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「国民皆年金」の実現と
無年金障害者の救済をめざして

原静子
高橋芳樹

「皆年金」は枠組みだけという国の主張

 昭和36年に拠出制の国民年金制度が発足し、国民皆年金が実現したと言われている。学生や在日外国人、サラリーマンの妻などが被保険者から除外されているなど、当時の「皆年金」はきわめて限定されたものであった。しかも、強制適用の被保険者にとっても、「皆年金」はすべての者に保障されているのではない。
 学生無年金障害者の訴訟において被告側(国)の提出した準備書面には、「国民皆年金」とは、「すべての国民が加入できる年金制度の整備を意味するのであり、全国民に、無条件で、年金給付がなされるということを意味するものではない」と書かれている。また、基礎年金制度の創設が眼前に迫った59年当時、厚生省の年金局長であった山口新一郎は佐口卓との対談において、「はっきりいって、無年金者というのは保険料納付をさぼっていた人なんですね」と発言している。国や厚生省の認識によれば、将来に備えて保険料を納めた者に支給するものが年金であり、国は「皆年金」の枠組みをつくっただけのことである。
 筆者の1人は年金関係の仕事をしているが、無年金者の数が想像以上に多いことに驚かされる。278か月の納付期間があるが、生活に追われてあと22か月の不足分を任意でかけることのできない老夫婦や、たまたま転職中で国民年金の加入手続きを怠っており、そのときに交通事故にあったケースもある。頸椎を損傷して寝たきりの状態となった女性の母親は、「この子には一生年金を受けられないのですか」と涙声で訴えたが、私たちにはどうしようもない。
 無年金の正確な統計資料は存在しないが、推定では150万人から500万人とも言われている。基礎年金の3分の1以下の低額年金者をも無年金者に含めると総数は1,000万人以上になるという説もある。無年金は障害だけでない。遺族の無年金あり、もっとも数が多いのは老齢無年金である。
 障害者運動の一部には、障害者の無年金問題を年金制度の全体から切り離し障害者だけの問題だと考えたり、任意加入制度をこしらえた国の責任を追及し、学生無年金の救済に的をしぼる論調も見受けられる。筆者は、無年金を障害者問題に限定するのは間違っていると考えている。そして無年金問題が生じるのは、国の広報不足や年金制度への不信感の増大などでなく、保険料の強制徴収を欠いた強制加入制度に根本的な原因があると考えている。
 本稿では、字数の制約もあり、無年金問題の全体を論じることはできない。障害の無年金問題と強制加入問題の関係を検討し、最後に解決方向を探りたいと思う。

保険料の強制徴収なしに「皆年金」はありえない

 年金は長期保険であると言われている。「長期」と言われる理由は、年金の対象が死亡・障害・老齢という長期にわたる生活事故であり、年金を受けるためには比較的長期にわたる保険料の納付を必要とするためである。「保険」は、もちろん社会保険の意であり、国が加入を強制すること、財源には国庫負担や資本負担があるなど、民間の保険とは異なった原理で運営されていることを意味する。
 任意加入を原則とする民間保険に対し、社会保険が強制加入とされるのは、1.すべての国民が社会保険による利益を公平に享受することができるようにするため、2.加入を任意に任せると利己的動機から事故に対して備えない者が生じること、3.年金制度は所得再配分の機能も受け持つため加入強制が必要なこと、などであると説明されている。
 社会保険としての年金は、加入強制=強制徴収がないかぎり制度としては成り立たない。ところが、わが国の「皆年金」制度は、きわめていびつな形で成立した。国民年金制度誕生前のわが国では、国民の大部分が年金制度とは無縁の状態に放置されていた。厚生年金の未適用者である5人未満の零細企業に働く労働者、農漁業従事者、自営業者、無業者などは、公的年金制度から排除されていた。昭和34年に制定された国民年金制度では、1.零細企業の労働者を厚生年金から除外し、2.農漁業従事者、自営業者、無業者などを一括して国民年金の被保険者とした。そして、拠出制を原則として、保険料は定額、給付も拠出期間に比例する定額方式とした。
 しかし、定額拠出の定額給付という制度では、生活できる年金額を給付するには高い保険料が必要となり負担能力の限界に突き当たる。そこであまり高くない水準で国民年金の保険料が設定され、低所得者には保険料の免除制度が導入されることとなった。そして保険料を免除されないボーダーラインの被保険者に対しては、保険料の強制徴収を行うことは現実的ではないとして退けられた。こうして保険料の強制徴収を欠いた強制加入制度という矛盾した「皆年金」体制が成立することになった。事実上の任意加入とも言える国民年金制度の下では、無年金は年金財政を健全に保つ「自動安定装置」としても位置づけられていた。無年金を生み出す制度的構造は、皆年金制度の発足時にビルトインされていたのである。

