況を改善するものとして期待されています。

3. 実際に使えるようにするために

この特別事業を実際に使えるようにするためには、何よりも先に居住地の市区町村に地域生活支援事業である特別事業を制度化してもらう必要があります。しかし、特別事業は地域生活支援事業の任意事業のため、黙っていては市区町村は実施しません。当事者が声を上げなければ実現できません。

この特別事業は令和2年10月にスタートし、約2年半が経過しました。先般、厚生労働省の全国主管課長会議において、その実施状況が公表され、令和5年1月1日時点における実施自治体数は56市区町村(予定含)、利用者数は108人となっています。全国の自治体数からみれば、まだまだ緒に就いたばかりとも言え、全国にいかに普及させるか、これが大きな課題です。

このような背景があるためか、今でも、日視連の総合相談室には「通勤や仕事に同行援護を使うにはどうすればいいんですか?」という質問や相談が寄せられています。特に、コロナ禍では、あはき自営業者からは数えきれない相談があり、中には「この事業を前提にして就職面接に臨みたい」「しばらくぶりの職場復帰にこの事業を使いたい」「田舎でバス通勤をしているが運行本数が減るのでその対策としてこの事業を使えたら助かる」等、通勤にまつわる問い合わせが多く寄せられています。

4. 支援の具体的事例

厚生労働省全国主管課長会議資料でこれまでに公表された実施状況では、具体的な支援事例として、視覚障害者の3事例が紹介されています。参考として、以下に内容を抜粋(若干加筆)して紹介します。

1.宇都宮市の事例(自営等):視覚障害者、はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧業(自宅、患者宅)

事業活用以前は、自宅内や慣れたところでの施術を主としていたが、客足が遠のいてきた。そこで、この制度を利用し、出張治療時の移動支援、施術場所の準備・片付け等の確認、外出中のトイレ・給水の補助をしてもらった。その結果、不慣れな訪問先での施術や、チラシ配布等外出を伴う営業活動ができるようになった。今後、治療院への足が遠のいた顧客の利用回復、新規顧客の獲得を目指したい。

2.山形県西川町の事例(雇用労働者):全盲、NPO法人の職員

視覚障害者向けの情報発信として、山形の魅力や旬の情報収集・原案作成・撮影・編集・配信等。本事業の活用以前は、職場が同行援護事業者へ補助を委託していた。職場の財源も限られており、就労時間を伸ばすことができない状況にあったため、外出しての取材ができなかった。そこで、職場での業務では、重度訪問介護サービス利用者等職場介助助成金を活用し、それ以外の外出等では、特別事業を活用した。その結果、業務期間中の作業支援、使用機器の準備補助、作業内容の確認補助のほか、就労時間の延長により、外出しての取材が可能となり、業務の幅が広がった。

3.東京都江東区の事例(自営):網膜色素変性症、あん摩マッサージ指圧師鍼灸師

自宅とは別の治療院まで、近隣住民や駅係員の支援により単独歩行で通勤していたが、転倒や高齢者にぶつかる等のアクシデントが発生していた。しかし、特別事業の利用開始後は、通勤時(自宅から治療院)の移動支援で、安全に通勤ができるようになり、自営を継続できるようになった。

5. 今後の課題

特別事業を大きく育てていけば、私たちにとって大きな利益を生み出す意義ある制度になるでしょう。ただし、特別事業は地域生活支援事業の任意事業であり、実施については各自治体に任せられています。そのような中で日視連が考える今後の課題、そして課題を解決するために必要な取り組みを以下に整理します。なお、日視連としては、全国各地での取り組みが進むよう、加盟団体からの要求を集約して、引き続き国に対して陳情していくこととしています。

1.まだ実施していない自治体に対して声を上げることです。個人で対応するのではなく、地域の視覚障害者団体がこれを取り上げて、相談しながら、諦めないで交渉を続けることが大切です。

2.日視連はこれらの取り組みを後押しするため、すでに実施している自治体から視覚障害者の好事例を独自に収集することを準備しています。これからの自治体に対して実施を促すアンケートを実施する等、効果的な実施例等を整理し、全国の視覚障害者と共有し、運動に役立てたいと考えています。

3.もし特別事業が開始したとしても、その地域に担い手となるヘルパーがいるのか、引き受けてくれる事業所があるのかが重要で、視覚障害者を支援する同行援護事業所の役割はますます重要になってきます。そこで、あらためて同行援護の存在とその役割の重要性を認識し、より視覚障害者のニーズに合ったサービスの提供にも対応できる従業者養成研修を実施することが大切です。その中では、事業所が安定して運営できること、ヘルパーが安心して働けるようにすることも重要なので、同行援護の専門性が担保される報酬単価を設定することが必要です。

4.この特別事業は令和3年度から、地域生活支援促進事業に位置づけられ現在に至っていますが、任意事業から必須事業に位置づけられるまでは、地域生活支援促進事業のまま継続させることが必要です。なかなか進まない現状と自治体の財政負担の観点から「促進」を残す意味があります。


「あはき師」とは、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の総称。

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