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国際セミナー「世界の障害者インクルージョン政策の動向」

話題提供1
ソーシャル・エンタープライズに対するイギリス国民の意識」

フィリーダ・パービス
リンクス・ジャパン代表

ご紹介ありがとうございました。山内先生、そして皆さま、今日はご参加ありがとうございます。本当にこのように多くの方々にお目にかかれてうれしく存じます。大変なご協力、ご尽力お礼申し上げます。私の方はただ具体的にコメントを申し上げるといことではなく、ソーシャル・エンタープライズの英国での状況を申し上げます。どのような形で位置づけがあるのか、またソーシャル・ファームとの関連について申し上げたいと思います。

今日、未曾有の経済成長と繁栄を達成したイギリスでは、より多くの恵まれない人々にその利益を広く分配しようと政府が何十年もの間率先して取り組んできたにも関わらず、これまでと変わらず、社会から締め出され、繁栄を享受することができずにいる人々が残されています。このような人々のほとんどは都心部の貧困層が住む地域で暮らしていますが、いわゆる貧困、家庭生活の崩壊、凶悪な犯罪の増加、無断欠勤及び家庭内虐待という悪循環から逃れるのは難しいことです。私たちすべてにとって、「崩壊した社会」といわれるようになってしまったこの社会を治す方法を見つけることが課題です。ソーシャル・エンタープライズを知る人々とイギリス政府は、ソーシャル・エンタープライズが、あらゆる年代の、そしてあらゆる背景及び能力を持つ人々が、安全に生活できるような、よりまとまりのある社会を建設するための重要な手段であると信じています。

「ソーシャル・エンタープライズ」という言葉がイギリスで使われるようになったのは、ほんのここ9 年から10 年ほどのことです。数人の活動的な、起業精神あふれる人たちが、政府や誰か他の人がやってくれることを期待して座って待っているよりは、と、最も不利な立場にあり、コミュニティーに参加することが難しい人々の生活を改善するために行動を起こしたのが始まりでした。この人たちと、それまで数多くいたボランティア活動家との違いは、身の回りで使われずにいる「社会資本」を見つけて活用することにより、「無から何かを作り出す」こつを心得ているところです。実際には、主に国有の空きビルや放棄されたビルの使用と、新たな目的のための資金の借り入れを、政府やその他の資金提供者と交渉することを行います。更に最も重要なのは、貧困に陥り、損失を蒙り、失業し、福祉に頼る生活をし、病気になったり、自信を失ったりしている地域の人々が持つ、まだ活用されていない技能を見つけ出すことです。このような非常に着想力のある人々が社会起業家として知られるようになって来ました。イギリス中で、社会起業家たちは社会福祉的な目的を持った新しいタイプの事業を始めており、最も社会から取り残されている人々をはじめ、地域の人々に活力を与え、彼らが企業に参加し、そして多くの場合、雇用されるにいたるよう、活動しています。ボランティア・セクター及びコミュニティー・セクターに参加している人々や、コミュニティー開発に関わっている人々はすべて、このようなソーシャル・エンタープライズの特徴を理解し、政府の政策や福祉事業、そして多くの伝統的な慈善事業が結局のところ失敗に終わってしまったこととは反対に、ソーシャル・エンタープライズには成功する可能性があると認めています。ソーシャル・エンタープライズが成功するのは、まさに、コミュニティーの一般の人々を巻き込み、その意欲的な市民としての力を活用しているからです。これによって人々は、持続可能な仕組みを通じて自分たち自身の生活をコントロールし、向上させることができるようになるのです。ソーシャル・エンタープライズが私たちの社会に登場したことは、二つの点において時を得ていました。一つは、その他のコミュニティー開発のモデルや、最も疎外されているコミュニティーに資金を供給する方法が、貧困を緩和するものではなく、むしろ多くの場合、依存を長引かせてしまうということが広く理解されていたという点です。そして二点目は、イギリス新政府が、地域の人々に権限を与え、最も困難な地域の問題に対して地域に根ざした解決方法を見つけることを支援する新しいタイプの再生事業に役立てるため、主として欧州連合から幸運にも多額の構造基金を得たことで、これまでにない高いレベルの政治的決意を持っていたということです。

