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地域に根ざした共生社会の実現 CBID事例集

社会福祉法人 むそう

(愛知県半田市)

キーワード 重度障害者のノーマライゼーション、包括的アプローチ

どんなに障害が重くても、地域で普通に働き暮らすことのできるシステムを創るため、24時間365日、必要な人に必要なときに必要なサービスを届ける事業を多角的に展開している。なかでも、一人ひとりの障害特性に合わせてさまざまな業態の働く場を創出してきた日中活動支援に特徴があり、利用者本人の就労・自立支援(エンパワメント)としてのみならず、高齢化による廃業やシャッター商店街の再開発、障害が原因となって引き起こされる社会的孤立や二次障害の抑止、障害への正しい理解の促進など、地域経済の活性化、地域コミュニティに対する啓発・エンパワメントとしても目覚ましい成果を上げている。

◆背景

家族に障害があることで生活困窮や差別を経験して育ち、社会福祉の仕組みがおかしいのだ、という問題意識をもって起業、どんなに障害が重くても地域で普通に暮らせる国際標準の福祉の実現に取り組んでいる。

◆事業概要

大規模な施設型福祉に対する問題意識から、少人数のグループホームを開設したり、障害特性に応じた働き方のできる就労の場を創設するだけでなく、「むそう」とその利用者の存在が地域の人々のエンパワメントや経済活性化にもつながるような形をめざし、障害のある方々が人間らしく暮らせる生活と働きの場をプロデュースしている。

写真1

地域の基礎データ

●カバーする地域:愛知県半田市内(地方都市、農村部あり)

●人口:約12万人

●地域の課題:障害が重くても暮らせる場所の不足とそれによる社会的孤立や二次障害

■設立年

1999年、任意団体発足。2000年、特定非営利活動法人化。2004年、社会福祉法人設立。

■事業内容

●事業の目的:子どもから大人まで、24時間365日の地域支援。

●事業の目標と対象者:どんなに障害が重い人でも、親亡き後も、地域で普通に暮らせるよう、インフラの整備や一人ひとりの障害特性と地域資源のマッチングを行いつつ、地域コミュニティを巻き込んで、障害のある人たちの生活と働きの場をプロデュースしている。

●関係当事者

  • 障害当事者である本人およびその家族150人
  • プロデューサー役やサポート役となるスタッフ
  • 就労の場の常連客
  • 地域の人々

●事業の主な財源:介護報酬、就労支援事業収入、補助金、会費

●実施したこと:就労の場「なちゅふぃーるど」には喫茶店「喫茶なちゅ」、平飼養鶏場「たまごハウスぴよぴよ」、椎茸栽培場「きのこハウスにょきにょき」などの業態があり、それぞれ、利用者一人ひとりの障害特性や好きなこと・得意なことをフルに活かした役割分担(工程化)を行うことで運営できるよう組み立てられている。

事例10 図1(図の内容)

■特徴

■ノーマライゼーションの実践と地域社会システムの構築

根底にあるのは、障害のある人だけを1ヶ所に集めて、個々の障害特性に関係なく、できないことをできるように延々トレーニングさせる旧来の施設型福祉は間違っているという問題意識。必要最低限のインフラ(身障用風呂・トイレ、休憩用個室等)を整備し、障害の特性によってその人の得意なこと・好きなことを工程化することができれば、どんなに障害が重くても、普通の家で人間らしくハッピーな暮らしができる、ということを実践している。

■地域資源の利用

何十億という資金を投入して大規模収容施設を建設するのではなく、地域の空き家や空き店舗を活用し、障害のある方が使用できるインフラとして整備している。

また、高齢で引退するオーナーや、採算が合わず撤退する事業主等から設備や販路をそっくり引き継ぎ、障害特性に合わせて事業を工程化することで、起業リスクを低く抑えた形で障害のある方の就労の場として再構築している。

■コミュニケーションツールとしての就労支援事業開発

障害のある方々が、どんなに障害が重くとも、人里離れた施設に閉じこもっているのではなく、町の中で働き暮らしている姿を日常的に目にすることで、地域コミュニティの人々が勇気づけられ、常連さんとして障害者の働く店にやって来るようになる。

自閉症など、見た目からはわかりにくい障害の特性について、正しい理解が進むことによって、「どうすれば障害のある人たちに普通にさせられるか」ではなく、「自分たちがどう変われば障害のある人たちが普通にできるか」に変わっていくことができる。

事例10 図2(図の内容)

写真 「喫茶なちゅ 板山店」の一角

「喫茶なちゅ 板山店」の一角では、種類豊富な自慢の焼き立てパンが所狭しと並べて販売されている。向かい合うようにしつらえた陳列棚には、「板山竹炭研究会」の商品である竹炭や竹酢液も。

■及効果(モデル化できること)

介護は制度ビジネスであって、利用する制度は全国同じだが、利用する人がその地域でどうやってどんなふうに暮らしたいかは地域によって異なる。「むそう」のサービスを簡単に真似することのできるビジネスモデルとして整理した上で、「むそう」に集まってくる利用者たちの多様なニーズや背景をきめ細かく聞き取り、支援を提供していけるノウハウを持った人材を大量に育成することで、同じビジネスモデルで地域によって異なる地域展開をめざす。基本的には「どんなに障害が重くても地域でふつうに暮らせる」ための支援のモデル化ということになるが、「むそう」の実践を通じて、まずサービスユーザーである障害のある子どもの親の意識が、特別扱いをするよりもふつうの暮らしが良いのだ、という方向へと変化し、それに伴い選ばれるサービスが変わってきたことで、「むそう」の競合他社も、現在では社会福祉法人・NPO法人ともに複数団体生まれてきているという。また、特に自分で意思表示ができない(話せない)人の権利擁護を重視し、民生委員による成年後見制度を創設している点は特筆に値する。志の高い民生委員の尽力もあり、配慮の行き届いたコミュニティケアが実践されているといい、「むそう」の実践が起爆剤となって、半田市が障害を理由とする社会的排除の起こりにくい地域へと変わってきているとみられる。

