総括所見にみるアジア諸国の障害者事情-バングラデシュ

「新ノーマライゼーション」2023年6月号

法政大学現代福祉学部教授/日本障害者リハビリテーション協会国際委員
佐野竜平(さのりゅうへい)

障害者権利条約の発効前に批准

日本の1.3倍強にあたる1億7千万人もの人口を持つバングラデシュは、東南アジアと南アジアの結節点に位置しています。1971年に東パキスタンがバングラデシュとして独立してから50年余り、インドと中国の間にあって地政学上も存在感を増しています。この10年で進出した日本企業が3倍に増えており、伝統的な親日国において経済発展が著しい一方で、草の根では外貨不足から深刻な経済危機に直面しています。

障害者権利条約(2008年5月3日発効)が効力を持つ上で必要とされていた20の批准国の一つがバングラデシュです(2007年11月30日批准)。同条約の内容を補う法的文書である選択議定書にも加入(2008年5月12日、批准と同じく規定に拘束)しています。批准から15年ほどの月日を経て2022年に発出された対バングラデシュ初回総括所見について、本稿で概観してみます。

批准によって法施策が進展

肯定的な側面について、2点紹介します。1点目は、障害者権利条約批准後に策定された2013年の障害者権利保護法や同法を補足する2015年の施行規則です。これは2001年に制定された、いわゆる障害の医学モデルに準拠しているとされる障害者福祉法に置き換えており、障害者に対する見方を慈善的なものから権利ベースへ転換するものでした。背景には、さまざまな草の根の市民団体による政府や関係者への粘り強い働きかけが挙げられます。わけても1985年に設立された障害当事者団体BPKSによる、障害者をプログラムの単なる受益者や受給者ではなく、開発の中心として位置づける「障害者自立支援プログラム(PSID)」などが知られています。

2点目は、同じく2013年に策定された神経発達症保護信託法やそれに続いた2015年の施行規則です。これらは、後発開発途上国では先駆的とされる神経発達症戦略行動計画(2016年~2021年、その後も継続)、2018年のメンタルヘルス法および2022年の国家メンタルヘルス指針、2030年までの国家メンタルヘルス戦略計画などにつながっています。シェイク・ハシナ首相の長女で心理学者のサイマ・ホセイン・ワゼド氏は、国内外の自閉スペクトラム症理解・啓発のリーダー的な存在です。神経発達症に関する国家諮問委員会の委員長や世界保健機関(WHO)によるチャンピオンを務めるなど、肯定的な側面に列記された法施策の策定および実施において献身的かつ前例のない役割を果たしています。

バングラデシュ特有の課題

バングラデシュはその歴史的・地理的背景から、特有の課題を抱えています。一つは、第18条「移動の自由及び国籍についての権利」です。イスラム系少数民族ロヒンギャの難民110万人以上を一時的に受け入れており、その中には多くの障害者が含まれていると推定されます。今回の総括所見では、ロヒンギャのことが具体的に言及されています(表1)。

表1

懸念事項 (a)障害のある児童、特にロヒンギャのコミュニティに属する障害のある難民児童や遠隔地および農村部に暮らす障害のある児童の公的出生証明書、結婚証明書、死亡証明書などの文書が存在せず、障害のある児童に向けたサービスへのアクセスの欠如につながっていること。
(b)障害者、特にロヒンギャのコミュニティに属する障害のある難民には移動の自由がなく、難民キャンプ以外や海外で医療リハビリを受けることが妨げられていること。
(c)難民の地位に関する条約若しくはその議定書、無国籍者の地位に関する条約または無国籍者の削減に関する条約を締約国が批准していないこと。
勧告事項 (a)すべての障害のある児童、特にロヒンギャのコミュニティに属する障害のある難民児童や、遠隔地や農村部の障害のある児童が、あらゆるサービスを受けられるようにするため、市民文書を確保するための具体策を採用すること。
(b)障害者、特にロヒンギャのコミュニティに属する障害のある難民の移動の自由を確保し、難民キャンプ外または海外で医療リハビリを受けることを可能にする効果的な措置を取ること。
(c)難民の地位に関する条約およびその議定書、無国籍者の地位に関する条約および無国籍者の削減に関する条約を批准し、主にイスラム系少数民族ロヒンギャを対象とする1946年の外国人法を廃止するために必要な措置を講じること。

