総括所見にみるアジア諸国の障害者事情-ラオス

「新ノーマライゼーション」2023年5月号

法政大学現代福祉学部教授/日本障害者リハビリテーション協会国際委員
佐野竜平(さのりゅうへい)

後発開発途上国の一つ

約730万人の人口を持つラオスは、開発途上国の中でも特に貧しいとされる後発開発途上国の一つです。海に接していないこの内陸国を述べる上で、避けて通れないのがベトナム戦争の影響です。この戦争を終結に向かわせた1973年のパリ和平協定に至るまでの10年間、第2次世界大戦で日本とドイツに投下された総量を上回る2,000万トン以上の爆撃をラオスは受けました。今年で同協定の締結から50年を迎えますが、8,000万発が未だに国内に残ると推定されており、不発弾による事故は後を絶ちません。

ラオスの公的債務は国内総生産(GDP)比で約9割と極めて高く、経済成長への課題を抱えています。政治、経済、社会・文化のあらゆる面で、対外債務の約5割を占める隣国・中国の影響を大きく受けている点も見逃せません。

東南アジアでは比較的早い2009年に障害者権利条約を批准しました(2008年のフィリピンおよびタイに次いで3番目)。本稿では、2022年の障害者権利委員会第27会期を経て発出された対ラオス初の総括所見について、特徴のある論点を整理していきます。

「障害者法への格上げ」を含む肯定的な側面

1975年に成立したラオスでは、1991年の憲法制定まで、政令や通達等の行政命令によって統治されてきました。この背景もあってもともと法律の数が限られており、そのことが障害者法施策の広がりと深まりに与えてきた影響は少なくありません。実際、2004年から国際協力機構(JICA)を通じて政策アドバイザーを派遣するなど、10年以上の長い年月をかけてラオスにおける障害者法の基礎が築かれてきました。

今回の総括所見では、「障害者法令137号(2014年4月18日)」から「障害者に関する法律57号(2018年12月18日)」へ基幹法を格上げした点が肯定的な側面の一つとなっています。ラオス政府は、2020年に発出した障害者権利委員会への事前質問事項への回答を通じて、「2014年の障害者法令では、障害者権利条約が求める障害者の定義を包含していなかった」ことを認めています。「国家は、法律に従い国民の人権と基本的権利を承認、尊重し、保証する」とした改正ラオス憲法(2015年12月8日)第34条第2項をテコに、障害者の権利をより詳細かつ広範囲に保護しつつ法制度化しようという意図が伺えます(表1)。

表1

  2005年 2015年 2025年
総人口 560万9997人 649万2,228人
障害者数 56,727人 160,881人
障害者割合 1.01% 2.77%
法的根拠・参照 無し 2014年障害者法令137号 2018年障害者法57号
特記事項 障害関連項目を初めて導入 国連障害統計に関するワシントン・グループ策定の短縮質問紙セットを初めて使用 障害者法制定および2022年の対ラオス総括所見後初めての国勢調査

出典:ラオス初回審査の総括所見やラオス政府資料等を参考に筆者作成

障害者権利条約の批准前から、ラオスでは国勢調査が10年ごとに行われています。対ラオス審査中、障害者権利委員会委員の1人が「政府が提供した総人口に占める障害者の割合に関する統計は、世界の平均よりはるかに低い」と指摘しました。今回の総括所見で提示された第31条「統計及び資料の収集」に関する懸念事項と勧告事項を参照しながら、国勢調査にみる最新動向もまた注目されます(表2)。

表2

懸念事項
(抜粋
(a)主に国勢調査における障害関連の質問の欠如により、あらゆる生活場面における障害者の状況について、質が高く信頼でき、体系的かつ細分化されたデータ収集が行われていないこと。
(b)2015年に行われた第4回国勢調査の設計、データ収集および品質管理には限界があり、障害者数は全人口の2.77%と報告されたこと。
勧告事項
(抜粋)
(a)この条約が対象とするあらゆる分野における障害者の権利の履行について、障害者の代表組織と協力し、障害、性別、年齢、民族、宗教、地理的位置および社会経済的地位により区分した、質が高くタイムリーでかつ信頼性の高いデータを収集・分析・普及させること。
(b)次の国勢調査を含め今後障害者の状況に関する情報を収集する際、障害に関するワシントン・グループの短縮質問紙セットの使用を改善させつつ、各地域の状況、データの解釈のための訓練、障害者が権利を行使する際の障壁を考慮すること。

