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情報通信技術システムのアクセシビリティ
障害者の標準化プロセスへの参加

ジョン・ギル
英国王立盲人援護協会(RNIB) 主任科学者

項目 内容
発表年 2007年
備考 ISBN 1 86048 034 9 発行 COST219ter http://www.tiresias.org/cost219ter/index.html(英語)

Involving People with Disabilities in the Standard Process
John Gill
http://www.tiresias.org/publications/disabilities_standardisation/index.htm(英語)

目次

1. 序文

ICT(情報通信技術)システムで標準規格が果たす役割の重要性は、技術的インターフェースの規定の面においてだけではなく、ユーザーインタフェースや他のシステムとの相互運用などの面においてもますます高まっている。標準規格の第一の目的は商取引の促進であり、標準化機関にはそれに応じて資金が提供されているが、このプロセスにおける消費者の参加の重要性に対する認識が高まっている。残念なことに、消費者の参加の実現は、参加費用とプロセスに不可欠な専門的知識の問題により困難であることが多い。

ICTシステムは複雑になる可能性があり、端末、ネットワーク、コンテンツを提供するさまざまな組織が関与する場合がある。システムのアクセシビリティには3つの分野すべてにおいて特定の機能が求められる可能性があり、これらをばらばらに扱ったのでは、設備を障害者に使いやすくするという要求に対処できそうもない。従って、アクセシビリティの専門家を単にばらばらな構成要素に関与させるのではなく、完全なシステムの設計に関与させる必要がある。

標準化には以下が含まれる。

  • a. 標準化すべきことの決定
  • b. 適切なバランスでの専門家(障害者代表、製造業者、調査、学者)の募集
  • c. 利害関係者間のコンセンサスの実現
  • d. 詳細な標準規格原案の作成
  • e. 利害関係者との公の協議と合意された変更の組み込み
  • f. ICT製品またはサービスを提供する組織および立法者による標準規格の幅広い採用と実施の促進
  • g. ICTシステムまたはサービスのユーザーとの関連性に関する情報の普及

正式な標準規格は以前は国内標準規格機関の領分であり、一部を国際機関(ISO、IEC、ITUなど)が作成していた。しかし、ICTシステムの構成要素の世界的供給や多国籍販売により、欧州標準規格か完全な国際標準規格かのいずれかが求められる例が増えてきた。注釈11欧州では、公認の標準化機関はCEN、CENELEC、ETSIであるが、業界では完全な国際標準規格の実施を支持する傾向がある。

しかし、近年、業界標準の役割が高まっている。一部例を挙げると、有力な企業(コンピューターソフトウェア分野のマイクロソフト)または企業グループ(ブルートゥースまたはワールドワイド・ウェブ・コンソーシアム)により業界標準が開発された。さらに、オープンシステムと関連フリーウェアおよび関連シェアウェアもある。これらの業界標準では、標準規格を作成または修正するとき、障害者の必要を考慮するような公式な要求はない。

2. 標準化すべきこと

アクセシビリティの標準化は、一般の標準規格にアクセシビリティの側面を含める形と、アクセシビリティ機能に関する特定の標準規格文書の作成の両方が実施されている。何を標準化するかの決定には、利害関係者となる可能性がある全員を参加させなければならない。検討する要素には、以下が含まれる。

  • a. 標準規格の範囲および内容について合意が得られる見込みはあるか。
  • b. 提案された標準規格は、ユーザー全員の利益になるか。業界の利益になるか。
  • c. 標準規格の作成に関係したきめ細かい作業を行うことに関心がある適切な技術を持った人間が充分にいるか。ISOやCENのような組織では、少なくとも5カ国から標準規格開発に参加する専門家を派遣するよう要求している。
  • d. 編集者の仕事を進んで引き受ける人間はいるか。
  • e. 標準規格の作成前に、新しい調査を始める必要はあるか。その場合、誰がやるのか。誰がその費用を支払うのか。
  • f. 適合性はどのように示されることになるのか?
  • g. 標準規格の妥当性は発行時まで確保されているか?国内標準規格では開発に6ヵ月しかかからないものもあるが、国際標準規格では何年もかかることが多い。
  • h. 標準規格が発行されるとき、実施される見込みはあるか。
  • i. 標準規格の作成は、その費用に値するか。
  • j. 国内標準規格にすべきか、欧州標準規格すべきか、国際標準規格すべきか。

