音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

地域に根ざした共生社会の実現 CBID事例集

東近江圏域働き・暮らし応援センター“Tekito-”
(東近江圏域就業・生活支援センター)

(滋賀県東近江市)

キーワード 出会い、企業ネットワーク

“Tekito-”では、480社に及ぶ企業・事業所と連携し、障害のある人やひきこもりの人の就労と生活の支援を行っています。そして、市民活動が活発な東近江の地域特性を活かし、さまざまな企業・事務所・市民活動と出会う機会を創り出しています。これらの出会いを通じて、障害分野以外の地域課題にも取り組んでいるのが“Tekito-”の特徴です。

◆背景

活動地域である東近江市は、「三方よし」の考え方のもと、以前から行政とも協力した市民活動が活発な土地柄である。しかし、障害者だけでなく経済的困窮や社会的孤立に陥る若者の増加をはじめとして、日本の多くの地方都市と共通する地域課題を抱えている。

◆事業概要

働き・暮らし応援センター“Tekito-”は2006年に開設。国の制度でいう「障害者就業・生活支援センター」と同じ役割を担っている。つまり障害のある人たちに、就業やそれに伴う日常生活で必要な支援を提供している。具体的には、障害のある人たちの就労や生活に関する相談・助言、障害のある人たちを雇用する企業・事業所への相談・助言を行う。個別の相談・助言だけでなく、障害のある人たちの就労生活を地域で支えるための仕組みの形成にも意識的に取り組んでいる点が一つの特徴である。

写真 葉刈作業
地域の図書館での葉刈作業の丁寧な仕事に地域もびっくり

地域の基礎データ

●カバーする地域:滋賀県東近江市(地方都市)

●人口:約11万4千人

●地域の課題:障害者の就労、ひきこもり、地域医療・地域福祉、環境問題、里山保全、少子高齢化

■設立年

2006年、開設。

■事業内容

“Tekito-”の利用者を障害種別でみると、知的障害が最も多いが、そのほか身体障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害と多岐にわたっている。ただ、障害の有無は別として、利用者の大きな割合を占めるのが、長期にわたる引きこもりで社会的に孤立した状態にある人たちである。

このような多様な人たちを対象として、“Tekito-”では、求人開拓、紹介後のアフターケア、生活相談など、就労生活に関わるあらゆる局面での支援を提供している。その中でも特に、「就職するまでの支援」に力を入れているという。

ここでいう「就職するまでの支援」とは、利用者が企業・事業所での見学→実習→就職と、スモールステップを踏んで就業準備状況を整えていく支援を指している。就労経験がない障害のある人や長期間ひきこもっている人が、まずは「企業・事業所を見て家庭や学校との違いを知る」という、とても小さなステップから就労へ向けて踏み出すことができる。

このようなスモールステップでの支援を実現するため、“Tekito-”では、関係する企業・事業所を「見学事業所」→「実習事業所」→「雇用事業所」と、障害者雇用の理解度や経験度ごとに段階を付けて分類し、それぞれの段階に合った役割で就労支援に活用している。

加えて、見学・実習の受け入れや障害者雇用の実施といった直接的な支援だけでなく、障害のある人たちの「働きたい」気持ちを知っていることも大切な応援の一つと位置付け、「働きたい」気持ちを応援するステッカーを地域のさまざまな場所に掲示してもらう活動も行っている。

以上のような事業内容からわかるのは、「障害のある人やひきこもりの人が企業・事業所の仕事と出会うこと」や「企業・事業所の人たちが障害のある人やひきこもりの人と出会うこと」、そして、「地域の人たちが障害のある人や引きこもりの人の働きたい気持ちに出会うこと」といった、「出会い」のコーディネートに“Tekito-”が力を注いでいるということである。

事例9 図1(図の内容)

■特徴

前項で述べた「見学事業所」→「実習事業所」→「雇用事業所」という段階付けは、障害のある人たちや引きこもりの人たちが支援を利用する際のスモールステップになっているだけでなく、受け入れる企業・事業所にとっても障害者雇用を実現するまでのスモールステップとして活用されている。

障害のある人に働いてもらうというイメージを全く持っていない企業にとって、まずは障害のある人の見学だけを受け入れるという関わりは、導入しやすいものと考えられる。そんな導入しやすい形で企業・事業所とのつながりを作り、その後、障害のある人による見学を繰り返す中で、障害者雇用の理解度や準備状況の進展に合わせて、実習の受け入れや雇用の実施へと企業・事業所がステップアップしながら、それぞれの段階に合った雇用支援の役割を担っていくことになる。