出典:バングラデシュ初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

障害当事者団体BPKSのSattar Dulal代表は、「国境近くにある地方の主要都市チッタゴンを拠点に障害のあるロヒンギャの支援を計画しているが、バングラデシュ地方当局から許可を得ることができない」と話します。隣国ミャンマーの国軍と反政府武装勢力の衝突でロヒンギャをめぐる情勢は混沌としています。バングラデシュ政府は、ロヒンギャ難民の定住化を阻止すべく教育や就労機会を制限したり、水害が懸念される離島へロヒンギャ難民を移送しています。

障害者を含むすべてのロヒンギャ難民の状況が今も憂慮されます。障害のあるロヒンギャへの支援について、バングラデシュのみならず、ミャンマーを含む国際社会に一層求めていることが伺える書きぶりとなっています。

もう一つは、厳しい経済情勢から第27条「労働及び雇用」が進展していない点です。世界銀行は2022年9月から「1日に2.15ドル(2023年5月段階で約293円)未満で生活」する人を貧困にあるとしており、バングラデシュ人口の約10%が相当します。2023年4月末に来日したハシナ首相は「識字率は75%まで向上した」とコメントしましたが、言い換えれば国民の4分の1にあたる4千万人以上の人がまだ読み書きが困難とも言えます。

なお、最近発表されたバングラデシュ統計局による「障害者に関する全国調査2021」によると、就労年齢にある障害者のうち、雇用されているのはわずか3分の1程度となっています。都市部に比べ、農村部では10%ほど低くなっています。また、男性障害者が約48%であるのに対して女性障害者が約13%となっており、男女間格差が極めて大きい結果となっています。総括所見にあるように、開かれた労働市場への参加促進策、特に女性障害者への手立てが不可欠です(表2)。

表2

懸念事項 (a)雇用における障害者、特に女性障害者、ハンセン病回復者、知的・精神障害者、農園で働く労働者に対するハラスメント、採用における不平等な扱い、個別支援と合理的配慮の欠如、不平等な給与支払い、不利な雇用条件と給付を含む差別的行為。
(b)職場における障害のある女性に対するセクシャル・ハラスメントの報告例と予防・保護措置の欠如。
(c)公的部門と民間部門の両方において、開かれた労働市場への障害者の参加を促進するための効果的なインセンティブと積極的差別是正措置が存在しないこと。
勧告事項 (a)雇用者による否定的な態度、個別支援や合理的配慮の欠如、不利な雇用条件など、態度的・物理的な障壁に対処するための措置を採用すること。
(b)公共の啓発プログラムを作成し、被害者への救済を提供することを含め、障害のある女性に対する職場におけるセクシャル・ハラスメント、搾取、虐待と戦うための措置をとること。
(c)インセンティブを提供し、積極的差別是正措置を実施することを含め、公共部門と民間部門の両方において、開かれた労働市場における障害者の雇用へのアクセスを確保するための国家戦略を採択し、実施すること。

出典:バングラデシュ初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

現地の障害当事者団体や家族・支援団体は、こうした統計結果を踏まえ、総括所見に沿った労働および雇用に関する関連施策のさらなる充実を求めています。具体的には、「草の根の障害者団体の運営と発展に関する財務基盤を強化すること」「障害者団体で貯蓄基金を週単位で設立し、メンバーによる経済的安定を確保すること」「農村部を重点に置いた技能訓練と収入確保のための雇用を創出すること」「財務能力および会計管理能力を開発すること」などです。

さらなる積み上げを期待

バングラデシュ政府による次の定期報告書のめどは、2029年12月となっています。新型コロナが流行した2020年もプラス成長を維持したバングラデシュですが、今も世界人口の14%にあたる11億人が暮らす後発開発途上国の一角です。最貧国とされるこの国連基準からバングラデシュは2026年に卒業予定であり、日本との関係強化が期待される同国の障害分野を今後も見守っていきます。

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