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ブックガイド

障害者の性に関するおすすめ本

河原正実

 「五体不満足」(乙武洋匡著、1,600円、講談社、1998年)は爆発的に売れ、乙武さんは一躍国民的英雄になりました。
 私はそれはそれでこれまでの日本の障害者問題にはなかったエポックであったと思います。
 では、450万冊売れたという本から(実際には1冊を5人の人たちが読むとして、2000万人以上の人が読んだことになる)、障害者の生活がどれだけ見えたのでしょうか。残念ながら、私はほとんどの読者には、乙武さんのもつ爽やかさと、多くの友人に囲まれた彼の生活しか見えなかったのではないかと思うのです。
 では、私は乙武さんの本から、健常者と呼ばれる人々に何を見つけてほしかったのでしょう。私は乙武さんの「暮らし」を感じてほしかった。食事はどうしているのか、排せつの問題は? 少年期からの「夢精」や「マスターベーション」などの二次性徴。親離れ、恋愛、など精神的な悩みや歓び。そういったことを彼はどう乗り切ってきたのか、それを期待したのだと思うのです。しかし、彼の本にはそのようなことは微塵(みじん)も書いてなかった。だから、彼の真の「暮らし」は結局は見えてこなかったのです。
 そう考えると、いかに「性」というキーワードが人間の本質をつかむのに必要か、ということが浮かび上がってきます。

1.入門編

 「車椅子からウィンク…脳性マヒのママがつづる愛と性」(小山内美智子著、1,230円、文芸春秋、1988年)は、障害者の性、それも女性の性を取り扱った黎明期の本です。小山内さんは、障害者も普通に恋愛もし、性も受け入れ、子どもも産むんだ、という強い意思表示をしています。そのためにはボランティアだろうと何だろうと、利用できるものはなんでも自分の中に取り入れてしまう。ほとんど丸ごと自伝ともいえるこのエッセイ集は、多くの人々に驚きと興味を持って読まれました。

 「癒しのセクシー・トリップ…わたしは車イスの私が好き!」(安積遊歩著、1,748円、太郎次郎社、1993年)も、やはり小山内さんと同じように自伝性の強い、女性障害者の愛と性を描いたものです。ただ安積さんの場合は、ピア・カウンセリングを駆使した女性解放運動も取り入れられており、小山内さんより一歩前に出ていると言ってよいでしょう。
 1992年暮れ、兵庫県内の障害者自立センターで生活している重度障害者が、センターの機関誌のなかで、介護のボランティアと一緒にソープランドへ行き、生まれて始めての体験をして、たいへん感動したことを生々しく書き、それが全国紙の社会面に異例の記事として出ました。記事の反響は大きく、自立センターは障害者の性をテーマにシンポジウムを開くことになりました。そのシンポジウムは実際には、差別されている風俗で働く女性と、これまた差別されている障害者が交われば、二重の差別構造になるのではないか、というたいへん理論的な内容になりました。結局、障害者の性に渇望している「生の声」が聞こえてこなかったのです。
 このシンポジウムの後、それでは本当に障害者は恋愛や性において、どのように悩み、苦しんでいるのか実態を知りたい、という趣旨のもとで、北陸の地に住む人たちが中心となり「障害者の生と性の研究会」が発足しました。

2.入門から上級編まで

 「障害者が恋愛と性を語りはじめた」(障害者の生と性の研究会編著、2,310円、かもがわ出版、1994年)は、国内は沖縄から北海道、国外はデンマークまでを網羅した、障害者自身の声を収めたインタビュー集です。
 初めは固く口を閉ざした障害者のお一人おひとりが、インタビューのために一流ホテルの部屋を取ってくれ、コーヒーやケーキでもてなされるうちに、心が和み、言葉が少しずつ出てきます(それまで自分が主人公に置かれることなどなかったのだと思います)。そして最後には、涙まじりになって話が止まらなくなることもあります。心の奥底に長いあいだ閉じ込めていた愛や性に対しての欲求が吹き出てくるのです。
 続いて出版した「知的障害者の恋愛と性に光を」(障害者の生と性の研究会編著、2,310円、かもがわ出版、1996年)や「ここまできた障害者の恋愛と性」(障害者の生と性の研究会編著、2,310円、かもがわ出版、2001年)の3部作を見てみると、日本における7年間の「障害者の性」の立つ位置の違いがよく分かります。
 障害者やその親にとって性のことは、ひそひそ話さえはばかられた7年前。それが今では、障害者が恋愛や性を謳(おう)歌するまでには至っていないものの、喫茶店などで恋愛や性の話は堂々とできます。IT革命ではないですが、インターネットや電子メールを使って、性の情報から隔離されることもなくなってきています。
 それでは、障害者の性にとって、何が課題として残っているのでしょうか。それは障害者自身が主体者になる、ということです。冒頭で述べた小山内美智子さんが、恋愛やセックスがしたかったら、親の屍を乗り越えて自立しろ、と過激なことを言っています。小山内さんの一流のアジテーションですが、ほんとうに「自立」なくしては、恋愛も性も獲得できません。
 グループホームでの生活、有償ボランティアに支えられる自立生活、そして障害をもっていても結婚していく人たち…。その選択肢を広げていくのは、障害者自身の挑戦でしかないのです。

(かわはらまさみ 障害者の生と性の研究会代表・福井県三方町立図書館主任司書)