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国際セミナー「世界の障害者インクルージョン政策の動向」

話題提供3
「ソーシャル・ファームの可能性を探る」

上野容子
東京家政大学助教授

私が出したテーマは「ソーシャル・ファームの可能性を探る」ということで今日はお話をさせていただきたいと思います。ここにいらっしゃる方は福祉関係者の方が多いとうかがっています。昨年、障害者自立支援法が施行されました。その法律をもとに障害者の福祉制度は今大きく方向転換をしたわけです。これまでの障害者は保護されるべき存在としてさまざまなニーズを持った人たちが一つの特定の施設や病院に集められて保護とか訓練を受けてきたわけです。そして施設は総事業費、総運営費として国の助成を100%近く受けてきたのが日本の福祉制度だと思います。今度の障害者自立支援法は、障害者も自立を目指すことを第一義として、そのための支援をするのが福祉であるという考え方が明確になりました。一気に考え方や施設機能が解体・変革されるというところで、現場にいる私たちは今、てんてこ舞い、混乱をしている状態です。

私は障害者が自らの人生や生き方を主体的に考えられ、夢とか課題を達成していけるようにこの法律を活用していける可能性もあると考えています。特に働く機会を奪われたり働く願いがかなえられていない人にとっては、希望が持てる可能性があると思っています。しかし重い障害を抱えていたり、働くことを望んでもそれがかなえられない人たちの生活が成り立たないシステムであってはならないと思っております。

これは今日のテーマとは別ですが、生活がかなうような所得保障というものを、自立支援制度と相まって相互に補足し合う制度がやはり必要であると考えております。

今日はソーシャル・ファームの普及・拡大を戦略的に検討していくセミナーですので、その対象者は、働くことができるのにその機会を奪われたり、願いを叶えることができない人、また重い障害を持っても何らかの働くことに参加したいと思っていても、それに参加できない人たちを対象に考えているということを最初に確認しておきたいと思います。人は誰でも、障害があっても、社会的な役割を担う一人の市民として、また労働者の一人としての権利が保障されていると同時に、またその義務もあると考えております。

次に、レジュメに沿ってお話をさせていただいておりますけれども、社会福祉関連施設の役 割を少しお話させていただこうと思います。 (参照「要旨」)

ノーマライゼーションからソーシャル・インクルージョンへの視点ということで、今日は炭谷先生から非常にわかりやすく、また深いお話をいただけたと思っております。障害を持った方々は、地域に受け入れられているかどうかとか、地域の人たちは障害者を理解して受け入れなければならないというような、障害者対地域の人たちという相対する関係ではなくて、社会的な役割を持ち、ともに地域を築いていく一員であるという意識を、すべての地域の人たちが持つということが、やはりソーシャル・インクルージョンの価値観を浸透させていく基本でもあり、最も重要なポイントであると思います。施設は、その考え方に基づいた活動や事業の拠点であるべきだろうと考えます。

少し施設の現状をお話したいと思いますが、今日のテーマに沿って、作業所と授産施設・福祉工場を含む社会復帰施設の現状ですが、資料をつけてございますので、ご覧いただきたいと思います。 (参照「日本の授産施設等整備状況」)

2005 年度8 月1 日現在の「きょうされん」の資料を載せさせていただきました。授産施設と福祉工場の利用者合計数は80,526 人となっております。全部算盤を入れました。作業所の利用者は88,050 人となります。合計しますと、168,576 人の方が、作業所や社会復帰施設に通っているということになります。これは、もちろん働くことを希望していない、今はここでゆっくりしたいという憩いの場として利用している方もいらっしゃったり、仲間づくりの場として利用している方もいらっしゃると思いますが、これだけの人たちがこれらの施設を利用しているということは事実であります。

次に、現状の一端をお伝えしようと思いますが、私が長い間活動しています豊芯会の活動からお話をしていきたいと思います。先ほど、炭谷先生に年賀状のご注文をいただきまして、本当に身に余るお誉めの言葉をいただきまして恐縮しておりますが、私たちは、差し込みの資料を入れておりますのであとでゆっくりご覧いただきたいと思いますけれども、1978 年から精神障害のある方たちの地域の受け皿として活動を開始してまいりました。1993 年に、その方たちの働く場としてハートランドひだまりをオープンしました。利用者の定員は20 名、スタッフ数は常勤3 名、非常勤3 名、ボランティアが1 日平均1 名から2 名の構成で行っております。 (参照「豊芯会/ハートランド組織図」)

事業内容は、近隣地域の高齢者や障害者で、食事づくりが不自由な人たちに、手作りの家庭料理を宅配する仕事をしています。このニーズが高い地域であることは、以前からリサーチをしておりました。調理・配膳・洗い物・宅配の仕事と、飲食店も一緒に、16 席ほどのお店をオープンしたので、その接客の仕事が、このハートランドひだまりをオープンしたことによって生み出されました。

この仕事に従事した精神障害者の実人数の総数は、2002 年までの10 年間で366 人です。宅配した食事数は89,644 食となっています。今現在の作業所の補助金ですが、年額約2,600万円です。それに対して、年間売上、多少ばらつきがありますが、だいたい1,400 万円ほどです。そうしますと、売上は総収入の33.9% くらいです。ソーシャル・ファームの50% の売上には残念ながら達しておりません。しかし、目標達成が困難な数字ではないと私は思っております。目標達成していくためにはもちろんさまざまな工夫と改善が必要であると思っております。