出典:ラオス初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

求められる「労働及び雇用」関連施策のさらなる拡充

2009年の障害者権利条約の批准から10年以上経っていますが、今回の総括所見ではラオス政府による基礎情報の確保・充実を促す記述が目立ちます。その中の一つが、以下の第27条「労働及び雇用」です。対ラオス審査中、政府担当官は「障害者雇用を促進する施策を検討中」「特に農村部における障害者向け職業訓練を充実予定」という旨の発言を繰り返しました。確かにラオスでは労働・社会福祉省が雇用を含む障害者施策の拡充を担っており、障害者雇用率の設定を長年検討してきています(2023年現在、未制度化)。

最新の統計によると、ラオスの平均寿命は68歳です。84歳の日本に比べ平均寿命が大幅に低いラオスでは、「フォーマルで開かれた労働市場」もまた未成熟です。障害者はそこから外れがちで、無給の労働および雇用に従事する可能性が非常に高くなっています。今般の総括所見にみる以下のような懸念事項や勧告事項をよく反映させ、改善へ向かうための取り組みが求められています(表3)。

表3

懸念事項
(抜粋
(a)知的障害者、精神障害者、女性障害者、ハンセン病回復者、農村部に暮らす障害者を中心に、障害者の失業率、不安定な条件での臨時雇用率、低賃金での雇用率が高いこと。
(d)公共・民間部門で雇用されている障害者に関する公式データや統計がないこと。
勧告事項
(抜粋)
(b)公共・民間部門における障害者の職業紹介と雇用維持を確保する積極的差別是正措置の実施を検討すること。
(e)公共・民間部門およびインフォーマルなセクターにおける障害者雇用に関する詳細情報を収集すること。

出典:ラオス初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

見逃せない当事者団体からの声

今般の対ラオス初審査に先立って、ラオス障害者協会(LDPA)など11団体は、合同でパラレルレポートを障害者権利委員会に提出しました(他にも2本別途提出した団体あり)。国連開発計画(UNDP)ラオス事務所や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)東南アジア地域事務所による能力開発・運営支援を受けて作成されたものです。国連の仕組みに沿って記述されつつ、ラオスの現状を反映した内容が盛り込まれています。一党支配体制下で厳格に言論を統制してきたラオスにあって、2018年障害者法の改正を提言するなど、踏み込んだ内容を含むパラレルレポートを提出したと評価されています(表4)。

表4

(1.1)労働・社会福祉省は、障害者権利条約との整合性を高めるため、障害者法を改正すること。具体的には、(a)進化する障害概念を捉えるため、障害の定義に「精神障害」を加えること;(b)「コミュニケーション」、「言語/ラオス手話」、「自立生活」の概念を追加すること;(c)障害者が司法や法律扶助サービスへ平等にアクセスできるよう、特に女性や障害児を含む障害者に対する差別やスティグマに対抗するため、法令を実施する特別規則を策定すること。
(1.2)ラオス国民議会、国家障害者高齢者委員会(NCDE)、障害当事者団体は、障害者法の実施を監視する仕組みを、すべての担当省庁、すべての階層で確立すること。
(1.3)ラオス国民議会は、すべての部門において、障害者法と新規および修正された法律との間の一貫性を確保すること。

出典:11団体によるパラレルレポートから抜粋(筆者翻訳)

ラオスでは長年、政府、障害当事者・家族や市民団体に加えて、日本政府や国際NGOを含むさまざまな開発パートナーが障害者法施策の制定・実践に関わってきました。濃淡はありますが、170以上の関係団体が障害関連のプロジェクトをこれまで行ってきたとされています。時間が穏やかに流れがちなラオスにあって、こうした積み重ねが現地の障害者事情の背景を支えています。

ラオス政府は次の定期報告書を2027年10月までに提出することになっています。「法施策そのもののみならず、その具体的な実施において、ラオス政府は障害者のインクルージョンをどのように推進するつもりなのか」と現地の障害当事者・団体は仔細に眺めています。主導的な役割を果たしている国家障害者・高齢者委員会(NCDE)やラオス障害者協会(LDPA)など主要な障害当事者団体の動向を注視しつつ、ラオスの動きもまたフォローできればと考えています。

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