CBRガイドライン・教育コンポーネント
生涯学習
はじめに
生涯学習への権利については、障害者権利条約の第24条にも記述されている(4)。生涯学習とは、個人の人生を通して、知識や技能、能力を向上させることを意図して継続的に行われるすべての目的である学習活動である。学習は、今や知識を集めるための時間と場所（すなわち学校）と、その知識を利用するための時間と場所（すなわち仕事）とに分けられるものではない、と解釈されている。個人や地域社会が知識や技術を向上させる能力や、政治、経済、環境、技術、あるいは社会の変化に適応する能力は、生涯学習がなければ、大きく低下するだろう(32)。
生涯学習は、正規でもノンフォーマルでも、さまざまな環境で行うことができ、他の教育形態を補完するものであり、正規教育や他のトレーニングの機会が利用可能であっても存続する。生涯学習は広範囲であるため、本要素は他の項目と多くの側面を共有しており、特にノンフォーマル教育と重なる部分が大きい。本ガイドラインの目的として、本要素では障害のある若者と成人向けの正規の学校システムから外れた生涯学習機会に焦点を当てる。
BOX49
学習に終わりはない
シャーリーは、非常に優秀で才能のある若い脳性麻痺の女性だが、普通学校ではほとんどの科目で優秀な成績をおさめていたにもかかわらず中退した。彼女は公開大学で経営学の修士課程を学び、現在は専門経営者である。今も継続的なコンピューター技能の向上を含め、必要に応じてさまざまな技能と資格の獲得を目指している。シャーリーは学習を終わりのないプロセスだと考える。差別や排除の中であっても、生涯学習による学習機会を通してシャーリーはキャリアアップし、社会的な障壁を克服し続けることができるのである。
BOX50 南アフリカ
成人の独立と自立性を強化する
ENABLEは、南アフリカ共和国のダーバンに近い小さな町で、障害当事者団体と非政府組織（NGO：Non-Governmental Organization）が共同で運営するプログラムである。フンデルワは障害のある成人に読み書きと計算を教える教師で、自身にも障害がある。彼女の教室は町の若者によってリフォームされた古いコンテナである。ENABLEは、障害のある大人が自立し自分の力で生きて行くための力をつけることを目的とし、障害者の権利や補助金受給、所得創出のための情報やアドバイスを提供している。また、インクルーシブな裁縫プロジェクトもあり、そこでは皆で材料の測定、数量の確認、費用の見積もり、販売物の製作までを学ぶ。学習者たちは、予算を立てる手伝いをしたり、買い物リストを作成したり、医者にかかった時に容易にコミュニケーションが取れるよう、または薬のビンに書いてある説明が読めるよう英語を学んだりするためなどといったさまざまな理由でこの教室に通ってくる。障害がある当事者として、フンデルワは自分が生徒たちのロールモデルであると感じている。プログラムは、国際的な障害者運動のスローガンである「私たち抜きに私たちのことを決めないで」に基づき参加型を基本としており、障害のある人々がすべての段階において意思決定と実施に関わる方法で成り立っている。
目標
障害のある青年や成人が、質の高い生涯学習とさまざまな学習経験への機会を得る。
CBRの役割
CBRの役割は、障害のある人たちの社会的排除や周縁化、失業を防ぐために、継続した学習機会を提供することである。
望ましい成果
- 正規教育を受けている障害のある青年が、職業ガイダンス、ピアカウンセリングなどの機会を通して、就労や技能訓練の機会へ移行できる支援が受けられる。
- 障害のある成人が、生涯を通じてオープンスクールでの識字教育や遠隔学習による高等教育などの適切で柔軟性のある効果的な学習機会を得る。
- 重度重複障害のある青年や成人とその介護者、家族といった特別なニーズがある個人やグループが、継続的に学習の機会を得る。
- 障害のある青年や成人が、生殖に関する健康や性、HIV/エイズの情報を含めた生活技能や生存に必要なニーズについて継続的に教育の機会を得る。
- 地域における公立・私立、および他の教育機関の教育者は、積極的に生涯学習の機会を提供することにより、障害をもつ青年や成人の社会的インクルージョンを促進する。
主要概念
生涯学習または継続的な学習は、我々が生涯を通じて学んでいくという共通理解に基づいている。それは、急速に変化し、ますます複雑化する今日の世界において特に重要である。しかしながら、学習機会はしばしば特定の年齢層や教育機関、あるいは経済的にも身体的にも通える人たちに制限され、障害のある成人は正規の学習環境の中で除外されたり不利な立場に置かれたりする場合が多い。生涯学習はノンフォーマル教育で述べられるすべての理念を含んでいる。それに加えて、以下に述べる概念が重要となる。
