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地域に根ざした共生社会の実現 CBID事例集

一般社団法人 草の根ささえあいプロジェクト

(愛知県名古屋市)

~社会的包摂 困りごとささえあい隊「猫の手バンク」~

キーワード 社会的孤立、アウトリーチ

重複した困難を抱えている当事者や、それを支える支援者へのインタビュー調査から、生きづらさや困りごとを抱える人の多くが、経済的困窮と関係性の困窮をあわせ持っていることがわかった。調査の分析結果からは、それらの方々が既存の社会サービスや福祉制度の対象から排除されることで、共通の過程を経て社会的孤立に陥ることが判明した。この知見から、何より生きづらさや困りごとを抱える本人のニーズに立ち、信頼関係を構築するための伴走(寄り添い)型支援を持続的に提供することで、社会的孤立を原因とする貧困問題の解決をめざす、アウトリーチ型の生活支援事業が「猫の手バンク」である。

◆背景

①既存の社会サービス・福祉制度がカバーする、社会的課題から排除されていること

②関係性の困難さゆえに、いずれの援助的なコミュニティにもつながらないこと

この2点により支援の網の目から漏れて社会的孤立を余儀なくされている人たちの存在を見過ごせないことと、こうした社会的孤立から貧困に至るプロセスについての問題意識が事業の起点となっている。

◆事業概要

生きづらさや困りごとを抱えている人たちの生活圏へと出向き、具体的な問題解決のプロセスを“応援”する。「より身近な日常の困りごと」からスタートし、段階的・継続的に提供する伴走(寄り添い)型支援を行うことで、本人たちが社会的孤立に陥るプロセスを早期の段階で防ぎ、地域の見守りの中で、エンパワメントにつなげている。

写真 カフェスペース
猫の手バンクの利用者とサポーターが集うカフェスペース。普段は、サポートを受けるだけの利用者が、カフェの下準備や調理を担ったりすることもあり、居場所と小さな役立ちの場になっている

写真 公開ミーティング(草ラボ)
誰でも参加でき、話し合いたいテーマを出すことのできる、公開ミーティング(草ラボ)。話の得意な人に発言が集中しすぎないように、ぬいぐるみを持った人が順番に自分のことを語る時間を設ける

地域の基礎データ

●カバーする地域:愛知県名古屋市(政令指定都市)

●人口:市内人口 約225万人。うち全国平均で約16%が相対的貧困

●地域の課題:地域コミュニティの衰退と支援ネットワークの脆弱さ

■設立年

2011年、任意団体として発足。2012年、一般社団法人化。

■事業内容

●事業の目的:誰もが社会的孤立や貧困に陥らない社会をめざす。

●事業の目標と対象者:経済的困窮と関係性の困窮のループから、社会的孤立や貧困に陥っている人・陥ろうとしている人が対象。それらの方が、周囲の無理解から起こるコミュニケーションのトラブル、また排除の経験を繰り返し、“孤立”から最悪の場合“自死”へと陥ってしまう前に、「身近で日常的な困りごとの応援」を切り口にして、コミュニティにつなぎとめる。対象者が他者を信じ、人との関係性を築いて社会から孤立しない状態を、自らつくることができることを目標とする。

●関係当事者:さまざまな重複した課題を抱える本人(発達障害者、精神障害者、知的障害者、難病患者、アルコール依存者、薬物中毒者、虐待被害者、DV被害者、若年無業・無職者、不登校・いじめ経験者、セクシャルマイノリティーなど)

  • 本人と社会との間の「通訳機能」を果たす、メインボランティアスタッフ
  • メインボランティアスタッフを支え、同行・訪問支援を行うサブボランティアスタッフ
  • 課題解決のための専門性を有する各種支援機関
  • 自治体(愛知県、名古屋市)
  • 多分野横断型支援ネットワーク(インフォーマルネットワークなごや)メンバー
  • 本人を取り巻く近隣住民、地域コミュニティ

●事業の主な財源(「猫の手バンク」財源):助成金(2013年度)、会費、寄付

●実施したこと

  • 生きづらさや困りごとを抱え、社会的孤立の危機に瀕する本人の存在を把握する(発見機能)
  • 本人のもとに駆けつけ、傾聴を通じて個人的な信頼関係を構築する(アウトリーチ機能)
  • 本人の抱える生きづらさを社会に伝え、理解者や応援者を増やすための仲介を担う(通訳機能)
  • 生活の困りごとを解決するため、家庭訪問や各種機関への同行を行う(訪問・同行機能)
  • 課題解決のための専門性を有する外部支援機関・支援者と連携する(ネットワーク機能)
  • 専門機関や既存のサービスではカバーできない応援を地域コミュニティに求め、それでも足りない資源は、地域で工夫し創っていく(インフォーマル機能)
  • 徐々に役割を地域コミュニティに委譲し、包摂的な見守り体制をつくる(見守り機能)

