触ってみないとわからない!―触ること/見ること―

「新ノーマライゼーション」2023年7月号

岡山県立美術館主任学芸員
岡本裕子(おかもとゆうこ)

「触ってみないとわからない」とは、当館のラーニングプログラム*1参加者がつぶやいた言葉です。触ることと見ること、そして鑑賞と制作を組み合わせた今回のプログラムは、当館で取り組んでいる視覚以外の感覚を使ったプログラムの発展形として実験的に行ったものです。「1.北川太郎≪手の考える世界≫*2を目で見る&掌全体で触ってみる⇒2.箱に入っている8種類の紙*3を指先で触って自分好みを知る⇒3.自分にとっての手触りのよい栞づくりにチャレンジする」という3つのステップでプログラムを行いました。

当館で視覚以外の感覚を使ったプログラムに取り組むようになったのは、岡山県立岡山盲学校(以下、盲学校)と2010年に出合ったことが始まりです。翌年から、「まずはやってみる」を双方の合言葉にスクールプログラムを開始しました。視覚障害者を対象としたスクールプログラムは、見ることを前提に展示された作品を視覚障害者と晴眼者が一緒に話をしながらみるプログラム*4から始まりました。それ以降、盲学校のスクールプログラムを試行錯誤する過程で、美術館教育素材(ハンズオン)の開発や触る展示が当館でも開催されるようになり、触ってみることにウェイトを置いたプログラムへと徐々に発展していくことになります*5

盲学校との出合いがきっかけになって始まった視覚以外の感覚を使ったプログラムは、「視覚障害者を対象としたスクールプログラム」から、「視覚障害の有無にかかわらずみんなを対象としたパブリックプログラム」へと発展していきます。視覚以外の感覚を使ったパブリックプログラムは、「視覚障害の有無にかかわらず参加者みんなが参加することが可能で/視覚障害当事者ファシリテーターと共に/終始真っ暗闇の中で/もの(触図や素材、作品等)を/触ってたり、触ってつくったりする」という内容です。視覚障害の有無にかかわらず参加者みんなが、触るものを視覚で感じる(見る)ことをしないというコンセプトで行うこのプログラムを「暗闇ワークショップ」と称して複数回実施しています。例えば、触図(立体コピー)を活用したプログラム「暗闇ワークショップ/さわってみて、みて!」(2019年3月23日(土)・24日(日)実施)では、「絵(立体コピー)の鑑賞が楽しかったですね。色々な情景を思い浮かべながら紙の隅々まで触ってみるのはなかなか楽しいです」(視覚障害者・全盲/成人)、「指先に集中して一生懸命イメージを頭の中に創ろうとするのですが、うまくいかないですね。あらためて展示室で作品を見ると、普段何となく見ていたところをよりよく見ることができたと思います」(晴眼者/成人)等の参加者コメントが寄せられました。また、一人約10kgの粘土を使用した「暗闇ワークショップ/さわって、つくって、みる」(2022年3月19日(土)・20日(日)実施)では、「暗闇は何も見えなくて、こわいものだと思っていた。でも、体験して意外とどきどき、わくわくするんだと思った」(晴眼者/小学校3年生)、「目で見ない手の感覚や耳で聞く音があって、新しい感覚に気づけた」(晴眼者/小学校4年生)、「普段、小さい子どもと一緒に出かけると、まわりの目がとても気になる。今日の体験は、見る・見られるということから解放されてとても楽しい時間だった」(晴眼者/一般)等の参加者コメントが寄せられました。そして、作家と視覚障害当事者がファシリテーターになって、作品を触って鑑賞する「暗闇ワークショップ/さわって、はなして、みる」(2022年10月8日(土)・9日(日)実施)へと段階的にプログラムは発展していきました。暗闇ワークショップでは、視覚からの情報を一切シャットアウトすることで、視覚障害の有無にかかわらず参加者みんなが等しく、視覚以外の感覚器官を使ってプログラムに参加することができるというメリットがあります。一方、晴眼者は日常的に視覚優位の世界で生きているので、暗闇ワークショップでの経験が特殊なものになりがちになります。そこで、触ることと見ること、そして鑑賞と制作を組み合わせたプログラムを実験的に企画しました。それが冒頭で紹介したプログラムです。プログラムの中では、自分にとって触りごこちのよい作品を掌でいつまでも触り続けてみる姿や、作品と作品の触りごこちを比較しながら自分にとっての触りごこちのよさとは何かを探しながらみる姿、また、作品に頬をそっとのせて、あるいは両腕で抱え込むようにして自分にとっての触りごこちのよさをじっくり味わう姿、さらに作品だけにとどまらず、美術館の壁(万成石)にもたれかかって体全体で触りごこちを味わう姿など、さまざまな触り方の姿が見受けられました。「見るんだったらこっちの作品が好き、触るんだったらこっちの作品が好き」「触ってみると冷たくて乾いている感じ」「この痛さが病みつきになるかも」「つるつるしているように見える作品も、触ってみるとさらさらと乾燥している感じだったり、べたべたとウェットな感じだったりと違っていた」「両腕でハグするこの感じは、子どもが小さかった頃抱っこした時の感じに似ている、だからこの作品の大きさと触りごこちが一番好き」等々、参加者一人ひとりが自分事として言葉をつむぎだし、視覚優位の世界で生きている晴眼者にとって「触ってみないとわからない」ことがたくさん起こりました。

視覚以外の感覚を使ったプログラムは、視覚優位の世界で生きている晴眼者にとって普段とは異なる感覚が刺激され、その刺激から新しいものの見方や考え方、あるいは、視覚優位の世界で生きるが故のバイアスに気づき、そのことから解放されたものの見方や考え方の扉をひらく可能性があるようです。そして、視覚障害の有無にかかわらず「みんな」が参加することができる視覚以外の感覚を使ったプログラムは、「みんな」が交流する機会になり、自分とは異なる他者のものの見方や考え方に触れることで、自分のものの見方や考え方でつくられている「自分の世界」をおしひらく可能性もあるのではないかと考えています。


*1 じゅにあ・ミュージアム・Lab<7月>「さわってみて、つくる-手触りのよい栞」(2023年7月1日(土)、2日(日)実施)。当館では、プレ・ミュージアム事業として、試行と思考をとおして美術や美術館に出合うプログラムを毎月実施している(対象:小学校中学年~中学生とその保護者)。

*2 2021年から、群像で展示する場合≪手の考える世界≫として発表。当館では、≪時空ピラミッド≫≪コダイ≫≪しま≫≪トリデ≫≪静けさ≫の5点の作品を収蔵。

*3 洋紙4種類(マーメイド紙、段ボール紙等)、和紙4種類(杉原和紙、神代和紙等)

*4 対話を用いた鑑賞。

*5 岡山県立岡山盲学校との協働プログラムの詳細は、「ひとが優しい博物館 ユニバーサル・ミュージアムの新展開」(広瀬浩二郎 編著/株式会社青弓社)に紹介。

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