雇用支援に協力してくれる企業・事業所とのつながりを作るにあたっては、商工会の会長に会いに行ったり、企業の労働組合の集まりに顔を出したり、といった形で、さまざまな機会を活用することが試みられている。東近江市役所を訪問する際も、障害者支援と直接関係のある福祉課よりも、その他の分野の部署に顔を出すことが数倍多いという。

また、企業・事業所とのつながりを広げて深めるための取り組みとして、“Tekito-”の事業に関連のある企業・事業所の社長会を作っている。さらに、それだけにとどまらず、部長会や課長会なども作ることで、企業・事業所との間に重層的な関係を形成している。

“Tekito-”が設立された当時、東近江には障害のある人を雇用している企業・事業所はほとんどなかったという。それどころか、企業や事業所の人たちにとっては、障害のある人に働いてもらうというイメージもほとんどない状況だったということである。

しかし、ここまでに述べたような取り組みを通して、今では“Tekito-”と何らかの連携をとって障害のある人や引きこもりの人の雇用支援に取り組んでいる企業・事業所は480社に上っているという。

“Tekito-”がこれだけ広範な企業・事業所とのつながりを形成できた背景には、東近江市という地域の特性も影響している。

事例9 図2(図の内容)

従来から東近江では、近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の精神を誇りに、市行政とも協力した市民活動が活発に展開されていた。

その市民活動の全貌は、東近江のキーパーソンが集う会「魅知普請の創寄り」が作成している市民活動マップ「東近江 魅知普請 曼荼羅」で知ることができる。

市民、企業・行政・医療・福祉関係者などさまざまな背景を持つ人たちが、環境、持続可能エネルギー、障害、子ども、在日外国人、産業振興、地域医療、地域福祉といった数十におよぶ多様な分野の地域課題に取り組むさまは圧倒的である。

「魅知普請の創寄り」では、「大交流会」と呼ばれる、百人を超える規模の宴会を不定期に開催している。これは、東近江の市民活動に関わる人たちが一堂に会する機会であり、関係者同士の新たなつながりが生まれ、新たな活動が企画されていくきっかけとなっている。

以上のような東近江市の活発な市民活動とも関係を密に持ちながら、“Tekito-”は事業を展開している。「大交流会」への参加によって新たな企業・事業所とのつながりが生まれることもあれば、市民活動のキーパーソンたちとの関わりの中で、障害分野以外の地域課題と障害者雇用が結びつき、新たな解決策が生み出されることもある。

このうち、障害分野以外の地域課題と障害者雇用が結びついた取り組みの例として、次項で「薪プロジェクト」を紹介する。

前にも述べたように、“Tekito-”では、障害のある人やひきこもりの人と企業・事業所や地域の人との「出会い」のコーディネートに力を注いでいる。しかしそれだけではなく、さまざまな機会に顔を出し、自分たちと企業・事業所や市民が出会い、つながっていくことにも力を注いでいることがわかる。

写真 薪作りの現場
薪作りの現場

写真 販売された薪が使われているようす
販売された薪が使われているようす

◆変化したこと

多くの地方市町村に共通する課題の一つとして、雑木林の保護・管理がある。これは、産業構造の変化や少子高齢化に伴う林業分野の後継者不足が原因であり、里山の荒廃や田畑における獣害の増加という結果をきたす課題である。

東近江では、この雑木林の保護・管理という課題に、市民活動として取り組みが開始された。のちにその取り組みの中で否応なく出てくる伐採材を活用するべく、関係住民が薪ストーブの開発・販売の事業所を立ち上げることとなった。地域に薪ストーブを普及させ、雑木林の伐採材を薪として流通させる仕組みを確立することで、雑木林の保護・管理が持続的に行われるシステムを作ろうとしたのである。

ただこの中で、伐採材を薪にする作業が厄介な仕事だった。伐採材は必ず誰かが薪に加工しなくては売り物にならない。しかしそれは、誰かを薪作りのために雇えるほど量のある作業ではなかったからである。

薪作りで困っている事業所があるという情報を市行政関係者から“Tekito-”が得たことによって、薪作りの仕事を障害のある人やひきこもりの人の就労経験の場として活用し、地域のニーズと個人のニーズを同時に満たそうという取り組みが始められた。

