実現・当事者目線の支援機器-片手走行と昇降・リクライニングができる車いす

「新ノーマライゼーション」2023年8月号

合同会社ライフスペース研究所/北翔大学短期大学部名誉教授
齊藤徹(さいとうとおる)

開発のきっかけ

車いすの試作開発を行う契機になったのは、リオ2016パラリンピックで車いす選手が車いすに国旗や聖火トーチを固定して両手で漕ぐ姿を映像で見て、違和感を覚えたからです。なぜ、トーチなどを手に持って自走できる車いすがないのだろうかと強く感じ、国旗や聖火トーチを自らの片手に持って行進する姿をイメージして、開発にかかりました。左右のどちらかの手で漕いで走行できる車いすが実用化できれば、もう一方の片手が自由になり、上記の行動は無論のこと、日常の生活においてもさまざまな行動を広げることが期待できるはずです。

開発の経緯

開発にあたり、車いすユーザーにインタビュー調査をしたところ、事故で突然車いすを使うことになった青年は、紙コップに入れた水を病室の自分のベッドまで運ぶ際、困って紙コップを口にくわえ移動したことがあったそうです。一般的にユーザーは、カップホルダーを使うか、飲み物を左右の手で持ち替えたり、片手で飲み物を持ち、もう一方の片手で両輪を交互に漕いだりしています。社員食堂ではトレイを持ち替えたり、職場でプリントする場合は書類を上着の中に挟んで移動したりするなど、いろいろ工夫されています。

一般的な車いすの仕様を調べると、座面と背もたれは布製の張地と取り外しできるクッションが使われています。シートはキャンプで使われるディレクターズチェアのように、座面では横方向にグラつきがあり、肩甲骨まで届かない低い背もたれは、姿勢をしっかり支えられていないことから、からだにフィットせず座り心地が良くないと感じる方も多いのではないでしょうか。座り心地も開発したい課題として加えました。

最近の車いすでは、ユーザーの長時間使用に対処して、フレームの剛性を高めてグラつきや背もたれの内側へのしなりを少なくし、手押しハンドル(押し手)が肩に当たらないように改善し、さらに骨盤をサポートする背張りが調整できるなど、シーティング全体が工夫されています。しかし、家具の椅子の「座り心地の良さやリラックス」という快適性と、車載時や使わない時に折りたため、小回りが効くコンパクトな形の利便性との両立は難しいように思います。

アクティブなユーザーは、自宅からオフィスまでの通勤に使う車いすを、そのままオフィスでのデスクワークに使い、長時間同じ姿勢で座って仕事をされています。

オフィスで備品として用意している、いわゆるオフィスチェアは、座面昇降やリクライニングもでき、座り心地の良さが提供されています。しかし、車いすユーザーは自前の車いすで、同じ姿勢で座って仕事をすることが当たり前になっているといえます。

家庭では、小回りが効く6輪車いすを使用したり、以前使っていた車いすを室内用にしたり、外出用の車いすのタイヤを綺麗にしてから室内で使ったりしています。ここでも快適な座り心地が求められていると思います。

開発のコンセプト

このように従来の車いすは、両手での走行と、長時間同じ姿勢で座り続けることが当たり前のように作られてきました。私は、人間の動作や行動を快適に大きく広げることがイノベーションの動機であるとすると、物を持ってスムーズに移動できたり、姿勢を変えたり、リラックスできるタイプの車いすの開発は、ある意味でイノベーションになるのではないかと考えています。2つのコンセプトで「片手走行と昇降・リクライニングができる車いす」を試作することにしました。

コンセプト1は、すでに試作開発した「片手でも両手でも走行できる車いす」を室内用に特化して、日常的に片手で物を持って移動できるなど、片手を自由に使えるような仕様にすることです。コンセプト2は、市販のオフィスチェアの特徴である、体にフィットするシートの形と昇降・リクライニング装置を利用して、ユーザーに快適な座り心地を提供することです。2つのコンセプトを合体させたこの車いすは、持ち運ばずに、オフィスと家庭でそれぞれ使用することを想定しています(写真1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

コンセプト1 片手走行

特許を取得した「片手でも走行できる」仕組みは、二重構造のハンドリムを一緒に握って漕ぐと、片手で直進する駆動機構になっています。内側のハンドリムを握って漕ぐと、座面の下の回転軸を介して反対側の車輪を駆動する機構になっています。ハンドリムの握り方で、両手はもちろん、左右どちらの片手でも走行方向をコントロールできます。

コンセプト2 シートの形と昇降・リクライニング

人間工学に基づいた市販のオフィスチェアをベースにして、からだにフィットしたシートの形と、昇降とリクライニングの操作として、姿勢を変えずに肘先のレバーで行うことができる装置を利用し、背もたれは漕ぐ時の腕の振りに支障がないように幅を縮めました(オフィスチェアの販売会社にお断りして改造)。

オフィスや家庭での使用

片手走行に加え、姿勢を変えることもでき、座り心地の良さを提供する車いすによって、毎日の仕事に快適に取り組めると考えています。オフィス側が常備するオフィスチェアと同じ趣旨で、この車いすを、ぜひオフィス側に用意していただき、ユーザーは通勤で乗ってきた車いすからこれに乗り換えて使用していただきたい。

こうして試作開発した車いすで、プリントした書類や飲み物をスムーズに片手で運んだり、座面をあげて高いところから物を取り出したりすることもできます。リクライニング機能で姿勢を変えてリラックスしたり、腹部の圧迫を軽減したりすることも可能です。

家庭でも、配膳トレイを片手で支え、楽に運ぶことができます。食器棚や調理台の高さに対して座面を上げたり、テレビを観たりくつろぐ時に、ソファーに移らなくともリラックスできる姿勢になることもできます。これらのことは生活者の行動を広げ、幸福感を増す一助になると確信しています(写真2、3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2、3はウェブには掲載しておりません。

今後に向けて

今回の車いすは、手作りのコンセプトモデルです。自作ゆえに軽量化の取り組みや強度、操作性、各部の機能的なデザインなど、改善すべき課題があります。スマートな外観を披露できないのは残念ですが、コンセプトには自信があります。ユーザーが慣れ親しんできた操作性が損なわれることなく、新しい機能を享受でき、普段使いできる製品の仕様が求められるのは当然で、それはメーカーの技術力で実現化できるのではないかと期待しています。このモデルをたたき台に、車いすユーザーをはじめ、研究者、メーカーと交流してアドバイスをいただきながら実現化を目指し、この研究開発を進展させたいと考えています。

なお、この車いすを、(公財)テクノエイド協会が開催する「障害者自立支援機器ニーズ・シーズマッチング交流会2023」に出展します。交流会は、Webプラットフォーム(10月から)、大阪会場(11月)、東京会場(12月)で開催されます。ぜひご覧くださるようお願いいたします。

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