ひと~マイライフ-誰もが生きやすい世界に近づく未来を

「新ノーマライゼーション」2023年5月号

喜多美結(きたみゆ)

関西大学化学生命工学部生命・生物工学科卒。小学4年生頃に両側性特発性感音難聴であると診断され、補聴器を付けている。2019年に世界デフテニス選手権で日本人として初優勝を果たした。2023年1月、グランドスラムで史上初の開催となった全豪オープンのデフテニス部門に日本人で唯一出場し、5位入賞を果たした。

今年1月下旬、全豪オープンテニスに初めてデフテニス部門が設けられ、日本人で唯一出場した。グランドスラムに選手として出場するなんて想像したこともなく、自分は世界一をとった本人であるにもかかわらず、招待を受けた時は正直驚きでしかなかった…。どこか「障害」という区切りで分けられていることを、受け入れてしまっている自分にあらためて気づいた。

小学4年生頃に難聴であると診断されてから、聴力が落ちるたびに耳のことを受け入れられない自分と向き合ってきた。今では髪の毛をくくって補聴器が見えることにためらいはないが、以前は必死に補聴器を隠してきた。補聴器を見られると、「耳が悪いんだ、障害者なんだ」と思われているのだろうなと、被害妄想を浮かべていた。高校時代は、友達とのコミュニケーションの壁にぶつかった。結局、どんなに仲のいい友達でも、やっぱり耳のことを分かってくれる人はいないんだと殻に閉じこもる経験をして以来、聞き返すことも怖く、人とのコミュニケーションを避けるようになってしまった。

しかし大学でテニス部に入部してから、テニスを通して部員と接する中で、耳のことをしっかりと伝えることが人間関係の中で大切なことなのだと気づくようになった。手話を覚えて見せてくれる後輩、コロナ禍でもマスクを外し口元を見せて話してくれる部員たち…。

自分が見失っていたものを、周りのおかげで少しずつ取り戻せるようになった。「分かってほしい」とばかり思っていたが、「こうやってくれたらできる、こうやってほしい」とこちらが伝える行動を起こさないと、手を差し伸べようとしてもやり方が分からないという声に気づいた。

デフテニスでは、審判がコールしているアウトやフォルト、スコアが聞こえず、特にアウトが聞こえないために選手同士でプレーを不必要に続行してしまう場面が多々ある。全豪オープンでも実際にそういった場面があった。グランドスラムでもこういった場面が起きてしまうのは、何か対策が必要であろう。今回帯同してくれたチームからは、コールを振動で伝えてくれるリストバンドなどがあれば、選手は審判のコールに気を取られず集中した環境をつくり出すことができる、という考えを提案してくれた。

こういった意見を、デフテニスを観ている人から出してくれることに、競技の意義があると感じた。「聞こえない人には、こういったものがあれば何ら変わりなくできるのではないだろうか」と、健聴・難聴関係なく意見を交わすきっかけになるのが、デフスポーツの一つの魅力であると思う。デフスポーツをきっかけに開発されたデバイスが、健常者にとっても便利だと気づいてもらえれば、社会がより豊かになっていく原動力になるだろう。

こういったマイノリティの思い、周りから気づかれにくい生きづらさを抱えた思い、何かを伝えたい思いは、障害に限らず多くあると思う。私は4月から記者として社会人になったが、マイノリティとしての視点があるからこそこういった声を拾い伝えていきたい。テニス以外にもスポーツはたくさんあるし、聴覚障害でなくても障害はたくさんある。「デフ」「テニス」だけでなく視野を広げ伝えていくことで、マイノリティの持つ思いに気づく人が少しでも増えてほしい。「何か分かってくれる人が増えてきて生きやすくなった」。そんな声が聴けることを目標に、これからも精進していきたい。

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