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ブックガイド

福祉を学ぶ学生におすすめの本2

成田すみれ

 今回の推薦図書は1956年、米国生まれの女性作家レベッカ・ブラウン(Rebecca Brown)による『体の贈り物』、『家庭の医学』の2冊です。
 これはいわゆる専門書ではありません。かといって、通常の物語としての文学作品とも違う何かを読む者の心に深くじっくりと伝える作品で、“ケアすること”の本質を示唆する図書です。
 文学作品のジャンルとしては「介護文学」という領域に含むことができるようです。
 小説の主題として家族や最愛の人の病気、入院、治療・介護、死亡といった私たちにとって日常的で、かつ重要な問題をテーマに選び、陳腐な悲しい物語や単なる頑張りとして綴っているものではありません。ノンフィクションですが、小説的構成美も十分備えながら、人が人をあるがままに受け入れ、支え、癒すことの本質をシンプルな表現を用いつつ優しく語ります。
 『体の贈り物』は、エイズ患者を世話するホームケア・ワーカーを語り手とする短編連作集です。
 著者でもある彼女と患者たちとの交流をめぐる、生と死の喜びと悲しみ、生命を削りながら日々生きていくことへの希望を失わず、希望を繋ぎながら新たな旅立ちへと真摯に向かい合う姿や心情が、読者への贈り物として11の章どこからも伝わってきます。
 私自身のこの本との出会いは、新聞の書評欄でした。米国のケアワーカーによるエイズ患者へのケアワーク、加えて10代のハイティーン向け雑誌「オリーブ」に一部が連載され大きな反響を得たという記事に興味を魅かれ、読んでみました。
 書評内容から硬くて重厚な作品というイメージも否定できなかったのですが、実際手にとって読み始めると各章どれも一言では表現しにくい何か不思議な魅力を感じました。
 エイズ終末期の療養者であるがゆえに心身ともに厳しい障害状態や、日常生活でのさまざまな制約や困難さがあり、たとえば入浴や毎日の保清、水分摂取すらままならない状況、ベッド周辺の生活空間を自分らしく保つことにも全精力を必要とする様子などが、ケアワーカーとの言葉や実際のやりとりとして簡潔に語られます。
 不治の病と共に生きる者の汗、涙、息づかい、立ち居振る舞いなどへの支援や見守り、そして死と直面しながらの限られた時間とその間の心模様、過剰でも無味乾燥的でもなく何気ない日常の対応としてシンプルに表出しながら、著者は人間の生と死について自然に受け入れ、読むものに何か肯定的なインパクトを提供します。この本は読んでもらわないと魅力がわかってもらえないと翻訳者(柴田元幸)はコメントしていますが、非常に実感です。
 レベッカ・ブラウンにはこの本のほかに、もう一冊癌で死に行く母を看取る過程を描いた『家庭の医学』という作品があります。
 この少し不思議な題名の著書は、母親が癌に冒されていることが判明し、その治療や手術に立ち会い、やがて亡くなった母親を見送るまでを、貧血、転移、耐性、幻覚といった医学辞典からの非個性的な記述を利用した命名で綴ったものです。病気や死といった一見だれもが経験することがらであっても、実際生きている人間にとっては個別で特殊な出来事としてあるという事実を、母親に寄り添いながらも客観的に語る、看取りの文学です。
 病に冒され療養者としての生活や生き方、そのような人々への肉体を手当てしながら、心身のふれあいや対応が丁寧にやさしく描かれています。
 この本では私たちは人が人を支えること、深い共感や思いやりとはどのようなことなのかを考えることができます。シンプルな言葉を用いて書かれており、先の『体の贈り物』と同じ柴田元幸氏による翻訳ですが、米国での原著は非情に美しい限定版で出版されていて、この日本版のデザインも基本的にはアメリカ版初版のデザインに負っています。また英語の原書も優しく分かりやすい書籍とのことです。関心のある方は、挑戦してみてはいかがでしょうか。
 彼女はわが国でも熱心な読者が多く、2001年の来日では、都内の書店にて読者との交流の機会を開催するほどでした。
 中学生や高校生にもお勧めできる読みやすい書物ですので、ぜひとも一読をしてみてください。

(なりたすみれ 横浜市総合リハビリテーションセンター、本誌編集委員)

※『体の贈り物』
レベッカ・ブラウン 柴田元幸訳
マガジンハウス 1,600円(税別)
The Gifts of The Body

※『家庭の医学』
レベッカ・ブラウン 柴田元幸訳
朝日新聞社 1,300円(税別)
Excerpts from family Medical dictionary