◆変化したこと

●本人への働きかけ

どんなに障害が重くても、地域でその人らしく暮らせるよう、24時間365日、必要な人に必要なときに必要なサービスを届ける、というのが「むそう」の愛知県半田市での起業理念である。重度の行動障害を抱える利用者が多いものの、すべての利用者について綿密なアセスメントに基づくオーダーメードの支援サービスを組み立て、提供している。したがって「むそう」の利用者は、たとえ重度の心身障害者であっても“寝かせたきり”にはしない。雑貨店のレジ横でお客様に笑顔を見せるなど、その人独自の役割を担い、いきいきと日中活動に勤しんでいる。どんなに障害が重くても、地域でふつうに暮らせることをめざす「むそう」の理念は、言い換えれば、障害者であることを理由とした特別扱いを決してしない、ということに他ならない。そしてこの活動方針がどれほどの価値を生み出しているかは、利用者本人はもちろん、「むそう」や「むそう」利用者に関わりをもつ周囲のさまざまな人たちの笑顔を見れば一目瞭然である。

●地域への働きかけ

「むそう」では、障害者ばかりが集まって暮らす特殊なエリアをつくるのではなく、「障害者が暮らしの中の風景として居るということが日常」になることをめざし、半田市内に“楔を打ち込むように”戦略的に事業拠点を点在させている。そのうちの一拠点「喫茶なちゅ 板山店」は、就労支援の場として立ち上げられた。モーニングや焼き立てパンのランチ目当てのリピーター客も多く、急な対応でスタッフの手が足りないときなどは、常連客が店の留守を預かることもあるほどである。

また、この「喫茶なちゅ」を見守るように枝を伸ばす大きなセンダンの木の傍には、使い込まれた二基の窯がある。「むそう」とほぼ時を同じくして、板山公民館を拠点にボランティア団体「板山竹炭研究会」が立ち上げられ、この「栴檀窯」で炭を焼き、地域を流れる神戸川の水の浄化をはじめとする地域活動を展開してきた。竹炭だけでなく、副産物として抽出される竹酢液も、園芸用の防虫剤や入浴剤として「喫茶なちゅ」で販売されている。障害のある利用者を懸命に支える「むそう」職員の姿を、「見ていられなかった」と声をかけて以来、「なちゅ」の利用者と職員を見守り、ときに活動をともにしてきたという。「竹炭研究会」のメンバーからは、「障害者とともに活動するスタッフたちに惚れ込んだ」「若い人たちとの交流を通して新しい自分に出会った」などの声と同時に、事業や法人の規模が拡大するにつれ、地域の人とともに汗を流し、泥臭く“つながり”を築いていくようなコミュニケーションを億劫に感じたり、労働力としての障害者に報酬を支払って来てもらうだけの雇用関係へと変わっていったりしはしないか、疲弊してしまって志半ばに去っていくような職員が出てこないか、と案じる声も聞かれ、地域コミュニティが、障害者が地域に暮らすという「むそう」の取り組みを受け入れるだけでなく、能動的に巻き込まれるに至っていることをうかがわせた。

■課題と展望

「むそう」のような既存サービスと抜本的に異なる理念に基づくサービスが、地域コミュニティに受け入れられるためには、コミュニティの価値観を変革していく必要がある。その手段として戸枝陽基理事長が標榜するのは、“消費者教育”である。何が良いサービスなのかをサービスユーザーが選別でき、サービスの質、ひいては利用者がそのサービスを通じて得る生活の質の高さを基準として、サービスと事業者が健全に淘汰されて初めて、誰もが包括的な暮らしの支援を必要に応じて受けることができる「地域包括ケア」が実現されるということだろう。また消費者教育と同時に、権利擁護の仕組みづくりがますます重要となってくる。特に、自らの価値観に基づいてサービスを選別することができない、コミュニケーションに問題のある重度心身障害者の権利擁護については、消費者教育と表裏一体の課題と言えよう。

■CBRマトリックス使用による分析

◆「むそう」でカバーされていること

学校教育や福祉機器開発、金融サービスなど、専門機関によるべき要素を除き、半田市で展開されている「むそう」の活動は、ほぼ網羅的にCBRマトリックスの構成要素をカバーしている。

事例10 図3(図の内容)

◆「むそう」のめざす

多くの構成要素にわたる「むそう」の活動だが、めざす成果を最も端的に表す領域は、「エンパワメント」ではないだろうか。中でも「コミュニティを動かすこと」が、「むそう」の活動の主眼であるように思われる。「むそう」利用者である障害者と、支え手として地域でともに暮らす「むそう」スタッフや竹炭研究会メンバーのような周囲の人々。周囲の活動がコミュニティを動かしているように見られがちだが、原動力は利用者である障害者たちの存在そのものである。「むそう」の活動は、障害者の存在がコミュニケーションツールとなってコミュニティを動かす、そのための場づくり・機会づくり・仕組みづくりというような役割を果たしているのではないだろうか。

事例10 図4(図の内容)