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障害のある人の所得保障制度の現状と課題

山田耕造

1 障害者にとっての所得保障制度の重要性

 今日の障害者に関する各種施策の基本的な目的は、「障害者の自立と社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加を促進すること」(障害者基本法一条)、にあることはいうまでもない。
 しかし、障害があるために、自らの労働による収入を得られないか、あるいは著しく制限されざるを得ない一方で、日常生活の制限等に伴って生じる特別の出費を余儀なくされることの多い障害者にとって、この「自立と参加」の実現をめざして、地域社会の中で生活を営んでいくためには、少なくとも必要最小限の安定した収入をどう確保するかという問題は、避けて通ることのできない重要な課題である。
 この課題に応えるために、障害者基本法は、「国及び地方公共団体は、障害者の生活の安定に資するため、年金、手当等の制度に関し、必要な施策を講じなければならない。」(二十条)、との規定を設けている。これを受けて、今日、国及び各地方公共団体は、それぞれに障害者の所得保障にかかわる種々の施策を講じているのであるが、その中心となるのは、国が法律に基づき設けている種々の所得保障制度であることはいうまでもない。

2 現行所得保障制度の概要

 障害者本人を給付対象とする現行の主要な所得保障制度として、年金制度、社会手当制度、生活保護制度及び労災補償制度上の各所得保障制度を挙げることができる。紙幅の都合上、ここでは、前三者の概要についてみることとする。

(1)年金制度上の所得保障制度

 国民年金制度上の障害基礎年金制度と被用者年金制度上の障害年金制度である。前者は、次の二つの場合のいずれかに該当するとき、定額の年金支給がなされる。一つは、国民年金の被保険者であるか、60歳以上65歳未満の被保険者であった者で日本国内に住所を有するものが、障害認定日に、政令で定める1級または2級の障害等級に該当する障害の状態にある場合である。ただし、初診日の前日に、初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があり、かつ、当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上あることを要する。二つは、初診日に20歳未満であった者が、障害認定日以後に20歳に達した時は20歳に達した日に、障害認定日が20歳に達した日後である時はその障害認定日に、政令で定める障害等級に該当する障害の状態にある場合である。
 後者の代表的なものに、厚生年金制度上の障害厚生年金・障害手当金制度がある。前者は、傷病についての初診日に被保険者であった者が、障害認定日に、政令で定める1級、2級及び3級の障害等級に該当する程度の障害の状態にある場合に、その障害に応じた年金が支給される。但し、初診日の前日に、初診日の属する月の前々月までに国民年金の被保険者期間があり、かつ、当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上あることを要する。後者は、傷病に係る初診日に被保険者であった者が、当該初診日から起算して5年以内の傷病の治った日に、政令で定める程度の障害の状態にある場合に一時金が支給される。

(2)社会手当制度上の所得保障制度

 特別児童扶養手当等の支給制度上の障害児福祉手当制度と特別障害者手当制度である。前者は、特別児童扶養手当等の支給に関する法律二条五項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にある20歳未満の者が、政令で定める程度の重度の障害の状態にあるため、日常生活において常時の介護を必要とする場合に、定額の手当てが支給される。後者は、20歳以上の者が、政令で定める程度の著しく重度の障害の状態にあるため、日常生活において常時特別の介護を必要とする場合に、定額の手当てが支給される。

(3)生活保護制度上の所得保障制度

 同制度上の障害者加算制度である。これは、生活扶助(基準生活費)の受給者が、身体障害者福祉法施行規則別表第5号上の障害等級表の1級もしくは2級または国民年金法施行令別表上の1級のいずれかに該当する障害がある場合、または前記障害等級表の3級または前記施行令別表の2級のいずれかに該当する障害がある場合に、定額の加算金が支給される。ただし、いずれの場合も、その対象は症状が固定している者、及び症状が固定してはいないが障害の原因となった傷病について初めて医師または歯科医師の診療を受けた後1年6か月を経過した者に限られている。