事例3 図1(図の内容)

■特徴

■社会的孤立と貧困問題への新たなアプローチ

社会的孤立についての勉強会に集まった、さまざまな立場のボランティア(各分野の支援者、障害の当事者、行政職員、会社員、研究者など)が、活動のコアな担い手になっている。支援対象となる当事者像・解決すべき課題を、丁寧なヒアリング調査と分析を通じて正確に把握しており、把握した課題の実践においては、NPO法人起業支援ネット主宰の「起業の学校」で学んだ手法(想いの醸成、共同学習、社会実験)を活かし、活動理念を軸とした事業を実践している。

■通訳機能とアウトリーチ

経済的困窮にある当事者の多くが、コミュニケーションがうまく取れないことで孤立のループに陥るという「関係性の困窮」を重複していることから、通訳機能とアウトリーチを通して3つの役割を果たし、既存の社会福祉制度や近隣住民などの地域コミュニティとの関係性をつなぎ直している。

① パーソナル・アシスタント<個人に寄り添って、身近な課題を一緒に解決する>
② アドボカシーとコミュニケーション<社会と本人との、関係性の構築支援>
③ スキル開発<他者や地域と効果的につながるための、スキルの開発援助>

■社会資源のネットワーク化

「猫の手バンク」はあくまでもアウトリーチ装置であり、そこで果たされているのは、通訳機能であり関係性のつなぎ直しである。具体的に個々の生きづらさや困りごとを軽減し解決していくためには、多様な専門性が必要となる。それらを担うのは、それぞれの分野の既存のサービス主体や地域コミュニティとなるため、「愛知県新しい公共事業『社会的包摂に関わる協働ネットワーク事業』(2011年6月~2012年3月)」で開発した「できることもちよりワークショップ」を各地で開催することで、数多くのNPOや各種団体、行政等との連携体制を意識的・意欲的に構築している。

事例3 図2(図の内容)

名古屋市からの委託事業である「子ども・若者総合相談センター」事務所の一角に貼られたポスター大の似顔絵メッセージ。プロボノ集団に近い形で活動がスタートした「草の根ささえあいプロジェクト」には、下の団体ロゴマークをデザインした渡辺代表理事をはじめ、講演等の要約筆記のスペシャリストやツイッター中継の達人、システム構築のできるエンジニアや資料作成を専門とする行政職員、裁縫の名人など、一芸に秀でたスタッフが集まっている。それぞれの「できることをもちよる」スタイルが活動の多様性と継続性を支えている。

写真 できることもちよりワークショップ
複数の困りごとを抱えて孤立している人のために、一人ひとりが「自分のできること」を出し合い、みんなで解決方法を考える「できることもちよりワークショップ」

ロゴマーク 草の根ささえあいプロジェクト

■波及効果(モデル化できること)

2011年の発足以降、「草の根ささえあいプロジェクト」はめざましい進化を遂げてきたが、どの事業においても、①まずは相手のもとへ駆けつけ ②徹底的に傾聴と対話を重ね、信頼関係を構築した上で ③適切な専門的支援や地域のコミュニティへとつなげていく、という一連の取り組みがなされている。この手法をモデル化するには、その根底にある理念=「既存の制度や常識の枠組みに当てはまらない方を決して排除しない」「どんな方も、あらゆる社会資源の活用や創意工夫のもと必ず応援しきる」というマインドを持つことが、まず何より重要である。このマインドを地域に浸透させ、同じ思いを持つ仲間を募るためには、ファシリテーション技法を取り入れた、開かれた対話の場(ワークショップ)の開催が必要となってくる。その実践の一つが「草の根研究会~草ラボ」と呼ばれる、公開ミーティング&研究の場であろう。メンバーが持ち回りでファシリテータを務めるこの会では、さまざまに立場の異なる参加者全員が、他者との対話を通じて何らかの気づきを得ることができる仕掛けとなっている。そこには社会的弱者と呼ばれる立場の方も多く参加し、自分の生きづらさと直結する社会の課題について、自らテーマ設定する主体者になることもできる。多様性の中で傾聴と対話を重ねることで、主体的な意識変革や他者への信頼を醸成する“場づくり”が、「草の根ささえあいプロジェクト」の取り組みの真髄と言えるのかもしれない。

■課題と展望

現状の課題は、孤立する本人が相談につながる経路として、「子ども・若者総合相談センター」など支援機関からの「リファー」が中心になっている点である。重複した課題を抱える人たちに直接間口を広く設け、早期発見につなげるためには課題の多様性と困難さを受け止める、マインドとスキルのあるボランティアの育成、またそのボランティアをマネジメント&スーパーバイズできるコーディネータ一人材の確保が何より重要となってくる。その人材の確保や育成の方法、また名古屋市全域をカバーするだけの人数を備えたボランティアバンクの仕組みの確立には、まだ届いていないのが現状である。そのために現在、名古屋市との協働によるボランティアバンクの取り組みをスタート準備中である。公的な資金を財源に、一般市民が地域のサポートの担い手となる先進的な取り組みを成功モデルとすることが、今後の展望として期待される。