成人学習
成人学習は生涯学習の中で重要な要素であり、雇用に適した能力、社会的インクルージョン、積極的社会参加そして個人の成長のために不可欠である。成人は子どもとは学び方が異なるため、彼らの特定のニーズや学習方法は指導方法や教材を考える上で考慮される必要がある。生涯学習の機会は、個人の目標や過去の人生経験、自尊心の促進に焦点を当て、学習者中心でなければならない。
成人は、学習を自分で管理し何をいつどのように学びたいか、そしてどのような追加支援を求めるかなどを含めた意思決定を自主的に行う潜在能力と欲求をもっており、学習機会の計画と提供のすべての面で主導的な役割を担うことを奨励する必要がある。
成人のための学習形式は、柔軟かつ創造的である必要があり、多様でと敏感に反応し、状況によっては支援技術を含むさまざまな媒体があり、さまざまな場所と時間帯において利用可能でなければならない。
生涯学習の種類
一般的な生涯学習の機会には次のようなものがある。
- 成人教育―仕事のための技能や正式な資格の習得を含む。
- 継続教育―多くの場合自己啓発のためであり、正規の教育機関が提供する単位取得ができるコースまたは無単位コースを含む。
- 専門性の開発―多くの場合、雇用主から提供される実地訓練（OJT：On-the-Job Training）を通して作業能力を学ぶことを含む。
- 自主な学習―個人的な学習環境は、図書館やインターネットを含むさまざまな学習手段や教材からなる。
生涯学習の機会は、成人識字教室、多くはオープンスクールを通したその他の基本技能学習のための柔軟なカリキュラム、技術および職業教育や訓練、生活および生存のための技能訓練を通した個人的な発展、そしてコミュニケーション技能訓練を含む。さらに、自助グループや親の会のための学習機会や、働くことができず収入のない障害のある人を含めたマイノリティのための継続的な学習も含まれる。
オープン学習
オープン学習は、多くが「オープンスクール」にて学習者が求める場所・時・方法で行われ、正規教育未経験者または修了していない年長の学習者に、より適したカリキュラムを提供している。指導方法は通常自由かつ創造的で、情報通信技術の使用も含む。多くの場合、生徒は家庭や職場、または自分の都合に合わせた場所で行うために特別に用意された教材によって自分に合ったペースで学習する。青年や成人は、働きながら技能訓練と並行して一般教育科目も受講することができる場合が多い。
BOX51 インド
オープンスクールを奨励する
インドでは、国立オープンスクール協会（National Institute of Open Schooling）プログラムのもと、「学習者は各自のニーズや目標に合わせて自由に科目を選ぶことができる。学習者は、特別に設計された自己学習教材から自分のペースで学習する。この学習は、休日や週末に学習センターで行われる音声ビデオや対面式のクラスによって補完される。学習者は、それぞれの科目の試験を、準備の状態に合わせて1つずつ受ける自由がある。履修単位に関する規定があり、学習者の登録は5年間有効である」(33)。
生活および生存のための技能
生活および生存のための技能とは、すべての人が家庭、地域そしてより広い社会で効果的に機能し参加するために必要な知識や技能のことをいう。排除や差別のせいで、障害のある人は特にこれらの技能が必要であり、そのための支援はいかなるライフステージにおいても生涯学習のきわめて重要な部分である。精神障害のある人や知的障害、感覚障害をもつ人たちは特に生活および生存のための技能訓練の機会が必要とされるだろう。
推奨される活動
移行ための支援を促す
CBRスタッフは、障害のある生徒とその家族、雇用主、指導者そして権利擁護グループの間を取り持つ理想的な立場にある。学校から仕事または更なる技能訓練や自立への移行は、支援なしでは非常に難しいだろう。CBRワーカーは、可能な職業やピアカウンセリングの機会を把握し、助言することができる。またそれらが利用可能で妥当であり、また効果的であることを保証することができる。障害のある若者が自信と自ら選択し学習していく技能を身につけるために、障害当事者団体からのアドバイスや支援を得ることも効果的である。
成人の識字教育および教育の機会を把握する