最近の調査によれば、イギリスの15,000 の企業は、社会福祉的な目的を持って取引を行っています (注1)。 たとえば、50 万人近くの人々が、ソーシャル・エンタープライズに雇用されており、それは民間企業部門の総労働人口の50 人に1人に当たります。ソーシャル・エンタープライズはまた、年間180 億ポンドをイギリス経済にもたらしています。これに対し、イギリスの農業には50 万人の人々が携わっており、66 億ポンドを経済にもたらしています。

ソーシャル・エンタープライズに対する支援は現在、イギリス全土の再生事業政策の中心となっています。公共の利益を達成するためにビジネスによる解決策を利用しようとしている政府にとって、ソーシャル・エンタープライズは、「強くて持続可能な、かつ、社会包括的な」経済を創造する上で重要な役割を持っているということができ、政府は多種多様な方法でソーシャル・エンタープライズを支援しています。政府は、特に各省の調整と政策を通じて、ソーシャル・エンタープライズが活動しやすい環境をつくろうとしているのです。たとえば、通商産業省は2002 年にソーシャル・エンタープライズ・ユニットを設立し、新たなソーシャル・エンタープライズ政策に着手しました。これは、研修コースを設け、適切な財政資金をより容易に用意できるようにすることによって、ソーシャル・エンタープライズをより優れた企業としていくことを目的としています。イギリス政府はまた、ソーシャル・エンタープライズが財政的及び社会的に「最低限のラインを達成しているか」どうか評価する方法を確立することによって、ソーシャル・エンタープライズの存在価値を強調しています。更に政府は、ソーシャル・エンタープライズに対する認識を高め、成功事例を紹介しています。このようにソーシャル・エンタープライズの業績をたたえ、国民全体に宣伝することは、ソーシャル・エンタープライズが何をしているかという全般的な概念を一般の人々に広く普及させる上で重要な役割を果たしてきました。更に、ソーシャル・エンタープライズの可能性について地方自治体の理解を得、有能なソーシャル・エンタープライズとビジネスをする社会的意義について、担当職員の理解をさらに得られるよう推し進めるための大規模な取り組みが進行中です。現在ビッグ・イシューなどのいくつかのソーシャル・エンタープライズが広く知られており、以前よりその目的をつかみやすくなりましたが、ソーシャル・エンタープライズの活動は非常に幅広く、また様々なモデルがあるために、多くの人々にとってはやはりわかりにくいものとなっています。

ソーシャル・エンタープライズが実際に何をしているかに関しては、同じ調査によれば、33%が保健・社会医療事業(高齢者、障害者或いは児童の介護)に、21%がその他のコミュニティー、社会福祉または個人サービス事業(環境保護団体、治療団体、社交クラブ、芸能団体)に、20%は不動産またはレンタル業(大部分はソーシャル・エンタープライズ所有の不動産の賃貸、ビジネス上のアドバイスや支援の提供)に、15%は教育(IT 及び職業技術訓練)に、そして3%は卸売り/ 小売業(喫茶店、コミュニティー・ストア、チャリティー・ショップ)に携わっています。ソーシャル・ファームはサービス部門で最も活発に活動しており、ケータリング、園芸、印刷、リサイクル、梱包及び保管業などが代表的な業種です。

これまでの話にありましたように、ソーシャル・ファームはソーシャル・エンタープライズの中の特別な範ちゅうに属し、障害者やその他の非常に不利な立場にある人々など、すべての人々の中でも最も軽んじられている人々に、雇用の機会を与えるために存在しています。しかし、ソーシャル・エンタープライズよりも小さな下位組織であるソーシャル・ファームについて、その特色ある性格を十分に理解している一般の人々はおそらく少ないでしょう。けれども、障害者差別禁止法の導入以来、障害者の人権に対する意識はこれまで以上に大きく高まり、またすべての人々に有意義な雇用の機会を提供することの重要性に対する理解も以前より深まっています。それでは、イギリスでソーシャル・エンタープライズとソーシャル・ファームがどのように支持されているかについて、手短にお話しましょう。