主流の標準規格におけるアクセシビリティ機能の標準化は、多くの場合、スピードが非常に重視される作業である。主流の標準規格の開発には合意によって定められたスケジュールがあり、アクセシビリティの側面が十分に受け入れられるようにするには、これを適切な時点でスケジュールに組み込まれなければならない。技術が未熟な時点で標準化を行おうとすると、断念されることになったり、大幅な変更になったりして、障害に関連した機能に絶え間ない更新が必要となる可能性がある。一方、標準規格がサイクル後半に開発される場合は、メーカーまたは部品製造業者の立場が固まっているため、コンセンサスを得ることは不可能であるかもしれない。ICT分野の動きは早く、製品開発は1年以内に終了することもある。バグは修正するが標準規格の実施は行わない最小限の保守チームだけ残し、開発者たちは次の新技術に移ってしまう。

新しい調査が必要な場合、標準規格機関が新しい作業項目を正式に採用する前に開始することが望ましい。そうしないと、標準規格機関が許可した時間内に標準規格を開発できない恐れが出てくる。標準規格では、未検証の解決策を業界へ押しつけることはしないので、新しい概念はすべて最初に有効性を証明しなければならない。

3. 標準規格の作成

障害者は、以下のさまざまな方法で標準規格の内容に影響を与えることができる。ただし、それが間に合ううちに、特定のテーマについての標準規格が開発中であるという情報を知るという課題がまだ残っている。

  • a. 特に、一般コメントを受け付ける草案段階で、書面でのコメントを委員会または作業部会に提出する。委員会の議長または書記に直接提出することもできるが、全国委員会を通じ提出する方法が最も良い。一部の作業部会は会議を公開し、ウェブサイト注釈22に試案を掲載しているが、これは標準ではない。
  • b. 作業部会の会議に出席し、口頭で発表を行う。これは、書面でコメントを提出した後に行った方が良いだろう。標準規格の最終草案の作成が近づいてくると、作業部会の会議では事前に書面で提出された題材だけを議論する可能性がある。
  • c. 作業部会のメンバーに任命される。欧州標準規格および国際標準規格では、最初のアプローチは、国内標準規格機関の関連委員会(またはミラーグループ)の議長に行わなければならない。しかし、作業部会の全メンバーは単なる個人的な立場よりも広い利益を代表する必要があり、このことを確実にするために、いかなるメンバーも他者と相談する準備をしておかなければならない。
  • d. 標準規格の基礎となる科学的データの提供に必要な調査をすべて行う。
  • e. 専門家調査会に参加する(場合によっては、欧州委員会から資金を供給される可能性がある)。
  • f. 標準規格の編集者として活動する。編集者の仕事は、特別な専門知識を必要とし、時間がかかる可能性があるので、この役は軽く引き受けてはならない。

どの方法をとるかによって、影響の程度は決定されるだろう。委員会または作業部会のメンバーになると、旅費と生活費がかかるが、特別な状況を除き、通常、これらは補償されない。また、年会費もかかることがあるが、障害者組織には要求されないことが多い。特定の会議への出席には、旅費、宿泊費、食費に加えて費用が主催者から課される場合もある。

大部分の標準規格機関では通常の伝達形式は電子メールであるが、一部の組織では、ウェブサイトから文書をダウンロードする便宜を提供している。開発段階では、大部分の文書はMicrosoft Wordで作成され、一部はMicrosoft ExcelまたはPDF(Adobe Page Description Format)で作成される。標準規格機関には通常、公開草案にコメントする際に使用する書式があり、全員に対し使用するよう要求している。

最終的な標準規格は通常、印刷版とPDF版で公開される。障害者を対象とした一部の標準規格は大活字版も入手できる。著作権は標準規格機関が所有し、通常、各標準規格の購入に対し料金を請求する。多くの場合、標準規格の売上は標準規格機関の重要な収入源であり、潜在売上高は標準規格を開発するかどうかに影響を与えることがある。

多くの場合、標準規格文書には表が含まれ、図(寸法の測定方法からアイコンのデザインや複雑なフローチャートまで)が含まれる場合もある。表は非視覚的に読むことは困難であり、図は複雑すぎてテキスト表示に代えることができない場合がある。また、一部の委員会や作業部会で大量の作業文書が作成されることも問題である。文書のナンバリングは、国際機関や国内機関が異なる基準を使用しているため、たまに複雑になることもある。索引は必ずしも提供されなかったり、文書の検索に要求されるキーワードが明らかではなかったりする。標準規格の作成用の現在の書式(概してMicrosoft Word)は、電子形態ではアクセシブルに設計されていない。これらのすべてが、印刷文書を読むことが困難な障害者の状況をさらに難しくしている。一部の標準規格機関では主要な文書を大活字図書、録音図書、点字図書などの代替フォーマットで作成する態勢が整っている。注釈33代替フォーマットの作成は、外注に出すことができる。注釈44

