音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

地域に根ざした共生社会の実現 CBID事例集

社会福祉法人 一麦会 麦の郷

(和歌山県和歌山市)

キーワード 地域の困りごと、多角的展開

「ほっとけやん(放っておけない)」という言葉をキーワードに、地域で「困りごと」を抱えて暮らしている人たちのニーズに応える運動・実践の中で発展してきた。住民の、自身が生まれ育った地域で健康に生き老いたいという願いを実現するために、住民・当事者・麦の郷職員・当該自治体等が連携し、地域づくりをめざしてきた。乳幼児期における障害の早期発見後の早期療育と親の育ち(エンパワメント)、学童期さらには義務教育中の放課後支援、さらに支援学校卒業後や精神障害のある人々の働く場や住む場を、当事者自身の力で築き上げることを目的として展開してきた。

◆背景

5つの運動の流れが合流。1つは共同作業所運動で、教育権保障運動と養護学校卒業後の進路保障問題から始まった。2つ目は精神障害者の社会復帰運動で、精神病院に入院する以外の、地域に行き場がない状況を改善するための運動。3つ目は障害乳幼児の発達支援運動で、発達保障の理念をくんだ乳幼児健診に学びながら、制度を整えてきた歴史からきている。4つ目は不登校の子どもたち、ひきこもりの青年たちの居場所づくり実践。5つ目は地域の声に応えた高齢障害者支援として「高齢者協同組合」を設立した運動。

◆事業概要

無認可共同作業所を出発点に、障害者、障害児、不登校児、高齢者の問題に取り組む総合リハビリテーション施設として、幅広い事業展開を行っている。

写真 麦の郷

写真 精神科病棟の鉄格子
解体されたかつて県内のある精神科病棟の鉄格子。自らの力で鎖を断ち切り、社会的自立へ向う強い気持ちをこめて

地域の基礎データ

●カバーする地域:和歌山市、紀の川市、岩出市を範囲とする(地方都市)

●人口:カバーする地域全体で約50万人

●地域の課題:就労移行支援、グループホーム、ケアホームの基盤は不足しており、今後整備が必要となっている。また障害のある児童のサービスについては、居宅介護事業所は増えているが、短期入所事業所は少なく、医療的支援の必要な児童についても、医療機関などへ事業の実施を働きかける必要がある

■設立年

1977年、たつのこ共同作業所を設立。1989年、社会福祉法人 一麦会として法人化。

■事業内容

●事業の目的:障害者のみならず、地域で「困りごと」を抱えて暮らしている人たちのニーズに応える。住民の、自身が生まれ育った地域で健康に生き老いたいという願いを実現する。

事例2 図1(図の内容)

●事業の目標と対象者:高齢者、身体障害者、精神障害者、知的障害者、障害児、発達障害者、ひきこもりや不登校の青年、その他ユニークフェイスなどマイノリティ。

●関係当事者:地域住民と障害者やその家族、福祉現場職員、行政担当者。

●事業の主な財源:補助金(障害者総合支援法)、寄付金、事業売上など。

●実施したこと:1977年に「自分の教え子の卒業後の進路を」という、聾学校教員の切実な願いから生まれた「たつのこ共同作業所」から出発。1987年、精神障害者の「僕たちにも働く場を」との要求が強まり、「共同作業所いこいの家」が誕生。また「発達保障」の実現のため、就学前の療育の場としての「こじか園」を設置し、2004年からは学齢期の障害のある子どもたちの放課後の遊びの場、家でもない学校でもない第三の場の保障をめざした学童保育を実施。現在は12の共同作業所および1つの就業・生活支援センター、6つのグループホーム・ケアホーム、4つの生活支援センター、2つの高齢者向け支援センター及び看護ステーション、3つの障害児向け施設の運営に携わっている。その他に6つの協力事業所があり、障害者向け共同作業所だけでなく、ひきこもり者支援センターや高齢者向け多目的スペースなどがある。さらに付設の研究所、相談所、研修施設、宿泊施設、連携施設や関連事業など、幅広い分野で地域の“困りごと”に取り組んでいる。スタッフ数は全体で約200人。

