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列島縦断ネットワーキング

[東京]

日本福祉文化学会の目指すもの

多田千尋

●福祉を聞き、文化を創る学会を

 すべての人が明るく快適に暮らせるような福祉のあり方を考える「日本福祉文化学会」が発足して8年がたった。現在会員数は450人。北海道から沖縄まで広がっている。昨年は韓国にも姉妹学会といえる韓国福祉文化学会が発足し、今年初めての国際会議をソウルで開催した。

 発足当時の新聞の記事には次のようなことが記されている。

 「身障者やお年寄りなどの社会的弱者を助けるという視点で捉えられがちだった福祉の意味を改め、すべての人の幸福な未来を考えていく学問として新たに福祉文化学を確立するのが狙い。」

 学会というと、それぞれ専門分野の先生方が集まって、次元の高い専門的な研究の成果を発表する場と捉えられがちである。しかし、平成元年7月にこの学会の発会式に集まった人達の中には、セーラー服の女子校生から、九十歳に近いお年寄りまで参加している。職業もさまざまで、福祉の専門家、現場で働いている人などに混じって、子育て真っ最中の若い母親、福祉とはまったく無縁の仕事をしている人も集まった。

 それぞれが自分の立場から意見を述べ、問題点などを提起して、情報を交換し合ったのであった。

●福祉と文化の統合を目指す

 福祉文化という語は「福祉」と「文化」を合わせた言葉である。最近のいわば造語といえようか。しかし、ひとつの言葉が生まれるには、それなりの背景と実体がある。また、必要があったのである。

 いったい「福祉文化」という語は、どのような背景と実体また必要によって生まれたのであろうか。まず、「福祉」という言葉は広義に捉えれば、「幸福」「しあわせ」と同義である。だが、狭義にそして厳密に捉えるならばE・エンゲルスによると、「日常生活欲求の充足努力」ということである。つまり英語で言えばHappyよりもWellbeingに近い言葉である。「福祉文化」とは、福祉の文化化と文化の福祉化を総合的に捉えた概念である、と本学会会長の一番ケ瀬康子氏は定義づけている。

 従来の福祉は救貧対策的なものとして捉えられ、イメージとしては暗い灰色のものであった。しかし、福祉本来の姿は、日本国憲法の第二十五条に「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるように、ここに福祉の根源があり、福祉文化を追い求めるエネルギーがある。

 もともと、文化(Culture)とは、耕すという言葉に端を発している。日々の暮らしにおいて環境的に働きかけながら創造的に、真・善・美を目指し努力する中で多面的に生み出されてくる。それにより、音楽・絵画・スポーツ、その他の文化が生み出されてくるので、一部の条件に恵まれた人の努力だけでは限界がある。すべての人が草の根からの文化創造を目指して日々の生活が営まれてこそ、文化の基盤はより広く深まり、高められるものといえる。以上のことから福祉と文化は別物ではなく、生涯学習を媒介にしっかり統合されなければならない。

●福祉文化学会は何を残してきたか

 本学会の活動の柱は、毎年秋に開かれる「福祉文化総大会」(今年度で6回目)と年1回発行される『福祉文化研究』(第5号まで刊行)、それに現場視察も兼ねた「福祉文化地方大会」(今年度で5回目。これまでの開催県は、新潟、栃木、沖縄、静岡、大分)がある。また、今日までさまざまな研究部会もつくられた。「昭和老人史」研究部会、「福祉と人権」研究部会、「災害と福祉文化」研究部会、「高齢者・障害者の遊びデザイン」研究部会、「現代高齢者」研究部会、「福祉文化」研究部会、「介護と福祉文化」研究部会などさまざまなテーマを掲げて研究成果を上げている。

 また、特筆することとして、本学会の研究成果はほとんど出版化して確実に足跡を残す活動も地道に積み重ねてきていることである。障害者・高齢者のオシャレを扱った『装いは生きる喜び』(中央法規出版)、障害者の旅行をテーマにまとめあげた『障害者アクセスブック』(中央法規出版)、昭和から現代までのお年寄りの生活を綴った『高齢者生活年表』(日本エディタースクール出版部)、スウェーデンの福祉から学ぶ連続講座をまとめた『スウェーデンから何を学ぶのか』(ドメス出版)など、総点数18点を数える。

 他の人から「この学会は従来の学会らしくない」といわれる言葉が、褒め言葉に聞こえることがある。誰でも気楽に入れるような雰囲気は、この学会が非常に風通しの良い運営が行われ、分かりやすいからかもしれない。福祉も専門的になればなるほど、細分化され、他の分野との境界の溝は深くなっていく。ひとつの現象をいろいろな面から、また、客観的に見ることで、解決の糸口を探ることができるのではないだろうか。その媒体となるのが他分野から入ってくる人達の見方ではないだろうか。

 人のために福祉をするのはやめよう。何かしてあげるというのはもう古い。自分の将来のために福祉を考えていくことも大切にしているのが、本学会の原動力となっている。

●21世紀の福祉文化のために

 明治時代に封建社会から日本が近代国家として急激に変身を遂げていく中に、近代国家としての必要条件として福祉があった。しかし、その時、慈善という形で始まった日本の福祉は、戦後民主的で平等な社会となった今でも、慈善的体質が尾を引いている。受け手と施す側とが平等の立場にあるのが望ましい。この形がこの会の目指すところでもある。従来の福祉の観点、形に固定された考え方に捉われ、決まった観念に当てはめようという人は、福祉の担い手といわれる人の中に少なくない。福祉という従来の枠を創造的に破っていこうという人は多くない。恩恵的福祉観から解放され、社会的弱者といわれる人も、同じ一人の人間として、同じ仲間として、受け入れていこうという試みが徐々になされている。

 イギリスでは、障害者を集め劇団をつくり、入場料をとって公演し、成功しているケースがある。また、日本ではベートーベンの「第九」のコーラスに、障害者を入れたという事例もある。広いホールの東京文化会館の舞台に上がって、有名なオーケストラをバックの合唱は多くの聴衆の胸を打った。

 「見せてもらう、聞かせていただく」といった一方的受け手であった社会的弱者といわれた人達が舞台に上がって「見せる、聞かせる」立場に変わったことは福祉文化の中での新しい試みとして「お客様から主人公に」、福祉の中に明るい光が差し込んできたようである。

 日本は今まで経済大国の道をひたすら走り続けてきた。経済大国になってふと気がついた時、豊かにはなったけれども、大切なものが失われていた。それが人間自身の“Wellbeing”かもしれない。弱者を切り捨てて、経済活動の実を上げることに専念したが、そのつけはいろいろなところに跳ね返ってきている。

 「経済大国にふさわしい福祉文化を」、21世紀にむけて国内外の人達と共に築き上げていきたいものだ。

(ただちひろ 日本福祉文化学会事務局長)

*日本福祉文化学会へのお問い合わせは、左記まで。

〒165 東京都中野区新井2-12-10

芸術教育研究所内

日本福祉文化学会事務局

TEL 03-3387-5461


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年9月号(第16巻 通巻182号) 62頁~64頁