高次脳機能障害のある方のご家族への「高次脳機能障害の診断」に関するアンケート調査

「新ノーマライゼーション」2023年9月号

東京慈恵会医科大学附属第三病院リハビリテーション科
渡邉修(わたなべおさむ)

はじめに

高次脳機能障害とは、脳卒中や脳外傷、脳炎、脳症、脳腫瘍などが原因で生じる、「物事に集中できなくなった(注意障害)」「計画的な行動ができなくなった(遂行機能障害)」「物覚えが悪くなった(記憶障害)」「思うように言葉が話せなくなった(失語症)」「人の言っていることがわからなくなった(失語症)」「イライラするようになった(社会的行動障害)」「やる気がなくなった(社会的行動障害)」などの症状をいいます。医療機関は、こうした症状が病気や事故の結果であることをきちんと説明する責務があります。すなわち、「高次脳機能障害の診断」です。きちんと診断を受けることで、患者、家族は、現実を直視し、その対応方法を学ぼうとする行動変容の準備を行うことができます。さらに、精神障害者保健福祉手帳の取得、障害年金の受給、各種福祉サービスの利用、障害者雇用などのさまざまな支援サービスを受けることができます。ところが、実際の医療現場では、診断がされていない、医師から説明を受けていないなどの問題が今でも見られます。

そこで、本アンケート調査は、高次脳機能障害者の家族の視点から、わが国の高次脳機能障害の診断実態を明らかにいたします。

方法

高次脳機能障害のある方を支援(あるいは介護)している家族に対し、以下の内容についてアンケート調査を行いました。原因疾病、現在の生活状態(障害の程度、日常生活能力、活動状況等)、高次脳機能障害の診断までに要した時間、診断の根拠として活用したデータ、現行の高次脳機能障害診断基準ガイドラインについて家族が感じている問題点です。期間は、2021年4月6日~2021年8月31日でした。なお、本研究は、東京慈恵会医科大学倫理委員会において承認されました(交付番号:32-356(10443))。

対象とした高次脳機能障害者のプロフィール

対象者は全278名で、男211名 女67名でした。現在の年齢は49.1±13.9歳(16歳~85歳)。発症・受傷時の年齢は37.9±17.8歳(0歳~78歳)でした。在住する都道府県は、東京都179名、北海道18名、岩手県9名、静岡県9名、山梨県14名、愛知県10名、高知県10名、広島県10名、福岡県10名、他9名でした。単身者は、29名、同居家族のいる人は245名で全体の88.1%を占めました。そのうち、配偶者との同居は、128名で52.2%、その他は、母親をはじめとする両親や兄弟との同居でした。

原因疾患は、脳梗塞23名、脳出血28名、クモ膜下出血33名、もやもや病3名、脳動静脈奇形12名、頭部外傷139名、低酸素脳症20名、脳腫瘍20名、脳症・脳炎12名、その他でした。日常生活は、200例(71.9%)で自立していましたが、日常生活の活動性(手段的自立、知的活動性、社会的役割)は、おおむね50%以下でした(図1)。物忘れ、易怒性、注意力の低下、計画的行動の障害、自発性の低下、対人関係のトラブル、病識の低下の7項目について、重度例(工夫や指導、援助があっても支障が大きい)が、それぞれ34.2%、17.6%、21.5%、31.7%、21.7%、18.8%、26.5%見られました。278例のなかで、現在、就労している人は113名(40.6%)でした(図2)。

図1 日常生活の活動性
図1 日常生活の活動性拡大図・テキスト

図2 認知・行動面の障害
図2 認知・行動面の障害拡大図・テキスト

高次脳機能障害についての説明を受けた時期

家族が、初めて高次脳機能障害の説明を受けた時期は、急性期:119名(42.9%)、急性期以後~6か月以内:66名(23.8%)、1年以後:52名(18.7%)、現在まで専門職からの説明なし:10名(3.6%)でした(図3)。高次脳機能障害に関する診断基準が発表される以前(2005年以前)に発症・受傷した80例についてみると、急性期:26.3%、急性期以後~6か月以内:11.3%、1年以後:10.0%でした(図4)。精神障害者保健福祉手帳は、半年から1年以内に26.2%が取得しているが、5年以降に取得した例が17.5%あり、現時点で取得していない例が24%ありました。

図3 発症・受傷後、初めて、高次脳機能障害の説明を受けた時期

急性期 119名
(42.9%)
113人は医師から、他はソーシャルワーカーまたは理学療法士、作業療法士、言語聴覚士または病院外から。
急性期以後~
6か月以内
66名
(23.8%)
66人の中で医師から説明を受けたのは50人。
1年以後 52名
(18.7%)
52人の中で、医師からは、19人、行政福祉機関から8人、他は患者・家族会、講演会、PT,OT,STなどから。
現在まで専門職からの説明なし 10名
(3.6%)
 

図4 発症・受傷時期別にみた医師からの高次脳機能障害に関する説明の有無

  2005年以前 2006年~2016年 2017年以降
n=80 n=121 n=65
急性期(1ヶ月以内) 21人 26.3% 59人 48.8% 35人 53.8%
6ヶ月~1年以内 9人 11.3% 27人 22.3% 13人 20.0%
1年以後 8人 10.0% 10人 8.3% 1人 1.5%

診断を受ける上で家族の立場で感じた課題(図5)

図5 高次脳機能障害の診断を受ける上で、問題だと感じたこと (複数回答) n=278】
図5 高次脳機能障害の診断を受ける上で、問題だと感じたこと (複数回答) n=278】拡大図・テキスト

高次脳機能障害の診断を受けるにあたり家族が問題だと感じたこととして、診断できる医師が不足している、医療職、行政・福祉職、就労支援職に、「高次脳機能障害」の知識が希薄、発症(受傷)から診断を受けるまでの期間が長すぎる、脳画像所見で異常がないと高次脳機能障害があると診断されない点、診断にあたり画像所見や心理検査のみではなく、多様な検査方法が採用されたい、社会的行動障害の定義があいまい、などが挙げられました。

まとめ

278名の高次脳機能障害者の家族に対し、「高次脳機能障害の診断」に関するアンケート調査を実施しました。現診断基準が発表される以前に比し、徐々に、社会の高次脳機能障害に関する認知度は拡大しましたが、いまだ社会の無理解が患者、家族を孤立させています。画像検査で検出できない病変がある例、既往に器質性病変を有する例を踏まえ、さらに多様な検査を駆使した、平易で、柔軟な診断基準を求める家族の声が多かったです。本調査の対象は、患者家族会に所属、あるいは、専門外来を受診している方に限定しているので、調査結果には、限界があることを追記いたします。

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