開始してみると、薪作りは精密さや完成度を求められる作業ではないため、何をしても失敗がなく、障害のある人やひきこもりの人の就労経験の機会として適していた。また、機械による騒音のせいでそもそも会話ができないので、対人交流の苦手な人にとっては負担が少なくなじみやすい場であった。

そんな薪作りの作業特性もあって、その事業所は継続的に複数の人たちに就労経験の場を提供することとなった。事業所の人にとって当初は、障害のある人やひきこもりの人と働くことに戸惑いがあったようだが、経過とともに理解が進んでいったようだ。今では、利用者のようすに変化があった時などは、いち早く事業所の人が気づくようになったという。

そして利用者自身も薪作りに従事する中で、当初は誰とも口をきかなかった人が他の利用者と活発に交流するようになる姿が観察されるなどしており、社会の中で役割を得ることによって何がしかの自信をつけ、行動の変化につながったものと考えられる。

このような薪作りの取り組みは、“Tekito-”が市行政・事業所・市民活動のネットワークを活かしながら、地域課題を障害者雇用と結びつけるコーディネートを行ったことによって、事業所と障害のある人がそれぞれのニーズを満たし、同時に協力して地域課題に取り組むという動きを起こした一例といえる。

■課題と展望

取り組みの中から、これからの地域において大事と考えることは一点。

生きることや働くことにヘタクソさを持っている彼らの今までを「ひきこもってしまっていた」と捉える社会の構図。

ひきこもっていた時間を否定するのではなく、「ひきこもれる力を持っていた人」として、地域がその人の人生の時間を「課題」としないことが、これからの過疎化や高齢化を解決するベースになると確信する。

またそのような地域の捉え方の力が、専門家を待つのではなく、地域における全ての人が「応援団」となれるのではないかと妄想する。

そのためには、この「働く」という切り口での関わりが、本人と地域の共通アイテムとなり、考え方のベース構築が可能になるのではないかと考える。

今後の当センターにおける取り組みについては、中途半端に輝ける場所の点在化の継続・拡大と、ハッピーリタイアの人への労働と生活の保障であると考えている。

ハッピーリタイアとは、60歳で定年を迎えた障害のある人や55歳で30年ぶりに社会に出てきた人など、自宅生活のみを送ることを望まないが現時点から企業就労をめざすことがベストではないと考える人に対して、継続した労働と安定した収入の保障をしていける仕組みづくりである。

今までの企業や地域の困りごとを解決するシステムの中に仕事は生まれる…いわゆる「軒下事業」と、一方で卒業されないステージの確保を検討していく時期が来ていると感じている。

必要に迫られてこしらえるのではなく、どんな失敗とどんなつながりが生まれるのか、オモロイと思えることを求めて新たに積み上げていきたい。

(Tekito-センター長 野々村光子さんへのインタビューより)

■CBRマトリックス使用による分析

“Tekito-”の活動をCBRマトリックスを使って整理すると、チェックされるコンポーネントやエレメントはあまり多くない。これは、“Tekito-”が就労支援という限定された入口をもって障害のある人やひきこもりの人の暮らしの支援を行っているからである。

下のCBRマトリックスを見てわかる通り、“Tekito-”が関わりを持っていると言えるのは、まず「生計」コンポーネントの「スキル開発」と「所得創出」と「賃金雇用」。そして、それらを通して実現していると考えられる、「エンパワメント」コンポーネントの「アドボカシーとコミュニケーション」と「コミュニティを動かすこと」くらいである。

しかも、「生計」コンポーネントの活動についてさえも、実際のところ、“Tekito-”は自分たちで作業所や会社を持っているわけではなく、障害のある人たちやひきこもりの人たちに、直接的に「スキル開発」の場や「所得創出」「賃金雇用」の場を提供しているわけではない。あくまでも「コーディネート」という間接的な形で、これらのエレメントに働きかけているにすぎない。

ただこのことは、限定された分野での間接的な関わりであるから価値が低いということを意味するわけではない。

逆に、限定され特化された分野における、かつコーディネートという間接的な支援であっても、障害のある人のエンパワメントや障害のある人と障害のない人のコミュニケーションを実現し、コミュニティに影響を与えることができるのだということを意味している。

事例9 図3(図の内容)