多くの障害のある成人は、入学資格を満さない、建物のバリア、受講料が払えない、教育機関が障害のある学習者の受け入れに対して消極的、または開校時間に仕事があるなどのさまざまな障壁によって学校へ行かない、もしくは正規教育、継続教育への機会が得られない。CBRプログラムは、オープンスクールを通してより広い地域での識字教育と成人教育の機会を把握し生み出すことができる。CBRプログラムは、既存のオープンスクールや成人識字プログラムに障害のある成人を含め、教材とコミュニケーション手段が適切で利用可能であることを保証することができる。
BOX52
マヤの成功の旅
マヤは、筆記試験のなかった3年生までは順調な学校生活を送ったが、10歳の時、学校当局から障害を理由に退学を余儀なくされた（彼女には視覚、知的、身体の障害があった）ため、視覚障害者の団体へ助言を受けに行った。団体はオープンスクールへの入学を手助けし、マヤは13年間かけて高校卒業資格試験に合格した。その後、彼女は職業訓練やコンピューター講習、社会技能を教える講習を受け、今ではフラワーアレンジメントや造花製作の訓練も受けている。彼女は現在もオープンスクールで自分のニーズと興味に合った講座を受講している。
教育を継続するための機会を把握する
教育機会の継続は、遠隔教育やウェブによるe-ラーニングプログラムをはじめとして、地元の教育機関などを通してますます容易になってきている。遠隔教育は、距離や移動、不適切な環境や障害のある人たちも高等教育の恩恵を受ける上で問題となる障壁を取り除くことができる。
CBRスタッフは、こういった動きを把握し、障害のある人たちがメリットを受けられるよう準備をしておく必要がある。CBRプログラムは、特に遠隔教育による教育継続の機会を把握し、教育機関と共同で障害のある生徒の登録を促すことができる。CBRプログラムはまた、障害のある成人に必要なサポート（インターネットへの接続やコンピューター画面読み上げソフト）などを得るための支援をし、遠隔教育を活用するための自信や技能を身につけさせることができる。
BOX53 マレーシア
バーチャル教育
ユソフはマレーシアのジョージタウンにすむ27才の女性で、14年前に麻痺を発症した。彼女は大学の遠隔教育プログラムに登録し文学を学んでいる。「大学の学位を取得し、7人いる兄弟姉妹に模範を示したかった」と言う彼女は、ビデオと自己学習教材を通してオンラインで勉強している。
特定のニーズがある個人やグループの学習を促進する
CBRプログラムは、特定のニーズがある個人やグループに適切な教育機会を与え、彼らが欲し必要とする技能習得のための手助けをすることができる。CBRは、重度障害の人でも通学でき、トレーニングを受け、あるいは遠隔教育を利用することができる機会を把握または作り出すことができる。また、少数民族の人々に対して、言語や文化的な適応のための支援ができる。
生活および生存のための技能の学習機会を保証する
CBRプログラムは、障害のある青年および成人に日常生活と社会参加のために必要なセルフケア、交通機関の利用、買い物、適切な社会的行動、自己主張ができ自尊心をもつこと、性、結婚と育児、HIV/エイズに対する意識向上、健康維持、金銭管理、公民権や政治参加などに関する技能を身につけさせるために、組織や地域グループと連携することができる。繰り返すが、鍵となる理念は、平行した新たなプログラムを立ち上げるのではなく、既存の教育プログラムを把握し、インクルーシブにすることである。障害のある女子や知的障害のある人、または長期にわたってメンタルヘルスの問題を抱える人など、特に弱い立場にある人たちには、身体的虐待および性的虐待に対する自己防衛技能を身につけるための支援も必要だろう。
社会のインクルージョンを促進するために地域の教育者と連携する
排除は、個人的な要因よりも外的要因によるものが多い。政府やNGO、その他の地域の学校、民間および商業学校などの教育機関における地域の教育者は、その必要性に気づけば、障害のある人のインクルージョンと生涯学習活動への積極的な参加をもたらすことができる。CBRプログラムは、地域の団体、特に障害当事者団体や親の会と一緒に活動し、障害啓発を行い、利用可能な生涯学習機会におけるインクルージョンの促進のための経験と知識を共有することができる。地域での啓発活動や、障害のある人を含めたすべての周縁化されたグループの教育促進を通して、人々の態度に肯定的な影響を与えうる。排除や差別に関する問題は、地域で共有できる多種多様な知識と技能を強調し、特に教育の場で地域住民が障害のある人と交流することを促進することによって、確実に対処できるだろう。
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