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図書館等のためのわかりやすい資料提供ガイドライン

1. はじめに

すべての人にとって情報と知識へのアクセスは不可欠の人権の一部である。自立した地域生活を確立して人生を豊かなものにするためには、十分な情報を得て理解することが必須である。障害ゆえに読んで理解することが難しい人々が図書館でわかりやすい資料とで出会うためには、図書館に行ってみようという動機付けになる案内やコミュニケーションの工夫が必要である。その上で、必要な情報を必要な形で必要な時に入手することができるように、図書館が連携し、出版者の協力も得て、アクセシブルでわかりやすい資料を収集し、提供することが重要である。このガイドラインは、その重要な役割を果たすべき図書館を支援するために作られている。

図書館で提供できるわかりやすい資料には、LLブック、手話つきの本、布の本、電子出版物のマルチメディアDAISY/EPUBなどがあり、今後、さらに種類の増加が予想される。重要なことは、これらの資料を必要とする人たちの生活年齢に応じた内容がわかりやすく表現されているということである。幼児や児童向けの資料は、わかりやすいが、青年期や成人以上の年齢になった人たちの興味や必要性に十分に応えるものではない。提供される資料は、対象者の年齢と生活経験、そして、一市民としての人権を尊重するものであらねばならない。

このガイドラインで使われている「わかりやすい」は、出版の世界では、スウェーデン語のLL(lattlast)、英語では「easy-to-read」に相当する概念である。日本語では「簡単な」、「読みやすい」、「やさしく読める」ともいわれる。本書では、国連「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)(2014年批准)でも使われている「easy to understand」という英語で表現される「理解しやすい」という意味も含めて「わかりやすい」という言葉で統一する。

1.1 背景

日本においては、国連障害者権利条約を基礎とする「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が、2016年4月に施行された。図書館におけるわかりやすい情報と資料の提供は、知的障害者も含むすべての人が科学技術の成果を活用し、制度や手続きを理解して公的な決定に参加するために必要な知識へのアクセスを保障する重要なサービスと考えられており、日本の著作権法第37条と世界知的所有権機関(WIPO)のマラケシュ条約1)は、著作権を一部制限して特に図書館等のこの分野での活動を法的に支えている。

障害者差別を解消して、すべての障害者の資料アクセスにおける機会均等を実現するためには、法的な整備に加えて、具体的な環境整備と能力開発が必要である。日本の多くの図書館等の資料提供施設は、必ずしもアクセシブルでわかりやすい資料の提供についての十分な知見と能力を備えているわけではない。そこで、既存の国際的なガイドラインを基礎に、日本の事情に沿ったわかりやすい資料提供ガイドラインを作成して、まず図書館と図書館員に提供して参考に資することとした。

1.2 目的

本ガイドラインの編集の要点は下記の通りである。

  • 知的障害者を中心とする読んで理解することに困難がある成人およびヤングアダルトに対して、わかりやすい資料を提供する方法について、具体的に記す。
  • 本ガイドラインは図書館と図書館員に向けて書かれているが、博物館、美術館、公民館、そして市役所などの行政機関、障害者団体、出版社等が、わかりやすい資料を提供する際にも参考になるように工夫する。
  • 紙による資料の提供に留まらず、アクセシブルなマルチメディア技術等の電子技術の活用も積極的に提案する。

1.3 基礎となる理念

障害者権利条約は、21世紀に国際社会が合意した最も新しい人権条約であり、障害者の知識および情報のアクセスにおける機会均等を明確に保障している。アクセシビリティと、合理的配慮の提供の否定は差別であるという考え方は、障害者権利条約が新たにつけ加えた国際人権指標であり、障害者差別解消の進捗を評価する国際的な尺度として用いられる。「政治的及び公的活動への参加」を保障する障害者権利条約第29条は、”accessible and easy to understand”(アクセシブルでわかりやすい)という表現で、障害者が自分の意見をもち公的な意思決定に参加することを保障するために、アクセシビリティの確保と共にそれらが「わかりやすい」ことを求めている。

本ガイドラインは、以上のような国際的合意に基づいて、知的障害者を中心とする、読んで理解することに困難がある人々の障害特性に配慮した「アクセシブルでわかりやすい」情報と資料の提供について述べている。

1.4 わかりやすい資料提供における図書館の責任

2010年に施行された日本の著作権法第37条は、DAISY規格のマルチメディアを必要とする幅広い障害者の情報アクセスを保障するために、対象となる障害者の範囲と著作権を制限する範囲を大きく広げた2)。特に法律に基づいて設置された図書館と、文化庁長官が図書館と同等の活動を行っていると認める団体に、無許諾で、障害を理由として情報アクセスに障壁のある人々がアクセス可能な様式の資料を複製し、ネットワークを活用して提供する活動を認めている。この画期的な法整備により、サピエ図書館3)による視覚障害者への資料提供は発展し、ディスレクシア等の視覚障害者以外による利用も始まっている。

更に、国立国会図書館の「視覚障害者等用データの収集および送信事業」を活用すれば、一人の知的障害等を理由としてわかりやすい資料を必要とする利用者のために製作した資料を、全国で共有できるので、ネットワークを生かした共同製作の途も開けるのである。

もちろん、紙の資料も必要となるが、最初にコストの低いデジタル版を作り、必要に応じて紙でプリントアウトすることによって、紙とデジタル版の両方の利点を生かしたサービスも可能になる。

マラケシュ条約と日本の著作権法は、障害者の資料アクセスの機会均等化において、図書館に特別の役割を期待している。図書館はこの期待に応えて、すでに発展している視覚障害者等に対するアクセシブルな資料の提供サービスをさらに充実させると共に、これまで不十分だったわかりやすさに留意した資料の製作と提供を速やかに発展させる責任がある。


1) 2013年にWIPOと加盟国が採択した本条約は、視覚障害者またはその他のプリントディスアビリティ(読むことが困難)がある者の著作物へのアクセスと利用の促進を目的としている。これらの方々の著作物にアクセスする環境を向上させ、また、彼らのために利用しやすい形式となった著作物の複製物の国境を越えた利用につながる。
http://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2013_09/series_08/series_08.html

2) 文化庁. 著作権法の一部を改正する法律(平成21 年改正)について(解説).2009,
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h21_hokaisei/pdf/21_houkaisei_kokuji_kaisetsu.pdf, (参照 2016-11-01)

3) サピエとは、視覚障害者はじめ目で文字を読むことが困難な人に対し、さまざまな情報を点字・音声データで提供するネットワークで、日本点字図書館がシステム管理し、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営する。
https://www.sapie.or.jp/cgi-bin/CN1WWW