トピックス-2019年に水害被害に遭った経験を教訓に~地域での連携と現在の取り組み~

「新ノーマライゼーション」2023年9月号

社会福祉法人けやきの郷
内山智裕(うちやまともひろ)

1. けやきの郷について

埼玉県西北部の川越市に社会福祉法人けやきの郷はあります。1985年に自閉症児親の会が設立した成人期自閉症者支援施設で、現在も約100名の自閉スペクトラム症のある方々が利用されています。川越市は江戸時代に水運で栄えた城下町として県内有数の観光地で、周囲は水田が広がり、越辺川(おっぺがわ)と入間川(いるまがわ)が合流する浸水想定区域内に6つの事業所を運営しています。入所施設(定員40名)のほか、グループホーム5棟(定員合計35名)、通所施設2か所(定員合計40名)、発達障害者支援センター他があります。

2. 令和元年東日本台風(台風第19号)について

令和元年10月6日に南鳥島近海で発生した台風第19号は、大型台風に発達し(945hpa /風速45m/s)、日本の南を北上、12日19時前に伊豆半島に上陸しました。10日から13日までの総降水量は東日本を中心に17地点で500ミリを越え、関東甲信地方、東北地方の多くの地点で3、6、12、24時間降水量の観測史上1位(当時)の値を更新するなど、記録的な大雨となりました

激甚災害に指定され、全国で14都県、391市区町村に災害救助法が適用されるなど、広範囲に被害が及ぶ災害となりました。全国では、宮城県、福島県、栃木県、埼玉県、東京都、長野県内の31の障害者施設に浸水被害が報告されています

3. 被災の状況と対応

けやきの郷では、台風上陸当日(12日正午)に入所施設の利用者40名の施設外避難(市民センターへ自主避難)を行いましたが、自閉症の行動特性が顕著な8名は、同法人が運営するグループホームの2階に避難しました。安心して避難できる場所が地域になく、3~5メートルの浸水想定地域にとどまったため被災しました。人的被害に及ばなかったことがせめてもの救いです。しかし、全事業所が床上浸水し、ライフラインは壊滅状態、事業継続は困難で、すべての事業が完全に事業を再開するまで約6か月間が必要でした。

この間、利用者は避難所生活となりました。事業継続のために避難場所の確保に努めましたが困難を極め、市内4か所の公共施設を転々としたのち、入所施設利用者は川越市社会福祉協議会が運営する総合福祉センター内の体育館で避難生活を強いられました。

一方で、施設の復旧作業は市民ボランティアらによって進められました。1日も早い事業再開のため、通所施設は仮拠点を賃貸するなどし、規模を縮小して12月には事業再開に至りました。

課題は入所施設利用者の支援の継続でした。重度知的障害を伴う自閉スペクトラム症の方々は、環境の変化に対し、合理的配慮が欠かせません。しかし、災害後の環境調整は困難を極め、障害特性と環境のミスマッチが至るところで散見されました。居住空間として適切とは言えない避難所環境、限られた職員数、実効性の高いBCPがなかったことなどが課題となりました。

支援の継続には地域のネットワークが機能しました。避難所へは県内初のDWATの派遣が行われました。また、一部の在宅避難者へサービス調整等が埼玉県相談支援専門員協会の協力により行われました。さらに、県内の入所施設等への受け入れが埼玉県発達障害福祉協会のネットワークにより実現しました。令和2年4月にはすべての事業所が事業再開となったものの、浸水想定区域内での事業再開は不安を抱えたままのスタートとなりました。

4. その後(現在)の取り組み

被災から4年が経過し、入所施設は浸水想定区域外への移転計画が進み、令和5年10月竣工を予定しています。その施設には、地域の障害のある方等の避難スペースを計画しています。また、地域の災害NPOからの依頼を受け、台風被害などで剥がれた家屋の屋根を覆う際に、ブルーシートを留めるために使用する道具の制作を開始し、災害支援に着手しました。

避難確保計画にも前進がありました。川越市との連携により一次避難先として、入所施設利用者は市民センターの2階フロア(5室)を、グループホーム利用者は小学校の特別支援級(2教室)を確保することがきました。被災前より安心して避難できる計画となりました。

しかし、浸水想定区域にとどまっているため、避難確保が必須です。法人職員全員が災害経験を共有し、実効性の伴うBCP作成に向けた全体研修を実施、継続しています。自助だけでは、土地や資金の確保や地域住民の理解など、容易ではない課題が今も山積しています。

5. 地域の変化(地域の取り組み)

2019年をきっかけに、地域で進んだ取り組みについてまとめました(表1)。

表1 2019年以降進んだ取り組み等について(一部抜粋)

埼玉県 (障害福祉課)
・障害者施設団体2団体と災害時受け入れ協定の締結
・障害者施設間で相互に支援する「互助ネットワーク」体制整備
・障害(児)者入所施設職員を対象とした危機管理研修の開催
埼玉県社会福祉協議会 (埼玉県災害福祉支援ネットワーク事務局)
・市町村へのDWATの周知徹底・取組周知
・DWAT(障害・児童分野)登録者数の増加
(H30年度122名→R4年度185名)
埼玉県発達障害福祉協会 ・災害(特別)委員会の設置
・災害備蓄倉庫の設置(県内4か所)
川越市 (防災危機管理室)
・避難所体制及び初動体制の強化
・洪水時における指定緊急避難場所の運営基準の見直し
・浸水想定区域見直しと避難確保計画策定の徹底
(障害者福祉課)
・事業所の業務継続計画の策定推進・周知徹底
川越市社会福祉協議会 ・川越市災害ボランティア制度の制定
・災害ボランティア研修の開催(市民対象)
・災害支援備品倉庫の確立
・災害ボランティアセンター開設及び民間団体等と協力応援協定の締結
・災害支援チーム員制度の制定(県社協)

(筆者が関連機関へ聞き取りを実施:2023.7)

6. まとめ

近年、全国で自然災害は毎年のように起こり、水害による福祉施設の被災が後を絶ちません。浸水想定区域内に建てられた福祉施設が多いことが明らかになってきました。

水害の特徴は、地震災害や感染症と異なり、事前の情報収集によって、危険度が把握できる点にあります。したがって、リスクを予測して確実に避難する体制づくりが求められます。

また、無事に避難できたとしても、事業所が被災してしまうと継続運営が困難になり、常時支援が必要な方が支援を受け続けることができなくなります。被災時は、必要な支援の優先度を見極める必要性がでるなど、被災現場職員にとっても厳しい現状にさらされます。

したがって、防災はさることながら、被災時にも支援の継続(事業継続)ができるだけ不足なく、実行されるためには、自助、共助、公助のすべてが欠かせません。どれか一つだけでは実現しません。それぞれが相互に補完し合えるように平時から連携をとっておくこと、地域の関係機関、自治体等で共有するネットワークが平時から必要です。自立支援協議会等がより一層の機能を果たし、官民一体とした地域づくりが進むことが望まれます。


気象庁「台風第19号による大雨、暴風等」令和元年10月15日

内閣府「令和元年台風第19号に伴う災害にかかる災害救助法の適用について」令和元年10月19日

厚生労働省「令和元年台風第19号による被害状況等について(第48報)」

【参考文献】

内山智裕「台風19号の水害と対応」新ノーマライゼーション、第40巻第1号、p9、2020年

内山智裕「障害者支援施設の利用者・職員が適切な避難行動を実現するために」障害者問題研究 第50巻第3号、pp26-31、2022年

社会福祉法人けやきの郷編著「私たちが命を守るためにしたこと」ジアース教育出版、2021年

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