特集/身体障害者ケアガイドライン試行事業
報告③
大田原市における試行事業
―試行事業を通して明らかになった課題―
伊藤 都
はじめに
大田原市は、栃木県の北部に位置し、人口約5万4000人、世帯数約1万6000世帯、身体障害者手帳保持者約2000人、療育手帳保持者約200人、65歳以上人口約8000人の歴史と伝統のある田園工業地帯です。
現在の大田原市は、高齢者への生活支援は着実に広がりを見せていますが、障害者への支援は始まったばかりで、これから整備されていく段階にあることをこの試行事業から見ることができました。
大田原市がこの事業に選ばれたのは、3年前に国際医療福祉大学(以下「大学」とする)がつくられ大学の先生方の幅広い知識を生かし、この田園工業地域の福祉の発展を期待されてのことでした。
ここでは大田原市の現状と、この事業により見い出された問題を経過に従い、感想をまじえ述べることにします。
No | 性 | 年齢 | 障害の内容(等級) | 選定の方法 |
1 | 女 | 34 | 身体障害者手帳1種1級 ・脳性麻痺―体幹の機能障害により座っていることができないもの ・脳性麻痺―両上肢の機能を全廃したもの |
特別障害者手当受給 体幹障害―両上肢 |
2 | 男 | 22 | 身体障害者手帳1種1級 ・疾病―両下肢の機能を全廃したもの ・疾病―両上肢の機能を全廃したもの |
特別障害者手当受給 両下肢―両上肢 |
3 | 女 | 49 | 身体障害者手帳1種1級 ・脳血管疾患―両下肢の機能を全廃したもの ・脳血管疾患―両上肢の機能を全廃したもの |
特別障害者手当受給 両下肢―両上肢 |
4 | 女 | 54 | 身体障害者手帳1種1級 ・筋骨格系又は結合組織の疾患―両下肢の機能の著しい障害 ・筋骨格系又は結合組織の疾患―両上肢の機能の著しい障害 |
特別障害者手当受給 両下肢―両上肢 |
5 | 女 | 48 | 身体障害者手帳1種1級 ・脳性麻痺―両下肢の機能を全廃したもの ・脳性麻痺―両上肢の機能を全廃したもの |
特別障害者手当受給 両下肢―両上肢 |
6 | 男 | 23 | 身体障害者手帳1種1級 ・進行性筋萎縮症―両下肢の機能を全廃したもの ・進行性筋萎縮症―両上肢の機能の著しい障害 |
特別障害者手当受給 両下肢―両上肢 |
7 | 男 | 23 | 身体障害者手帳1種1級 ・脊髄性麻痺―体幹の機能障害により座っていることができないもの |
特別障害者手当受給 体幹機能障害 |
8 | 男 | 42 | 身体障害者手帳1種2級 療育手帳 A ・原因不明―両耳の聴覚レベルがそれぞれ100dB以上のもの |
特別障害者手当受給 身体(聴覚)―精薄 |
9 | 女 | 23 | 身体障害者手帳1種1級 療育手帳 A1 ・脳性麻痺―体幹の機能障害により座っていることができないもの |
特別障害者手当受給 身体(体幹)―精薄 |
10 | 男 | 59 | 身体障害者手帳1種1級 ・緑内障―両眼の視力の和が0.01以下のもの ・神経系の疾患―両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの |
特別障害者手当受給 身体(視覚―聴覚) |
ニーズが少ない
初めに、この試行事業の趣旨の説明、ニーズの把握と1次的評価を目的としての家庭訪問を行いました。対象者がニーズをもって相談窓口に来たのとは違い、こちらで選んだ対象者に実施するため「生活のうえで困っていることはありませんか」の質問に考え込んでしまう人がほとんどでした。会話の中から項目をしぼって質問を繰り返すうちに福祉機器などの名前がでてくるという状況でした。ニーズの把握ができずに訪問を終えたケースもありました。困っていることがなければ福祉の介入は余計なことですが、私がこの状況におかれたらたくさんのニーズがでてくるだろうという思いがありましたので、ニーズがないというのは腑に落ちませんでした。
次に専門職による訪問を行いました。本来専門職による評価は、1次的評価で専門職の判断が必要とされたケースに対して行うのですが、この事業では大田原市の現状を大学の先生方に知っていただくこととニーズの発掘が目的でしたので、対象者全員に専門職による評価を行いました。家族と専門職種(大学の先生方と看護婦または保健婦、PT、OT、ST)それぞれの意見交換が1度に行えたのは共通理解をする意味では大変効果があったのですが、1回の訪問に5、6人で出向くというのは反省しています。これは対象者及び家族に事前に承諾を得て行いましたが、先生方と家族の日程調整をするうえで制限があり、どうにも難しいものでした。
次は大学においてニーズの総合評価のための意見交換会を開催しました。意見の大半は本人及び家族は気づいていないが、専門職からみた場合の可能性と改善の方法についてでした。例えば、両上肢と言語障害のある対象者は、「文字がある程度分かり、テレビのリモコンを押す力はあるのでトーキングエイドを使用すれば家族以外の人とのコミュニケーションが可能になる。また人間関係に広がりがもてるようになる」。別のケースでは、「布団をベッドにするなどの生活様式を変えることにより、介護者の負担を軽減することができる」などの内容です。
ここで出された総合評価とケアプランは次の訪問時に家族に伝え、対象者の意見を聞き、本人が受け入れたものに関してはその日から実施しました。