精神障害者の働く場として事業化したハートランドひだまりの仕事が実績として認められて、2001 年から豊島区の委託事業としてひだまりの宅配の仕事に加えて、豊島区一人暮らし高齢者配食事業という新たな委託事業が生まれました。こちらは、1 日平均70 ?80 食を作り、日曜祭日のみのお休みなので、1 年間でかなりの仕事の日数なのですけれども、1 年間で約2 万食ほどを宅配しています。

ここは、精神障害者の働くことを支援する福祉作業所ではなくて、ここで働くことの可能な精神障害者を雇用している事業所としました。つまり、働いている精神障害者の方々は、最低賃金をクリアしているということになります。補助金はいっさい受けておりません。ただし、関わっているスタッフの人件費をそこだけから捻出しているわけではなくて、社会福祉法人豊芯会の本部から、1,200 万円ほど捻出しております。

今度、介護保険制度が一部改正になりまして、利用対象者がまた変わるといった状況も発生し、ビジネスというのは常に需要と供給のバランスを考えていかねばならない不安定さとか厳しさがあるということも、近々、実感しているところでございます。

検討課題も多いのですが、ハートランドひだまりの作業所の高齢者や障害者に向けた家庭料理の宅配サービスが豊島区の委託事業につながっていったことや、2000 年度からは高齢者の介護支援事業所と高齢者・障害者のホームヘルプサービス事業所につなげて、その事業も始めました。また、お隣にいる伊野さんのクロネコヤマトのメール便の仕事を、宅配と一緒に開始しようというふうに、今準備を進めているところです。このように、地域に貢献できる仕事を、ひだまりの宅配の仕事からいろいろな仕事を創出できてきた意義は大きいと考えています。働いている精神障害者も、一人一人が働くことに生き甲斐と誇りを持つようになってきていることは、私たち、身近に一緒に働いていて、十分に感じ取れています。

わが国の場合、障害者が働くときには訓練やリハビリテーションが先に試みられることが多いのですが、それ以前に、働ける仕事を通してやり甲斐を感じたり、自分の役割を認識できたり、さらに夢や希望や課題が見えてきますので、そこに向かって主体的に自らが新たにそれを達成するための技術を高めたり、働く日数を増やしたりというふうになっていく、そのプロセスがとても大事だろうと思っています。そこに、初めて必要な訓練やリハビリテーションというのが重要な意味を持ってくるのだろうと思っております。ソーシャル・ファームは、リハビリテーションの視点で考える以前に、あくまでも障害者の持っている力に注目して、その働くチャンスと場を作り出していく事業として継続・発展させていくものであると私は考えます。

次に四番目ですが、障害者の働く機会と場の創出というのは、全国的にも私たちのところだけではなくて、もちろんさまざまな試みがされております。炭谷先生のお書きになりました「ソーシャルインクルージョンと社会起業の役割」にもいくつもの事例が掲載されておりますけれども、精神障害関係では本格的に事業化に向けて取り組んでいるところはまだまだ少ないのが現状かと思います。

でも、そういうなかでも、栃木県でホテルを経営している、はーとぴあ喜連川、島根県出雲市で天然酵母のパンの製造販売や清掃などの事業を手広く展開している社会福祉法人桑友、ここは出雲市駅前のイオンの大きなビルのなかに店舗も構えております。富山県の「おわらの盆」で有名な八尾町で、八尾のまちおこしプランづくりに商工会議所とタイアップして取り組んでいる、すみれ福祉会、ここは作業所なのですが、作業所補助金が少ないということもあり、まちづくりプランに関する助成金をインターネットで毎日、精神障害の当事者の方が調べて申請をしたりしています。また近隣の農家の自家作物の販売も委託されて行っていたり、おわらの盆がある間に、おわらの盆に関するグッズ製品を、2 日くらいの間に300 万ほど売り上げてしまうというような商売にも取り組んでおります。北海道のべてるの家は余りにも有名ですが、精神障害者が自ら講演会などで体験を語って報酬を得る講演料とか、べてるの家の活動のビデオとか、それを販売したり、本の出版などをしてかなりの事業収益をあげています。

最初にお話ししました障害者自立支援法の制定によりまして、授産施設や作業所の今後の方向性の一つとしてのソーシャル・ファームの事業展開は、今、皆さんそれぞれ必要に迫られているのではないかと思います。

そのためには、同じ目的を持っている事業体同士のやはりネットワークづくりが今早急に必要ではないかと強く感じております。そして、行政に対しましては、やはり日本版ソーシャル・ファームというものがどんなものなのかということを検討したり、専門家の方たちにも結集していただいてこのソーシャル・ファームが事業として成功していくための検討会をぜひ立ち上げていただきたいなと強く思うところです。

最後に、今日お話いただきました、ゲーロルド・シュワルツさんと、スチュアート・マッケンジーさんに、本当に遠いところをいらしていただきました御礼と、それからシュワルツさんには、日本の制度、支援システムをこれから作っていかなければいけないわけですけれども、ヨーロッパで作り上げていく時のプロセスを、少しお話いただけるとありがたいと思います。それから、マッケンジーさんのお話は、本当にお体を壊されて、そこから、お金が一銭もないところから立ち上がったというお話、たいへん感動して聞かせていただきました。そのお仕事を成功させていくにあたりまして、さまざまな支援を受けたというお話が、何回かお話のなかに入っておりましたけれども、もう少し具体的に、アクアマックスのお仕事を発展させていくために、どんなふうに具体的にそのお金が活用されたのか、どんな援助を受けられたのかを具体的にお話いただけるとありがたいと思います。私のお話は終わりにさせていただきます。