ソーシャル・ファームは、活発な地域ネットワークとそれを全国レベルでとりまとめるソーシャル・ファームUK によって支えられています。この部門に対する政府の援助のほとんどは、ビジネス研修及びサポートを通じて行われています。財政支援の機会もあることはありますが、それは他の中小企業を対象とした支援と同じで、地域ベンチャー・キャピタル・ファンド(リスク・キャピタル・ファイナンス)、初期成長型投資信託、小企業借入保証、革新的なアイディアの探求のための補助金、研究開発助成金などです。恵まれないコミュニティーや、事業所有権の観点からみて弱い立場にあるグループの起業を推進する、政府による特別支援は、フェニックス基金を通じてなされ、ソーシャル・ファームUK のような仲介機関を通して行われます。ソーシャル・ファームUK は、他のソーシャル・エンタープライズのモデルの代表組織とともに、ソーシャル・エンタープライズに関するイギリス政府の活動を企画・実行する委員会すべてに参加します。これらの組織は2004 年、ソーシャル・エンタープライズ連合(SEC)を設立しました。SEC は、ソーシャル・エンタープライズに対する認識を高めるための数多くの活動(会議、年間表彰、マスコミ関連の活動など)を実施しており、ソーシャル・ファームはこれらの活動のほとんどすべてに参加しています。この部門に対する、宝くじを財源としない政府による資金援助の大部分は、ソーシャル・ファームUK やソーシャル・エンタープライズ・ロンドン、コミュニティー・アクション・ネットワークおよびソーシャル・エンタープライズ連合のような、ネットワーク仲介機関の特別なプログラムや活動に向けられています。

ソーシャル・エンタープライズやソーシャル・ファーム、また社会起業家自身は、多種多様な方法で資金を調達することができます。事業を始めるためには、慈善団体からの補助金のほかに、政府資金やヨーロッパ基金が利用できますが、この中には、Awards for All という宝くじを財源とする地域のコミュニティーを対象とした補助金プログラムや、主要な国営宝くじ基金であるビッグ・ロッタリー基金などがあります。補助金は短期間に限られ、特別なプロジェクトと結びついていることから、比較的制限が多く、また支払いが滞ることもしばしばあります。しかし、収益を生み出す活動を確立するまでの間、費用をカバーすることができます。これよりも柔軟な資金調達手段としては、営利企業がみな行っている、借入金やエクイティ・ファイナンスがあげられ、このような資金は大手の銀行もしくはチャリティー・バンク、コーポラティブ・バンク、トリオドス・バンク及びユニティー・トラスト・バンクなどの多数の社会銀行の一つから得ることができます。一方、従来のベンチャー・キャピタルによる資金調達はほとんどありません。これは財政上の利益を上げることが難しかったり、事業所有権にまつわる問題があったりすることによります。しかし、アドベンチャー・キャピタル・ファンドのような新たなソーシャル・ベンチャー・キャピタルが利用できるようになり、また補助金を提供しながら、事業の一層の効率化を図るために組織とともに活動する、投機事業慈善家の存在も見られるようになってきました。ソーシャル・エンタープライズの支援に焦点を当てている、イギリスにおけるその他の貸付専門機関としては、コーポラティブ・アクション・ローン・ファンドや、イギリス最大の慈善団体の一つであるエスミー・フェアバーン・ローン・プログラム、ICOF(訳者注:協同組合に対して融資を行う機関)、フューチャー・ビルダー(ボランティア・セクターの公共サービスを提供する力を強化することを目的とした政府基金)、地域投資ファンド、チャリティー援助財団のベンチャーサム・ファンド及びその他の数多くの地域の資金提供機関があげられます。

ソーシャル・エンタープライズは様々な法的形態をとることができます。たとえば、有限責任保証会社であり、かつ公認の慈善団体であるとか、株式非公開の個人会社または株式公開会社であるとか、或いはこの夏、ソーシャル・エンタープライズの特徴に対する認識を的確に高め、これまでのように投資から得られる収益に対してではなく(収益には上限があるので)、社会的な責任のある投資により強い関心を抱く投資家をひきつけるために、イギリス政府によって導入された新しい法的形態である産業共済組合、或いはコミュニティー・インタレスト・カンパニーなどがあります。

この手短な説明で、イギリスにおけるソーシャル・エンタープライズの様子について、それがどのようにして設立されたか、どのような形態をとっているのか、どのような活動をしているのか、そしてイギリス国民がこれについてどのように考えているのかということがお分かりいただけたかと思います。まだ始まったばかりではありますが、ソーシャル・エンタープライズがイギリス国民の生活及び経済においてますます重要な役割を果たすようになっていき、将来人々にとってごく身近な存在となるであろうことは確実だといえるでしょう。

※注1:イギリスのソーシャル・エンタープライズに関する調査?IFF リサーチ社による小規模企業カウンシルに対する報告書- http://www.sbs.gov.uk/SBS_Gov_files/press/PRE_SurveyofSEsacrossuk.pdf