障害者の生涯を通じた多様な学習活動の充実について

「新ノーマライゼーション」2023年8月号

文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室

はじめに

平成28年、当時の松野文部科学大臣は、特別支援学校を訪問した際に聞いた保護者の話が、しばらく頭から離れなかったそうです。「今度の3月でうちの子は高等部を卒業することになりますが、卒業後の学びや交流の場はどうなってしまうのか、とても不安です」というものでした。大臣はかねてより「障害のある方々がこの日本の社会で、どうしたら夢や希望をもって活躍していくことができるのか」と考えていたこともあり、国としてこの声にしっかり向き合っていかなければとの思いを強くされました。ここから、文部科学省における障害者の生涯学習推進の取組が本格的に始まります。ここに至るまでに「障害者の権利に関する条約」の批准や、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行など、社会情勢の変化もありました。

こうした背景のもと、平成29年4月、文部科学省に「障害者学習支援推進室」が設置され、障害者の生涯を通じた多様な学習活動を支援する施策を推進しています。

1. 学びの機会に関する現状

障害者の生涯学習の主な対象となりうる特別支援学校卒業生の約30%は企業等への就職、約60%は障害福祉サービスの利用という進路を選択します。また、大学等の高等教育機関へ進学する障害者の割合は約2.2%であり、卒業生の大半を占める知的障害者に限るとわずか0.5%に留まる現状があります。

では、地域で最も身近な社会教育施設で、住民向けにさまざまな講座等を提供する公民館や生涯学習センターの状況はどうでしょうか。「学校卒業後の障害者が学習活動に参加する際の阻害要因・促進要因等に関する調査」(平成31年3月)によると、障害者の学習活動の支援に関わった経験がある公民館は14.5%です。さらに、障害者の学習活動の支援に関わる担当者がいる公民館はわずか5.6%であり、社会教育施設の環境も十分整っているとは言えないことが分かります。同調査では、18歳以上の障害当事者(家族含む)へも調査を実施しており、障害当事者の81.1%は学習機会を充実させることは、共生社会の実現に向けて重要な取組だと回答しています。しかし、学校卒業後も学び続ける機会や場所が身近にあると答えた割合は34.3%という現状でした。

2. 障害者の生涯学習の推進の方向性・方策について

こうした現状と課題の全体像を把握・整理し、今後の推進方策を検討するため、平成30年3月に「学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議」を設置し、「障害者の生涯学習の推進方策について(報告)―誰もが、障害の有無にかかわらず共に学び、生きる共生社会を目指して―」(平成31年3月)をまとめました。この報告書では、障害者の生涯学習推進の方向性として、「誰もが、障害の有無にかかわらず学び続けることのできる社会であること」、「障害者が、健康で生きがいのある生活を追求することができ、自らの個性や得意分野を生かして参加できる社会であること」の2点を挙げています。この方向性を前提に、障害者の生涯学習推進において特に重視すべき点として、1.本人の主体的な学びの重視、2.学校教育から卒業後における学びへの接続の円滑化、3.福祉、労働、医療等の分野の取組と学びの連携の強化、4.障害に関する社会全体の理解の向上の4点が挙げられました。これらの議論の中では、「学習の企画段階から実施まで本人が継続的に関わることは、真に障害者のニーズに沿った学びの場づくりを行う上で大きな意義がある」という当事者の主体的な参画に関する重要な指摘もありました。

また、令和2年9月には「障害者の生涯学習の推進を担う人材育成の在り方検討会」を設置し、社会教育と特別支援教育、障害者福祉等の各分野において障害者の生涯学習推進を担う人材、及び各分野をつなぐ役割を果たす中核的人材(コーディネーター)の在り方や担い手の役割等を示した事例集、研修プログラムの開発等を含めた人材育成・配置の方策、育成の過程で身に付けるべき専門性等について具体的な検討を行いました。

図2 障害者の生涯学習の推進について(文部科学省ホームページ)
図2 障害者の生涯学習の推進について(文部科学省ホームページ)拡大図・テキスト

3. 取組の拡大、学びの機会の充実に向けて

これらの現状と社会的背景、推進の方向性・方策等を踏まえ、障害者の生涯学習を推進するためのさまざまな取組を実施しています。

平成29年度より「障害者の生涯学習支援活動」に係る文部科学大臣表彰を実施し、障害者の生涯学習を支える多様な活動を行う個人又は団体の功績を表彰することで、全国各地で障害者の生涯学習支援活動に関する認識が年々広がってきています。

また、平成30年度からは、生涯学習プログラムの開発・実施と実施体制の構築等に関するモデルづくりのための実践研究事業を実施しており、令和5年度は全国37団体において、3つのメニューに取り組んでいます。

  • 地域コンソーシアムによる障害者の生涯学習支援体制の構築:都道府県が中心となって、域内の市区町村や大学、特別支援学校、社会福祉法人等が参画し、障害者の生涯学習のための地域コンソーシアムの形成
  • 地域連携による障害者の生涯学習機会の拡大促進:市区町村と民間団体等が組織的に連携して多様な障害者の生涯学習プログラムの開発・実施
  • 大学・専門学校等における生涯学習機会創出・運営体制のモデル構築:大学・専門学校等の強みを生かした障害者の学びのモデルづくりと支援体制の検討

これら実践研究事業で取り組んだ成果の報告や、実践者同士の交流等を行う「共に学び、生きる共生社会コンファレンス(実践研究集会)」を全国各地で開催し、障害者の生涯学習に対する普及啓発にも取り組んでいます。

おわりに

当室の立ち上げから7年目を迎え、全国各地で多様な学習プログラムが展開され、障害者の生涯学習を支える人材育成や組織間連携など、持続可能な体制づくりが進んでいます。令和4年度に実施した「障害者の生涯学習活動に関する実態調査~地方公共団体及び障害者本人を対象とした実態調査~」(令和5年3月)の障害当事者への調査によると、生涯学習の機会の充足度について機会がある割合(「十分に機会はある」「ある程度、機会はある」の回答を足した割合)は38.2%であり、平成31年調査の34.3%と比較するとわずかですが増えています。また、地方公共団体への調査によると、障害者の生涯学習に関する情報を「提供している」と回答した都道府県の割合は84.6%、市区町村の割合は64.9%と、どちらも比較的高いと言えます。

一方で、現在生涯学習に取り組んでいない障害当事者の55.8%が「どのような学習があるのか知らない」と回答しており、生涯学習を具体的にイメージできていない、情報提供が活用されていないことが想定されます。環境整備やプログラムの充実を実感する一方で、情報提供などの新たな課題も見えてきています。

障害者の生涯学習推進を通じた共生社会の実現に向け、今後も取組を推進してまいりますので、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

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