4. 会議

障害者の会議への完全参加には、慎重な計画が必要である。第1に、開催地はアクセシブルでなければならない。そのためには、開催地へは公共輸送機関で行くことができること、障害者が間違いなくバス停または駅から目的の建物に行くことができなければならないだろう。良い看板は、弱視の問題を軽減することができる。

身体障害者にとって一般的に、車、タクシーまたは公共輸送機関から降り、階段を上り下りせずに建物に入ることができることが不可欠である。戸口は車椅子が楽に通れるだけの十分な幅があり、車椅子に乗ったままドアを簡単に開けられなければならない。また、会議室と同じ階に車椅子用のトイレが必要である。

会議室には十分な照明と補聴器ループがなければならない。良好な音響と低騒音(空調または通行車の騒音がない状態)は、軽度および中等度の聴覚障害者の多くの助けとなるだろう。

一部の聴覚障害者にはリアルタイムのテキスト表示装置(例えば機械速記)が必要である。この装置は、熟練した筆記者がコーディングキーボードで入力し、コンピュータディスプレイ上に出力されるもので、スクリーンに投影することができる。これは音を聞き取って入力するシステムのため、単語の綴りが間違っていることがある。特に頭字語や外国の名前で顕著である(会議で使われそうな頭字語のリストを事前に筆記者に提供することにより、問題が緩和されることがある)。筆記者には、定期的な休憩(通常、1時間に5分間)が必要である。このような筆記システムの利点の1つは、会議におけるすべての発言について逐次的な記録がとれ、それを簡単にWordファイルに変換できることである。欠点は、費用とオペレーター不足である。大部分の標準規格委員会にはそのような広範な支援のための予算がないからである。

一部の聴覚障害者が会議に貢献できるようにするためには手話通訳者または口話術者が必要である。非常に短い会議以外、通訳者は2名必要である。通訳者の予約は、会議のかなり前に行うのが賢明である。大部分の国際会議や欧州会議の公用語は通常英語である。

会議の開始時に、テーブルを回り、全員が自分の名前と所属を言うことは有用である。全盲または弱視者を支援するために、スピーカーには、視覚的な発表の内容を述べるよう求めなければならない。注釈55

多くの小さい障害者組織にとって、会議に出席するための旅費が問題となる場合がある。中央政府や消費者団体からの資金源がいくつか利用できるが、特定の種類のメンバー向けに限られている。

ISOの会議は、様々な国で順番に開催される。これにより、外国への旅費が支払えない専門家が自国での会議に時々参加できるようになる。大部分の先進国では通常、障害を持った専門家に対して設備を提供できるが、あまり裕福でない国では、これらの設備は必ずしも利用できない可能性がある。

もう一つの問題は、標準化プロセスに詳しい障害者が比較的少ないことである。従って、一部には適当な訓練が必要となるだろう。しかし、標準規格委員会の多くの専門家の状況も同じであり、さまざまな種類の訓練を提供している標準規格機関もある。

5. 実施

標準規格が発行されても、組織はこれに自動的に従わなければならないわけではない。標準規格には、法律または正式な契約に引用されることによって強制力が与えられる場合がある。標準規格は、欧州連合の指令を補完するために使われることが多い。これは、特定の欧州標準規格への準拠は、欧州連合指令の当該部分への準拠を示すものとみなすという理由に基づいている。国内レベルでは、共同体内の競争を制限するものとみなされない限り、標準規格を法律の中で引用することができる。実際には、これは、その標準規格が欧州の標準規格と同一でなければならないことを意味している。

契約を通して与えられる強制力の例として、調達過程で規定される標準規格が特に挙げられる。公共部門の調達は標準規格(EU諸国では欧州標準規格)に大きく依存している。契約に附属した技術仕様における公平が保証されるからである。EU公共調達指令でも政府の調達でアクセシビリティを考慮するよう規定されているが、これを実施するために必要な標準規格はまだ作成中である。しかし、一部の国の政府は、中央政府および地方政府がICTシステム調達で従わなければならない多くの標準規格を推奨している。英国で推奨されている標準規格には、アクセシビリティに関連したものがいくつか含まれている。EUでは、欧州標準規格が利用できない場合、公共調達組織が国内標準規格を使用できるような措置がある。標準規格を適用するには、産業部門の組織が、特定の製品クラスまたは機能について従うことが合意された標準規格にその標準規格を含める方法もある。