事例2 図2(図の内容)

写真 クリーニングの作業風景。
クリーニングの作業風景。
契約病院のリネンや白衣が主です

写真 麦の郷で作られる製品。
麦の郷で作られる製品。六次産業化を目指す
麦の郷は、商品の販路を地域に広げています

■特徴

■住みよい地域を築き上げる

障害者やその家族が必要だと感じた地域での「場」やサービスを求める運動から始まっており、その時々の社会や時勢に合わせた必要性に対応する形で活動の領域を広げてきた。そうした経緯から麦の郷の活動は特定の分野に特化したものではなく、CBRマトリックスに挙げられる多くの分野を包括するものである。また活動範囲も障害のみに特化したものではなく、高齢者や引きこもりの青年の支援など障害分野での経験を活かし、「困りごと」のある全ての人が地域で暮らせることをめざして複合的な支援をしている。

具体的には、障害のある子どもが教育の機会が得られるように養育園を設置、障害者の就労機会を増やすために共同作業所や福祉工場などの運営、ひきこもりや不登校の青年が活躍できる場として古民家を活用したカフェの経営や文化・芸術活動、心身の健康を保つために訪問介護サービス、ピアカウンセリングができる相談窓口を設置、地域に住み続けられる場の確保としてグループホームの運営、独居高齢者の交流の場を作るための居場所(みんなの家)などを開設した。

■ほっとけやんネットワークの充実

障害者やその家族が主体となっており、それを支える地域や行政の役割は麦の郷全体の活動にとって欠かせないところとなっている。寄付や補助金、固定資産などを管理し、各事業に投入する経営的役割は麦の郷事務局が担っているが、活動そのものの運営は、麦の郷職員だけでなく、障害者や家族などの利用者や地域ボランティアが主導している。

■地域を盛り上げる担い手

麦の郷で出会い結婚した障害のある人が主人公となる映画「ふるさとをください」の制作においては、映画の舞台となった町の街づくりを行う人たちが、この映画を創り上げるために力を尽くした。その後、築100年を超える古民家の提供があり、ひきこもる若者たちのカフェが始まった。その場は地域の文化や芸術の交流の場となり、絵画展や地元高校生のバンド活動や音楽祭等が取り組まれている。さらに現在、他法人との連携によるアートの作業所の運営も考えており、素晴らしい芸術の力をもつ障害者の活動を通して文化豊かな地域を築き上げたいとしている。また年2回開催される地域でのイベントを通じて、交流の機会が提供されている。交流を通じて障害者施設が社会から隔離されたものではなく、地域と一緒になって、地域を盛り上げていく担い手であるという理解が広まっている。

事例2 図3(図の内容)

写真 地域の方々とのお祭り風景。
地域の方々とのお祭り風景。地域住民、行政、なかま達が働く作業所の夜店が夏の夜を盛り上げます

■行政へのアドボカシーとパートナーシップ

行政機関(和歌山市)や地元社会福祉協議会等との連携や、地域住民へのビラ配りや説明会などの障害への理解を広げる取り組みは、発足当時から積極的に行ってきた。こうした働きかけにより、和歌山市では1987年に県下で初めての精神衛生相談員(当時、現在の名称は精神保健福祉相談員)が採用された。さらに1995年に和歌山市精神保健福祉業務連絡会議が設置され、官民協働して精神保健福祉業務に取り組み、業務担当者連絡協議会での勉強内容は市の精神保健行政の方向性に大きな影響を与え続けている。その後も地元自治会との合同提案が和歌山市の災害時要援護者対策事業の発足に結びついた事例など、官民が指導する・される、助成する・受けるという立場ではなく、障害者を含む地域住民が暮らしやすい環境を作り上げる対等なパートナーという関係性が作られてきたことを示すものである。

現在和歌山市内には、相談支援事業所が市内に6か所(平成24年4月現在)あり、障害の種別を問わずに、地域で身近に相談できる。また各相談支援事業所が相互に緻密な連絡をとることができるネットワークは、地域から排除される障害者を早期に発見し、地域生活を保障することを可能にしている。