3 所得保障制度の課題

(1)所得保障制度の基本に据えられるべきもの

 先に触れたように、現行の主要な所得保障制度には四つの制度があるが、障害者が、生涯にわたって、人間の尊厳性を保持しつつ、人たるに値する生活を営んでいけることを可能にするためには、少なくとも次の条件を充たす可能性をもった制度が、その基本に据えられる必要があろう。すなわち、1.障害の原因に関係なく、合理的な一定の障害基準に該当する者すべてを、その対象とすることができること、2.障害という要保障事故は長期にわたって継続するという特性があることに鑑み、合理的な一定の受給要件を充たす者はだれでも、人たるに値する一定水準の生活を、将来的に継続してかつ確実に営むことができる展望をもつことができること、3.給付の内容に、少なくとも、障害をもつことにより失われた稼得能力及び障害をもつことによって生じる日常生活上の特別の出費に対する必要かつ最低限の補填(ほてん)と、社会生活上のあらゆる分野への参加を可能にするために必要となる特別の出費に対する必要かつ最低限の経済的保障とを含めることができること、の三つである。
 これらの点を踏まえてみると、年金制度上の所得保障制度が障害者に対する所得保障制度の基本に据えられるべきものということになるが、それらのうちの被用者年金制度上の所得保障制度の対象は、被用者である労働者に限られている。これに対して、国民年金制度上の障害基礎年金制度は、その対象となる者が最も広範囲に及ぶものであり、しかも、その給付水準が障害厚生年金・障害手当金等の最低保障となっており、障害者に対する所得保障全体の給付水準決定の基準となる重要な役割を担っている。従って、障害基礎年金制度が障害者に対する所得保障制度の基本に据えられるべきものといえ、その改善と一層の充実を図っていくことは、障害者の所得保障にとって緊要の課題といえる。

(2)障害基礎年金制度の焦眉の課題

 本来ならば、先にその概要をみた三つの制度の課題について触れるべきでところであるが、紙幅の都合上、障害基礎年金制度における焦眉の課題はどこにあるかを指摘するにとどめたい。

(a)2級の年金額の内容をめぐる問題

 2003年度の年金額を月額でみると、障害基礎年金は老齢基礎年金の早期支給であるとの考えの下に、老齢基礎年金と同額に設定されている2級の場合は66,417円、2級の額に介護加算分を考慮して2割5分増しとされているといわれる1級の場合で83,025円となっている。
 これらの額が、障害基礎年金を主要な収入源とせざるを得ない多くの障害者にとって、少なくとも人たるに値する必要最小限の生活を営んでいくのに十分なものであるかどうかが、まず問題とされなければならないことはいうまでもない。
 これに関連して、ここで触れておきたい問題は、老齢基礎年金と障害基礎年金2級の給付額が同額とされていることの妥当性についてである。障害基礎年金制度上は2級の障害者とはいえ、各障害者福祉法上の障害者の定義に従えば、いずれの場合も重度障害者の範囲に含まれるものである。それゆえ、これらの障害者にあっても、障害をもつことに伴って生じる種々の特別な出費に対する強い経済的ニーズがあることは、容易に推測されるところである。この点を踏まえてみると、障害基礎年金2級の給付額を、一般には、かかるニーズのみられない健常者である高齢者を前提にして決められている老齢基礎年金の給付額と同額としている現行の制度は、合理性を欠くといわざるを得ない。このことは、障害基礎年金の2級に相当する障害をもった生活保護の受給者の場合と比較すると、その不合理さが一層明らかになる。生活保護制度上の障害者加算制度にあっては、障害基礎年金の2級に相当する障害程度の場合でも、健常者である生活保護の受給者と同一の生活水準を維持することができるようにするため、障害者加算等が認められているからである。それゆえ、障害基礎年金は老齢基礎年金の早期支給であるとの従来の考え方を改め直し、障害者の生活実態を十分に踏まえたうえでの障害基礎年金2級の給付額の見直しを図ることは、障害者の所得保障の充実にとって緊要の課題である。これに伴って、1級の給付額の見直しを図ることも、当然に必要となることはいうまでもない。

