ユニバーサル・ミュージアムの実践~松前記念館の取り組み

「新ノーマライゼーション」2023年7月号

東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター准教授/松前記念館学芸員兼事務室長代行
篠原聰(しのはらさとし)

1. ユニバーサル・ミュージアムとは何か

ユニバーサル・ミュージアムとは「誰もが楽しめる博物館」のことを指します。国籍や人種、性別、年齢、障害の有無、社会的身分や経済的地位などを問わず、万人に開かれた、博物館の一つの理想形です。「理想形」と書いたのは、それほどまでに「誰もが楽しめる」という目標は高く、尊いからです。そのことをはじめにお伝えしておきたいと思います。

さて、宇宙をテーマとした理工系博物館をユニバーサル・ミュージアムということがあります。ユニバーサルには「宇宙、全世界的な」という意味があるからです。同じ理由から大英博物館やルーブル美術館などの大規模な博物館を指すこともあります。他方、ユニバーサルには「一般的、普遍的、すべてに共通する」等の意味もあります。すべての人が使いやすいデザインをユニバーサルデザインと呼びますが、そこから派生してユニバーサルデザインを取り入れた博物館のことを日本ではユニバーサル・ミュージアムと呼ぶようになりました。

近年ではインクルーシブミュージアムという言葉も使われています。すべての人を排除せず、社会の構成員として包摂し、共に生きていこうとするソーシャルインクルージョン(社会的包摂)の考え方に基づく博物館ですが、社会的包摂という言葉を使う場合、多数派が少数派を包摂するという側面が強いのも事実です。共生社会の実現は重要ですが、社会の構成員の大多数が常にマジョリティであることは忘れてはなりません。

ユニバーサル・ミュージアムにはマジョリティやマイノリティの区別はありません。博物館の館長や学芸員、設置者である自治体、博物館の利用者や来館者、地域住民の方々も、すべての人々が同じ地平にいます。平井康之さんはユニバーサル・ミュージアムを「博物館全体として社会的排除による課題を解決し、五感を用いた鑑賞、博物館・来館者双方の相互関係によって、より多くの多様な人々を包摂するミュージアム」と定義しています

2. ユニバーサル・ミュージアムの取り組みの広がりと現状

倉田公裕監修『博物館事典』(東京堂出版,1996)は「障害者と博物館」の項を設け「博物館は生涯教育の場であり〔…〕健常者と比べて見学することに困難の多い障害者にも開かれていなければならない」とし、例えば視覚障害者向けの展示を試みる博物館として、名古屋市博物館、岐阜県博物館、江戸東京博物館、ギャラリーTOM、名古屋市美術館、三重県立美術館、埼玉県立自然史博物館、和歌山県立自然史博物館などを挙げています。1998年には神奈川県立生命の星・地球博物館で「ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館」と題するシンポジウムが開催されました。日本のユニバーサル・ミュージアムの試みは、このように障害者にも開かれた博物館の実践としてスタートしました

2006年には国立民族学博物館で「さわる文字、さわる世界―触文化が創りだすユニバーサル・ミュージアム」と題する企画展が開催され、同展を企画した広瀬浩二郎さんを中心に2009年にはユニバーサル・ミュージアム研究会が発足、以後、その実践を多方面に展開しています。同研究会の実践は『さわって楽しむ博物館』や『ひとが優しい博物館』(ともに青弓社,2012,2016)などの著書にまとめられ、三内丸山遺跡、青森県立美術館、国際基督教大学湯浅八郎記念館、滋賀県立陶芸の森、美濃加茂市民ミュージアム、滋賀県立安土城考古博物館、キッズプラザ大阪、和歌山県立博物館、岡山県立美術館、愛知県美術館、名古屋ボストン美術館、松前記念館、三重県総合博物館、南山大学人類学博物館など、実に多種多様な博物館の実践が紹介されていることがわかります。従来の視覚優位の博物館のあり方に対し、「触覚」を中心とする新たな鑑賞法を模索する試みともいえ、その実践は街歩きやユニバーサルツーリズムなどにも派生しています。2021年には国立民族学博物館で「ユニバーサル・ミュージアム さわる!“触”の大博覧会」も開催されました。同研究会以外にも、例えば兵庫県立美術館の「美術の中のかたち―手で見る造形」は1989年から、彫刻家・桒山賀行さん主宰の「手で触れて見る展覧会」は1990年代から続いている展覧会で、近年では山梨大学の武末裕子さんを中心とした「手でみるプロジェクト」や神奈川県立近代美術館別館で開催された「これってさわれるのかな?-彫刻に触れる展覧会」(2022年)など、触覚による新たな鑑賞の実践が広がりをみせています。