◆変化したこと

●地域はどう変わったか

グループホームに住む障害者を、地域の自治会や借家協会は「安心できる人たち」として高く評価している。障害者によるロックグループや「麦の郷踊り隊」に対し、さまざまな行事で演奏や舞踊の求めがある。地域住民にとっては、麦の郷がある街(地域)を当たり前と受け入れるだけでなく、むしろ多様な人々の暮らせる街(地域)としての誇りにつながっている。行政とは勉強会などを通じてともに学び、取り組む土壌が形成されており、麦の郷が和歌山市の福祉行政にとって欠かせない一役を担う体制となっている。

障害当事者やその家族、もしくはさまざまな「困りごと」を持った人々が、地域で暮らしていくために必要なサービスや施設を求める運動が収斂されたものが、麦の郷の土台となっている。麦の郷は、その「困りごと」のある人たちと地域や行政などが結びつける役割を担ってきた。さまざまな活動の場であると同時に、地域の中でそれぞれが活動を開始するための「きっかけ」として存在し、その必要性に応じてさまざまな活動が、「困りごと」を持った人々自らの手や地域住民などによって主体的に展開されている。

 地域で暮らしていくために必要な施設やサービスを求める運動として障害当事者やその家族が主体となったものが、収斂されたのが麦の郷の土台となっている。地域の中で周縁化された障害者や「困りごと」のある人が地域や行政などと結び付く役割を、麦の郷が担っている。活動は、あくまでも障害者や地域、行政が主体となって実施するものであり、麦の郷はそれらをつないで、活動を開始する「きっかけ」として存在する。そのためどのような活動が必要であるかは障害者や地域の必要性に基づいており、その活動内容は多岐にわたる。

●障害者はどう変わったか

麦の郷で働く障害者は、多くの者が法律婚や事実婚を行い暮らし、パートナーと共に人生を送っている。古民家を活用したカフェではひきこもりの青年が積極的に経営企画に参加するようになった。古民家を活用した居場所では、カラオケをはじめとしたイベントに多くの高齢者が参加して交流の場となり、体を動かすことによって健康促進にもつながっている。

■課題と展望

麦の郷は、地域住民が生活する上で必要に迫られた課題を達成することをめざしてきており、今後も地域で、障害のある人やその他の生活上の課題をもつ人が社会に参加する上で必要となる実践を常に開拓していく。具体的には、地域で六次産業化をめざす取り組みを通して、さらなる職場開拓を進めていることなどが挙げられる。また地域文化を活用した居場所や交流拠点としてのカフェの運営等により、障害のない人・障害者、ひきこもる若者とその他の若者が地域生活を共に創り上げる取り組みを進めている。精神障害者が24時間、365日安心して暮らすことが可能な地域づくりとして、アウトリーチを含む重度障害者の集中的地域支援システムを創り上げることが必要だが、現在の精神保健福祉行政との関わりではそれほど簡単なことではない。他方、社会福祉制度や政策との関わりで、非常勤化や低賃金が余儀なくされる福祉現場を希望して入職する若手職員の減少は全国的な課題となっているが、麦の郷においても、その理念と地域住民と共に発展させ実現するための職員の確保が課題となっている。

■CBRマトリックス使用による分析

◆設立当時、めざしたこと(たつのこ共同作業所設立当初)

障害者の働く場所として家族が中心となって始まった共同作業所だが、同時に地域住民の理解を得るための活動にも取り組んできた。

事例2 図4(図の内容)

◆現在の活動状況(事業の多角化)

障害の種別・有無に関わらず全ての「困りごと」のある人を対象として、ライフステージの全てにおいて対応してきたことによる、全人的な支援事業を実施している。

また、地域住民の自主運営に任せた高齢者の居場所づくり、ひきこもり青年たちの企画によるカフェ経営など、「困りごと」のある本人たちや地域住民に活動の運営を委ねるという手法も興味深い。

事例2 図5(図の内容)