国民年金と厚生年金の「空洞化」で増える無年金障害者

 障害年金を受ける条件のことを受給要件というが、障害年金の受給要件は1.加入要件、2.納付要件、3.障害状態要件、の三つであると言われている。詳細は本誌の菊池論文を参照されたいが、筆者らはかつて無年金障害者が生じる理由として17の理由(表)をあげていた。これらは結局、受給三要件を満たさないことに帰着する。
 今日では20歳から60歳までの日本在住者はすべて被保険者となっている。したがって、1.の加入要件を満たさないために無年金となる者は基本的にいないはずである。しかし、過去に生じた無年金者は救済されていないし、2.の滞納を原因とする無年金障害者は空洞化の進行のもとで増え続けている。国民年金の加入手続きをとっていない者が約100万人、保険料の滞納者が300万人弱、保険料の免除者は約500万人、これが国民年金の現状である。また雇用の流動化のもとで厚生年金の適用事業所数と被保険者も減少し続けている。現行の厚生年金法ではすべての法人が強制適用となっているが、国税庁による法人数は254万に上るのに対し、厚生年金の適用事業所数は167万事業所である。強制加入が事実上の任意加入であるのは、国民年金だけではない。厚生年金も同様の事情である。
 国民年金の滞納者の中には本来は厚生年金の被保険者となる者も多くみられるところである。学生など任意加入で入らなかったのは国の責任だが、滞納は本人の責任であるというのは、こうした現状を無視したあまりにも皮相な見方である。
 不況と中高齢者の失業増のもとで、社会保険事務所では障害年金の相談や申請が増え続けている。中でも高齢化の進行にともなって腎臓や糖尿、肝臓病などの慢性疾患の増加が著しい。ところが、初診から数10年を経て重症化の過程をたどった慢性病の初診証明をとるのは本当に難しい。しかし、事実上の任意加入制度のもとでは、初診日を確定することは保険料の納付要件をみるうえで必須の条件である。また、基礎年金の年金額が生活保護基準以下という水準では、基礎的な生活費を稼ぎ得ない者に障害者の範囲を設定せざるを得なくなる。おのずから障害認定も厳しくなる。初診日確認の厳格さや障害状態要件を満たさないことによる無年金障害発生の問題も、もとをたどれば結局は「事実上の任意加入」と、定額保険料=定額給付という原因に突き当たることになる。

表 無年金障害者が生じる理由

国民年金に任意加入していなかったサラリーマンの妻
国民年金に任意加入していなかった大学生各種専門学校生などの学生
旧法対象者で、厚生年金の加入後6か月以内、または共済年金加入後1年以内に初診日があった者(平成6年法改で救済)
脱退手当金の対象となった被保険者期間中に初診日があった者
障害が軽くなり支給停止後3年で失権したが、その後に障害が重くなった者(平成6年法改で救済)
国籍要件のため、国民年金に加入できなかった在日外国人
国民年金の繰り上げ請求で老齢基礎年金を受給したために、事後重症の障害基礎年金を受けられなくなった者
制度のことを知らずに、事後重症の請求を65歳までにしなかった者
65歳過ぎに障害状態になった高齢障害者
10 保険料を一定期間滞納していた者(3号被保険者の届け出を怠った者を含む)
11 障害認定基準が厳しすぎるなどのために障害年金を受けられない者
12 「固定的」で「永続的」という障害観で、障害年金の対象から外されている者(たとえば神経症)
13 行政側の宣伝不足などのために、年金の権利があることを知らずに障害年金の請求を行っていない者や、時効で障害年金の請求ができなくなった者
14 カルテの保存期間が経過し診断書がとれないために、障害年金を受けられない者
15 20歳前の初診で障害基礎年金の受給資格があるが、本人の所得制限で障害基礎年金が支給停止となっている者
16 遺族年金や老齢年金の給付を受けており、障害年金が併給調整で支給停止となっている者
17 任意未加入で、長期間の国外滞在中に障害者となった者

逆進的な国民年金の保険料の改善を!

 村上清は皆年金について、「公的年金、とくに基礎年金は、水や空気のように、だれにも与えられるべきものである。個人の意志や選択に関係なく、必要な費用は強制的に徴収されるが、老後はだれにも確実な保障になる。そんな皆年金に、早くしたいものである」と書いている。筆者らも全く同感である。無年金をなくすためには、なによりも滞納をそのまま放置し、事実上の任意加入となっている制度運営を改めることである。具体的な方策を取り、制度への加入漏れと滞納を防止することが第一に必要である。そして、この課題を追求する中で、国民年金制度の保険料負担のあり方、特に低所得層に重い負担を課す定額保険料のあり方も再検討する必要がある。財源を税とするか社会保険料とするかだけでなく、だれがどのように負担をすべきかについて国民的な議論を行うべきである。次期の年金法改正をめぐってさまざまな議論もされているが、給付水準を引き下げることばかりを議論していては空洞化がさらに進行するだけである。
 無年金障害者の救済については、坂口厚生労働大臣の試案にみられるように、滞納とそれ以外の無年金を区別し、後者については年金以外に福祉給付で解決しようとする考え方もある。しかし、無年金を生み出す仕組みを放置しておいたままで、この問題の解決はあり得ない。言葉本来の意味での国民皆年金制度の確立と、年金制度の充実・改善という国民的な課題を追求すること、このことが今もっとも求められている。来年の年金改正に向けて、無年金者の救済と無年金が生じない年金制度の確立をめざす運動に大きく取り組みたいと思う。

(はらしずこ 無年金障害者の会代表、たかはしよしき 無年金障害者の会幹事)

【参考文献】

  1. 田多英範『日本社会保障の歴史』、学文社、1991
  2. 村上清『年金制度の危機』、東洋経済新報社、1997
  3. 吉原健二『新年金法』、全国社会保険協会連合会、1986
  4. 西沢和彦『年金大改革』、日本経済新聞社、2003