3. 松前記念館におけるユニバーサル・ミュージアムの取り組みと活動の広がり

東海大学湘南キャンパスにある松前記念館は、建学40周年記念事業の一環として1983年に私学としての建学の理念を継承するために開館し、2004年には博物館相当施設の指定を受け、「歴史と未来の博物館」という愛称もつけました。以後、大学の教育研究に資する大学博物館としての役割や機能の拡充にも力を入れ、博物館の専門的職員である学芸員を目指す学生の実践的な学びの場にもなっています。当館におけるユニバーサル・ミュージアムの取り組みは、2013年に開催した公開連続講座「ユニバーサル・ミュージアムの理論と実践」が最初で、翌年からほぼ毎年開催しているユニバーサル・ミュージアムをテーマとした公開シンポジウムを中心に、館内にさわる展示を設けたり、外部の博物館や近隣自治体と連携したりしながら、学芸員を目指す学生たちと一緒になってさまざまなアウトリーチ活動を展開しています

2020年からは神奈川県との協働による「ともいきアートサポート事業」も開始しました。障害の程度や状態にかかわらず、誰もが文化芸術を創作したり鑑賞したり発表する機会の創出や環境整備を行う事業で、近隣の平塚盲学校や伊勢原支援学校と連携した取り組みです。児童や生徒は、大学コレクションの古代アンデスの遺物を手で鑑賞し、肌で感じたその直感に基づき新たな作品づくりにチャレンジしたり、水粘土、ワックス、石膏、ブロンズなど彫刻に用いられるさまざまな素材に触れつつ自由なかたちを制作し、その後、自らの制作体験を踏まえた上で美術館の彫刻作品を触って鑑賞したりするなど、触覚による鑑賞活動を創作活動につなげて実践しています(写真1,2,3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1,2,3はウェブには掲載しておりません。

屋外彫刻のメンテナンス活動の一環として2014年から継続している彫刻を触る☆体験ツアーは、作品の保存活動を触る鑑賞活動につなげる実践です。学芸員課程の学生を中心に神奈川県内の高校生や地域住民、自治体職員などが参加し、その実践は秦野市や小田原市など近隣自治体をはじめ東京都北区などにも広がりをみせています(写真4)。触覚による鑑賞は、作品の劣化につながるという考え方があります。確かにそれは事実です。他方、彫刻を触る☆体験ツアーの実践を重ねるなかでわかったことは、作品を美術館のガラスケース越しに見て「消費」することに慣れ切ってしまった私たちには、それらを守り伝えていく担い手としての意識が芽生えるきっかけが少なかったことです。手で触るという営みは、触る対象、モノに対する愛情、愛着を育みます。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

2018年の文化財保護法の改正により、文化財をまちづくりに活かしつつ、地域社会総がかりでその継承に取り組んでいくため、市町村における文化財保存活用地域計画の制度が規定されました。「触覚」による鑑賞は、地域の文化芸術の新たな魅力を発見するだけでなく、それらを大切に守り伝える担い手の育成にもつながることが期待されます。