福祉サービスが受け入れられない
この段階での訪問でもまた腑に落ちないことが生じました。前述のトーキングエイドの使用をすすめたケースは、「以前、文字盤を使った時に、円形脱毛症になったのでやりたくない」と母親が受け入れませんでした。トーキングエイドの拒否だけならこの理由でも私は納得したでしょう。しかし、他のプランにも「あっても使わない」「この子はとてもわがままで私の言うことしか聞かないので無理」と言い、作成したケアプランをすべて受け入れず、試してみようという気さえありませんでした。生活を良くするためのプランであり、金銭的負担もないのにどうして受け入れられないのか私には分かりませんでした。
また生活様式の変更により介護者の負担の軽減を図りたいケースは、介護者の夫の理解が得られなければ介護者がその気になっても実施できないのです。理由は「福祉の世話にはなりたくない」でした。別のケースにも似たような理由で実施に至らなかったプランがいくつもありました。
他に私たちのほうから積極的介入をひかえたケースもありました。高齢者夫婦が息子の世話をしているケースです。訪問のたびに嫁いだ娘さんを呼び寄せ、人数分の座席とお菓子をきちんと用意し、正座して待っていてくれるのです。私たちはお客様扱いです。数回訪問しても日常の生活が見えてこないこと、娘さんへの負担などを考慮しての結論でした。
このように、ニーズが少ないこと、福祉サービスを受け入れない理由は訪問を重ねていくうちに少しずつ分かってきました。それは「福祉の世話になるのは恥ずかしいこと」「うちの子を見せものにしたくない」などの閉鎖的な思いが根強く存在していること。また長い間自己流でやってきたので、自分の介護に強い自信をもっていること。多少の困難は当たり前になっていることなどがあげられます。ケアプランをスムーズに受け入れ実施に至ったケースにも前述の思いが全くない訳ではなく、今は克服していることも会話の中から知ることができました。ここでは、地域の福祉や障害者に対する正しい理解ができるような教育と、対象者や家族の心の問題に対応できるシステムがほしいと思いました。
一貫したサービスシステムの必要性
在宅での福祉機器の給付にあたっては、判定時に医師がかかわるだけで、採寸から完成まで業者任せであることも分かりました。ある業者は仮合せの日程調整の依頼に「しなくちゃダメですか」と聞いてきました。福祉機器についてどう考えているのか腹立たしさを覚えました。別の業者がこちらからの細かな調整依頼にも快く引き受けてくれたことで救われましたが、対象者にとって最良の機器が完成給付されるまで、専門職が一貫してかかわるシステムは是非ほしいと思います。
身体障害者手帳の障害内容については、身体の一部分についてしか記載されていないことに気づきました。例えば「両上肢の機能を全廃したもの」とある対象者は、実際には嚥下と言語に障害があり、体幹の機能低下により座っていることができません。対象者10人中9人に記載内容の不足を感じました。障害者の社会復帰を援助し、そのために必要な保護を行い、身体障害者の福祉の増進を図ることを目的としている手帳ですから、単に等級がはっきり分かればよいというものではないと思います。手帳を見れば、支障をきたすであろう生活場面の予測がつく内容の記載でなければならないと思います。
6か月という短い試行事業が終わりに近づいた頃から、大学の先生方は、大田原市の福祉に対してもどかしさを感じ、私は自分自身のケアマネージャーとしての力不足を感じるようになりました。この思いを痛感したのは残すところあと1か月となった2月の厚生省への中間報告会の席上でした。大都市における福祉サービスシステムと大田原市との格差に驚き、同時にケアマネージャーがかかわる問題にも同様に格差があることを見せつけられた思いがしたのです。世界を股にかけて活躍している大学の先生方がもどかしく思うのは当然のことでした。
おわりに
実は、私は今回のケアマネージャーを引き受ける前は総合病院の看護婦でした。ケアマネージャーの役割も知らず、それまで働いていた病院のソーシャルワーカーに助けられ勉強を始めた次第です。ですから、力量不足はお許し願いたいのですが、一人の看護婦として、一人の大田原市民として障害者に対する認識が低かったことを自覚しました。後遺症による障害を残した患者さんと長く接してきたにもかかわらず、共に生きるというパートナーシップに欠けており、今回の事業でも入浴や移動に関する援助に偏り、社会参加への働きかけが少ない結果に終わったことを反省しています。
ケアマネージャーは、チーム内の調整、関係サービス機関の調整、利用者とサービス機関との調整を行うためのあらゆる知識と技術の他に、地域の意識、個人の意識に柔軟に対応していける高い資質が求められていることを実感し、そのための人材教育の必要性を感じました。
大田原市の今後の課題は、身体障害者ケアガイドラインの趣旨にそった地域住民の意識改革と、国際医療福祉大学のある地域として恥ずかしくないサービスシステムの整備だと思います。この試行事業が大田原市の身体障害者に対する福祉の発展への大きな1歩になることを願っています。
(いとうみやこ 大田原市福祉事務所)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年8月号(第17巻 通巻193号)21頁~24頁