◆変化のストーリー

●本人への働きかけ

「草の根ささえあいプロジェクト」による本人への働きかけは、何をおいてもまず相手のもとへ駆けつける、というところから始まる。生きづらさや困りごとを抱える本人の居所に幾度となく足を運び、直接顔を合わせ、徹底的に傾聴と対話を重ねることで、まずは一対一の、そして次第に一対多の信頼関係を慎重に構築していく。信頼関係ができて初めて、問題解決に向けての「応援をさせてもらうことができる」というのが、渡辺代表をはじめとする支援スタッフに共有されている信念である。したがって「草の根ささえあいプロジェクト」の活動は、“支え・支えられる”という一方が優位に立つ関係ではなく、何に困りどのような問題を抱えていることが自分の生きづらさにつながっているのかを本人が自覚し、問題を解決したいと考えられるよう、同じ目の高さで寄り添い、見守り、応援するという対等な関係性に基づいた支援である。

実際、家族とも地域社会とも完全に孤立している状態での電話から「猫の手バンク」につながり、さまざまなプロセスを経て地域の見守りが行き届いた一人暮らしを実現するまでに至っている利用者の一人は、「自分のことを応援してくれる人が増えた。今度は『草の根』メンバーが自分にしてくれたように、自分が“ささえあい”を必要としている人を応援する手伝いをしたい」と抱負を語れるまでに自信を回復し、自立した暮らしへの一歩を踏み出している。

●地域への働きかけ

「草の根ささえあいプロジェクト」に寄せられる生きづらさや困りごとの相談は実に種々雑多である。問題が把握され本人の気持ちが解決に向かうまでの間の寄り添いは、ボランティアスタッフにより根気よくなされるが、具体的な問題解決から先の過程では何らかの専門性を持つ機関や団体に適切につなぐことが求められる。ほとんどすべての相談は、公的サービスや支援制度の網の目からこぼれ落ちてしまったニッチな問題を、場合によっては重複して抱える方々からである。それらを網羅的に受け止めるため、あらゆる立場の人にオープンなワークショップ型勉強会「草の根研究会~草ラボ」を定期的に開催するなどして、100を超える支援団体だけでなく市民ボランティアやプロボノ、実際に何らかの困りごとを抱えている人、福祉に関心を抱く学生等々、多様な人々による包摂型ネットワーク「インフォーマルネットワーク名古屋」を形成している。

これらのネットワークを介して、ある一定段階から先は、「草の根ささえあいプロジェクト」は中間支援としても機能している。訪問調査時に緊急対応を要した、行き場を失ったホームレスの若者の案件は、生活困窮支援に高い専門性をもつ市内のNPO法人やその他行政・福祉サービスの複数の支援者、そして猫の手バンクのボランティアとで連携していくこととなった。本人主体の伴走型支援の典型である「草の根ささえあいプロジェクト」だが、一番の役割は当事者と地域コミュニティをつなぎ、本人を支え続けるチームを本人の周りにつくることである。「二度と孤立しないように、地域の人とつながり愛される存在になったら、私たちは徐々に引いていく。私たちの役割は、人間関係構築のための、おためし期間」という渡辺代表の言葉からも、徹底した黒子精神がうかがわれる。

■CBRマトリックス使用による分析

◆「猫の手バンク」が直接行う支援

「猫の手バンク」が、アウトリーチにより直接担っている項目は 1)パーソナル・アシスタント 2)アドボカシーとコミュニケーション 3)スキル開発 の3つである。

まず本人の生活圏に出向き(アウトリーチ)、本人が一番解決したい問題に寄り添っていくプロセスの中で、長く他者やコミュニティとの関係を閉ざして孤立していた方が、人とつながるための自信や言葉、コミュニケーションや生活のスキルを身につけていく。

事例3 図3(図の内容)

◆「猫の手バンク」を仲介にして、地域につないでいく支援

3つの項目(図:紫色)を丁寧にカバーすることで、本人を取り囲む社会資源は急速に広がっていく。今まで孤立してきた方が他者を信じるようになり、猫の手バンクの同行支援のもと、他人との関係性を築きながら、複数の支援機関や地域の応援(図:緑色)、また専門性の高いサポートを行う機関(図:赤色)とも関係を持てるようになる。そのことにより、本人自らの力で地域の『コミュニティ』(図:黒色)を動かすことができるようになるエンパワメントが、最終的な成果である。

事例3 図4(図の内容)