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ウェブアクセシビリティ規格 JIS X8341-3 の改正

梅垣 正宏(うめがき まさひろ)
日本障害者協議会 情報通信委員会

はじめに

 2004年6月に公示された、ウェブコンテンツのアクセシビリティJIS(日本工業規格) X8341-3:2004 「高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス- 第3部:ウェブコンテンツ」(以降、X8341-3 と記す) がまもなく改正される。改正原案はすでに審議を終えており、この夏にも X8341-3:2010 として公示される見通しである。筆者は、X8341-3:2004 および X8341-3:2010 の原案策定ワーキンググループの副主査として、規格の起案、審議にあたってきた。本稿では、X8341-3 改正の背景と特徴、期待される公共分野でのウェブアクセシビリティ普及への期待について述べる。

改正の背景1ーWCAG改正と国際協調

 X8341-3の改正に最も大きな影響を与えたのは、ウェブに関する国際的な標準化団体である W3C [1] (World Wide Web Consortium)が定めた新しいウェブコンテンツ・アクセシビリティガイドラインである WCAG 2.0 [2] だ。1999年に勧告化された WCAG 1.0 [3] を2008年に改定したものである。WCAG 1.0 はウェブの技術革新にすでに取り残されており、またその記述や基準が明確でないなどの問題を指摘されていた。とりわけ、次に述べる国際的なウェブアクセシビリティへの取り組みが進むにつれ、国際協調した基準の制定が待ち望まれていた。インターネットは国境を意識することなく誰もが利用できるものであり、世界のどこでも同じ基準でウェブが作られていることが重要なことは言うまでもない。X8341-3:2010 の原案策定ワーキンググループも、WCAG 2.0 の原案を作成した W3C の WAI [4] と協調、協同して、X8341-3:2010原案の技術的な内容、つまり基準をWCAG2.0と一致させた。これによって、X8341-3が持っていた課題の一つである世界基準とのダブルスタンダードという問題を解決することができた。

改正の背景2ー情報アクセシビリティをめぐる世界の状況

2006年12月、第61回国連総会で採択された障害者権利条約の第9条 Accessibility では、建築、交通と並んで情報のアクセシビリティに関する具体的な要求が定められている。ここで特に注目したいのは、2-c でアクセシビリティに関する最低基準や指針を定めて、モニタリングすることを求めている点である。X8341-3などのアクセシビリティに関する技術的な基準は、この指針に該当するものであり、またモニタリングの手段でもある。この点は、障害者差別禁止法を早くから持っている国の状況を見ると、より鮮明になる。たとえば、2006年に米国盲人協会(NFB)がオンラインのスーパーマーケットである Target.com を ADA法違反で訴えたケース[5]では、2008年にTarget.com が総額600万ドルを支払うなどのいくつかの条件で和解した。このようなケースでウェブサイトが障害者に利用できない状態になっているかどうかを判断する専門家の意見で、技術基準である WCAG が参照され重要な証拠となっている。このことは、アクセシビリティの技術基準が障害者権利条約における「合理的配慮」の範囲を決める基準になりうるということを示している。合理的配慮に欠ける状態とはつまり障害者が差別されている状態であり、アクセシビリティの基準を満たすかどうかが、差別かどうかを判断する基準として用いられるということである。近年、日本ではアクセシビリティの考え方が普及するにつれて、アクセシビリティが障害者だけの問題でなく、より広い外国人や子供などの特別なニーズを持つ人達の問題であり、障害者だけに特化するのは良くないといった主張が散見されるようになってきた。アクセシビリティの技術をより幅広い人々の情報通信技術の利用を促進するために活用することは間違っていないし、また本来望まれることではある。しかし、アクセシビリティを人権と差別の問題として捉える見方を、結果として弱めているのもまた事実である。障害者権利条約の批准を前提に、内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議で障害者差別禁止法の制定が議論されている現状からみても、アクセシビリティを差別禁止の視点で捉えなおしておくことがますます重要であろう。

改正版の特徴1-WCAG 2.0と一致

さて、改正版 X8341-3:2010 では何が変わるのだろうか。改正版のもっとも大きな特徴は、繰り返しになるが、WCAG 2.0 と技術的な内容においておおむね一致したということである。原案策定ワーキンググループでは、WCAG ワーキンググループとリエゾン関係を結び、WCAG 2.0 の原案作成段階で頻繁にコメントを提出し意見交換を行ってきた。特に X8341-3:2004 で取り上げた内容がすべて WCAG 2.0 に含まれるように注意を払ってきた。その結果、ほとんどの X8341-3:2004 の内容は何らかの形で WCAG 2.0 に反映された。そのため、X8341-3:2004 に取り組んできた国内の活動は、そのまま WCAG 2.0 すなわち改正版の X8341-3:2010 でも生かせるようになった。また、X8341-3:2004ではJISで定められた「しなければならない」と記述された必須要件と、「することが望ましい」と記述された推奨要件のみであったが、X8341-3:2010では WCAG 2.0 の「レベル」の考え方をとりいれて、「ウェブコンテンツのアクセシビリティ達成等級」という概念でA、AA、AAAの3つのレベルを導入している。このように、記述内容とレベル定義が一致したため、ウェブアクセシビリティのチェックツール仕様などにおいても、従来は X8341-3:2004対応、WCAG 1.0 対応などと別になっていたが、今後は WCAG 2.0 対応のツールをそのまま X8341-3:2010 にも適応可能となる。

