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カンボジア
夢の実現に向けて踏み出した一歩

大野真理(当協会職員)

 今年3月、私はダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業第5期候補生面接のため、カンボジアの首都プノンペンを訪れた。短い滞在の中で垣間見た現地の様子を、視覚障害者の状況を中心に紹介したい。
 朝霧の中、通勤や通学のために行き交うモーターバイクの数々、新鮮で色とりどりの食材が並び活気づく市場、穏やかでにこやかな人々。プノンペンの朝の空気は、この国が30年に及ぶ内戦時代を終え、再び輝きを取り戻しながら歩き出したことを感じさせる。そんな新しい息吹が街を包む中、カンボジアで初めて視覚障害当事者を中心として設立された団体、カンボジア盲人協会(The Association of the Blind in Cambodia:以下ABC)を訪問した。「カンボジアの障害者を考えたとき、これまで支援の対象となってきたのは、地雷犠牲者など肢体障害をもつ人々が中心でした。カンボジア国内に約14万人(総人口比1.1%)いる視覚障害者のほとんどは農村部で暮らしていますが、家族からも理解を得られず、外にも出られない、存在すら隠されてしまうことがいまだ多くあります。今こそ彼ら自身が声を上げ、手を結んでいけるよう、自立を支援し、さまざまな団体とのネットワークづくりに力を注いでいます」と代表のボン・マオ氏は語る。ABCは視覚障害者の社会への完全参加と平等の実現をめざし、2000年に設立された。その後、世界盲人連合(World Blind Union)に加盟し、日本を含めた各国のNGOなどの援助を受けて事業を展開している。
 現在最も力を注いでいる事業の一つに、視覚障害者の日本式あんま技術訓練がある。カンボジアで視覚障害者が従事できる職業は、今のところあんまが唯一といっても過言ではなく、技術訓練プログラムによって就労支援を図っている。ABCの支援で技術を身に付けたマッサージ師は40人を超え、現在、国内に7店舗を構える同団体傘下のマッサージ店で働いている。各店舗では、毎月の収益をマッサージ師の労働時間や技術によって分配するが、一人ひとりの平均月給は、70~300US$だという。公務員の平均月収が30~40US$であることを考えると比較的高い給与と思えるが、公務員も給与だけでは生活ができず、人々から受け取った賄賂を自分の収入と合わせて生計を立てていることが多いという現実からも、カンボジアで自活していくためにはぎりぎりの収入であるのかもしれない。団体事務所を訪問した後、プノンペン市内にある店舗を見学した。マッサージ師の1人に話を聞くと、1日の勤務時間は平均8時間、5~6人の客を担当するという。自宅からは、毎日決まったバイクタクシーを雇って通勤している。カンボジア南部出身の彼女は、もっとマッサージ技術に磨きをかけ、お金を貯めて教育を受けたい、英語ももっと上手くなりたいと話していた。
 その日の帰り道、タクシーの運転手からこんな話を聞いた。彼はタイとの国境に近い州の出身。内戦時代は山間部に地雷が埋め込まれ、ポルポト派の活動拠点だったという。同郷の妻は子どもの頃、山に薪拾いに行った際に地雷を踏み、片足と同じほうの耳の聴力を失った。一緒にいた友人は即死だった。過去の出来事について口を閉ざしてきた彼女だが、現在は障害者団体に勤務しており、将来は得意の手工芸を生かして小さな店を開くことが夫婦の夢だという。彼女が地雷を踏んだその山は、すでに地雷はすべて撤去され、今リゾート地としての開発が進んでいる。二度と同じ悲劇が繰り返されないよう、時代が変わっても歴史はしっかりと心に刻まれるべきものと思うが、同時に今やっとカンボジアの人々は少しずつ夢を自由に語ることができるようになった。時間はかかるであろうが、夢の実現に向けて踏み出した一歩一歩を大切にしてほしいと願う。

(おおのまり)