(b)子に対する加算の支給対象をめぐる問題

 障害基礎年金の受給者が、その権利を取得した当時、その者によって生計を維持されていた子がある時は、原則的に、障害基礎年金の額に子に係る加算額が加算されることになっている。
 この加算の対象となる子について分かりやすくいえば、それは、障害基礎年金の受給者がその受給権を取得する以前に生まれた子であって、その者との間に生計維持関係があるものに限られるということである。従って、たとえば、障害者が、障害基礎年金の受給権の取得後に結婚して生まれた子や、20歳前に結婚し生まれた子については、たとえ生計維持関係が認められても、それらの子は加算の対象となる子には当たらないことになる。こうした取り扱いがなされる根拠について、厚生労働省は、「年金制度における給付はすべて保険事故の生じた時点での状態について給付する」ものであるから、と説明している。しかし、ただでさえ苦しい生活状況におかれている障害者に子どもができ、養育していくうえでの経済生活上の困難さは、障害基礎年金の受給権を取得する前と後で生まれた子の間では違いがあるというものではない。現行制度の早急な改善が必要であろう。

(c)無年金障害者をめぐる問題

 無年金障害者ということを、何らかの理由によって障害基礎年金の給付を受けることができない状態におかれている障害者という広い意味で捉えると、そうした状態にある障害者の数は決して少なくない。それらのうち、今日、国政及び司法の場においても問題となっているのが、国民年金法施行令別表に定める程度の障害の状態にありながら、現行制度の「谷間」におかれているために、障害基礎年金を受給することができないでいる人たちである。
 これを具体的にみると、一つは、1985年の国民年金法の改正により障害基礎年金制度が設けられる以前に障害者となった専業主婦、及び20歳を超えた学生時に国民年金未加入であったときに障害者となった元学生についてである。前者については1985年の法改正と同時に、後者については1990年の法改正以降、国民年金の強制加入対象者とされることとなり、それ以降に障害者となったものについては、国民年金の被保険者であるということで障害基礎年金を受給することができることとなったが、それぞれの法改正前に障害者となったものについては、受給権回復の措置が採られなかったために、障害基礎年金を受給できないまま現在に至っている。しかし、当時、任意加入の対象であったこれらの者が国民年金に加入しなかったのは、必ずしも本人のみの責任に帰せられるものではなく、その基本は、それぞれに制度的な矛盾が存在した結果であるといえよう。
 いま一つは、在日外国人についてである。国民年金法が制定された当初においては、いわゆる国籍条項が設けられており、在日外国人は国民年金に加入することができなかったが、1981年の法改正によって国籍条項が撤廃され、それ以降は在日外国人も国民年金に加入することができることとなった。しかし、在日外国人の国民年金加入権の発生は、国民年金の創設に基づくものではなく、その範囲の拡大に過ぎないため、同法の遡及適用は行わないとの理由により、同法制定前の在日外国人にはその遡及適用がなされなかった。このため、法改正の時点ですでに20歳を超えていた在日外国人である障害者は、障害年金を受給することができず、無年金のまま放置されることとなり、現在に至っている。これに対して、日本人の障害者の場合には、国民年金制度が創設された時点で20歳を超えていた障害者も、障害福祉年金という枠ではあるが、障害年金の遡及適用がなされているところである。しかし、この両者の間における異なった取り扱いに、合理性をみつけることは難しいといえよう。
 以上にみてきた無年金者は、いずれも制度の不備がもたらした年金制度の「谷間」のために、それぞれが生涯にわたる不利益を背負わされているのであり、決して放置しておける問題ではない。それゆえ、1994年の「国民年金等の一部を改正する法律案」の審議の際に、衆議院厚生委員会は、「無年金である障害者の所得保障については、福祉的措置による対応を含めて検討すること」との附帯決議を行ったのであるが、その後も、具体的な策は何ら講じられず、現在に至っている。この問題の解決は、焦眉の課題といえる。

(やまだこうぞう 京都府立大学福祉社会学部教授)