改正版の特徴2-テスト可能

2つ目の特徴は、テスト可能という点である。X8341-3:2004 では判断の基準が明確でない指針が数多く存在した。しかし、WCAG 2.0 はテスト可能であることを重視して開発されたため、より厳密で正確な記述が採用されている。つまり、X8341-3:2004 はガイドライン、すなわちある種の「指針」としての役割しか担えなかったが、X8341-3:2010 では基準を満たしているかどうかを、より正確に確認できるようになったのである。実際に記述がどう変わったか、例を見ておこう。次に引用したのは、文字と背景の色のコントラスト比に関する記述である。

JIS X8341-3:2004 5.5 c) 画像などの背景色と前景色とには,十分なコントラストを取り,識別しやすい配色にすることが望ましい。 5.6 c) フォントの色には,背景色などを考慮し見やすい色を指定することが望ましい。

このように、「十分なコントラスト」「見やすい色」などと記述されており、具体的な数値は示されていなかった。また、数値が明示できなかったため、「することが望ましい」という推奨要件としての記述にとどまっている。改正版では、次のように記述されている。

JIS X8341-3:2010 7.1.4.3 最低限のコントラストに関する達成基準 テキスト及び画像化された文字の視覚的な表現には,少なくとも4.5:1のコントラスト比がなければならない。ただし,次の場合は除く。 (中略) 注記 この達成基準は,等級AAの達成基準である。

このように、4.5:1 という具体的な数値が示されているだけでなく、引用を省略したが、文字が一定のサイズよりも大きい場合や、例外として認められるケースについても明確に示している。従来は、様々な計算式や基準が乱立していたが、それがこのように統一されたのである。なお、コントラスト比の計算式も規格中に示されている。

改正版の特徴3-試験の導入

3つ目の特徴は、試験の実施方法やまた試験結果の表示方法を定めていることである。この特徴に限っては、WCAG 2.0 の内容を含みながらもウェブサイト全体をテストできるように日本独自の内容を追加している。この試験とは、つまり作成したウェブコンテンツが実際に規格に合致しているかどうかをテストし、品質として保証するという考え方である。コンテンツを作成して公開する段階で試験を実施して、規格の基準を満たしているかどうかをウェブサイト上で公開することができるだけでなく、購買、調達においても、試験の結果を使った品質保証を求めることが可能になる。

このことによって、X8341-3:2010 の正しい理解とより正確な実施が期待できる。従来、X8341-3を用いているといいながら実際には規格を満足できていないものがあるなど、品質にはばらつきがあった。アクセシビリティに正面から取り組むとコスト高になるという理由から、ごく一部の要件だけを実施しているケースもすくなくない。そのため、ウェブアクセシビリティをまじめに取り組む企業ほどコストを回収できなくなるという面が否定できなかった。まじめに取り組む人や企業が、正当に評価されるようにするためには「試験」というものさしがどうしても必要なのである。

字幕付与の問題

改正版は国際標準である WCAG 2.0 と一致させたために、X8341-3:2004では推奨要件として記載されていた動画への字幕の付与が、X8341-3:2010では最低限のレベルである達成等級Aに含まれることになった。日本では、テレビ放送での字幕の付与が欧米に比べて立ち遅れており、そのことを反映してX8341-3:2004では推奨にとどまっていた。しかし、技術基準が国際協調したことで、法制度や政策といった上位のレイヤでの差異が問題になっているのである。技術基準だけでなく、法制度政策面でも国際水準と足並みをそろえる必要が出てきたということであろう。

公共ウェブのさらなる改善に期待する

総務省行政評価局は、2010年6月29日に「ホームページのバリアフリー化の推進に関する調査結果に基づく勧告 」[6] を発表した。この調査は、X8341-3:2004 を用いたものであるが、主な問題点として次の2つの指摘をしている。

1. 調査対象34機関中26機関(76%)において企画・制作等の各段階のいずれかで、ホームページのバリアフリー化への配慮が不十分 2. 日本工業規格の必須項目の1つ以上に対応していないウェブページ1,514ページ中、全機関1,373ページ(91%)

すなわち、多くの省庁のウェブページが、十分なアクセシビリティを確保できていないと断じたのである。総務省はすでにX8341-3:2010への準備を始めている。今年度、自治体のウェブアクセシビリティ改善のための手順等を定めた「みんなの公共サイト運用モデル」の改定を進めているし、改定にあわせて基準となるチェックツールも開発されることになっている。また、X8341-3:2010の原案策定ワーキンググループは、原案が完成した2009年度に、日本規格協会から情報通信アクセス協議会ウェブアクセシビリティ作業部会 [7]にその母体を移し、公示日に向けて解説文書や、WCAG 2.0 関連文書の翻訳などにまい進しているところである。このような規格を普及する活動、国や自治体での規格への取り組み、それから障害者権利条約の批准に象徴される障害者の人権の完全な保障と機会の均等が保証される法制度、政策的枠組みの整備が相互関連しながら促進されることを通じて、障害者の情報アクセスをより高いレベルで確保することが望まれる。


※JIS X8341-3 は日本工業標準調査会http://www.jisc.go.jp/で閲覧できるほか、日本規格協会http://www.jsa.or.jp/でオンラインで購入が可能です。


掲載者注
[5]の「2006年に米国盲人協会(NFB)がオンラインのスーパーマーケットである Target.comをADA法違反で訴えたケース」のDINF関連資料

講演会 「アメリカ ADA法の現状と将来展望」
ピーター・ブランク氏
米国シュラキュース大学ロースクール教授/同大学バートンブラット研究所長
主催:日本障害フォーラム(JDF)
日時:2009年7月10日(金)14:00~17:00
会場:戸山サンライズ(東京都新宿区)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/law/090710seminar/index.html

ピーター・ブランク氏は、共同弁護士としてターゲット対全米盲人連合(National Federation of the Blind)のケースを担当した。
この講演でも、「公共施設における配慮」の部分で、このケースに触れている。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/law/090710seminar/090710_blanch.html