4. 今後の展開

博物館法という法律をご存知でしょうか。博物館の設置や運営のあり方を定めたこの法律は社会教育法の精神に基づいています。社会教育法は、博物館を「社会教育のための機関」と定め、「すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければならない」と国や地方自治体の役割を定めています。また、社会教育法は教育基本法―生涯学習の理念や教育の機会均等を謳い、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない―の精神に則り、さらに教育基本法は日本国憲法の精神にのっとり制定されています。このような法の構造を博物館法の階梯性といいます。つまり、博物館の社会的な存在意義とは、日本国憲法に定められた私たちの「生存権」や「教育を受ける権利」などと無関係ではなく、博物館法は制定当初からある意味で開かれた博物館という理念を裡(うち)に秘めていました。

2023年4月1日から新しい博物館法が施行され、従来の社会教育法に加え、「文化芸術基本法の精神に基づく」という文言が追加されました。他方、障害者基本法の改正(2011年)、障害者差別解消法の施行(2016年)、障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(2018年)など、障害者関連の法整備も進みましたが、全盲の広瀬浩二郎さんは「ユニバーサル・ミュージアムとは、単なる障害者対応、弱者支援ではない。視覚偏重の近代化の過程で、人類が失ってしまった『感覚の多様性』を取り戻すための壮大な実験装置がユニバーサル・ミュージアムなのである」と述べています。「感覚の多様性を尊重する博物館」と言い換えてもよく、視覚優位の現代社会そのものを変えていく役割を博物館が担うのであれば、今後、「触覚の復権」は重要なキーワードになります。合理的・効率的に生産されたモノを目でみて大量に消費する時代から、本当に大切なモノを手で触って楽しみ、肌で感じながら大切に守り伝えてゆく、そうした人にも自然にも環境にも優しい博物館が共生社会の実現を後押しするのだと思います。

当館では今後のリニューアルのなかで、例えば、触覚の錯覚として知られるラバーハンド錯覚―対象者に人工手(ラバーハンド)を見せ、見えないようにした本人の手と人工手をブラシで同時に撫でると人工手がまるで自分の手のように感じる錯覚―など、錯覚を利用した触覚インターフェースに関する展示開発なども計画しています。目が見える多数派を中心に触覚の魅力や不思議をわかりやすく伝える展示です。「感覚の多様性を尊重する博物館」の実践を通して、学芸員を目指す学生のみならず、未来を担う多くの学生にユニバーサル・ミュージアムの輪を広げ、教職員や地域住民、近隣自治体をも巻き込んでいきたいと思います。本学が掲げるQOL(人々の生活の質)の向上にもつながるような新たなミュージアム構想を立ち上げ、その実現を目指します。


 この場合、ユニバーサルと謳うことで、旧植民地諸国などからの文化財返還要請をかわすといった政治的な意味合いも帯びてきます。過去に略奪した文化財ではあるがそれらは人類共通の普遍的なコレクションとして先進国の大規模な博物館が世界を代表して保管するのだ、という考え方です。原礼子「ユニバーサルミュージアムへのあゆみ」(『Museumちば:千葉県博物館協会研究紀要』(46),千葉県博物館協会,2020)参照。

 平井康之「ユニバーサルミュージアムの基本的要件とその評価と活用方法に関する研究」(博士論文,九州大学学術情報リポジトリ,2016)

 2004年には日本博物館協会が文部科学省委託事業として「誰にもやさしい博物館づくり事業」に関する調査研究を進め、報告書をまとめています。『博物館の望ましい姿シリーズ7 誰にもやさしい博物館づくり事業 バリアフリー』(日本博物館協会,2006)など。また、障害者の視点から博物館の利用のあり方を論じた著書として駒見和夫『だれもが学べる博物館へ-公教育の博物館学』(学文社,2008)などがあります。

 過去の活動報告は当館HPに掲載しています。(http://www.kinenkan.u-tokai.ac.jp

 子どもたちの創作の成果は年度末に講師の方の作品も交え、「手の世界制作」と題するエントランスロビー展で紹介しています。(https://tomoiki-art.com

 広瀬浩二郎「博物館から社会を変えるー公開シンポジウムの成果ー」(国立民族学博物館『ユニバーサル・ミュージアム さわる!“触”の大博覧会』図録(小さ子社,2021)参照。

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