正式な検証過程は一切なく、特定の標準規格に準拠していると企業が述べることはよくある。この1例はウェブのアクセシビリティである。しかし、他の分野では、特に安全に関わる場合は、一般的使用の状態になる前に、製品またはサービスを調べる単独の証明または自己証明を行う正式なシステムがあることがある。また、アクセシビリティの標準規格またはガイドラインへの準拠が、その製品が「アクセシブル」と呼べることを意味するわけではないことに留意することは重要である。準拠しているというは、準拠していない場合と比べて、多くの人にとってアクセシブルであろうことを意味しているに過ぎない。

アクセシビリティに関する標準規格の存在を業界が知らないことが非常に多いが、障害団体は、アクセシビリティに関する標準規格に業界の注目を向けさせて採択を促進する活動を優先事項とは考えていない。障害団体の中には、この活動は有料にすべきだと考えているところもある。

標準規格のコピーの購入費が問題となる場合もある。標準規格のコピーを無償で提供している機関(ETSI、IETF、3GPP、ITU)もあれば、有料の機関(CEN、ISO)もある。標準規格が有料の場合でも委員会と作業部会のメンバーには当該の標準規格は無料で提供している機関もあれば、標準規格の作成者でさえ有料となる機関もある。この分野ではやり方を一貫させ、代替フォーマットでの標準規格の入手可能性に関し何らかの合意があるほうが便利であろう。しかし、知的所有権への配慮がこの問題を複雑にしている。

6. 情報の普及

一部の標準規格については、業界が標準規格を実施していても、消費者である障害者が、その目的や自分たちにどう影響するかについて理解していない。例えば、端末への挿入方向を示すプラスチックカード上の触覚表示の欧州基準がある。しかし、この触覚表示の意味を知っている視覚障害者は少ないと思われる。従って、製品またはサービスに組み込まれているアクセシビリティ機能について障害を有する消費者を教育する必要がある。

標準規格機関は、アクセシビリティについて障害を有する消費者を教育すること、あるいは消費者を教育することが自分たちの役割に含まれることを全く認識していない。中には、有料にするか、または、自分たちの組織に対する間接的な金銭的利益がわからない限り、この役割を引き受けたがらない障害組織もある。障害を有する消費者は、自分たちを援助するために行われていることに気づかず、一方、業界は、金を使ってこれらの便宜を提供しているのに、利益を得られるはずの人たち全員の助けになっていないことに不満を感じている、という結果になることがあまりにも多い。情報に通じた消費者の基盤はおそらく全員の利益になるだろう。しかし、これは、製品情報とユーザー警告を統一フォーマットで提供しなければならないかもしれないという程度の単なる標準化の問題なのである。

7. 結論

標準化は、ICTのアクセシビリティを改善する重要な道具である。しかし、多くの問題があり、その解決にはさまざまな利害関係者の間の対話と協力が必要である。

頭字語

3GPP
第三世代パートナーシッププロジェクト
CEN
欧州標準化委員会(http://www.cen.eu/cenorm/homepage.htm)(英語)
CENELEC
欧州電気標準化委員会(http://www.cenelec.org/Cenelec/Homepage.htm)(英語)
COST
欧州科学技術研究協力機構(http://www.cost.esf.org/)(英語)
ETSI
欧州電気通信標準化協会(http://www.etsi.org/)(英語)
EU
欧州連合(http://europa.eu/)(英語)
ICT
情報通信技術
IEC
国際電気標準会議(http://www.iec.ch/)(英語)
IETF
インターネット技術タスクフォース(http://www.ietf.org/)(英語)
ISO
国際標準化機構(http://www.iso.org/iso/en/ISOOnline.frontpage)(英語)
ITU
国際電気通信連合(http://www.itu.int/net/home/index.aspx)(英語)
PDF
ページディスクリプションフォーマット

注釈

  1. ICTシステムのアクセシビリティに関する標準規格のリスト
    http://www.tiresias.org/guidelines/standards/(英語)
  2. アクセシブルなウェブサイトをデザインする方法に関する情報
    http://www.tiresias.org/guidelines/web.htm(英語)
  3. より詳細なガイドライン
    http://www.tiresias.org/guidelines/alternative_formats.htm(英語)
  4. 世界の全盲及び弱視者関連団体
    http://www.tiresias.org/agencies/(英語)
  5. 会議を開催する場合の詳細なガイドライン
    http://www.tiresias.org/guidelines/accessible_events.htm(英語)